いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

一ばん最後のご挨拶

 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に、ご挨拶を申し上げる。

 [いんちきばさらとマクガフィン]は前回の"いんちき"をもつて、更新を終了致します。

 振り返ると au one.net の閉鎖に伴つた、excite blog への移転以來、7年弱の間で書き散らした駄文が2,300余り。価値的に見てどの程度だつたのか、判断は外に委ねるとして、書いた本人は、批判はされても、非難されるほどひどくはなかつたらうと、ささやかに自負はしてゐる。それくらゐは許されるのではないか知ら。

 何故終了とするのか。

 といふ点に興味を抱く醉狂人がゐるかも知れないので、少し触れておくが、大した理由があるわけではない。保存可能な画像の容量が、そろそろ一杯にならうとしてゐるのがひとつ。あれこれ凝らうとした結果、自分でも何が何やら、解らなくなつてきたのがひとつ。もうひとつ、excite blog 側がリニューアルと謳つた改変が、こちらの目には悉く改惡に思はれたことも、つけ加へておきませうか。

 ここで念を押したいのは、[いんちきばさら]の終了と、丸太花道がウェブログを止めるのは別の話といふこと。次の外題は『閑文字手帖』と決めてある。excite blog を継續して使ふか、他に移転するかは現時点で曖昧な状況なので、確定した時点で、ここに追記をさして頂きたい。

 我が親愛なる、そして御用とお急ぎでない讀者諸嬢諸氏には、引き續いてのご贔屓を賜ることが出來れば、これに過ぎる慶びはありません。

 今一度、ご挨拶を差上げると共に、これまでのご愛讀に改めて深く、御礼申し上げます。

----- ここまで2017/09/01 16:00

----- ここから2017/09/18 09:00 追記

 さて。『閑文字手帖』について。
 諸々考慮の結果、2017/10/17(私の誕生日である)から、上記はてなブログへの移行…リンク先は現時点で非公開…と決めたので、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にお知らせ申し上げます。

 なほこの[いんちきばさら]は、既に外題を変更してゐるとほり、アーカイヴとして残すことと致します。
 丸太へのご連絡やラヴ・レターは『閑文字手帖』への移行までは、本稿へ頂きます様、お願ひします。

----- ここまで2017/09/18 09:00 追記

----- ここから2017/10/01 08:00 追記

 『閑文字手帖』の予定を変更致しました。

 前倒しして、この追記と併せ、本10/01の08:00より、公開とします。
 上記でもお知らせのとほり、[いんちきばさら]はアーカイヴとして残しますが、今後は『閑文字手帖』にご贔屓を賜はります様、改めてお願ひ申し上げます。

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# by vaxpops | 2017-10-01 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(8)

いんちき

 古いカメラ…たとへばライカに興味を持つ人間が一ばん、注意しなくてはならないのが贋物である。ひとつの例を挙げると、"アイゲントゥム"の刻印がさうですね。所有物くらゐの意味で、ルフトワッフェン・アイゲントゥムだと獨逸空軍所有を示す。軍用といふことです。
 採用されたのはライカのIIIcで、製造された時期が惡い…20世紀半ばと云へば、欧州の大戰のそれに重なるもの…所為もあつて、入手し易い個体は大体、鍍金や人造皮革がぼろぼろになつてゐる。IIIf直前の時期になると多少の改善は見られるけれども。そのIIIcは"ぼろぼろ"でもかまはないらしいね。世代が一致するボディを手が入れば、後は製造番号を改竄し、空軍所有の文字を彫つて贋物の一丁上りになるといふ。致命傷的に不器用な私には想像が六づかしいのだが、それほど困難な作業ではないらしい。確かにさうでなくちやあ、商賣にはならないだらうなあ、と理解は示すとして、手間暇に対する儲けはどれくらゐなのか知ら。

 贋ライカの話をしたいのではなかつた。はつきり判る贋のライカ…實際に見て大笑ひしたのは、ソヴィエト製のゾルキーだつたかをライカ風に仕上げ、更にペイントを施した個体。50ミリ・エルマーを模したレンズには鎌と鎚を彫つたキャップがついてゐて、あれを買はなかつたのは失敗だつたなあ…は、時に慾しいと思ふ瞬間が、まあないわけでもないけれど、さういふ話を始めたら、収まりがつかなくなつて仕舞ふ。[いんちきばさら]に収まりがあるのかどうかといふ疑問は、この際だからさて置くとして。
 贋ライカでないなら何の話をしたいのかと云ふと贋物…物体に限らず、偽書とか偽絵画(こんな言葉、あるのかな)とか、その辺りまで含めた話。コンスタンティヌス帝の寄進状を例に挙げればいいでせうか。ご存知の方が多いと思ふが、説明をしておくと、コンスタンティヌスは4世紀前半のローマ皇帝。東西分割で統治されてゐた帝國を再統一し、大帝の尊称を得てゐる。歴代のローマ皇帝で、最後の大物でせうね。また勅令をもつてキリスト教を公認(詰りそれまでは非公認…いいところ黙認が精々だつたわけだ。但し國教化されたのは死後60年余りが過ぎたテオドシウス帝の時代)してゐて、東方教会群では亞使徒と呼ばれてゐるとやら。尤もかれが敬虔な信者だつたかどうか、疑はしいね。帝國の首都を自らの名を冠した都市(即ちコンスタンティノポリス。現代の地名ではイスタンブル)に移したくらゐだもの。"神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ"なんて考へは頭の隅にも浮ばなかつたらう。さうでなくちや、大帝なんて呼んでもらへないよ。

 その大帝の死後、今度は一ぺんに数百年下りますよ、8世紀の半ば頃ださうだが、コンスタンティヌスがローマ教皇に領地を寄進したといふ文書があらはれた。内容を簡単に書けば

 『わたし(コンスタンティヌス)が癩を患つた時、教皇シルウェステルの洗礼で癒された。感謝の證として、ローマの司教(と後継者)が、アンティオキア、アレクサンドリア、コンスタンティノポリス、エルサレムの各司教坐に優越すること。ローマ市、イタリア、西方属州の支配を委ねることとする』

と記されてゐたといふ。この"寄進状"をもつてローマ・カトリック教皇が持つ世俗の権限は、皇帝のそれに対して優位であると教会は主張したわけだ。凄い規模の寄附ですね。同じ8世紀の日本がどうだつたかを見ると、平城遷都、古事記や日本書紀、風土記の成立、東大寺大佛の開眼、長岡から更に平安京への遷都と、中々に賑やかな時代ではあつたが、どうも田舎の大騒ぎ以上に理解するのは六づかしさうだ。
 ところがこの寄進状、8世紀当時の教皇乃至その側近のでつち上げだつたんです。15世紀のイタリア人、ロレンツォ・ヴァッラが、同時代の文献と比較して、言葉遣ひがをかしいと指摘したのが最初。偽書と確定したのは18世紀に到つてからだといふから、ほぼ1000年、疑念を抱かれながらも生き延びたことになる。これも凄い。現代とちがつて、科学と宗教が未分化だつた事情があり、その宗教が人びとを(居間では考へられないくらゐの強さで)縛つてゐた事情があつたから、下手をすると身内の恥を晒すことになるおそれがあるとしても、コンスタンティヌス大帝の事蹟を調べれば、何となく変だぞ、そんな殊勝な皇帝ではなかつたぞと感じないかと思ふ。ひよつとするとヴァッラ以前の學者だつて、腹の底でをかしいなあと感じながら、口に出せない雰囲気があつたのかと想像すると、異様な感じがされますね。不勉強な私だから、この件についてヴァティカンが何か發言してゐるのかどうか、知らない。

 かういふのは併し、解り易い偽書だよ。世俗で大きな顔をして、儲けたいといふ慾望の顕れだもの。實利的な贋物だと云つてもいい。ライカの贋物もまあ、ここに属するでせう。ところがその一方で、何を考へて作つたのか、どうも見当をつけにくい贋物がある。判り易い例として、チャーチワードの粘土板だつたり、『竹内文書(タケノウチ モンジヨ)』や『東日流外三群誌(ツガル ソト サングンシ)』を挙げればいいか。絵画の贋作もここに含まれる。或は發掘物の捏造を入れてもいいだらうか。
 そんなものを作つて、どうしたいのか知ら。
 たいへんな手間ではないか。専門家が何人も登場して眞贋の判定をするのだ。ばれないと思ふ方が、どうかしてゐるね。文献だつたら何とか理由をこぢつけて、原本を秘匿する方法に頼れば、一時的にしても誤魔化せる可能性はあるが、絵画や發掘物だと、冩眞で何とかするわけにはゆかない筈で、余つ程自信がなければ、そんな眞似、思ひつけはしても實行に移せない。絵画だらうが文献だらうが、私ならあつさり諦める。見物してげらげら、またはにやにや笑ふくらゐならいいな、とは思ふ。

 と書いて気がついた。贋作者はもしかすると、さういふげらげら乃至にやにや…を期待してゐたのではないだらうか。

 贋物作りに精を出すのは、家系や勲功自慢が目的の場合もあらう(たとへば『武功夜話』)し、詐欺…實利を狙つた場合("寄進状"がまさにそれ)もあるとして、すべてをそこに押し込められるかと云ふと、どうも無理がありさうでもある。そこで粘土や積木が連想されたのは自分でも妙だが、まつたく無関係ではなささうで、併しさうでもなささうにも思はれる。そこでどういふ理由で連想が働いたのだらうと考へるに、ひとつは遊びですね。自慢も實利も横に置いて、或は念頭になく、面白さうだから時に書き時には描く。粘土で人形を作り、積木でお城を建てるのと同じではないか。たれの本の一節だつたか、贋作家は遊戯的な確信犯なのだと見做してゐた。可也りいいところを衝いてゐるんではなからうか。贋作家じしんがどう感じるかは、勿論別の話だが。
 もうひとつ考へられるのは神さま。妙な考へにシンニユウが掛つたみたいだが、少し辛抱してください。人を象つた粘土や、お城を模した積木を完成させた子供は、きつと大人に自慢する。見て見てとせがんで、褒めてもらひたがる。それは子供が作つたまつたき世界で、そのまつたき世界の神さま…造物主は即ち子供じしんなんである。かれそして彼女は、人がたを崩し、壁を壊すことでそのまつたき世界に君臨する。さてここで贋の家系図や嘘の武功、でつち上げの遺物を眺めてみると、どうだらう、それらが制作者にとつてのまつたき世界に思へてこないだらうか。

 それは精密であれば望ましいけれど、粗漏でもまあ、かまはない…共に笑ふひとがゐれば。

 かう考へて、この[いんちきばさら]だつて、見立てによつては、"贋物"と呼べるだらうと気がついた。どこがさうなのかと訊かれたら、随筆の贋作ですよ、と応じたい。私の尊敬する作家が、丸谷才一、内田百閒、吉田健一、永井荷風、檀一雄なのは何度も触れてゐるが、先達に共通するのは随筆がとてつもなく巧い。湿り気、繰り言、厭味や忿怒の色は見られず、何年が過ぎても面白い。再讀三讀して、それ以上を重ねて、飽きる心配がないのはおそろしいことで、さて現代の"エッセイスト"が書いたものは、何年…いや何日、保つだらうね。皮肉ではないので為念、と加へたら、そんなことはないぞと反論が出さうなので、これも皮肉抜きで云ふと、3年以上前に發表され、今讀んで面白く、3年先にも面白く讀めるだらう随筆を推奨してもらひたい。
 どうも、[いんちきばさら]にはさういふ腹があつた気がする。それをパロディの気持ち、或は権威への反發、伝統への敬意の混つた感情とするのは自分にとつて具合がよすぎる解釈だけれども、時事を話題にしない、身の回りのことを直接の題材にしない(例外はあつたね)、個人的な感情を剥き出しにしないといふ方針は、前記の先達に倣つた態度で、その視点から眺めると、随筆の不恰好な模倣だつたし、自分寄りに眺めれば、"エッセー"の戯画だつたと強弁出來なくもない。成功だつたかどうか、そこは私の決めることではないとして、書きながらにやにやしたのは事實。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に、矢張り、暇を持て余した午后、一讀しながらにやにやしてもらへたとしたら、"いんちき"の冠だけは贋物でなかつたと思はれる。

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# by vaxpops | 2017-08-31 07:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

終着

列車は音も立てず滑り込む

まばらなプラットホームに

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# by vaxpops | 2017-08-30 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

衒學卵

 映画の『ロッキー』でロッキー・バルボアがトレーニングの時、ジョッキに入れた生卵を飲み干す場面があつて、亞米利加の観客は一驚を喫したといふ話を耳にしたことがある。
 後で知つたところだと、亞米利加人は卵を生で食べる習慣がないさうで、私なぞは寧ろそちらに一驚を喫した。
 更に後日、卵の生食は習慣になつてゐる國は世界的に少数だと知つて、もう一ぺん、驚いた。茹でたり蒸したり炒めたり、何かしらの調理…熱を通すのが、卵の食べ方で云へば本道、或は多数派なのであるらしい。茹で玉子も温泉卵も煎り玉子も韮卵も厚焼き玉子もオムレツもハムエッグズもベーコンエッグもポーチドエッグも好物だから、そこに文句はつけないけれど、そこから生卵だけが省かれるのは納得し難い。

 たとへば牛丼に落とす生卵。

 たとへば饂飩に落とす生卵。

 或はカレーライスへの生卵。

 また即席麺にくはへる生卵。

 更にお味噌汁に入れる生卵。

 えーと。このお味噌汁は、あはせ味噌で薄切りの玉葱。仕上るところに溶き卵を流し込むから、正確に云ふと、生卵にはならないんだけど、これがまつたく美味いのです。この場合、卵はざつくり程度の溶き方で。白身がふはつとなつた辺りはそのまま、ごはんの最良の友だと云つていい。若布や葱、油揚げ、馬鈴薯、キヤベツ、レタス、その他諸々挙げられるとして、薄切り玉葱と溶き卵の組合せ以上に美味いお味噌汁の種は考へにくいんである。…いや失礼、少々熱くなりました。お味噌汁を飲んで、落着かなくちやあ。

 話を戻しませう。

 我われが生卵を平然と(!)食べられるのは、鶏の飼育がきはめて衛生的…親鶏のサルモネラ菌が卵に感染するリスクが(少)ない…だから、といふ説がある。中々説得力があるのは認めるとして、だとしたら、ご先祖が生卵を食しだしたのは、そんなに以前の話ではなささうにも思へる。そこで思ひ浮ぶのが"卵百珍"で、これは天明五年に出版された『萬寳料理秘密箱』収められた"卵之部"の俗称。人文学オープンデータ共同利用センターといふウェブサイトに、全百七種の翻刻(現代語訳は一部)がある。その一覧をざつと見ると、生卵を用ゐるらしい料理は實に少なく、私の讀み方が誤つてゐる可能性は留保しつつ云ふと、卵素麺に加味丁子焼卵くらゐ。
 但し天保九年…"卵百珍"から半世紀ほど後…肥前鍋島藩の『御次日記』(調べが足らずはつきりしないが、用人の記録のやうな感じがする)に、"御丼、生玉子"と記されてゐるさうで、御の字を使つてゐるところから、客人や高位のひとへの献立なのかと推測出來る。といふことは、この時期以前に生卵とごはんの組合せは成り立つてゐた筈で、さうでなければ貴人客人に出せなかつたらう。当時の卵が貴重且つ高級品だつたことを差引きしつつ、我われのご先祖は"卵百珍"から『御次日記』の間に、卵を生で食べる方法に気がついたのではないかと考へたいが、ここで食べものの歴史に詳しいひとは、岸田吟香の名前を思ひ浮べ、をかしいぞと感じるかも知れない。

 岸田吟香は天保生れの明治人。新聞記者で藥の事業家…といふより、岸田劉生の父といふ方がいいだらうか。明治五年に初めて卵かけご飯を食べたと云はれてゐるが、怪しいよね、これは。但し『明治初期の記者 岸田吟香翁』(荻原又仙子)に、明治十年頃の話として

「毎朝、旅舎の朝飯に箸をつけず、兼ねて用意したのか、左回り無くば旅舎に云付け鶏卵三、四を取寄せ食すだけの温飯一度に盛らせて、鶏卵も皆打ち割り、カバンから塩焼と蕃椒を出し、適宜に振かけ、鶏卵和にして食されたものだ」

かう記されてゐるさうだ。つけ加へると、蕃椒は唐辛子の異称。荻原がどんな人物なのかはよく判らなかつたが、上の一文は昭和になつて書かれてゐるらしく、さうなると本人に気兼ねすることはなかつた筈だ(もしかして息子には気を遣つたかも知れないが、如何物喰ひの話でもないし、ありのままを書いたつて、文句は出ないだらうさ)詰り少なくとも岸田吟香が卵かけご飯を好んだのは事實と考へていいでせうね。併し"初めて"だつたかどうか。

 卵の生食自体は明治以前から、多少はあつたらしい。軍鶏鍋や牛鍋、鋤焼に添へられたのがそれで、吟香は備前岡山のひとだが、若い頃から江戸にゐたから、さういふ食べ方に馴染みがなかつたとは考へにくい。要するに生卵は吟香青年にとつて、奇異な食べものではなかつたらう。またかれが医學に関はりがあつたことも忘れてはいけないでせうね、この場合。経験的ではなく、科學的に卵の栄養を理解してゐたのではないか。
 もうひとつは吟香が新聞記者だつたこと。東京日日新聞の主筆で、部数の激増に大きく貢献したといふから、花形記者ですね。因みに云ふ。かれの後を継いで主筆になつたのが櫻癡福地源一郎。その櫻癡を烈しくきらつたのが宮武外骨で、この繋がりは明治の風景だなあ。今とちがひ明治の新聞が讀者に与へる影響は巨大だつたから、吟香が日日新聞で卵かけご飯が旨いなどと書いたら、東京市の洒落者は飛びついたんではないか知ら。書いてゐなくても、花形記者のさういふ噂話は伝はつたにちがひない。かれが"日本初の卵かけご飯試食者"の栄誉を得たのには、そんな背景が潜んでゐさうに思へる。

 些か批判的(?)なことを書きはしたが、岸田吟香を日本で最初の(少なくともごく初期の)卵かけご飯愛好家とするのに異存はない。尤も塩焼(焼塩を指すのだらうか)と蕃昌はどうかしら。矢張りそこは醤油でせうよとは思ふ。

 溶き卵に醤油。
 炊きたてのごはん。

 卵かけご飯の必要にして十分な要素はたつたこれだけで、何を隠さう、私の大好物なんである。

 醤油の代りにおびいこ(醤油だけで煮詰めた縮緬山椒)を使ふのもいい。

 山葵や辣油を忍ばせるのもいい。

 分葱や白胡麻を散らすのもいい。

 針生姜をあしらふのもいい。

 蕎麦つゆを加へてもいい。

 醤油だつて、地域で色々風味が異なるし、刺身醤油だつたり、専用と謳つたものまである。パックをひとつ買へば、毎日色々の卵かけご飯を味はへる筈で、丹念に溶いた卵にシナモンやらナッツやらで味を調へ、バターライスにあはせたら、伊太利亜の種馬も、苦しさうな顔で飲み干さなくてよかつたのにと思ふ。スタローンとしては、脚本に無理が出るよ、と云ひたいところか。スライの趣味にあはせる必要は併し、ないだらう。かれはきつと、卵かけご飯よりスパゲッティを好むにちがひないもの。
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# by vaxpops | 2017-08-29 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

長話

 立ち喰ひ蕎麦の話は何べんもしてゐる。何べんも話をするのは立ち喰ひ蕎麦が好きだからで、併し何故好きなのか、考へたことがなかつた気がする。私は大坂で育つたが、立ち喰ひ蕎麦にも饂飩にもとんと縁がなかつた。ああいふのは家で啜るものと思つてゐたのですね。大坂に戻るのは年に一ぺんくらゐだが、今でも立ち喰ひ蕎麦乃至饂飩を啜ることは殆どない。急いで云ひ添へると、ここでいふ立ち喰ひには、カウンターだけのごく狭苦しい場所も含めてゐる。語感としては場末に近しいとお考へください。
 そちらではないが、蕎麦の事始メと呼んでいいのは三十年ほど前の神田、[藪]だと思ふ。云ふまでもないほどの老舗だが、当時の私はよく解らなかつた。池波正太郎の随筆で名前を知つたのが切つ掛け。その頃の勤め先が近かつたので、足を運んでみたのです。旨かつたけれど、量が少なくて物足りなく感じたなあ。玉子焼きや鴨焼きで一ぱい呑つて、もりを一枚か二枚、平らげるなんて方法も知らなかつたのが失敗だつたか。併し仮に知つてゐても、二十歳そこそこの若造ぢやあ、何が何やら解らないままだつたらうね。それでも蕎麦が旨いと感じられたのは、老舗の底力か、江戸の洗練か。

 一体に大坂は蕎麦がまづいんです。食べる習慣がないのだらう。私の周囲で蕎麦の話題はまつたく出なかつたし、實家で蕎麦が出されたのは大晦日くらゐ。喜んで啜つた記憶はないから、大してうまくなかつた筈で、母親の料理下手を差引きしても、その程度だつたと考へて差支へなからう。京都では鰊蕎麦が有名だけれど、食べたことがないから、論評は控へませう。

 神田で事始メとなつた蕎麦の、次の機会は数年が過ぎてからだつたと思ふ。お店の名前はすつかり忘れたが、神田とか新橋とかその辺りの、ガード下かガード近くの立ち喰ひ蕎麦。七味唐辛子を振つたきつねそばを喰つたのは記憶してゐる。山下洋輔の"ピアニスト"(笑え?翔んだ?二度笑え?どうも判然としない)で、ヨーロッパ・ツアー中の山下トリオが、日本の食べものを恋しがつて、キツネソバ(表記はカタカナだつた)が慾しいとか、薬罐一杯の蕎麦つゆを寄越せとか、列車内で或は呻き、或は喚く場面があつて、これは一ぺん、試してみなくちやあと思つてゐたのだ。もうひとつ確實な記憶は、時節が冬だつたことで、暖簾の下を潜る寒風と、熱いきつねそばの組合せが宜しいものだと感ぜられた。旨かつたかどうか、曖昧ではあるけれど、振り返れば立ち喰ひ蕎麦に好感を持つたのは、この時からだと云へると思ふ。

 尤もそれで蕎麦を貪るようになつたわけではなく、立ち喰ひ蕎麦を見掛けたら入らずにゐられなくなつたわけでもない。月に二へんかそこらの頻度だから、立ち喰ひ蕎麦愛好家からすると、食べてゐないのと同じでせうね。聞いた話だと、山手線の外廻り内廻り全驛の立ち喰ひ蕎麦を啜り込んだひとがゐるらしい。流石にすべてのメニュではないだらうね。何周もしながら、今回はきつねそば、次回は掻き揚げ蕎麦、その次はたぬき蕎麦なんてやつてゐたら、何年掛かるか判つたものぢやあない。たれか實行に移すなら、止めやしませんよ。ラーメン程度の食べ歩きより、余つ程いいと思ふのだが、他のたれかに叱られるか知ら。さう云へば十何年か前、呑んでからわざわざラーメンを食べに行く(呑み屋の近くではあつた)習慣があつたな。肝臓も胃袋も、今より余程、頑丈だつたらしい。尤もうまかつたかどうかは、さつぱり覚えてゐない。御徒町上野周辺のラーメン屋には申し訳ない。

 ラーメンはまあ措くとして、呑んだ後に麺を啜るのは惡くないものだ。さういふことを私は學んだ。併しラーメンは熱いししつつこい。饂飩やきしめんは夜中に食べるのが六づかしい。素麺は家で喰ふものだ。かういつた流れから、立ち喰ひ蕎麦に目が向いた。[冨士そば]とか[梅もと]とか[茹で太郎]ですね。そこでざるを一枚。あればつゆに温泉卵を入れてもらふ。酔つた喉には中々、具合がよい。七味唐辛子を振ることもあつて、これは食べる分だけの蕎麦に、ちよいと。どちらも歴としたお店ぢやあ出來ないが、茹で置きの廉な蕎麦だと妙に適ふ(やうに思はれる)から、私の味覚なんて、いい加減なものです。
 ところでここまでの進み具合だと、丸太が立ち喰ひ蕎麦で啜るのが多いのは、ざる蕎麦と思はれるかも知れないが、そんなことはない。統計は取つてゐないから、そこは割引いてもらふとして、大半はたぬき蕎麦の筈である。後はかけ。偶に掻き揚げときつねくらゐ。変り種は好まない。精々が春菊天だらうか。我ながら保守的な態度だと思ふ。[冨士そば]だと一部のお店で紅生姜の天麩羅を用意してゐて、確かに好物なのだけれど、刻んだそれの掻き揚げなのが気に入らない。あれはぺらんとしたやつを揚げるのが旨いし、大坂式の饂飩に似合ふ。

 話がそれさうですね。
 たれです、いつも通りと苦笑するのは。

 蕎麦愛好家から見ると、立ち喰ひはどんな風に映つてゐるのだらう。何となく軽んじられてゐるんではないかと思はれる。曰く二八は当然、十割でなくちやあとか、つゆが練られてないのはいけないとか、天種は時節地物とか、考へてゐるのか知ら。それとも美味い蕎麦は先づ、いい水で香りと喉ごしを味はふものだとか、云ふのか知ら。いやまあ、さういふ愛好家の要望を満たす蕎麦屋があつたつて、かまはないと思ふけれど、そんな求道的なお店には入りたくないなあ。店主が長渕剛みたいぢやあないか。
 日常の動く範囲の中に[長寿庵]といふ、名前は立派だけれど立ち喰ひに準じる程度の蕎麦屋があつて、時々たぬき蕎麦を啜る。蕎麦は茹で置き。つゆは業務用を基にしてゐさうな感じ。独りで切り盛りしてゐる店だから、そのくらゐは何と云ふこともないさ。それに葱は自分で刻んでゐるし、天麩羅(勿論掻き揚げである)も店で揚げてゐる。見た目は長渕剛ほど恰好よくはないし、店内でラヂオの競馬中継を流しつぱなしにする親爺さんは愛想が中々よく、肝腎の蕎麦も廉で、そこそこにうまい(冷しは感心しない)一ばん高いのが三百円の掻き揚げ蕎麦、かけ蕎麦に到つてはたつたの二百二十円だから、おやつ代りにひよいと啜れるのが嬉しいよ。

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 ぬる燗を一合、だらりと含みながら、鴨や板わさなんぞをつまみ、悠々と蕎麦に取り掛かる。さういふ蕎麦屋があるのは勿論、宜しい。時代遅れの愉しみと云はれさうな気もするが、"最近の若エ連中"には解らん愉しみなのだよと居直つておきませうか。
 ただそれだけでは困る。
 時に老舗の古格が、どうにも鬱陶しくて我慢ならないと感ぜられる…なんだ気取りやがつて、下らねえ。あんなに割高な肴をつまめるかものと云ひたくなる…瞬間があるのです。何故だらうかと考へるに、蕎麦はどれだけ洗練されても、食事ではない。所詮は贅沢なおやつなんですね。そして食事ではないところが値うちである。そんならもちつと気樂でも、いいんぢやあないか。それなりの値段をつけてゐて明らかに茹で置きだつたり、蕎麦が引ついてゐたり(まさかと思ひますか。どちらも實際にあつたのですよ。店の名前は伏せるけれど)すると、がつかりして仕舞ふ。
 これが立ち喰ひ蕎麦なら少々まづくたつて、笑ひ飛ばせる。山葵でも七味唐辛子でも、誤魔化す工夫もある。それで話の種にもなる。尤も立ち喰ひは特段、うまいわけではないが、がつかりさせられない程度に味は安定してゐるから、笑へるくらゐのまづさに出会ふことは期待しにくい。仮にあつたとして、話の種には出來るけれど、蕎麦の種にはならないだらう。

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# by vaxpops | 2017-08-28 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

の、やうな。

書割。
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の、やうな。

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# by vaxpops | 2017-08-27 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

特筆すべきこともなし

安呑み屋の。
ただの冷奴。
それだけで。
馴れた店の。
ただ安心感。
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# by vaxpops | 2017-08-26 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

夏の野菜の、ひりりとした感じ。

齧りついた後、舌で爆ぜる感じ。

麦酒で口を洗ひ、苦笑する感じ。

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当つても外れても、籤は美味いものなのだ。

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# by vaxpops | 2017-08-25 08:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

燈りは無言

夜を見上げてゐるのか

夜が見下してゐるのか

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# by vaxpops | 2017-08-24 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

more

生ハムの美味いところつて

塊からナイフで削り出す姿

もつと削れ!おれの為に

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# by vaxpops | 2017-08-23 07:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

矛盾

高い場所は苦手です。

地面に放り上げられさうな気分になるから。
階下へと転げ上がりさうな気分になるから。

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# by vaxpops | 2017-08-22 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

リクエスト

 惣菜パンといふのを私は好む。

 ハムカツ。
 コロッケ。
 タマゴ(ここはカタカナにしないと、しつくりこない)
 ソーセイジ。

 小腹は空いてゐるのに食事までは慾しくない。さういふ中途半端な時、實に具合がいい。

 併しどうも焼そばパンとは、相性が宜しくないのですね、私の場合。宜しくないと思へる理由ははつきりしてゐて、焼そばはコロッケやハムカツに比べて、パンにあひにくいんではないかと思はれる所為である。
 では何故あひにくいのかと考へるに、パンの甘みが要因ではないか。我が國のパンは輸入以來、独自の変化を遂げてきたが、云はば西洋の流れを保持してゐる。コロッケやハムカツも同様で、さういふ視点に立つと、相性の問題は(少)ないだらう。対する焼そばは日本独特の食べものだから、東西のずれが際立つて感ぜられるのではないだらうか、と私はすすどく睨んでゐる。
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 裏を返すと、日本式の甘さを少々控へめにしたパンを用意すれば、焼そばパンの地位は劇的に向上するだらうといふ期待が持てる。我らが惣菜パンのメーカーには、その辺りの研究を抜かりなく行つて頂きたい。
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# by vaxpops | 2017-08-21 08:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)

黄身

 ご覧のとほり、苦瓜と厚揚げ豚肉にもやしの炒めもの。味つけは塩と胡椒。まあ、ありきたりと云へばありきたりなんだが、寧ろそのありきたりが旨い。かういふのは凝ればいい、とは限らないんですよ。

 そのまま塩胡椒で食べるのがいいのは勿論、途中でほんのり醤油を垂らして、気分を変へるのも惡くない。ただこの場合、ひと口のごはんが慾しくなるけれども。
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 さうさう。

 このひと皿の厚揚げには、ちよいと感心した。豚肉の脂や苦瓜の風味をうまく受けとめる、意外な(と云ふと、厚揚げに失礼か知ら)有能ぶりを発揮してゐた。

 これをつまみながら(勿論麦酒を呑んでゐる)家でご馳走風に仕立てるなら、大蒜醤油で濃いめに味をつけ、半熟の目玉焼きか温泉卵を乗せ、分葱をたつぷり散らすのがよからうな、と考へた。苦瓜をも少し分厚めに切れば、濃い味つけにも負けはしないだらう。それに黄身で汚れたお皿を、ごはんで綺麗にする樂しみだつて出來る。
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# by vaxpops | 2017-08-20 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

meet meat

牛肉とおくらの串焼き。
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豚肉と夏野菜のカレー風味炒め。
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 鶏肉がないのは 画竜点睛ヲ欠ク だねと云はれるか知ら。

 どちらも、旨かつた。
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# by vaxpops | 2017-08-19 13:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

ちらり

襟元。

スカート。

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それから、暖簾。

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# by vaxpops | 2017-08-18 08:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(2)

次へ

旅は續く。

帰る為に。

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# by vaxpops | 2017-08-17 07:45 | 画像一葉 | Trackback | Comments(0)

泥棒趣味

 山梨の県立美術館にはミレーが何点も収藏されてゐて、甲府に足を運んだ際には必ず立ち寄る。ことに『ポーリーヌ・Vの肖像』と『眠れるお針子』は気に入りで、何度見ても飽きない。どうも私はモデルに惚れてゐるのではないかと思ふのだが、ここはそれを絵画で留めおいたミレーの力と云つておきませうか。
 ポーリーンとお針子はどちらも小体な額縁で飾られてゐる。堂々とした『種を蒔く人』にくらべると、どことなくひつそりした感じが好もしく、實は何べんか
(隙を見て持つて帰れないものか知ら)
と考へたことがある。無理に決つた話だから、絵葉書で我慢してゐるけれども。ここで慌てて念を押すと、私に泥棒趣味はありませんよ。さういふ男を誘惑する画家が惡い。

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 誘惑に乗らなかつたのは、勿論私が藝術への敬意を有してゐるからだが、敬意ゆゑ盗むのだといふ理窟だつて、多少は成り立つ余地を残してゐる筈である。なので、万全とは呼び難い。もつと単純に手法…どうやつて盗むのか…の点もある。ただこれを前面に押し出すと、解決すれば実施するかと云はれさうだから、具体的に考へるのは控へなくちやあならない。とここまでが、前振りで、もつと切實な問題がある。仮に藝術への敬意を失はず、完璧な計劃でミレーを手に入れたとして、さあ、どこに飾ればいいのだらうか。
 なんて書くと、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は苦笑を浮べながら、盗品なんだから、無理に決つてゐるぢやあないかと云ふだらう。確かに。そこはその通り、御説御尤もとして、私が云ひたいのはそこではないんです。絵は飾られ、私や貴女に観られ、絵になるのは、今さら云ふ話でもないでせうが、優れた絵には、その絵の為の空間が不可欠だと。床の広さ(或は狭さ)、天井の高さ、灯りの色と強さ。さういつた條件が、生活を乱さない中で調へられなくてはならないと。

 掛軸や屏風を思ひ浮べてみませうか。ああいふのを美術館で眺めるのは興醒めする。何故かと云へば、掛軸も屏風も、明々とした空間で、顕微鏡的な熱心さをもつて、細部を視るものではないからです。日本間の隅にひつそり置かれ、お茶でも啜りながら、ぼんやり眺めるのが本來と云へばいいだらうか。それで時にかすれた讚に視線をやつて、うーむ讀みにくい、仕方がないから、一ぱい呑らうか知ら、なんて考へるのが正しい。すりやあ藝術への敬意を欠いた態度ではないか。と非難されるかも知れないが、我が邦の藝術は生活に混ざつたまま在るもので、美術館といふ隔絶された場所の掛軸乃至屏風が殺風景に感じられるのは、そこに理由がある。

 併しバルビゾン派は掛軸も屏風も描かなかつたぜ。といふ指摘は一応のところ尤もである。ではあるが、ああいふ絵なら矢張り、美術館ではない場所に、眺めるとも眺めないとも、そんな感じで在つてもらひたい。讀者諸嬢諸氏にはさう、お思ひになりませんか。その場合、日本間では落ちつかないよね。さりとて、王侯貴族の豪奢な屋敷でも困るし、ましてや近代的な邸宅なぞは論を俟たないわけで、さう思へるのは何故だらう。
 少し寄り道をすると、ミレーは1814年生れ。死去は1875年だから、19世紀のひとですね。我が愛しのポーリーヌとお針子は、1840年代の前半にパリで描かれた。この数年後、画家はパリを離れ、バルビゾンに移住する。唐突に思はれるかも知れないが、この時期…ミレーの生涯、或は19世紀の100年は、電燈が實用になる100年とほぼ、重なつてゐるんです。かれが存命の頃、既に電燈(少なくともその原型)はあつたけれど、その恩恵に浴することはなかつただらう。画家のアトリエを照らしたのは前時代のランプだつたにちがひなく、そろそろ寄り道が終りますよ。
 陽光とランプの灯りで描かれただらう、ポーリーヌとお針子を万全に味はふとしたら、さういふ場所こそが相応しいのではなからうか。たとへば質素な、併し狭苦しくはない農家の、暖炉やランプ、蝋燭に照らされた食堂がいい。栗を詰めた山鳥やジビエと馬鈴薯と玉葱の煮込み、チーズとパンで、野暮つたい赤葡萄酒をやつつけながら、いやあ美女が一緒だと、味はひがちがふなあ、なんて呟きながら視線を送るのが、一ばんしつくり収まりさうに思へてならない。

 かう考へると、山梨の美術館からポーリーヌとお針子を連れ出すとして、事前にフランスの片田舎に農家と暖炉とランプと蝋燭、それからジビエに葡萄酒を用意せねばならないことになつて、これは大変な物いりである。そんなら甲府に別宅をかまへ、勝沼や登美の丘…我が邦の葡萄酒が軽く見られるのを私は悲しむ者である。甲府が賣り出してゐる鶏のもつ煮に似合ふだらう。はうたうや煮貝はちとあやしいかな…を満喫しつつ、県立美術館に通ふ方が気樂でいい。併しパリやバルビゾンは彼女たちにとつて、懐かしき我が故郷の筈である。もしかして計劃を立てれば、喜んで協力してくれるか知ら。泥棒趣味の持合せはないのだけれど。

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# by vaxpops | 2017-08-16 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

円弧

罐詰から切り出され

弧をゑがく塩漬豚の

焦げとマヨネィーズ

麦酒と泡盛のよき友

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# by vaxpops | 2017-08-15 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

円形

器。

葱。

白髪の蔭。

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# by vaxpops | 2017-08-14 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

円環

 先づ引用から始めませう。

『一日の発端である朝食のおかずと、一日の末尾である酒の肴は、おごそかに円環を作るのだと考へてもいいし、どつちも味覚の純粋形態だから一致するのだと言つてもいい。つまりこの両者を兼ねることが絶対できないからこそ、たとへばライス・カレーなんてものは品格の低い食べものなのである。』

 丸谷才一の『好きな背広』(文春文庫)に収められた[小説作法]の一節であります。今なら同じ文庫の『腹を抱へる』で簡単に讀めるから、目を通してごらんなさい。小説に限らず、文章を書かうとする時の、ちよつとしたこつが判る。

 併しその"ちよつとしたこつ"は兎も角、ライス・カレーが朝食のおかずと酒の肴を兼ねることが"絶対できない"といふ指摘には疑問が残る。説得力はあるけれど、本当か知ら。絶対と強調するのは、幾らなんでも云ひ過ぎな気がするなあ。

 何故こんな話を始めたのかといへば、私はライス・カレーが大好物なのです。毎日三食は流石に遠慮するとしても、毎日の中の一食だつたらかまはない程度には好もしく思つてゐる。子供めいた嗜好と笑はれるかも知れないね、反省はしないけれども。

 ただここで考へると、ライス・カレーで一ぱいやつつけた記憶が殆どない。氷水かカフェ・オレくらゐ。分が惡さうな気配になつてきたぞ。
 と書いて、田原町にあつた[松楽]といふ店を思ひ出した。むやみに巨大なもつ焼きが印象的だつたが、その[松楽]に"カレーのル"といふメニュがあつた。小鉢に入つた甘くちのカレーのルウ。これを匙で掬ひながら、電氣ブランを生で啜るのはハイカラなんだか、ひたすら駄目な醉つ払ひなんだか、自分でもよく解らないが、愉快であつたのはまちがひない。
 さういへば、中野の[navel]といふ店で、バーテンダーだつたKIさんが、"KI家のカレー"と称したライス・カレーを出したのも思ひ出した。当時の[navel]は葡萄酒を主体にしたバーだつたから、この夜はかるめの赤を呑んだのではなかつたか。バーテンダー曰く、實家の作り方で煮込んだのですよ、といふ話。中々に品のよい味はひだつたな。
 記憶が連なつてきた。東中野にある[まいど]では時に"沼カレー"といふのを出す。ウーロンハイだつたかを横に置いて、匙を操つたと思ふ。小体な呑み屋で、珍なメニュと云つていい。[まいど]は妙に凝つたつまみを用意する癖があつて、さういふのを探すのも、客の愉しみである。
 かう辿ると、決して分が惡いとは云へないといふ気分になる。裏を返せば、ささやかな記憶しか浮ばないのだから、ライス・カレーに適ふ酒精が少ないといふ事實の間接的な證明と云へなくもない。ここまで挙げた酒精は、電氣ブランに赤葡萄酒にウーロンハイ。いづれも惡くはなかつた。なかつたけれど、ではかういふ酒精をもつて、ライス・カレーを"一日の末尾である酒の肴"と位置づけられるだらうか。残念ながら、ウーロンハイはまあいいとして、葡萄酒や電氣ブランを日常の晩酌に使ふのは、六づかしさうに思へる。

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 それで英國を気にしなくてはなるまい。我が邦のカレーが、あの大植民地帝國からもたらされたのは今さら強調する必要もない話だが、では英國紳士がカレーをどう食べてゐたか、ゐるか、我われは知らないのではないか。
 正直なところ私が知つてゐるのは、上流のロースト・ビーフとスモークト・サモン(サーモンと書いたら、途端に廻転寿司めいて仕舞ふ)、労働者階級だつたらフィッシュ・アンド・チップスにジェリード・イールくらゐ。この認識がどの程度に正しいかは在英の讀者諸嬢諸氏に判定してもらふしかないとして、かういふ食べものに、果して英國人はカレーを用ゐるものか知ら。風変り好みはどこにでもゐる例外だから、その層を除くと、どうも用ゐないだらうなといふ気がしてくる。
 英國と聞いて私の頭に浮ぶのは、保守的といふごく類型的な印象と、これは本当かどうか
『ロンドンでうまい食事をしたければ、中華料理屋に行け』
といふ格言。簡単に説明すると、外國の料理屋はその國の料理人が厨房に入つてゐるから安心だ、といふ意味です。この辺りは植民地帝國の面目躍如だなあと手を拍きたくなる。自國の料理人への皮肉が、いい具合のスパイスにもなつてゐるのもよろしい。
 この理窟で云へば、英國の印度料理屋には印度の料理人がゐるのだなと想像出來て、もしかすると、我が邦に伝はつたカレーは、英國で印度料理屋に卸されたのかとも思つたが、それぢやあ商賣にならない。きつと胡椒のやうな扱ひだつたのだらうな。たとへばキヤベツや馬鈴薯と牛肉を煮込んで、カレー・パウダーでほのかな香りをつけ、異国風を気取つたにちがひない。これならライスには目を瞑れるし、呑みながらつまめもする。それを招いたお客にヰスキィと一緒に勧めながら、印度での奇妙な冒険譚を語つたのだらう。英國人は冒険好きで感傷的で法螺が巧いもの。それくらゐは平然とやらかせたさ。
 さういへば丸谷才一は英文學のひとだつた。ライス・カレーに批判的だつたのは、ロンドンで振る舞はれた、カレー風味の煮込み料理とギネス・ビールに義理を立ててゐたのかも知れない。
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# by vaxpops | 2017-08-13 07:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

 婉曲な語法といふのがある。本意眞意を覆ひ隠しながら、寧ろ強調する、ちよいと高級な技術。この高級は用ゐる側だけでなく、受ける方にも求められます。ぼんやりさした語り口で、双方が理解しなくてはいけないもの。恋人同士の語り合ひを思ひ浮べれば、漠然と想像出來さうな気がするが、ちよつとちがふか知ら。婉曲の要諦は本音本心を隠すのではなく、察せしめる点で、これをもつと単純に、相手の想像(ここは妄想と呼びかへてもいい)を上手く掻き立てるやうな透かし方、と見立てるのは誤りではない。もつとエロチックな譬へも出來なくはないのだが、この[いんちきばさら]は品を重んじるから、残念ながら控へることにする。

 控へてから、さて婉曲語法から話を始めたのは何故だらうと考へてみると、そこに壜詰が転がつてゐたからで、ええ、壜ニ詰メルの、あの壜詰です。流れにすると

壜詰>パッケージ>隙間から覗ける中身>ちやんと見えない>味の想像が掻き立てられる>けれども何だか曖昧>婉曲語法

となつて、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には、無理やりだなと思はれるだらうか。ここで思ひ出すのは、かんべむさしの本で讀んだ"連想しりとり"といふ遊び。単語ではなく連想で進めるしりとりで、関西在のS.F.作家が集つた時に、リクエストに応へた堀晃(だつたと思ふ)が自宅發火星経由地球着を決め、やんやの喝采を浴びたさうだ。小松左京や筒井康隆がゐる中で、大したものだなあ。私がそれを意識してゐたかどうかは別として、併し閑文字を玩ぶのなら、かういふ連想の技術は必須まではゆかないとしても、大事だと思ふのだがまた話が逸れた。

 ええと、何だつたか知ら。
 壜詰でした、さう、壜詰。
 [19世紀罐詰]の項でも少し触れたが、これは19世紀早々のナポレオン時代に、軍用食として發明されてゐる。正確を期せば、軍用食の保存と輸送の為の發明で、硝子壜に食べものを容れ、コルクで栓をし、蝋で封をする方法。容器の重さと破損のし易さに難があつて、後發の罐詰に敗北したのだが、食べものを清潔な容器に封じ込める手法自体は壜詰で出來てゐた。軍隊で使ふといふ殺風景な目的から見ると、より軽く、少々手荒に扱つても平気な罐が優位に思へたのだらう。
 併しまつたく優位だつたかと云へば、さうとも云へなくて、まづ食べもの自体の問題があつた。簡単に云ふと罐の中で醗酵…腐敗が進んで、破裂することがあつたさうだから、何を入れてゐたのだらう。また罐の封も問題で、蓋のはんだには鉛がたつぷり含まれてゐたといふ。兵隊、ではなかつた、人体に有害なのは改めるまでもなく、初期の罐詰は糧食に加へ、(殺傷力のひくい)時限爆弾と毒藥まで兼ねてゐたことになる。兵站の担当は兵隊からの苦情を捌くのまで仕事だつた筈だ。厭気がさしたにちがひない。

 重さと脆さは確かに壜詰の大問題であつた。そこは認めるとして、果してそれは、致命的な欠陥だつたのか知ら。壜詰なら封緘はコルクと蝋だから、当時の衛生的な観点からすれば、こちらの方が安心の度合ひは高さうに思はれる。
 それに硝子壜なら中身の様子を窺へるわけで、食べものそれ自体の醗酵(この問題は壜罐に関はらない)を察知し易くなるだらう。もつと云へば壜は再利用が可能でもある。布切れなり綿の切れ端なりを緩衝材にすれば、破損の心配を(ある程度にしても)減少出來る。詰り重さ以外の條件で壜詰が罐詰に劣るとは考へにくくなつてくる。…のではないかと思へるのだが、軍隊が優先する重さは剣楯銃弾なのだな。あの連中は野蛮だねえ。[いんちきばさら]では、平和的にいきますよ。

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 その平和的な記憶を辿つてみると、桃屋の"ごはんですよ!"が浮んでくる。さうさうと膝を打つひとがゐたら、私と世代が近い。壜入りの海苔の佃煮には、"磯自慢"もあつた筈だが(今もあるのか知ら)、そちらは記憶に薄い。コマーシャルの唄は耳の底に残つてはゐて、披露出來ないのが残念。
 妙にうまいものだね。あれがひと壜にパックのごはんと即席味噌汁があれぱ、食事が成り立つて仕舞ふ。一汁一菜が極端に化学化された結果と云ふと、叱られるだらうか。
 他を挙げてゆくと、"食べる辣油"といふのがあるし、搾菜にメンマ(漢字がないかと調べてみたら、あれは"麺に乗せる麻筍"の略。太平洋戰争の後、松村秋水といふひとが考へた、支那竹の代用語と知つた。字を無理に宛てれば、麺麻だらうか)、ジャムやママレイド、蜂蜜、ピックルス。壜の大きさを考へなければ、マヨネィーズ、塩、胡椒、醤油にぽん酢も壜詰。危ふく忘れるところだつたが、葡萄酒、麦酒、泡盛に焼酎、ヰスキィ、勿論お酒も壜詰であつて、液体は罐も紙パックもペットボトルもあるだらうと云つてはいけない。かういふのは壜詰だから説得力があるんである。

 何故だらう。
 思ふに壜の後ろにある壷…酒壷ではないか。

 土をこねて焼き固めた容器は、調理と同時に保存の意味でも偉大な發明であつた。ひよつとして人類第一の發明かも知れない。それはおそらく、呪術的な役割から始つて、實用へと変遷したにちがひなく…縄文人の祈祷(でなければ烈しい情念)を思はせる土器の姿と、彌生人の穏やかな合理性を思はせるそれを比較せよ…、"収穫と豊穣への感謝"の器は、"生存の為の保存"の器へと目的を変じた。何千年か、必要だつたらうな。気の長い話である。壜、それも硝子壜がその子孫なのは云ふまでもない。詰り海苔の佃煮や辣韮や搾菜、或は泡盛の古酒、お酒の壜を目にして、何とはなしに感じる説得力乃至安心または安定した感じは、上代に遡れるご先祖の記憶に負ふところが少なからずありさうに思はれる。
 といつたことを"豊かな風味"といふ惹句のついた壜詰から、つらつら考へてみたのだが、要はただの思ひつきで、はつきりした根拠があるわけではない。もう少し婉曲な書き方をするべきだつたかも知れない。
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# by vaxpops | 2017-08-12 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

短路

文明開化の電燈は

短路に現役

頭上も足元も

文明が照らしてゐる
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# by vaxpops | 2017-08-11 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

手抜きたぬき

まづ冷や奴におろし生姜。

そこに刻み葱をたつぷり。

さらに天かすをわさりと。

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 麺つゆを打ち掛けて、少しの味つけぽん酢を垂らせば、称して曰く、たぬき奴の出來上り。本格に準備する積りなら幾らでも手をかけられるが、まあ眞夏の手抜きのひと皿だよね。

 余裕があるなら、胡瓜や茗荷やセロリーを細く刻んで添へればいい。冷房で体が冷えるなあと思ふひとは、麺つゆや味つけぽん酢ではなく、熱いあんを用意すればよからう。この場合なら、生姜より、もみぢおろしの方が似合ふ。
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# by vaxpops | 2017-08-10 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

Sniffing dog

この世界は

知らない匂ひに

満ちてゐる

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うーむ、興味津々。

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# by vaxpops | 2017-08-09 07:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(2)

Cat look staring

視線の先には

獲物かはたまた

またたびか

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さりとて意味のなき視線やも知れず

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# by vaxpops | 2017-08-08 07:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(0)

The yellow

高貴の色。

狂気の徴。
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いや何より。

美味の證明。

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# by vaxpops | 2017-08-07 08:30 | 画像一葉 | Trackback | Comments(0)

反省

 葡萄酒を呑み、肉を喰へる簡単な酒場といふのは、探すと案外に見当らない。
 たとへば画像のやうな。
 お店の名前は失念したが、ここは鐵板があつて、かういふ小さなステイクを出してくれた。
 料理の具合ひを見るのも愉しかつたし、かういふのを口に運びながら呑む葡萄酒も旨いものだつたが、いつの間にか取り払はれ、同じ看板でモヒートを賣りにする別の店になつて仕舞つた。

 記憶は定かではないが、この夜は二はいの葡萄酒とあはせて、3,000円とかその程度だつた。
 かういふお店が長くやつてゆけないのは、大袈裟に云へば、本邦の呑み助が未だ、その程度といふ證しでもあつて、我われは大きに反省しなくてはならない。

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# by vaxpops | 2017-08-06 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

正道と邪道

 ベテランの呑み助に云はせると、八釜しいことは云はなくても考へなくても、好きに呑むのが一ばん美味いのださうで、説得力があるね、かういふのは。
 伊達に酔つ払つてゐないよ。
 併し多くの酔つ払ひの好きな呑み方が、大きく纏まつて、所謂"王道の呑み方"を形作つた…詰り先人の宿酔ひの結集…ことを思ふと、そこを軽んじるわけにはゆかないやね。

一ぱい目は先人に敬意を表して正道で。

お代りからはお好みの云はば邪道へと。

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正ヲ知リ邪ヲ知ラバ百杯危フカラズ。

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# by vaxpops | 2017-08-05 09:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

フォール・ダウン

遥かに高い場所にゐると

堕ちる直前の御使ひのやうな

不安と恐れが湧いてくる

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天は見上げるものなのだ

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# by vaxpops | 2017-08-04 07:45 | 画像一葉 | Trackback | Comments(0)

戯れ歌鰻

 萬葉集には戯れ歌とでも呼べる歌が幾つもあつて、たとへば柿本人麻呂は宴席を中座するにあたつて、"子供が泣いてゐるにちがひないし、妻も私と添ひ寝をしたがつてゐるだらうから"と詠んだ。かういふ社交性を求められたのが上代中世の宮廷文化で、實際はその宴席に、人麻呂がきらひな貴族がゐて、さつさと帰りたかつただけなのかも知れないが、これなら角が立たない。尤もかういふ社交の道具としての和歌は、滅んでゐる。藝術に進んだからで、いいことなのかどうか。
 随分以前に聞いたゴシップをひとつ。冷泉家…和歌をもつて鳴るあの冷泉家です…に婿入りした若ものの話。義家に入つた日、夕食の後、家長が不意に、けふこの家に男子を迎へたのは嬉しいことだといふ意味の歌を詠んだ。そのあと若ものに
「君、返歌を」
と續けなければ、いい話だつたのになあ。ただこれは宮廷文化をうんと縮小した形と見立てられなくもないから、閑雅な慣はしと感心すべきところか。家族の間で戯れ歌が飛び交ふなんて、中々想像出來る光景ではないよ。

 ところでこの時期に思ひ浮ぶ戯れ歌といへば、大伴家持が詠んだ

 石麻呂に 我れ物申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻捕りめせ

であらう。石麻呂さんよ、夏ばてかね。鰻でも食べて、精力をつけなさいな、くらゐの意味か。穿つた見方をするなら、夏痩せの裏の恋窶れを揶揄つてゐるのかと思へなくもないが、どうも萬葉風の大味な諧謔が薄れて仕舞ふ。眞夏の殿上で、げつそりした様の石麻呂を見掛けた家持が、すれちがひざま、笑ひながら詠んだと考へたい。

 この一首で我われが気づくのは、萬葉集の時代に鰻を食べる習慣があり、また鰻は暑い季節の滋養強壮に効果があると云はれてゐたこと。さうでなければ、この歌は成り立たない。
 鰻といへば、"あなうなぎ"の狂歌だつたり"土用ニハ鰻喰フベシ"を思ひ出すひとが多からうが、蜀山人や平賀源内の頭にこの歌はあつただらうか。あの時代は不肖の子孫とちがつて、古典に通じた人びとが少なからずゐたから、あつたとも考へられるし、古今や新古今ぶりが主流だつた筈だと思ふと、案外さうでなささうな気もされる。
 さて我らのご先祖は、鰻をどんな風に料つたのだらう。割いて焼いて蒸してたれを塗つて山椒を振つて、ではなかつただらう。切つて焼いて、味噌か醤でつまんだのではなからうか。まさか英國風の煮凝り寄せには、してゐないと思ふ。ジェリード・イールは労働者が、午後のお茶に食べるものだと伊丹十三が書いてゐた記憶があるが、本当か知ら。タフな仕事向けの精力剤のやうな扱ひといふことか。檀一雄によると、西班牙だか葡萄牙だかでは小さな土鍋にオリーヴ油を煮立たせ、鰻の稚魚をはふりこむ料理(味つけは大蒜と唐辛子)があるらしい。旨さうだが、殿上人は想像も出來なかつたらうな。

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 一体に我われは鰻といへば蒲焼きをぢかに連想するが、あれが成り立つたのは、室町の末期から江戸の初期にかけての東國らしい。元々はぶつ切りを串に刺して焼き上げたもので、その様が蒲の穂を連想させたのが、蒲焼きと呼ばれるいはれなんだとか。如何にも東夷風の簡便な調理で、これではジェリード・イールを笑へない。尤もその簡便調理を数百年かけて、洗練させた点は煮凝り鰻に勝るかも知れないが。
 ここで私は関西…少なくとも近畿圏で、鰻(の蒲焼き)の名店が浮ばないことを思ひ出す。とんかつも同じですね。豚肉と鰻は東國人が喜んだ味はひなのだらう。家持の時代、朝廷から見た東國と云へば、蕃族が跳梁跋扈する未開の地だつたし、野性の精力へ信仰もあつた(同時期に佐伯今毛人といふ貴族がゐた。毛人は蝦夷とほぼ同じ意味。また今毛人の同族から出た空海の俗名は佐伯眞魚である)野蛮人が喰らふ鰻に、特別のちからが宿つてゐると考へたとしても寧ろ当然で、家持の詠んだ一首に篭つた説得力は、現代と比較にならないほど強かつただらう。
 ここまで書いたのだから、丸太は自慢気に旨さうな鰻の画像を見せつけるのだらう、と意地惡な讀者諸嬢諸氏は考へるかも知れないが、近畿人である私は、鰻と聞いても比較的冷静でゐられる。ここだけの話、穴子の方が旨いんではないかと思ふし、それ以上にこの季節と云へば鱧の湯引きが恋しくなる。瀬戸内のどん詰りの夏ほど疎ましいものもないが、あの湿つぽい土地には、鰻の豪壮より鱧の繊細が適ふ。ところで鱧をあしらつた戯れ歌つて、何かあつたか知ら。
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# by vaxpops | 2017-08-03 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)