いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

13252-0400 ぶらナンブ、ナイトゲームを満喫する

 初回から試合は動いた。
 先頭の丸がすこーんと出塁したのを皮切りに、三番・キラのツーラン・ホームランでカープが先制すると、その裏、ベイスターズも荒波が塁に出た機会を逃さない。
 「これは」
 「いかん」
 我われは勿論ベイスターズを応援してゐるのだから、これはいかんと呟いたのは試合の方ではない。麦酒のカップが既に空となつてゐたわけで、早くも大聲を出したい空気の中で麦酒が無いのはこまる。
 幸ひサッポロの賣り子さんと目があつたので、素早く来てもらふ。健康的に日灼けしたお姉さんで、手際よく黒ラベルを注ぎながら、ちらちらとフィールドに視線を送りつつ
「最惡でも一点は返しておきたいですよねえ」
「さうだね、出来れば同点に持つていきたいねえ」
賣り子さんもベイスターズを応援してゐるのか、我われの贔屓心を察しての事か。カップを手渡しながら彼女は大きく笑つた。きつといい娘さんにちがひない。

 ところで入場前に私が買つてゐたのは横濱名物・崎陽軒のシウマイ弁当(七百五十円)で、崎陽軒が横濱の名物なのは疑ひの余地は無いとして、崎陽は長崎の別名だから、ユモアを感じなくもない。長崎には行つた事が無いから、焼売がうまいのかどうか、非常に気になるところではある。
 シウマイが五つ。
 唐揚げ、蒲鉾(一切れ)、照焼き。
 細かく刻んだ筍をややあまく煮付けたのがたつぷり。
 ざつと見渡して、シウマイひとつと少々の筍で先にご飯を平らげ、"無かつた事"にした。崎陽軒謹製"麦酒の肴セット"の出来上りである。
 細々しいおかずの味付けは全体にややあまめの傾向。それだけでは感心出来ないけれど、辛子醤油でやつつけるシウマイが際立つやうに工夫してゐるのだ。やるねえ、横濱名物の異名は伊達ではないよ。などと考へ、つまみ、呑んでゐるうちにも試合は進むもので、ベイスターズは一回の裏、きつちり追ひつき(黒ラベルの賣り子さんも喜んだ事だらう)、二回の表、きつちりカープに勝ち越され(黒ラベルの賣り子さんはがつかりしたにちがひない)、その裏に一点を返した。スタンドも暑いが、グラウンドの熱くさも負けてゐない。

 「こいつあ」
 「エエなあ」
 緊迫した投手戰もいいものだが、ベイスターズには似合はない。平松や斉藤や佐々木や三浦やスーパーカートリオには申し訳ないが、ぽかぽか派手にかツ飛ばすのがこのチームらしいところで(これぢやあ古葉さんはしンどかツたやろなア)、序盤の流れだと今夜はそれが期待出来さうである。こいつあエエと呟いたのは、その期待をそれ以上語り合ふゆとりがなかつたからで、勿論試合は動いてゐるし、不思議な事には呑み乾した筈のない麦酒のカップが空にもなつてゐる。
 「奇妙な事もあるものぢやあないか貴君」
 「いや貴君、先刻旨さうに呑み乾してゐたよ」
 と切返した頴娃君のカップも空になつてゐて、その時我われは同時にヱビスの賣り子さんの姿を視線に収めた。
 「やや。もしや彼女は」
 「さうだよ、【13236-0384 ぶらナンブ横濱を行く】の、"先づはヱビスから。罐麦酒一本分で五百五十円也"の賣り子さんに相違ない」
 ふたたび同時に大きく手を振つた我われを確認した瞬間、光に等しい速さでスタンドを駆け上がつてきたヱビスの賣り子さんを間近で見て、視認が正しかつたと解つた。嬉しいねえ。再会を喜び合ひたいところだつたが、残念な事に彼女は仕事中である。

 念の為に云ふとこの間も試合は進んでゐる。
 四字熟語で云へば一進一退。
 ベイスターズの先発を任された高崎が今ひとつぴりツとしないままマウンドを降りたのは残念だつたが(矢張り先発が試合を締めないとね)、お蔭でぐづぐづにならずにも済んだのは幸ひで、中盤の大逆襲はこの投手交代で約束されたと私としては云ひたい。それがどんな様子だつたかは

ベイスターズ対カープ(ハイライト)

辺りで大体掴んでもらへる筈で、ベイスターズ…ホエールズの時代まで遡つてもいいと思ふんだが…に似合ひの派手で莫迦ばかしくつて賑やかな展開で、具体的に描写をしてもいいんだけれど、さうしても多分詰らない。なのだがひとつだけ、ベイスターズ石川が前進守備の左翼を大きく抜き放つた三塁打の鮮やかと痛快は特筆大書しておきたい。
 打球が高く遠く伸びて転々と外野を抜ける。
 塁上の走者がホームに戻る中、打者走者は一塁から二塁を躊躇ふ事無く駆け抜け、三塁を陥れる。
 スタンドは打球と同時に舞ひ上り、うおあああああと叫び、或は行け行け行け行けとタオルを振廻し、石川が三塁上にすつくと立つたのを見て再びみたびよたび、両腕をあげて美事な長打を褒め讃へた。大歓声は夕刻の熱気を吹き払ひ、そして野球の熱風をスタヂアムに呼び込んでくる。
 私は昂奮してゐる。頴娃君も昂奮してゐる。いつの間にか持つてゐるカップがかるくなつてゐる。麦酒が無くなつてゐる。試合に集中してゐたのに不思議な現象もあるもので、底が抜けてゐるのかと確かめてみたがそんな事は無く、隣をちらと見たら相棒もこまつたやうな顔をしてゐて、どうやらこの奇怪な現象はかれのカップにも發生してゐるらしい。然しかう云ふ時に目敏いのが頴娃君の美点で
「やや。もしや彼女は」
「ヱビスの姫ぢやあないか」
空のカップを眺めて呆然とせずに済んだのだから、ヱビスの賣り子さんがヱビス姫になるのは寧ろ当然の話だと思ふ。

 ここからはもう一気一気で長打が乱れ飛ぶ。
 両チーム…特にカープの投手陣には気の毒と云ふ他は無いんだが、プロの野球は何よりアマチュアでは絶対に無理な豪放さ具合が嬉しいのだから、いやそれとは対照的な緻密も魅力であるのは解つてゐるけれど、ベイスターズにそれを求めるのは、ジャイアンツに紳士を求めるのと同じくらゐの無理があるわけで、詰りこの夜の豪快は望外の幸運だつたと云つていい。
 「こいつアもしかすると」
 ベイスターズが年に一ぺん、出来るかどうかくらゐの、ファンには痛快な試合かも知れねエぜ。と大聲で呟いたら、頴娃君がブランコの大スリーラン・ホームラン並みの突つ込みを入れてきた。
 試合は十七対八でベイスターズの圧勝―と云ふか、野球のスコアではないやうにも(寧ろラグビーとかバレーボールとかそんな感じ)思はれるが、実際試合終了時点でかうだつたのだから仕方がない。たとへばテレヴィジョンやラヂオでこの試合を視聴してゐたら、単に大味で締りが無いなあで終つてゐた筈で、そんな気分を然し微塵も感じなかつたのは、スタヂアム最大の特典ではなかつたかと思ふ。【13250-0398 ぶらナンブ、スタヂアムに行く】の冒頭で確か
「野球は突き通る空と沸き立つ雲の下のスポーツで、ゆゑにナイトゲームは邪道」
とか何とか書いてゐるのをすつかり忘却した私は、浮き足立つたままの帰りの電車の中で、プロ野球見物はナイトゲームに限ると考へてゐたのだつた。
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by vaxpops | 2013-07-14 21:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)
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