いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

虚々實々の下田行⑤

 世の中には驛辮といふものがある。驛(の)辮当または驛賣辮当の略だと思はれるのだが、ここは驛辮でなくちやあ、しまらない。率直なところえらく割高だし、抜群にうまいかと云へばさうでもないのだけれど、特別急行列車に乗る以上、欠かすわけにはゆかない。それにうまいかと云へばさうでもないのは、特別急行列車に乗らないで喰ふ時の話で、そんな莫迦げた眞似をするひとは、さうさうゐないでせう。裏を返せば正しい状況…即ち特別急行列車の乗客となる場合の驛辮はまつたく樂しみだしうまいもので、驛辮を用意しない撰択は有り得ない。
 驛辮には名物と呼ばれるものとさうでないのがあつて、どちらかといへば私は後者を好む。名物驛辮は確かにうまいのだが、知る限り一点を豪華にする傾向(たとへば米澤牛)があつて、花やかさに欠けるきらひがある。驛辮はお辮当ではあると同時に麦酒のつまみにもするのだから、これではちつと困つて仕舞ふ。近所のお辮当屋で買ふなら食事とひとつと考へて済むが、驛辮のややこしさ肴の兼用が要求される点で、さうすると好もしく思へるのは幕の内辮当ではないか。かういふ話を随分以前にも書いた気がするが、仮にさうだつたとしても随分以前なのだから、もごもご誤魔化せばよいか。

 世界の鐵道でどんな種類の驛辮があるのか、私は知らない。ただ漠然と想像するに我が邦の幕の内辮当のやうに賑々しいお辮当は少ないのではないかと思ふ。美食と云へば佛國と中華が浮ぶけれど、かれらが食卓のお皿には熱情を注ぐのは容易に理解出來るとして、鐵道のお辮当に同じ熱を持つとは考へ辛い。パンに何かのペースト、ハムとチーズや、鶏肉とナッツを炒めたのに燻製か塩漬け、まあ精々がそのくらゐで、まづくはなくても羨ましくもない、そんな感じがされる。實物を食べたら、丸でちがふ意見になるかも知れない。
 併し我が邦のお辮当に対する情熱は大したものと云ふべきで、その辺で買へる何百円かのそれでもそれなりにおかずが用意されてゐるし、盛りつけだつて一応は気が配られてもゐる。その気の遣ひ方は、實に盆栽のやうな印象を禁じ得ず、美的な方向の終着点と思へる場所に着地したのが松花堂。桃山趣味…身も蓋もなく云へば寄席趣味に行き着いたのが幕の内辮当ではないかと思はれて、やうやく話が戻つてきた。長い道のりだなあ。

 ところでその幕の内辮当はまことに奇妙に思はれる。和食と呼べないのはまあ妥当として、日本食かと云へばしつくりしない。中華や佛國式でないのは当然だから、矢張り日本食の範疇に入れざるを得ないのだらうが、では日本食のどこに入れるのが適切か知ら。こんなことで頭を悩ませるのは閑な證なのはよく承知してゐても、気になるのだから仕方がない。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には眞似してもらひたくないね、かういふ姿勢は。
 生物學の分類で、一属一種(用語としては不正確ですよ、念の為)といふのを思ひ出した。ある分類に属するのが特定の一種だけの例は幾つかあるのだが、絶滅した生物だと他に分類出來ないから(新たに)ひとつを割り当る場合もあるさうで、何となく凄むを感じる。さういふ分類の考へを食べものに緩用すれば、眞つ先に獨立したカテゴライズをされさうな代表としてカレー饂飩が浮んでくる。あの非常に特殊な麺料理はカレー饂飩といふ獨立した一門を作らなければ日本食の中に位置づけるのが困難で、この点は稿を改めて無駄に熱く書かうと思つてゐるが、我らが幕の内辮当もカレー饂飩同様に獨立の一門を用意するのが望ましいのではなからうか。

 ごはん。

 胡麻塩。

 櫻でんぶ。

 鶏そぼろ。

 かりかりの小梅。

 鰤の照焼き。

 玉子焼き。

 椎茸と人参を炊いたの。

 金平牛蒡。

 コロッケ。

 ハンバーグ。

 海老フライ。

 白身魚のフライ。

 ナポリタン・スパゲッティ。

 ポテトサラド。

 焼賣。

 肉團子。

 春雨の中華風ドレッシング和へ。

 書き出した種々は思ひつくままなのだが、これらがちんまりと、併し賑々しく勢揃ひするのは幕の内辮当くらゐで、これが当り前の日本食なら、も少し全体の均衡を調整するにちがひない。かういふカーニバル的な食べものを從來の範疇に収めるのが無理のある話で、日本食属の中にカレー饂飩目と並べて幕の内辮当目を用意するのがよからうとする私の主張は、さうさう無理のあるものではないでせう。

 幕の内辮当がカーニバル的とすれば、それを味はふのは矢張り、カーニバル的を場所が好もしいとするは当然の帰結と云ふべきで、やつと特別急行列車が登場する。特別急行列車を旅行の手段ととらへるのは誤りではないにしても理解としては単純に過ぎて、ここは"毎日(日常、或はケ)からさうではない場所(非日常、或はハレ)を繋ぐもの"と考へたく、ハレはカーニバルとほぼ同義と受け取つて差支えへはない。カーニバルには酒精と食事を欠かしてはならず、それは非日常…ハレへの供物と位置づけられる。ハレへの供物なのだからそれは花やかでなくてはならぬ。何やら循環論法みたいになつてきたが、ハレ…花やか…賑々しさを象徴させるのに、幕の内ほど似合ひのお辮当はなささうに思はれる。

 そこでここからが本題。
 何しろ"虚々實々の下田行"なのだから、そこを避けるわけにはゆかぬ。
 下田…伊豆急下田驛を目指すのは小田原から乗車する特別急行列車の"踊り子"號で、大体一時間半から二時間くらゐ掛かる。この一時間半乃至二時間が詰り、ハレへの通り道となる。もつと云へば小田原驛はハレの入口と位置づけられる場所となるから、ここでどんなお辮当を買ふかはきはめて重要な課題になるだらうとは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも十二分にご想像頂けるにちがひない。

 上を見ると、(情報自体は新しくないけれど)賣店は入れない場所も含めて驛の規模に似合ふくらゐの数があると気づかされる。考へると小田原驛は東海道本線だけでなく、東海道新幹線に小田急小田原線、箱根登山鐵道、伊豆箱根鐵道大雄山線にあるのだから、賣店が少ないのは寧ろをかしい。上のリンク先を更に見ると、どうやら幅を利かしてゐるのは[東華軒]らしいことが判つて、ではどんな辮当があるのか知らと確かめてみる。

 中々ヴァラエティに富んでゐるなあ。但しクラッシックな幕の内辮当が慾しければ、[崎陽軒]といふことになる…ここで役に立たない知識を披露すると、"崎陽"は長崎の異称。日本風に変化した中華料理は横濱でも神戸でもなく、長崎に源流があるのだね…が、[崎陽軒]は横濱スタヂアムでベイスターズを応援しながら食べるのが一ばん旨さうで、但し野球場は一種のハレだから、特別急行列車同様、似合ふ可能性は高く、ここは悩ましい。

尤もやああれが旨さうだ、いやこれも捨て難いぞと賣店をうろうろするのもハレの樂しみである。従つて当日の天候やお腹の具合、予想外のお辮当に気を惹かれての気分の変化で、おもむろにこれと決めるのが正しくまたあらほましいのは云ふまでもなく、今から目星をつけておかうとするのは、カーニバルの礼儀に反する態度であらう。

 さういふことは十分に理解してゐるのだが、何せ小田原驛での乗り替へ時間は限られてゐる。せめて大まかな方向くらゐは決めておかないと、手ぶらで"踊り子"號に駆け込む破目になりかねない。

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by vaxpops | 2017-02-24 07:00 | 企画万巻 | Trackback | Comments(2)
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Commented by pote-sala at 2017-02-24 07:39
さんざんここまで悩んだ挙句手ぶらで乗車。
すきっぱらで飲酒。
いやいや、ここまで検証したところで当日あれやこれや悩むのですよ。
わくわくして売店に乗り込んで舞い上がる・・、私がそうです・・。
Commented by vaxpops at 2017-02-24 18:40
ぽてさん。

 手ぶらの空腹に麦酒は兎も角、お酒は危ないので、それは何としても避けねばなりません。

 いや本気でさう思ふのですが、"わくわくして売店に乗り込んで舞い上が"つて仕舞ふ可能性は私にもあつて、どう対策すべえかと、まつたく悩ましいのです。
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