いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

肉野菜炒め文明

 先日あるラヂオ番組を聞くともなく聞いてゐると、"肉野菜炒め"を無駄に熱つぽく語つてゐて、笑はされた。といふか、笑はされて仕舞つた。かういふ"どうでもよいこと"に熱を込めるのは、實に男性的な娯樂ではありませんか。仮に女性が"肉野菜炒め"を話題にしたとして、それは非常に現實的な、たとへば材料の値段や調味料の種類や下準備の省き方に集中するだらう。たれが云つたか失念したが、"女性のリアリティは八百屋のリアリティ"といふ説を思ひ出した。

 併し偶に喰ふと肉野菜炒めは旨い。私が自炊を始めたのは平成元年の四月だつた(断定出來るのは、初めての独り暮しを始めたのがこの時だつたからだ)が、最初に覚えたのは野菜炒めだつた。キヤベツと玉葱と人参ともやし。味つけは塩胡椒で、素人丸出しといつていい。尤もそこから調味料を覚え、材料を覚え、蒸したり煮たりすることも覚えたから恩義がある。但し器と盛りつけは残念ながら覚えなかつた。当り前と云へば当り前の話で、さういふことは、"たれかに振舞ふ機会"を得なければ身につくものではないのです。

 ここで気づくのは、野菜炒めは作つても肉野菜炒めを作つた記憶がとんとないことで、これは何故だらう。単に忘れてゐるだけなのか。それとも肉は肉、野菜は野菜で食べる習慣だつたのか。記憶を辿ると母親も野菜炒めは作つても肉野菜炒めは作らないひとだつた(のではないかと思はれる)から、その影響を受けた可能性の方が高い。男の子はどうしたつて、お母ちやんの料理から抜け出せないところがあるのだな。

 では肉野菜炒めをどこで覚えのたかといふ疑問が浮んできて、おそらく平成元年当時に住んでゐた千葉県は市川の中華料理屋…まあ一種の定食屋でだつたらう。正確には肉野菜炒め定食。ごはんとお味噌汁と小鉢とお漬物が組合された様は、ごくありふれてゐた。特別に美味かつたわけでないのは記憶に残つてゐない点からも明らか。記憶といへば寧ろ別の洋食屋になるのだけれど、その話をすると余談が過ぎることになるので、ちよいと残念だと思ひつつ割愛。

 現在に續く二度めの独り暮し前世紀の末頃から始まつた。今度は新宿区の中落合で、念の為に云ふと今住んでゐるのは別の場所ですよ。その中落合にも中華料理屋の名を借りた定食屋があつて、いや今もある筈だが、肉野菜炒め(定食)を本格的に貪るやうになつたのはこの時からだと思ふ。瓶麦酒(市川時代は麒麟のラガー、こつちは一番搾り)を呑みながら肉野菜炒めをつまみ、お皿に残つたお汁にごはんを打ちかけて平らげた。お行儀が惡いなあと思ひつつ、止められなかつたのは旨かつたからである。

 市川にしても中落合にしても、肉野菜炒めに使はれたのは大量のキヤベツ、それから玉葱、もやし、人参辺りで、味つけは塩胡椒と醤油(おそらく少量のオイスターソースも)だつた。可也り濃いくちで、詰り東京風である。母親のそれは塩胡椒だけだつたから、味はひは随分とちがつた筈なのにそれを旨いと思へたのだから、余程相性がよかつたのだらう。
 それに肉野菜炒めの肉は豚肉で、ただ"肉"と云ひ或は書く場合、牛肉と思つてゐた(今も思つてゐる)私…序でながら私がただ"お酒"と書きまた云ふ場合、それは日本酒の意味…なのに、これもいきなり旨いと思つた。この"いきなり"はどうも侮れない要素らしい。司馬遼太郎が確か『アメリカ素描』で記してゐたことを意訳すると、"土人がいきなり参加出來るもの"が文明なのださうで、食べものに応用したつて誤りではない。
 司馬は食べものの話に限れば、こちらが目を覆ひたくなるほど拙劣だつたから、檀一雄に登場願ふと、この最も文明的な意味での雑食家は、大意ひとが永く棲み續ける土地には必ず旨いものがある。何故なら旨い食べものは歓びだからだと喝破してゐて、この指摘は異論の余地なく正しい。
 かれの言を補足すれば、ある土地に人びとが棲む以上、そこで喰はねばならず、喰ふ以上はまづいものに耐へられる筈はなく、従つて土地にあるものを旨く喰ふ工夫を欠かずわけにはゆかない。ゆゑに旨い食べものが生れる…といふ段階が含まれてゐる。詰りさういふ階梯を経た食べものが、遠來の旅人に"いきなり"旨いと云はせることは有り得るといふより寧ろ当然の帰結で、これはもう司馬の云ふ文明ぢやあないか。

 大きくなりさうな話をここからうんと縮小すると、母親の野菜炒めしか知らなかつた若造に、"いきなり"旨いと云はせた肉野菜炒めだつて、広義の文明と呼べやしないだらうか。まあ"八百屋のリアリティ"には通用しない話かも知れず、ラヂオを聞き(流し)ながら、こんなことを考へたわけでもないのだけれど。つけ加へると、今も私は自炊をしてゐる。してはゐるが、肉野菜炒めは作らない。あれは町中なかの定食屋で偶さか、出來れば瓶麦酒を隣に置いて貪るものだと思つてゐる。
[PR]
by vaxpops | 2017-04-22 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)
トラックバックURL : http://zampablack.exblog.jp/tb/24110951
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by lagoonchii at 2017-04-25 04:35
この名文は読みおこうと数日前に思っていたのですが。

「肉野菜炒めは作らない。」とうい名言に反するかもしれませんが。

肉野菜炒めの範疇かもしれないのですが、私が勝手に名付けて、豚キャベ、というものを頻繁に作ります。
ただ豚肉とたくさんのキャベツを中華出汁とオイスターソースで中華鍋をふって。
胡椒の量で味が変わったりします。人気です。
Commented by vaxpops at 2017-04-28 09:22
lagoonchiiさん。

 實に簡便且つ旨さうなひと皿です、眞似しなくちやあ。

 豚肉を切らしてゐる時は、ざく切りのキヤベツにたつぷりの塩胡椒を振つて、火がとほる前にソップ(面倒なら水でも)を流し込んで蒸し、お皿に盛つてから少量の醤油や味つけぽん酢を垂らせば、中々のおかずになります。
 伊丹十三のエセーに"マイクルのキヤベツ"として紹介されてゐたのの変形です。
名前
URL
削除用パスワード