いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

莫迦卵

 何の本で讀んだかは忘れた。

 誤つて醤油を一升飲んで仕舞ふと、命があやふくなる。そんな時は山葵を風呂桶一杯にすりおろし、患者を入れれば体内の醤油の毒が抜ける。

 かういふ話。

 莫迦げてゐるねえ。どこをどう間違つたら醤油を一升平らげる破目になるのか、さつぱり判らない。それにすりおろすんだから、山葵は本ものでなくちやあいけない筈で、風呂桶一杯分の山葵を手に入れるとなるとさて、幾らくらゐかかるものか知ら。保険がきくとは思へないから、えらく豪勢な治療法ではありませんか。

 莫迦げてゐるよ、矢張り。としつこく思ふのはこの手の話が好きだからで、記憶の連鎖に任せると、田辺聖子さんが自らの饂飩好きを、"饂飩で首を吊りたいくらゐ"と書いてゐたのを思ひ出した。お蕎麦やスパゲッティやラーメンでは駄目で、まことに巧妙な譬へだと思はれる。莫迦ばかしいと云へばさうだけれども、記憶に残つてゐるのだから、私好みなのは疑念の余地がない。

 併し實際問題、饂飩で首を吊りたいかと考へれば、仮にさうするとして、相当に腰が強いのを何本も撚りあはさなくてはならない筈で、それだけの饂飩があればきつねとおぼろとハイカラと天麩羅と笊と月見を啜つてまだ余裕があるだらう。まつたく豪華なもので、饂飩は首に巻くより、首の内を通す方が好ましいや。

 それでまた莫迦な發想が連鎖するのだが、何故首吊りではこまるのだらう。思ふに折角の食べものを食べないままになるからではないか。同じなら口に入つてもらひたい。そこでも色々な食べものが出てきさうだが、この際だから思ひ切つて溶き卵を撰ばう。縊れるのではなく溺れる。そして食べもので溺れるなら溶き卵ほど似つかはしい撰択はなささうな気がされる。

 と書けば我が鋭敏なる讀者諸嬢諸氏だからきつと膝を打たれる筈で、私は卵が大好物なのです。だつて旨いもの。餃子もコロッケも串かつも豚の角煮も冷素麺も旨い。筑前煮もおでんもクリームシチューも旨い。苦瓜のちやんぷるーも肉野菜炒めもビーフステイクも旨い。秋刀魚の塩焼きも鯵の開きも鯛のお造りも烏賊の刺身も炙つた厚揚げも冷奴も…もう切りがないからこの辺でよしとするが、さういふ数へきれぬ旨いものの中で、堂々の第一位を得るのが卵なんである。

 うで玉子。

 厚焼き玉子。

 目玉焼き。

 錦糸玉子。

 オムレツ。

 スクランブルドエグズ。

 ポーチドエッグ。

 茶碗蒸し。

 卵とぢ。

 卵かけ。

 肉に適ひ魚介に適ひ野菜に適ふ。
 塩にも胡椒にも醤油にも味噌にもウスターソースにもマヨネィーズにもケチャップにも豆瓣醤にも甜麺醤にも魚醤にも適ふ。
 食事でよくつまみでよくお菓子やデザートに仕立ててもよい。
 煮て炒めて焼いて蒸して…生食は我が邦の奇習ださうだが、それもまた宜しい。
 簡便に済ませたい時でも卵がひとつあれば、それで豪華さが加はるし、その気になれば凝りに凝つて贅沢なひと品にすることも出來る。もつと大事なのはその悉くがうまいことで、こんなに幅広く幸せを感じさせる食べものが卵以外に果してあるのか知ら。

 ある。と断定する方がをられても、私は別に気にしないけれど。

 さ。ところで現實的な問題として、溶き卵に溺れることは可能だらうか。
 十分な量の卵と、それを容れる器があれば不可能でないのは明かなのだがなあ。

 と思つて調べてみると、鶏卵の大きさには農林水産省の規格があるのですな。Mサイズで58グラム以上64グラム未満だから60グラムを平均と考へればいい。この数字はほぼミリリットルに置換出來るさうだ。一方の風呂桶は色々の種類があるが、家庭用のユニットバスで200リットル-20万ミリリットルくらゐらしい。Mサイズの卵がざつと3,400個、必要になる。種類にもよるだらうが、マーケットのパックが10個入り200円前後として68,000円。思つてゐたより廉価ではある。

 判らないのは溶くのにどの程度の時間が掛かるのものかといふ点で、当り前の話である。玉子焼きとスフレと牛丼にかける時で同じ溶き方をする筈はないもの。仮にひとつを溶くのに10秒とすれば34,000秒、570時間。休みなく溶き續けてほぼ24日掛かることになつて、殆どの卵がいたんで仕舞ふ。私は新鮮な溶き卵に溺れたいので現實的とは呼び難い。安心していいのかどうか、些か微妙に思へなくもないが、68,000円を費やすなら絢爛豪華な卵料理を撰ぶ方が賢明な態度でせう。

 醤油のがぶ飲みと大量の山葵おろしを莫迦げてゐるよと云ひながら、余計に莫迦なことを考へて仕舞つた。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には(例の如く)無駄な時間を使はして、寧ろこれが一ばん莫迦ばかしいか。
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by vaxpops | 2017-04-28 09:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
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