いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

識ス

 ふと思ひたつて、『断腸亭日乗』(岩波文庫/磯田光一による摘録)を讀み返してゐるのです。日乗は日記の意。著したのは云ふまでもなく荷風永井壮吉。日記を著すとするのは不適当の謗りを受けるかも知れないが(アンネ・フランクは日記をつけただけで著したわけではないものね)、断腸亭に限つては著すとしても誤りになりさうにない。まさかと思ひますか。だつたら最初の何頁かを捲つてみればよい。我われがぼんやりと考へる日記とは丸でちがふと直ちに判るでせう。

 どこがどうちがふのかと云へば、後年に刊行されることを明らかに理解してゐるからで、不特定多数の讀者を意識した書き方になつてゐる。刊行を望んでゐたかどうかまでは窺ふべくもないが、さうなるだらうと予測はしてゐたのだらう。自負と呼ぶべきか、意識過剰と云ふべきか。そこはさておいて、讀み物としては十分以上に面白い。讀み物だから、人物評や諸々のやり取りの正確性は割り引かなくちやあいけないけれど、随筆の変種だと思へば大した問題でもないか。

 『興味津ゝ小説を讀むが如し(大正13年3月21日)』

 と云ふのがぴつたりくる。この前年9月朔日は関東大震災の当日。この日の荷風は地震の後、山形ホテルで昼餉と夕餉をしたため、愛宕山にのぼり"市中の火を観望す"と書いてある。4日には絶縁状態の弟の妻と初めて顔を合せ、不快がつてもゐる。火災や強盗の話は絶無で、僅かに外出の際の糞尿の臭気が堪へ難いと記す程度。詰り私たちが知識として持つてゐる凄惨な實状にはまつたく無関心…少なくとも文面の上では…であつて、偏奇館主人の姿が浮ぶやうだ。

 怪しからん爺さんだと非難することも出來なくはなからうが、仮にその非難が聞こえたとして、荷風は馬耳東風で済ませるだらうなあ。1ヶ月過ぎた10月3日に江戸見阪から町を眺め、"自業自得天罰覿面といふべきのみ"と切り捨てるくらゐだもの。この偏窟者は現代…断腸亭の時間で云へば大正の末期から昭和中期…の日本を厭ふこと甚だしかつたから、帝都のひとつやふたつ潰れたところで、どうといふこともなかつたにちがひない。

 ここで大事なのは荷風山人の倫理性(非倫理的だつたといふ意味ではない。かれは欧米の文明にあくがれ續けたひとだつたが、それは時間…伝統に裏打ちされた在り方に対してで、本來の志向と嗜好は前時代即ち江戸にあつたし、明治前期生れの壮吉少年に江戸風の躾…倫理観…が影響を与へたらうことは許される想像かと思ふ)でなく、後に不特定多数に讀まれるだらうと判りつつ、非難されるやも知れない箇所を打ち捨ててゐる方ではなからうか。

 いい度胸だなあ、まつたく。

 もうひとつ。世間を慨嘆し、兄弟親族を罵り、新聞記者と軍隊をきらひ抜いた老人が、清廉で正直な自分といふ仮装にも丸で興味を示してゐない点もいい度胸と云つておかうか。怪しげな私娼窟に出入りし、私妓を連れて晩餐をしたため、ことに及ぶ夜(流石に書かれてはゐないが、ある研究によると、原本には丸印のつけられた日があつて、前後の状況からさういふ日と推測されるのださうな)もあつたらうが、露惡が趣味かと疑ひたくなる記述も中にはある。この態度を豪いものだと思つていいのか、疑問は残るとして。

 ところで私も手帖を使つてゐる。日記とまでは呼べないにしても、ちまちまと書きつけはしてゐて、併しかういふことは中々記し辛い。蒸し暑くて参らされたとか、雨で足元が不快だつたとか、その程度の文句が精々で、實名を挙げながらの罵倒だつたり、廉恥が店の女を褒めたりするのは躊躇はれる。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏だつてさうではなからうか。

 ここで落ち着いて考へれば、躊躇する理由が見当らない…たれかに覗き見られなければ、だが、手帖なら余程阿房な眞似をしない限り、その心配はせずに済む。自分が死んだ後までは知つた話でないし。そんならあの躊躇ひは何だらうと首を傾げ、あれは何年か後、それも2~3年くらゐ先の自分に対する羞恥心ではないかと思ひあたつた。これくらゐの云はば近未來は、今の自分と地續きである。その地續きの自分が羞恥を感じるのではないかといふ想像への躊躇。

 有り得るね、これは。
 有り得るよ、きつと。

 手元に残る一ばん古い手帖は20年余り前のもので、見直して恥づかしさを感じたりはしない。現在の自分との連續性がない…が大袈裟なら、きはめて薄くなつてゐるので、莫迦げたことが書いてあつても、(都合のよいことに)他人事のやうに思へるのだ。20有余年前の自分に無責任になつてゐると見立ててよく、これは忘却と並ぶ時の効能と呼べる気がする。

 待てよ。だとすればたつた今使つてゐる手帖に下らない、或は人目を憚ることを書きつけたとして、20年を過ぎれば何の事もない別人の所行といふ場所に遷るのではありますまいか。20年後なら私は死んでゐるし、今の紙とインキならぼろぼろになつてゐる筈だから、もの数奇が解讀を試みたとしても何が何だか解らないにちがひない。仮に讀めたとして、当人が巷間からおさらばしてゐると思へば、恥を気に病むこともなからう。何より荷風老人が日乗で描いた帝都の姿(中でも空襲で焼け出されるくだりは百閒先生の"焼盡"と並んで讀み飛ばすわけにはゆかない)は、"小説を讀むが如"き興味に溢れてゐるから値うちがある。丸太の手帖と較べる態度自体、烏滸の沙汰であつたな。

 ここまで考へてやうやく、罵倒でも褒め言葉でも恋慕でも劣情でも、書き留めてかまふまいと安心した。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の閑潰しに興せないのは多少の心苦しさを感じなくもないが、そこは当面、この[いんちきばさら]で辛抱して頂きたい。かう思ふのもまた、烏滸の沙汰かも知れないけれども。
[PR]
by vaxpops | 2017-05-07 18:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : http://zampablack.exblog.jp/tb/24155113
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
名前
URL
削除用パスワード