いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

泥棒趣味

 山梨の県立美術館にはミレーが何点も収藏されてゐて、甲府に足を運んだ際には必ず立ち寄る。ことに『ポーリーヌ・Vの肖像』と『眠れるお針子』は気に入りで、何度見ても飽きない。どうも私はモデルに惚れてゐるのではないかと思ふのだが、ここはそれを絵画で留めおいたミレーの力と云つておきませうか。
 ポーリーンとお針子はどちらも小体な額縁で飾られてゐる。堂々とした『種を蒔く人』にくらべると、どことなくひつそりした感じが好もしく、實は何べんか
(隙を見て持つて帰れないものか知ら)
と考へたことがある。無理に決つた話だから、絵葉書で我慢してゐるけれども。ここで慌てて念を押すと、私に泥棒趣味はありませんよ。さういふ男を誘惑する画家が惡い。

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 誘惑に乗らなかつたのは、勿論私が藝術への敬意を有してゐるからだが、敬意ゆゑ盗むのだといふ理窟だつて、多少は成り立つ余地を残してゐる筈である。なので、万全とは呼び難い。もつと単純に手法…どうやつて盗むのか…の点もある。ただこれを前面に押し出すと、解決すれば実施するかと云はれさうだから、具体的に考へるのは控へなくちやあならない。とここまでが、前振りで、もつと切實な問題がある。仮に藝術への敬意を失はず、完璧な計劃でミレーを手に入れたとして、さあ、どこに飾ればいいのだらうか。
 なんて書くと、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は苦笑を浮べながら、盗品なんだから、無理に決つてゐるぢやあないかと云ふだらう。確かに。そこはその通り、御説御尤もとして、私が云ひたいのはそこではないんです。絵は飾られ、私や貴女に観られ、絵になるのは、今さら云ふ話でもないでせうが、優れた絵には、その絵の為の空間が不可欠だと。床の広さ(或は狭さ)、天井の高さ、灯りの色と強さ。さういつた條件が、生活を乱さない中で調へられなくてはならないと。

 掛軸や屏風を思ひ浮べてみませうか。ああいふのを美術館で眺めるのは興醒めする。何故かと云へば、掛軸も屏風も、明々とした空間で、顕微鏡的な熱心さをもつて、細部を視るものではないからです。日本間の隅にひつそり置かれ、お茶でも啜りながら、ぼんやり眺めるのが本來と云へばいいだらうか。それで時にかすれた讚に視線をやつて、うーむ讀みにくい、仕方がないから、一ぱい呑らうか知ら、なんて考へるのが正しい。すりやあ藝術への敬意を欠いた態度ではないか。と非難されるかも知れないが、我が邦の藝術は生活に混ざつたまま在るもので、美術館といふ隔絶された場所の掛軸乃至屏風が殺風景に感じられるのは、そこに理由がある。

 併しバルビゾン派は掛軸も屏風も描かなかつたぜ。といふ指摘は一応のところ尤もである。ではあるが、ああいふ絵なら矢張り、美術館ではない場所に、眺めるとも眺めないとも、そんな感じで在つてもらひたい。讀者諸嬢諸氏にはさう、お思ひになりませんか。その場合、日本間では落ちつかないよね。さりとて、王侯貴族の豪奢な屋敷でも困るし、ましてや近代的な邸宅なぞは論を俟たないわけで、さう思へるのは何故だらう。
 少し寄り道をすると、ミレーは1814年生れ。死去は1875年だから、19世紀のひとですね。我が愛しのポーリーヌとお針子は、1840年代の前半にパリで描かれた。この数年後、画家はパリを離れ、バルビゾンに移住する。唐突に思はれるかも知れないが、この時期…ミレーの生涯、或は19世紀の100年は、電燈が實用になる100年とほぼ、重なつてゐるんです。かれが存命の頃、既に電燈(少なくともその原型)はあつたけれど、その恩恵に浴することはなかつただらう。画家のアトリエを照らしたのは前時代のランプだつたにちがひなく、そろそろ寄り道が終りますよ。
 陽光とランプの灯りで描かれただらう、ポーリーヌとお針子を万全に味はふとしたら、さういふ場所こそが相応しいのではなからうか。たとへば質素な、併し狭苦しくはない農家の、暖炉やランプ、蝋燭に照らされた食堂がいい。栗を詰めた山鳥やジビエと馬鈴薯と玉葱の煮込み、チーズとパンで、野暮つたい赤葡萄酒をやつつけながら、いやあ美女が一緒だと、味はひがちがふなあ、なんて呟きながら視線を送るのが、一ばんしつくり収まりさうに思へてならない。

 かう考へると、山梨の美術館からポーリーヌとお針子を連れ出すとして、事前にフランスの片田舎に農家と暖炉とランプと蝋燭、それからジビエに葡萄酒を用意せねばならないことになつて、これは大変な物いりである。そんなら甲府に別宅をかまへ、勝沼や登美の丘…我が邦の葡萄酒が軽く見られるのを私は悲しむ者である。甲府が賣り出してゐる鶏のもつ煮に似合ふだらう。はうたうや煮貝はちとあやしいかな…を満喫しつつ、県立美術館に通ふ方が気樂でいい。併しパリやバルビゾンは彼女たちにとつて、懐かしき我が故郷の筈である。もしかして計劃を立てれば、喜んで協力してくれるか知ら。泥棒趣味の持合せはないのだけれど。

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by vaxpops | 2017-08-16 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)
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Commented by stonefree_01 at 2017-08-16 23:15
オノさんもいいんだけど、あたしゃ後妻のカトリーヌのが愛らしいわ。ぽっちゃりで(^^)
今年も、会いに行きませう。
Commented by vaxpops at 2017-08-18 07:58
頴娃君。

 お針子さんは本当に愛らしい。
 ポーリーヌもさうですが、あの画家の、異性に対する審美眼は大したものですね。
Commented by linne at 2017-08-20 19:56 x
art is in my heart.
every night,dreaming the art of museum.
Commented by vaxpops at 2017-08-21 12:16
Ms.linne

 It is a pleasure to see beautiful pictures.
 It is a pleasure to see a dream of beautiful pictures.
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