いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

カテゴリ:台湾蝶々( 211 )

1786 考慮中

 常用するスマートフォン[臺灣蝶々]が色々をかしくなつてきてゐる。

 時に唐突に電源が落ち、標準ブラウザの“お気に入り”の遷移が正常に出來なくなつたりする。バッテリーの保ちも厳しく、8時に満充電で家を出て、19時に帰宅する頃には40%くらゐの残量が精々か。念の為に云ふと、GPSやBluetoothなぞは悉くオフ、ゲームはしないし、LINE辺りは興味以前にアカウントを持つてをらず、それでこの結果なんである。

 [臺灣蝶々]自体の利用は2年余りだが、個体で云へば紛失(後に發見)から交換をしてゐるから、實質的な使用はは1年強の筈で、かう云ふものなのか知ら。この機種以前は所謂ガラケーだつたから、体感も含めて比較が六づかしい。まあ動作に不安定さが増してきてゐる事もあるし、今ここで仮に比較が出來ても…たとへば先代のガラケーは、1年余の使用で、へたる気配は薄かつたのだが…有意にはならないだらう。

 然しさうなると、次にどうするのがよいかと云ふ問題が浮んできて、事實上、機種変更しか撰択肢がないと(改めて)気づいた。中古の端末は中がどうなつてゐるか、信用し難いから論外。他社へのMNP移行は私の使ふ範囲で考へると、意味をなさないし、MVNOと云つた“自己責任端末”に興味は持てず、消極的な消去法の結果、さうなつて仕舞ふのだ。器用なひとだつたらOSを入れ直すとか、root化して中身を弄るとか、遊びがてらに触つたりもするのだらうが、私にとつてのスマートフォンはただの道具だから、丁寧は心掛けるとしても、それ以上、煩はされるのは遠慮したい。

 そんな事情で、機種変更を検討してゐる…または検討せざるを得ないのが私の現状で、そんな必要があるから、現行機種を眺め、ぢやあない、調べてゐるのだが、いやあ、ひどいものですな。

 先づiPhoneは最初から候補に入らない。5s辺りまではまあよいとして、6系はどうすればあんな無様になれたのかと不思議になる。スタイリングを武器に出來る唯一のスマートフォンだつたのにねえ。
 洒落てゐるならXperiaでせうと云はれさうだが、SONYのスタイリングちはどうもAppleへの意識が感じられて、しつくりこない。稜線のすすどさの後ろに非iPhoneが透けてゐる気がされる。
 尤もかう名前を出して批判出來るならまだよい。他の機種は十把一絡げにして殆ど問題がなく、おしなべて云へるのは広い画面と薄い筐体、後はメーカー各社のお遊び機能が異なる程度で、この先のスタイリングは大丈夫なのか知らと余計な心配が浮んでくる。それはスマートフォンの形がほぼ定まつたからで、やむ事を得ないのですと指摘されたら、そこで腕を振ふのが工業デザイナの役目ですと切り返さう。

 とは云ふものの、こちらだつて必要に迫られてゐるのだから、批判だけで終るわけにはゆかず、消極的な消去法でも、候補を見つけておきたいところ。本当なら歴史的仮名遣ひへの変換が標準的に可能で、バッテリーの交換が出來る事を要件に挙げたいのだが、後者は兎も角、前者に望みはないので諦める。そこで方針をまつたく変更し、(比較的)コンパクトな筐体で國内メーカー製はどうだらうと考へる。
 コンパクトとは、[臺灣蝶々]と比較して。これは確か5インチ液晶。中々見易い利点は認めるとして、私の掌の好みからすると少し大きく感じられる。そんなのは入手の際に解る筈だが、あの時は昴奮してゐたから仕方がない。見易さと持運びの容易を較べると、後者に分がありさうな気がする。尤も國内メーカーでさう云ふ機種は少なささうでもあるが、盆栽の話題でも触れた通り、ミニチュア化或は縮小指向を突き詰めるのは我が日本國の得意技なのを思ふと、何とかなるのではないか。

 ここまで書くと、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は
「ははあ丸太は既に、目星を附けてゐるな」
と笑みを浮べられるだらう。その推察は正しい(流石すすどいなあ)そこで實はと云ひたいところだが、ここでは我慢する。未だ實機を触つてゐないし、どれくらゐのランニング・コストが掛かるかも正確に把握し切れてゐない。新型を導入した日には、散々に自慢するから、さうなれば我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、諦めてお附きあいを願ふ。
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by vaxpops | 2016-02-14 07:15 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(4)

1784 盆栽

 [盆栽]と題したのはいいとして、謙遜でも誇張でもなく、私は盆栽の事をまつたく知らない。尤も知らないとは云つても、見掛けないわけではなく、見掛けて無関心に通り過ぎるとも限らず、その辺りは我が親愛なる讀者諸嬢諸氏も似てゐないでせうか。
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 過日訪れた公園の一角に日本庭園があつて、更にその片隅に盆栽の展示があつたから、眺めてみた。考へてみると、盆栽をこんな風に眺めるのは初めてで、だから盆栽の世界の中で、それらがどのくらゐの位置附けになるのか、見当もつかない。ただ素人目にも
「えらく手間隙を掛けた」
にちがひない事は解る。解るがさてそれを美しいと思へるか、どうか。
 「ガーデニングとは、随分とちがふねえ」と呟いたのは同行してゐた知人で、續けて曰く「自然との向き合ひ方が、丸で異なつてゐるように思はれるよ」
妙に實感がこもつてゐるのは、自宅かどこかで菜園でも持つてゐるからだらうか。
 自然…植物があつて、その場所を人間向きにするのがガーデニングだとしたら、場所が先にあつて、そこに植物を人間向きに育てるのが盆栽なのか知ら。知人はさう言葉を加へ、どうも理解しにくさうな顔つきになつてゐる。
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 ここで私は、“自然のミニチュア化”は、少なくとも近世までの日本人にとつて、一種の伝統藝だつた事を思ひ出す。どこの何と具体的に云ふのは煩をきらふとして、漠然と枯山水を考へればいいでせう。
 ところでああ云つた例は伊太利や佛蘭西、或は中國や印度にあるのだらうか。佛國には皇妃ジョセフィーヌが好んだと云ふ美事な薔薇園があつたさうだが(ルドゥーテが描いた精緻きはまりない絵を観て頭痛がしたのを覚えてゐる)、ひと鉢の薔薇で完結はしなかつただらう。

 『欧米的な拡大指向と日本的な縮小指向』
と云ふ対比を何かの本で見た記憶があつて、この手の二極化に反發する(殆どの場合、無理のある対比で説得力に甚だしく欠けてゐる)私が、巧い云ひまはしだと思つた…詰りそれなりに説得されたのは、後段をほぼ無意識に實感してゐた所為か。
 では無意識に實感されるくらゐ、“縮小指向”が馴染んだ理由は何だらうと云ふに、正直なところ、よく解らない。それが伝統だよと云はれたら、すりやあその通りなのだが、伝統にはそれを産み育てる土壌があるかあつたかの筈で、私が解らないと云ふのはそちらの方なんである。
 まあその辺りの考察は眞面目な研究者に任せば宜しいとして、“ミニチュア化指向”は今でも健在だと私には思はれて、だから
「盆栽はもしかして、鐵道模型趣味の特にジオラマと似てゐるんではなからうか」
と云つてみたが、知人の感銘を呼び起すには到らなかつた。残念で仕方がない。
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by vaxpops | 2016-02-12 07:15 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(2)

1783 例外の中から

 常用の臺灣蝶々に搭載されてゐるカメラの機能で撮るのは殆どが呑み喰ひの画像で、2016年に入つてからこつち、それ以外は1割に満たない。我ながらいやしいなあと思はなくもないが、好きなのだから仕方がないし、それはそれで樂しんでくださる我が讀者諸嬢諸氏も少数、をられるにちがひないから、深くは気にしないとしたい。
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 裏を返すと1割足らずの呑み喰ひ以外の画像を、この[いんちきばさら]でお目に掛ける機会はきはめて稀と云ふ事になり、實際さう云ふ画像のほぼすべてはデジタルカメラで、理由は幾つか考へられる。順不同に挙げてゆくと

①動作のにぶさ
②タッチパネルの面倒具合
③画質の貧弱さ

くらゐにならうか。さうだ、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、タッチパネルを“直感的な操作が可能”と謳ふのはメーカーの欺瞞的な態度だから、信用してはいけない。嘘だと思ふなら、旧式のたとへばライカを見玉へ。撮らうとする前に、シャッター速度も絞りも距離もすべて判る。直感的とはこれを指すのだが、スマートフォンのカメラ機能はおまけに過ぎないから、難詰と呼ばれるだらうか。

 然しデジタルカメラを持ち出し忘れる場合だつてあるわけで、持ち出し忘れても撮りたい場合が無くなるわけでもなく、さう云ふ場合に臺灣蝶々を使ふのは当然の態度であらう…と、そんな事情で撮つたのがこの画像。赤が崩れた分、淫猥な雰囲気になつたのは予想外なのだが、何となく面白さうにも思へたので、皆さま方の膝下にお届け申し上げる。
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by vaxpops | 2016-02-11 07:30 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(0)

1771 魔法瓶

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 ふと思ひ出したが、魔法瓶なんて単語、もう何年もくちにしてゐない。

 言葉もこんな風に路地に投げ出され、終つて仕舞つたのだらうか。
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by vaxpops | 2016-01-30 07:00 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(4)

1767 解決はいづこ

 カメラの役目が記録だとすれば、手持ちの機器の中で最も使用頻度の高いのは私の場合、スマートフォンとなつて、毎日少なくとも1枚は撮つてゐる。別に自慢でも何でもなく、呑み喰ひを撮るのが習慣なら、かうなつて仕舞ふものなのです。

 ただ毎日撮るのは義務ではなく、義務ではないのに撮らなければ落ち着かない。それで撮り損ねさうになるとあはてて、手近にあるものを撮る。折角なのだから、普段は使はない機能…たとへばフラッシュ…を試せばいいものを癖に任せてゐて、書きながら我ながら感心出來ないね、これは。
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 繰り返しになるが、寫眞を毎日撮るのは義務ではない。また文章ほどではないにしても、数が質に転化する確率…寫眞の場合、テクニックではカヴァ仕切れない偶然性の要素が、無視してはならない程度にあるのだけれど…はさうさう期待出來るものでもない。技術論風に云ふと
『単に撮るだけの行為を重ねても、カメラの機能と偶然の結果の積み重ねに過ぎない』
から、撮つても撮らなくても変りはない事になる。裏を返せば漫然でなければ、自分で何とかなるテクニックは身に附くものだし、さうなると“無視してはならない偶然”を嗅ぎつける期待も持てる。

 然しテクニックは寫眞に欠かせない要素か知ら。と考へるのは損にはならないと思ふ。私はスマートフォンを云はば“外部記憶装置”として使つてゐるから、そこそこのシャープさで撮れればよく(但し常用の薹灣蝶々は残念ながら、ホワイトバランスの狂ひが酷い)、殆どの場合、撮影のテクニックは不要だし、それでこまりもしない。これは“やつてはならない”撮り方でありませうか。とここまで書いて、カメラと云ふ手段と寫眞と云ふ結果と、何の為の寫眞かと云ふ目的を峻別する方がいいのではないかと思ひ当つたが、それが正しいとすると最早、私の手には負へかねる。
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by vaxpops | 2016-01-26 09:30 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(4)

1748 下る

 お酒や醤油は昔、上方ものがよかつたさうで、東都ではそれらを“下りもの”と喜んでゐたと云ふ。

 西から下らない酒や醤油は不味いから、軽んじられて、今で云ふ“下らない”の語源になつたとやら。
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 その東都に下るのは何とはなしの憂鬱を感じるのが私の常で、馴れないのはそのまま、若い日の感傷が残つてゐるのだと考へたくなつてもくる。

 そんなささやかな感傷は兎も角、東の友よ。
 時間を繰り合はして早速一献、交はさうぢやあないか。
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by vaxpops | 2016-01-07 16:45 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(0)

1669 揺れる鰹節

 中野の[とある黒糖焼酎のうまいお店]で。

 空腹を覚えてゐて、しつかりした、然しそこで食べた事のないのを食べたくて註文したのが“苦瓜と塩豚の味噌炒め”であつた。
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 ここの肴は間違ひがないから、まつたく不安は感じてゐなかつたのだが、塩豚と味噌の組合せは非常に濃い味つけで、ほんの少し、ごはんが慾しくもなつたのだけれど、いやそんなのは小さな慾望であつた。

 詰り(黒糖)焼酎に實に似合ふ。
 お店の大将曰く、かう云ふのとか、臺灣辺りの野菜はきつと、泡盛や焼酎に適ふと思ふんですよね、と云ふ話で、確かに異論の余地は認められない。

 画像の眞ん中らで微妙に揺れる鰹節が、炒めあげた直後の活發を、證立ててゐるでせう??
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by vaxpops | 2015-10-30 01:00 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(7)

1668 まーぼー

 まあ、説明の必要を感じないくらゐの、麻婆豆腐。
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 ここに山椒とピーナツの辣油をたらし込んで食べるのが、まつたくのところ、旨かつた。
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by vaxpops | 2015-10-29 21:15 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(2)

1661 藏を呑んだ余韻

 “しぼりたて”と云ふのが所謂新酒。

 “一番汲み”は、その“しぼりたて”を粗濾過のままにした一本。
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 更に濾過を経ないのが、“一番汲み にごり”で、こんなに愉しみはお酒は、中々見つからない。

 わかいお酒は大体、やんちやなものだが、今年のはやや穏やかな口当りに感じられた。

 醸り方に変化があつたのか、こちらの舌の具合なのかは判然としないけれど、“一番汲み にごり”の酸みと微發泡(何しろ發酵が續いてゐるのだ)は、この時期にしか呑めない、うまいお酒なのに変りはない。

 ゆるりと揺らせば、壜の中で幸せな波が立つ。
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by vaxpops | 2015-10-25 17:00 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(2)

1646 ミシン台

 中野の[いつ行つても愉快なお店]で。
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 白髪葱と茹で玉子の組合せはよい。
 と云ふか、解る。
 更になめこが加はるのもまた解る。

 然しそこにアボガドが参加してくると話はちよいと変つて、大丈夫かと不安になつて仕舞ふ。

 それでつまむと、これがまた旨いので、まつたくのところ、驚かされた。

 不意にかうもり傘を思ひ出したが、どこからそんな連想が飛び出てきたのか、我ながら不思議でならない。
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by vaxpops | 2015-10-16 13:00 | 台湾蝶々 | Trackback | Comments(0)