いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

カテゴリ:飲食百景( 502 )

手羽胡麻

 元とか先とか、さういふ部位はさておいて(先の先なんていふのもあるさうですが)、手羽はうまいですな。焼いても揚げても間違ひがない。最近、黒胡椒をまぶしてある手羽を即席豚汁の味噌で炊いてみたのだが、思ひのほか惡いものではなかつた。手羽そのものより、濃い味噌汁を食べる感じにはなつたけれど。ただ手羽を炊くなら矢張り、甘辛く煮詰めるのが常道でありませう。一体に私は甘辛煮きといふのが好物なんです。ごはんのお供に宜しく、麦酒のつまみにもよく似合ふ。それで手羽の甘辛煮にはどうしたつて白胡麻が慾しくなる。この場合に限つては刻んだ青葱だとほんの少し不満が残る。肉のやはらかさに胡麻のはぜる感じが混ざるが好もしいのか知ら。
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 手羽は骨まで丹念にしやぶるのが望ましい態度なのを忘れてはならない。
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by vaxpops | 2017-03-16 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

順序

 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は馬鈴薯をお好みだらうか。ポテトと呼んでもじやが芋と呼んでもいいけれど。私は好もしく思つてゐる。眞面目に自炊をしてゐた頃、こまつた時は馬鈴薯を賽の目に切つて湯がき、冷ましてから、三個分の溶き卵と牛乳に混ぜ、焼いて喰つた。イスパニヤ風がこんな感じだと話に聞いて、眞似をしてみたのだ。皮向きと賽の目切りが面倒なくらゐで、焼いて仕舞へば、ケチャップでもウスター・ソースでもマヨネィーズでも醤油でも喰へる。尤も本もののスパニッシュ・オムレツは見たことがなかつた。いやもしかすると今もスパニッシュ・オムレツに縁はないかも知れないか。

 初めて馬鈴薯を食べたのは何でだつたらう。母親の作つたカレー・ライスか肉じやがだつたにちがひない。續くのはカルビーのポテト・チップスで、父親が一時期ひどく熱中してゐたから。晩酌のキリンビール(ラガーの中瓶)にあはせてゐた。残つた分は細かく砕いてふりかけのやうにごはんに乗せた。あれは倅ながら不思議な光景だつたなあ。程なく熱中の対象は大蒜の蜂蜜漬けに移つたから、眞似をするには到らなかつたけれど。その後がマクドナルドのフライド・ポテトだつた気がする。うら若い讀者諸嬢諸氏は知らないだらうが、四十年近く前の当時のマクドナルドは非常に豪華な食べものだつたのだよ。

 思ひ出すと私の家では馬鈴薯をさうさう使はなかつた気がされる。記憶にあるのは上に挙げたくらゐで、次に登場するのは二十歳前後、ステイク屋で喰つたつけあはせ…皮つきを丸ごと蒸かしたやつまで待たなくてはならなかつたもの。あんまり旨いとは思はなかつたな。馬鈴薯が惡かつたのか、料り方が雑だつたのか。両方だらう。安いステイク屋だつたしね、今さら文句は云はない。なのに偽のイスパニヤ・オムレツに挑んだのは、廉価で簡単さうに思へたからだ。その頃の私は生れて初めて、自分で食事の支度をしなくてはならなかつた。追ひ詰められたら馴染まない食べものでも使はうといふものさ。

 併し馴染まない食べものは食べないから馴染まないだけの話で、それもまつたく無縁ではなかつた。要は私が知る馬鈴薯の食べ方はごく狭い範囲だつただけのことで、ある知人に云はせると

「獨逸人は馬鈴薯を喰ふ。何故か。あの國では我が邦のやうに米(即ち一種の完全食品)を栽培出來ない。かれらは國土に適つた作物であるところの馬鈴薯を作り、食べざるを得ない」

のださうで、本当か知ら。知人はゲルマン人を揶揄ふことに無上の歓びを感じる人物だから、どこまで信じていいか、議論の余地はある。但し獨逸風の料理でザワークラウトと馬鈴薯を欠かされるのは、ごはんとお漬物のない日本の食事のやうではありますまいか。

 詰り馬鈴薯は獨逸人を歓ばせるくらゐ旨いと見立てることも可能で、旨く喰ふ為の工夫だつて怠らなかつた筈で、さういふ努力は英國人も米國人も怠らないだらう。ひとが住み着いた地域には必ず旨いものがある。さうでなくては生きてゆけないからと喝破したのは檀一雄で、あの流浪家兼小説家は言葉が正しく示す雑食家だつたから、その言は信頼に値する。だとすれば馬鈴薯がそして馬鈴薯の料理が我われの舌を歓ばせして、何の不思議もないでせう。揚げて焼いて蒸かして煮て、食事につまみにおやつに、塩からく醤油の香りで時にほの甘く。栄養分が仮にお米には劣るとして、大した問題ではなささうに思はれてくる。
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 さういふことを考へながら、画像の馬鈴薯料理("新じやが芋のチーズ焼"だつたと記憶する)を喰つた…ならば恰好がつくのだが、後から見て思ひついたのが實際である。世の中はうまくゆかないものだなあ。

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by vaxpops | 2017-03-14 07:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

讃歌

こまつた時は鯖味噌罐に頼る。

素早く更に云ふと安直に頼る。

安直で旨いのだから仕方ない。

廉な購入が出來るのも有難い。

湯煎すればもつとうまくなる。

湯煎しなくてもうまいけれど。

鯖はごはんのお供、麦酒の友になるし、味噌にはマヨネィーズを混ぜるだけで、和風のドレッシング擬きになる。

精々が百円位だから贅沢ではないとして、直ぐに飽きる味でなく、メーカーで微妙或は大きく異なるのも宜しい。

些か下品に直箸で、またはお皿にあけて形だけは調へて、どちらも鯖味噌罐を味はふには望ましい態度であるか。

鯖と味噌と罐の麗しい合一よ。

豪奢でなく華麗でなく美味の。

心急く空腹にひと罐のあらば。

甘辛く堅くやはらかな肉と骨。

箸を持ち麦酒を開けるその時。

貧寒の夜は居酒屋へ姿を変ゆ。
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by vaxpops | 2017-03-13 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

無念の韮玉

 韮玉はお店…といふか、作り手によつて、出來上りのちがひが少なくない、中々不思議な食べものではないでせうか。一ばん意外だつたのは、韮を刻み込んだ溶き卵を厚めに焼き、千切りキヤベツに乗せてケチャップをあしらつた仕立てで、お好み焼のやうな感じだつた。

 多くの場合は併し、溶き卵を甘辛いお出汁でやはらかく…玉子丼よりやや堅めくらゐか…煮て、仕上げに韮を混ぜ込んだものだと思ふ。見た目で判断すれば、ごく単純なひと皿なわけですが、他の単純な(いや単純に見える)料理と同様、作り手の癖や好みがはつきり顕れるものです。

 第一にお出汁の味つけ。甘みが強調されてゐるのと、醤油辛さが立つてゐるのとに分けていいでせう。前者は七味唐辛子との相性が宜しく、後者はそのままで食べたい。

 第二には玉子のやはらかさ。玉子丼よりやや堅めと前述したが、玉子焼きのやうな堅さに近いのと、玉子丼のやうな柔かがあつて、良し惡しではないとして、私は後者を好む。

 第三に韮の使ひ方もあるね。玉子に混ぜた風なのと、別にあしらつた感じのと。刻み方で変るのだらうか。私は食べる一方だから事情は全然ちがふかも知れないけれど。

 玉子と香味野菜が好物なら、韮玉は欠かせない一品なのは疑ひの余地はない。それに色々と書きはしたけれど、どんな風な仕立てでも韮玉はうまいではありませんか。麦酒や焼酎(酎ハイもこの際含めませう)によく、ホッピーにも似合ふ。
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 尤も韮玉に一ばん適ふのはごはんですね、矢張り。残つたお出汁にひと口はふり込み、お匙でかき混ぜて、綺麗に平らげれば、後のかけ蕎麦もラーメンも不要である。断然うまいにちがひないのだが、私の知る限り、さういふ眞似が出來る呑み屋が見当らない。まつたく残念だなあ。

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by vaxpops | 2017-03-10 06:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

ありふれた

 竹輪。
 人参。
 それと赤ウインナ。
 ごくありふれた煮物…つき出しなのだが、ちよいと渋い好みだねえと思ひたくもなる。
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 尤もありふれてゐるのは我が邦の話だけかも知れない。ロンドンやパリやアムステルダムで一ぱいひつかけるとして、かういふ渋好みな小鉢乃至小皿は出てくるものなのか。鰻の肝やら身の欠片を甘辛く色濃く煮つけたのをつまみつつ、ギネスやバスのパイントを呑むのはきつと愉快にちがひないのだが。それともマドリッドに行かねばならないか。あすこなら烏賊や貝をオリーヴ油で炒めあげたつき出しに期待出來さうな気がする。さういふのをつつきながら、葡萄酒をがぶがぶ呑るのもまた、惡くない愉しみの筈である。
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by vaxpops | 2017-03-07 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

つん

 春の聲が近づいた候に酢味噌和へを見かけると註文せざるを得ない。ことに菜の花と酢味噌は出会ひもので、まつたくあのほろ苦さは嬉しいものではありませんか。
 ただ肝腎の酢味噌で首を傾げさせられることが少なくなく、ちよつとがつかりする時もある。この辺りはもう好みになるのだが、こんな時に好み以外の基準を設けても話が進まない。

 何故首を傾げるといへば、甘みがきつく感ぜられるからで、砂糖だか味醂だかが多いのだらう。味噌の舌触りに酸味と芥子が渾然となつてゐるのが酢味噌の嬉しさだと私は思つてゐるのだが、かういふ好みは古めかしいのか知ら。尤も古めかしい酢味噌は絶滅したわけでなく、偶然に頼る面が大きいとは云へ、画像のやうな酢味噌和へを出して呉れるお店もあるもので、その偶然がかへつてうまさを際立たせる。
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 こごみと独活。
 芥子の利かせ方がまつたく絶妙で、香りと辛みがつんと鼻を抜けるのを、こめかみを押さへながら味はひ、冷酒をふくむと、春の幸せもきはまつた気分になれる。
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by vaxpops | 2017-02-28 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

 "掌を返す"といふ言葉には厭な響きがある。我が儘にエゴイズム、或は裏切りや変節に繋がるやうな語感。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、さういふ態度はお互ひに避けねばなりません。併し私には割りとその掌を平気でくるくる返す癖があるのも事實で、変節漢の謗りを正面きつて受けてゐないのを不思議に思ふ時もある。人柄ゆゑでないのは明らかだから、色々騙されてゐるのだらう。意図してゐるわけではないから、変節漢は甘受しても詐欺師とは呼ばないで頂きたい。

 何故かういふ書き出しになつたかと云ふと、[空腹に唐揚げ]で鶏の唐揚げを絶讚した殆ど直後にそれを引つ繰り返すのが今回だからで、矢張り獸肉は牛がうまい。鋤焼きやしやぶしやぶといつた薄切りでは駄目で、ある程度の分厚さを持つた、出來れば塊に近い方が好ましい。脂はあつていいとして、さしの入りすぎたのにはそそられない。鮪でもさうだが、近年の我が邦では脂信仰が甚だしくつて、本來ならひと切れかふた切れあれば十分なのに、ああまで有り難がる背景には、どんな事情があるのか知ら。
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 牛肉を存分に味はふなら、矢張りステイクやロースト・ビーフが嬉しいと思ふ。かういふ料理なら英國人が最も巧妙なのではなからうか。佛國人は海峡を挟んだあの島國人をビーフ・イーターと揶揄つたさうで、それを受けた英國人はビーフ・イーター協会(だつたか)を設立したさうで、ここはどちらの立場で笑へばいいんだらう。どう転んでも一方から捲し立てられるにちがひない。間を取つてザワー・ブラーデンにしたら、両方から文句を云はれさうだし、國際関係はややこしいよ。

 なので島國と大陸や國際関係には目を瞑ることにして、ステイクまたはロースト・ビーフについて閑文字を續けるとする。閑文字だから我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の役に立たないのは受け合つてもいい。何故かと云へばこれもご承知のとほり、丸太は莫迦つ舌の持ち主だからで、たれです、煙草を控へなさいと呟くのは。尊敬する丸谷才一先生も喫煙家(愛煙家だつたかどうかは疑はしい)だつたが、『食通知つたかぶり』といふ實に面白い本を書いてをられる。

 えーと、話が逸れさうですね。牛肉…ステイクまたはロースト・ビーフの話。

 火を通すのは塩味と並ぶ、人類最古の調理で調味だと思はれる。寄生虫や菌を殺すことで衛生が期待されるし、消化がよくもなる。生では食べられないものがこれで、我われのご先祖の食卓に並べられるようになつた。しかもかうすると生のままより格段に旨くもなる。人類の偉大な第一歩は月面への着陸の前に、火を使つた調理にちがひない。アームストロング船長は悔しがるだらうが、事實は事實だからやむ事を得ない上、二歩目だつて不名誉な話と呼べないし。

 ステイクで塩胡椒といへば何となく通人が連想される。"肉本來のうまさをどうかう"と云ひ出したら終りだけれど。グレイヴィに葡萄酒を加へ、味を調へながら煮詰めたのもいい。この場合はパンを忘れずに添へたい。お皿を綺麗に拭ふのは欠かすわけにはゆかない礼儀ですよ、礼儀。ソースを平らげるのも愉しみとすれば、いや實際愉しみであるのだが、ロースト・ビーフも同じでせう。檀一雄はロースト・ビーフとスモウクト・サモンが英國式料理のお気に入りらしく、何度となく絶讚してゐたのを思ひ出した。きつとかれはパン(もしかして馬鈴薯だつたらうか)をソースに浸すのを無上の悦びとしたにちがひない。

 そこで上等…といふのは高額の意でなく、好みに適ふ牛肉を食べるにはどうすればいいかと疑問が湧いてくる。もうこれは自分で何とかするのが最良ではなからうか。前述のとほり、私は脂を重視しないから、赤身でよい。それをバタで。塩と胡椒は控へ目が宜しからうか。
 以前はレヤーな仕上りを歓んだものだが、今はさうでもなくて、ミデアムの方が安心出來る。妙に凝つたソースは用意が六づかしいし、気が取られかねないから要らない。大蒜の香りと醤油の風味は慾しいかな。最初からお箸かホークで食べられる程度に切り分けておかう。味が濃い時の為に大根おろしを用意したく思ふが、さうなると牛肉に不可欠の馬鈴薯が似合はなくなるだらうか、些か心配である。

 後はちよつと気張つた赤葡萄酒でもあれば万々歳だが、その辺は財布と相談するしませう。人類最古の調理に人類の叡智の醗酵の組合せは、肉を味はふのに絶好と云ふべきで、鶏の唐揚げからまた豪胆な掌返しをしたなあ、と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には呆れられるか知ら。併し掌は何べん引つ繰り返したつて、掌なんである。
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by vaxpops | 2017-02-26 09:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

完了

 詰り懸案の、そして今日から始まる[御苗場vol.20横浜]である。
 無事(或は半ば無理やり)に準備は終つた…褒めて呉れ玉へ、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏。
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 頴娃君と丸太がどんな寫眞を出すかは兎も角、搬入の後で素敵なお店が見つかつた。お店の名前を出すのは控へるが、客あしらひが巧くて、つまみも合格点を差上げて支障のない出來だつた。
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 画像はその中から、菜の花のお浸しと馬刺。
 菜の花はも少し辛子の効かせ方に工夫が慾しかつたかとも思ふが、それは贅沢な望みか。
 画像では上げないが、鶏の唐揚げに〆鯖、(私の大好物であるところの)鯖の文化干しも好感を持つに足る出來であつた。唯一で最大の問題はロケイションの惡さで、これはもう、2017年のニューナンブは横濱スタヂアムでベイスターズを応援しなくちやあなるまい。

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by vaxpops | 2017-02-23 08:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

空腹に唐揚げ

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 空腹を感じる。
 居酒屋に入る。

 さういふ時、一ばん好もしく思はれるのは、鶏の唐揚げではなからうか。空腹だつたら、かつ丼を食べればいいぢやあないか、と異論も出るだらうが、またかつ丼を喰ふのは實に魅力的な異論でもあるのだが、こちらは麦酒も呑みたいので、残念ながら全面的に受け入れるのは六づかしい。

 そんなら牛肉や羊肉もあるし、ちよいと凝つたところなら櫻に牡丹もある。それではいけないのかと畳み掛けられたら、それでいけなくはないけれども、空腹に大切なのは素早さで、鶏の唐揚げはその点でも優位ではないか知らと疑問を呈することになる。生眞面目に考へる話ではないか。

 少し冷静になると、鶏の唐揚げはかつ丼や焼肉やジンギスカン鍋や櫻刺や牡丹鍋に比べ、"外れを引く確率"が低いのではないか。意地の惡い見方をすれば大当りの率に期待出來ないことにもならうが、何しろ空腹なのだからお店や献立を丁寧に撰ぶ余裕は持ちかねる。さうなると馴染んだ、或は最寄りの居酒屋に飛び込んで

「麦酒と鶏の唐揚げ」

と兎に角慌てて云はざるを得ない。感心しない態度ではあるけれど、兎に角慌てて註文せざるを得ないくらゐの空腹に、鶏の唐揚げほど似つかはしい一品はさう見当らなささうにも思はれる。揚げたてにかぶりつき、檸檬塩、醤油と進めれば冷めてもうまいもので、麦酒二杯にちようどよい。

 さてこれから、鶏の唐揚げでちよいと、引つ掛けるとしませうかね。
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by vaxpops | 2017-02-22 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

遊星から來た

 某日、某所の某居酒屋での某物体。

 かうして画像にすると、何だか気味惡く感ぜられなくもないが、冷酒に適ふうまい肴だつた。
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 詰り、なめろう。

 たたきの一種といふより、タルタル・ステイクの魚版と呼びたくなる漁師料理で、余りに旨くつて、皿を舐め取りたくなつて仕舞ふのが名前の由来だとか。

 お行儀は守らなくてはならないから、流石に舐め取るには到らなかつたが、気持ちはまつたくよく解る。

 画にした途端、遊星から來た奇怪な物体にしか見えなくなるのが難点だけれど。

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by vaxpops | 2017-02-21 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)