いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

カテゴリ:音映聴観( 16 )

1947 奇跡の15分間

 ラヴェルといへば『ボレロ』である。断定するのはラヴェルへの礼を失するかも知れず、ただ私にとつてのラヴェルは『ボレロ』である。

 ところでこれは私だけの失態ではないと信じたいのだが、屡々忘れられさうになるけれど『ボレロ』はバレエ音樂だから、本來は踊り手があつて成り立つ。前回の[踊る韃靼人]とこの辺りは似てゐて、音樂が十分以上にドラマチックな時に起る弊害ではないか知ら。

 かういふ書き方をしてゐるのだから、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏はきつと

「ははあ、丸太はやつと、"バレエとしてのボレロ"に触れたのだな」

と推測されるだらう。ほぼ正解である。
 ほぼと勿体振るのは私を驚倒させた『ボレロ』は2015年年末のそれだからで、時間は遡ることになる。まあ、どちらにしても遅すぎるのに変りはないけれど。

 ひとつ、つけ加えへるのを忘れてゐた。私はバレエやバレエの踊り手や技術について、まつたく知らない。まつたく知らない私を驚倒させたのだから、大したものと云ふのもをかしいだらうか。

 シルヴィ・ギエムが2015年末の東急ジルベスターのカウントダウン・コンサートで踊つた『ボレロ』は凄いものだつた。

 何を今さらとあきれられるか知ら。

 私は女性を尊崇する男ではあるが、彼女ほど完璧に近い肉体を持つ女性は見たことがない。彼女に近い肉体を持つ女性がゐるとすれば、体操の撰手だらうが(さういへばシルヴィは体操の出身だつた)、それでも無駄が多いと思へて仕舞ふ。

 踊るといふ一点に集約された躰の美しさは、そのまま動作の美しさに直結してゐて、いやそれは区別出來るものではない。緩やかでなめらかでごく自然な風に。それが長い修練の賜物だと解つたのは五へんめくらゐからで、その美しさを示す大きな要素に、1秒に満たない静止があると気づいたのは十へんめくらゐからだらうか。

 これもまた随分遅い話だが、予備知識を持たない身にとつて、彼女は些か濃密すぎる美酒だつたと考へてもらひたい。

 その躰その動きはメロディでありまたリズムでもある。
 硬質であり柔軟であり、煽るやうにすすどくありまた媚びるやうに円くもある。
 時に拒み時にいざなひ、少女と聖女と賣笑婦が入れ替り立ち替る。
 無邪気と計算尽くが入り混ざる。
 我われを恍惚とさせ、戸惑はせ、酔はせ。

 跳ね上つた掌が舞台に伏せられたを目にした瞬間、シルヴィ・ギエムは完成し、『ボレロ』は完結する。そして我われは15分間の長い奇跡がそこにあつたと、その時になつて気づくのだ。

 シルヴィ・ギエムは『ボレロ』と万雷の拍手と共に引退した。
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by vaxpops | 2016-07-16 07:45 | 音映聴観 | Trackback | Comments(0)

1946 踊る韃靼人

 不勉強と蒙昧を捏ねてひと形にすると丸太になるのは我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の既にご存知のところだからその点についての言ひ訳は一切しないとして、ボロディンの有名な『イーゴリ公』を私は通して観たことがない。

 併し特に有名な第2幕の"韃靼人の踊り"はそれでも知つてゐて、色々な演奏を(生ではないが)何度も聴いた。非常にドラマチックな12分余りなのだが、ごく最近に到るまで矢張り私は無知蒙昧だつたのが判つたので、その話を短く書く。

 いやよく考へれば当り前なのだけれど、『イーゴリ公』は歌劇である。歌劇なのだから歌があり踊りがある。そこのところがすつぽり抜け落ちてゐたのだから、情けないとか何とかそんな程度ではとても収まらない失態だよね、これでは。

 それで偶々歌と踊りのある"韃靼人の踊り"を観る機会があつて、それはドラマチックだけでなく雄大で豪壮。野蛮の味が香辛料のやうに効いてゐて、オーケストラに任せる計りなのは勿体無いとやうやく気がついた。

 何といふ遅さ!

 何といふ無礼!

 ハンを讃へる兵隊が近くにゐたら、確實に首をはねられるだらうなあ、こんな有り様では。ただ遅れ馳せと云はれても、合唱を聴いてえらく感動したのも事實だから、首斬りは何とか勘弁してもらへまいか。どこにどう感度したのかを語つてもよいのだが、最初に"短く"書くとしてゐるので、今回は残念ながら、ここまでとする。
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by vaxpops | 2016-07-15 07:00 | 音映聴観 | Trackback | Comments(2)

1499 ティツィアーノ!

 ティツィアーノと云ふのはミケランジェロやレオナルドと同じく名前で、伊太利の偉大な藝術家は姓で呼んではならないとか、そんな規則があるのか知ら。

 そのティツィアーノの『鏡の前の女』を、先日まで六本木の國立新美術館で開かれてゐた[ルーヴル美術館展]で観る機会に恵まれた。

 ルーヴルから、あのフェルメールの、あの『天文學者』が來る!

 と云ふのが賣り文句だつたけれど、どうして豪勢な展示。グルーズの『割れた水瓶』なんてきはめてエロチックな少女…おそらくは破瓜の経験の後だらう…の姿や、コローのそこまで露骨ではないにしても、矢張りエロチックな少女像の後に、ティツィアーノが登場したんである。

 モデルの女に、グルーズやコローが描いた“少女の聖性”は感じられない。明らかに経験豊かで、自分の美しさとその値うちを精確に、完全に理解してゐる顔をしてゐる。
 無垢な…或は無垢だつた少女では及びもしない、また彼女たちでは想像も出來ない世界を十二分に知り尽くし、自らの足と稼ぎで生き抜ける技を持つたしたたかな女の姿と云ひかへても誤りではないだらう。

 後になつて調べたら、どうも彼女は高級な娼婦らしい。この絵が描かれた頃のヴェネツィア共和國は最盛期を過ぎたものの、地中海の覇権は辛うじて掌に残つてゐる状態だつた。歴史に名高い“レパント海戰”はこの半世紀程の話だから、絶頂から爛熟を経て、衰退が始まる直前と考へてよく、彼女が實際に高級娼婦だつたとすれば、偉大なヴェネツィア共和國が磨き上げた世俗美の結晶と呼んでいい。

 我われはさう云ふ女性を撰び描いたティツィアーノの目と筆を賞讃しなくてはならない。天文學者がどれだけ才能に満ちてゐても、残念ながら娼婦の乳房にまさるとは思へないのである。
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by vaxpops | 2015-06-03 07:30 | 音映聴観 | Trackback | Comments(4)
 燕子花と書いて“カキツバタ”と讀むのださうだ。知らなかつた。和語の“カキツバタ”に無理やり漢字を当て嵌めたんだらうな。

 その燕子花を題にしたのが尾形光琳の屏風で、先日の熱海行きの際、MOA美術館に来てゐたから観に行つた。美術館は熱海驛からバスで15分くらゐの距離。但し展示が終る直前の日曜日だつたから、先づバスがひどく混雑して、うんざりさせられた。
 中に入ると長いながいエスカレータを乗り継いでやつと受付に辿り着く。この間の内装は感心しなかつたね。美術館の運営母体に宗教が絡んでゐる所為もあるのか、妙に荘厳を気取つた風なのが宜しくない。エスカレータもさうだが、苦行の暗喩なのか知ら。洗練に到るまでに百年は必要だらうなと思つた。

 さうやつて中に入ると、いきなり燕子花図屏風がある。通路を挟んだ向ひには矢張り光琳の紅白梅図屏風があつて、いやはや、豪勢な展示だねえ。勿論おそろしく混雑してゐる。硝子の前には既に多くのひとが群がつてゐて、然し不思議な光景だな、あれは。
 屏風でも油絵でも、眺めるのにはそれに似合ひの距離がある。研究家の調査ならさう云ふ目的だもの、近寄つて隅から隅まで丹念に見るのは当然として(別に止めやしない)、我われはさうではない。全体を大きく、ぼんやり見物するのが丁度よい。だから私は通路の間で足を止め、頚だけ左右に振りながら、燕子花と紅白梅を交互に観た。全体は(お客が多過ぎて)無理だつたけれど、屏風は近視眼に見つめるものではない。

 それでここから燕子花図屏風から連想する話なのだが、先に云ふと私の好みは紅白梅図屏風の方であつた。燕子花が美事だつたのは云ふまでもなく、要するに文字通りの好みの話である。何故だらう。燕子花は同行の頴娃君曰く
『非常にデザイン的』
と評してゐて、流石にすすどい。確かに絵画と云ふよりポスターに近くて、どうやら光琳は花を花として描いたのではなささうなのだ。
 カキツバタと云ふ花を示す色や形。さう云ふ要件を絞り込んで絞り込んで、要らない線や形は省略に省略を重ねて、カキツバタを燕子花と云ふ記号まで昇華させたのが、あの屏風ではあるまいか。確かに實にデザイン的でイラストレイション的で、思ひ切つて云ふなら現代風でもある。光琳の實家は呉服屋を営んでゐたさうだから、“着物のデザイン”の感覚がかれの躰に染み込んでゐたらうと想像しても許されるさうに思ふ(もしかして燕子花は元々、着物用に考へた技法の転用ではあるまいか??)比較の話になるが、従来の技法を存分に用ゐだらう紅白梅とはまつたく対照的で、この同居が光琳の天才を示してゐると思ふ。両方とも近くに寄つて観るべきだつたかも知れないと後になつて小さく後悔した。

 先ほど私は燕子花図屏風を省略と記号化と書き、現代風と云つた。そこで連想するのがキャンベルのスープ鑵やマリリン・モンローのシルクスクリーンなんである。あれは有名な記号…簡便な食事やセックス・シンボル…を繰返して、ただの記号に変質させた手法で、正直なところ私は好きではない。たれの言葉だつたか
『アメリカではカネすらも藝術になる』
と云ふ膝を打つしかない指摘がそのまま形になつたやうに感ぜられ、臭みを覚えるのだな。然しヴェルヴェット・アンダーグラウンドの人物が採用した手法は、燕子花のそれに似てゐる気がする。確証は無いが、画集であれ複製であれ、ウォーホルがどこかで光琳(或は琳派)に出会つてゐて、米國式の変換を掛けたのがあのシルクスクリーンだつたら考へてみた。どこかの美術館で、燕子花とモンローを並べる企画を立てないか知ら。
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by vaxpops | 2015-03-07 09:00 | 音映聴観 | Trackback | Comments(0)
■バルテュス最後の写真 -密室の対話
■於 三菱一号館美術館

 バルテュスつてたれだ、と思ふひとはこちらこちらをざつと眺めるのがよいでせう。もつと突つ込んだところまで知りたければ、"バルテュス全作品解説 "を見ればよい。
 画家である。
 より正確には、"問題のあ(り過ぎ)る"画家と云ふべきか。
 かれの生涯のモティーフは少女で、それをどんな風に描いたかはご自身で探してご覧なさい。画展も開催されてゐる筈だから、近くに住まつてをられれば、足を運ぶのが最良である。残念な事に私は見逃して仕舞つた。
 尤もその絵を目にして、"藝術的な感動を覚え"るかどうかは保證しない。
 バルテュスの描く少女は常にエロチックで、そのエロチックにはモデルの年齢にそぐはない匂ひが濃厚で、身も蓋も無く云つて仕舞へば、きはめて扇情的…娼婦のやうなのだな。

 そのバルテュスが晩年、スケッチの為の鉛筆をうまく扱へなくなつて手に入れた(らしい)のがポラロイド・カメラで、かれの撮影した寫眞のごく一部が三菱一号館美術館に展示されたので足を運んだ。入つてファンとアンナ・ワーリ(その晩年のモデル)と本人には失礼ながら
「どこからどう見てもただの変態の爺ぢやあないか」
と最初に思つた。そして小さなポラロイドのプリントをゆつくり眺めて、ただの変態爺と思つたのは誤りで、とんでもない変態爺だと修正した。褒め言葉である。
 アンナのポーズは微妙に動かされてゐて、それは非常に神経質な具合(ぱらぱら漫画のやうに動かせさうでもある)で、男が持つてゐる性的な感情が、(画家の云ふ)聖的な少女に転化されてゐる風にも見える。その聖性は少女が自覚してゐたものではなかつた筈で、"バルテュス最後のモデル独占インタビュー"に目を通せば、その程度の想像は許されるだらう。無自覚の聖性をバルテュスはポラロイド・カメラで露はにしたわけで、女性の聖性が常に大地母神の祝福を受けてゐる事を思ふ時、聖的な少女の中に性的なゑみが隠されてゐるのもまた、むべなるかなと呟かざるを得ない。アンナ・ワーリがモデルをつとめた八年間、密室のアトリエには、少女の香りと娼婦の匂ひが共に等しく満ちてゐたのかとも思はれる。

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by vaxpops | 2014-07-19 16:30 | 音映聴観 | Trackback | Comments(4)

14178-0758 伯爵の歓喜の歌

 1,000人の日本人に、クラシックの"第九"と云へばと訊けば、おそらく999人までがベートーヴェンのそれと、そしてその中の998人までが"歓喜の歌"と応へるのではないか。私だつて勿論その圧倒的な大多数に含まれる。
 皮肉を抜きにして思ふのだが、"歓喜の歌"に熱狂する日本人の中で、あの長大な交響曲を全篇、ちやんと聴いた事があるひとはひと握りの少数派ではないでせうか。すりやあ聴いただけを含めてよければ、何べんかはありますよ。然しそれは文字通りの聴いただけなので、数に入れる値うちは無いと思ふ。日本で最も有名だらうこの交響曲を初めて全篇を耳にしたのは30年ちかく前で、たれが棒を振つた何と云ふ樂團だつたかは丸で記憶に無い。ただはつきり覚えてゐるのは、"歓喜の歌"に到るまでの時間が果しなく續く苦痛のやうに感ぜられた事で、あの前奏が始まつた瞬間の非常な安堵は忘れ難い。言葉の意味の通りの歓喜だつたなあ。

 何故、そんな事を思ひ出したかと云ふと、維納フィル・ニューイヤー・コンサート(2014年) を観たからだが、これだけぢやあ何の連想なのか解らないでせうね。あの祝祭には幾つかのルール…と云ふか愛すべき伝統があるさうで、たとへば曲目はシュトラウス一家を中心にする(維納なんだから当然だよね)とか、ポルカの中にはふんだんに遊びを盛り込むとか、「美しく青きドナウ」の時に樂團員が新年の挨拶(私の耳には"プロジット・ナイヤー!"と聞こえる)をするとか、「ラデツキー行進曲」を一ばん最後に演奏するのもそのひとつである。それで不意に思つたのが
「ラデツキーはニューイヤー・コンサートの"歓喜の歌"ぢやあないか??」
と云ふ事なんですね。うーん、まだ曖昧が残つてゐるなあ。

 2014年のニューイヤー・コンサートで棒を振つたのはダニエル・バレンボイム。私は全然知らなかつたが、維納フィルを指揮するんだから、第一流に決つてゐるし、事實、素晴しく端正な演奏を満喫出来た。出来たのだが、このダニエル爺さん、失礼ながら初見の身には"おつむりが些か淋しくなつた、ひとの好ささうなご老体"としか思へなかつた。孫娘を溺愛してゐさうな感じと云へばいいか。ところが矢張り第一流は第一流であつて、演奏が進むにつれてご老体は豊かな経験を積んだ、花やいだ樂友堂に似つかはしい姿になる。詰り惹きこまれたわけで、無知の素人を惹きこむのは優れた技量ゆゑなのは云ふまでもない。そしてかれの發案だつたかどうかは知らないが、2014年の公演ではダニエル爺さんと共にバレエ・ダンサーがフヰルムと客席で聴衆…それは私でもあるのだが…を魅了し、魅了されつつ(粋な動きと美事なカメラ・ワーク、フヰルムから客席に現はれる演出の妙!)それでも頭の隅で、「美しく青きドナウ」から「ラデツキー行進曲」に到る掉尾の流れを待つてゐた事は白状しなくちやあならないでせう。

 これは"歓喜の歌"を待ち望みつつ、長い長い楽章を聴いてゐた30年前の私と同じ気持ちではないか??

 "不意に"の後ろにはおほむねかう云ふ事情があつて、勿論ニューイヤー・コンサートは忍耐ではない。お祭である。最初から最後まで、どこを聴いてもまことに愉快で花やか、(思ひ切つて云へば)私のやうな素人でも實に解り易く、詰り伯爵ラデツキーは"苦難の果てに訪れる歓喜"ではなく、寧ろ新年の祝祭の終りを鮮やかに知らしめる為に登場するのである。そこには樂聖の憂愁や苦痛は見られない。かれ即ち伯爵は長靴の踵を高らかに打ち鳴らし、冬の王の死と春の王の戴冠…これは(確か民俗學で云ふ)"死と再生"の暗喩で、その年の初めの音樂会によく似合ふ…を宣言する。
 と云ふのは、ダニエル爺さんの指揮にすつかり満足した後に気が附いた事なのだが、仮に正しくはないとしても大間違ひでもなささうに思はれる。そして春の王…再生と豊饒…を告げる使者の役割を担ふラデツキーが、待ち望んだ歓喜の歌を口ずさみながら、堂々と晴れやかに、満足の笑みを浮べ、維納を闊歩したにちがひないと想像するのはたいへん愉快な事で、新たな王の為に仔羊を贄に捧げるかと云ふ気になる。勿論捧げた後は神さまからの御下がりを肴に葡萄酒を一ぱい。シュトラウスのポルカを聴きながら、ダニエル爺さんと伯爵に乾盃するのだ。

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by vaxpops | 2014-07-12 23:30 | 音映聴観 | Trackback | Comments(0)
 最近クラシック音楽に夢中になつてゐる。
 いやクラシック音楽と云ふのは不正確で、維納フィルハーモニーのニューイヤー・コンサートに夢中なのが正しい。まさかあの大イヴェントを知らないひとがゐるとは思へないから、沿革やら概要は省略するとして、實にいいものですね、あれは。音楽とお祭りは本来的には一体のもので、ニューイヤー・コンサートはそれを優雅に賑々しく、花やかに立證してゐる。

 そもそもの切欠はまことに他愛なくて、偶々[ラデツキー行進曲]の映像を観たのだつた。日本の元首相に似た指揮者がかろやかに愉快さうに棒を振り、聴衆の手拍子まで指揮してゐて、ひどく驚かされた。この驚きはクラシックに対する漠然とした思ひ込み…正装の紳士淑女、生真面目で厳かな雰囲気…と丸で異なつてゐたからで、我ながら無邪気と云ふほかにない。

 そのラデツキーが2012年の維納フィル、ニューイヤー・コンサートの終りを飾つた曲と解つたのは直ぐ後の事で、同時に指揮がマリス・ヤンソンスだとも知つた。
「面白エものだなあ」
と云ふのが偽らざる感想。ヤンソンスは大袈裟な身振りで手拍子を求め、聴衆は嬉さうに応じる。丸で自分が樂團の重要な一員であるかのやうに。
「羨ましいなあ」
と云ふのが續いての感想。
 さうなると他のラデツキーが気になるのは人情の当然で、次に観たのがズービン・メータ指揮の2007年のニューイヤーだつたが、驚いたね、これには。同じ曲なのに全然ちがふぢやあないか。ヤンソンス・ラデツキーが優雅で柔弱な貴族なら、メータ・ラデツキーは豪気な堂々の将軍で、それは指揮振りでも感じられた。勿論良し惡しではなく、ちがひなのは強調しなければならないだらうが、ヤンソンスのやはらかさを私は好もしく思つたのは申し添へてもいいでせう。
「同じ曲が指揮者の解釈で、これ程異なるのか」
と云ふのはクラシックに無知な私にとつて、大發見であつた。

 後日、その好もしいヤンソンスが棒を振つたニューイヤー・コンサートを全篇観る幸運に恵まれて、改めてこれは世界中に熱心なファンがゐない方がどうかしてゐると思つた。かれの指揮はあくまでもの柔らかくユーモラスで、新年のお祭りに相応しい遊びがふんだんに盛り込まれて(別の年では確か[電話のポルカ]と記憶するが…ごくいい加減なので信用してはいけませんよ…、最後にヤンソンスの携帯電話に着信がある、なんて冗談があつた)、指揮者じしんが存分にそれを愉しんでゐるのがまた、宜しかつた。そこには鹿爪らしさや眉間の皺は微塵も無く([ティク・タク・ポルカ]では樂團員が一斉に“ティク・タク・ティク・タク”と聲を張上げる)、祝祭など云ふ些か古めかしい言葉を思ひ出したりもした。

 さうやつて聴きはじめると、不思議に色々が近寄るのだらうか。矢張りニューイヤー・コンサートの今度は1992年を全篇観る幸運が巡つてきた。指揮はカルロス・クライバー。
 クライバーの名前は聞き覚えがあつた。丸谷才一先生の[マエストロ!]と題した随筆の冒頭、かれが棒を振る[かうもり]を聴いてすつかりいい気分になつたと書いてあつたからだ。その[マエストロ!]はクライバーのゴシップ…完璧主義で録音と取材きらひで、序でに飛行機も厭。そしてお道化が大すき…を愉しさうに取り上げてゐて、何しろ私淑する随筆家がどうやら熱心なファンらしいと解つたから、記憶の隅にその名が保存されてゐたらしい。讀書はこんな時にも役に立つ。

 えーと、何の話だつたかと云へば、さう、クライバーでした。
 實にまあ、恰好よい指揮者だね、かれは。聴衆にどう見られてゐるか、どう振舞へば優雅に映るか、意識してゐたかどうかは別として、その辺が兎に角完璧で恰好いい。ヤンソンスの花やかな茶目つ気、メータのメリハリのきいた真面目とは明らかにちがふ。恰好いいと云へばカラヤンが連想されるかも知れないが、クライバーはカラヤンの重々しさから遥かに遠い。小澤征爾の几帳面や佐渡裕の豪放とも異なるのはゐふまでもなく、矢張り恰好いいと云はざるを得ないと思はれる。どうせ私の知る範囲なんてたかが知れてゐるから、その辺は含んでもらふ必要があるけれど、クライバーの恰好よさは指揮者のそれではない気がされてならない。再びカラヤンの登場を願ふと、あの大指揮者は“指揮者であるところのカラヤン”を十二分に意識してゐたのに対して、クライバーにはさう云ふ意識は感じられない。ごく稀に、日常の仕草がどこか演技的なひとがゐるでせう。あんな感じにちかい。

 貴族的??
 うん。さうかも知れない。クライバーの出自は貴族ではない筈だが、かれが棒を振る姿は確かに舞踏会(見た事はないけれど)を連想させる。所は維納、新年を壽ぐ音樂会であれば舞踏会はつきものと云ふべきで、そこにクライバーの優雅で演劇的な棒降りが似つかはしいのは寧ろ当然であらうか。だから最近の私は、維納フィルのニューイヤー・コンサートを経由して、カルロス・クライバーに夢中なんである。
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by vaxpops | 2014-07-11 15:15 | 音映聴観 | Trackback | Comments(4)

13331-0579 ダイドー!

■森山大道 モノクローム
■於 武蔵野市立吉祥寺美術館

 写真展に何が要らないと云つて、キャプションほど不要なものはない。
 さう云ふ意味の事をニューナンブの頴娃君が

 [Sympathy for the Devil] http://m1934.exblog.jp/21100658/

 で書いてゐて、まつたくのところその通りである。キャプションの為に用意された文章はその場でなくても讀むのは無理ではないけれど、写真そのものはその場でしか目に出来ない。さうと解つてゐても解説があればうつかり眺めて仕舞ふし、眺めると満足して仕舞ふ。幾許かのお金と時間を使つて、キャプションを讀みに行くなんて、莫迦ばかしい話ぢやあありませんか。

 それで吉祥寺美術館に足を踏み入れると、ちよいと驚かされた。
 写真以外に何も無い。
 題名も解説も無い。
 森山大道本人か、美術館の意向か、その辺りは解らなかつたが、大きいとは呼べない建物の、更に一角を占めた会場には数十点の森山大道以外には何も無く、これは實によかつた。写真に集中しなければと思ふまでもなく、それ以外の行為が撰べないんだから。

 荒々しい。と云ふのが第一印象。暴力的で濃密で、そのくせ粗暴ではない。ひとの写真を観ると云ふ行為は、その写真を経由して、ある日ある場所にゐた写真家の視線を追体験する事でもある筈だが、ダイドーはその愉しみを赦す積りが無いらしい。かれは自分の写真の奥底にどうやら自分の目玉を隠し込んでゐて、だから写真を観る我われはその時、森山大道のつよい視線を感じさせられる。

 (なんだこれは)

 と思つて、それは凝視なのだと気附いた。特にゴールデン街、新宿のストリップ小屋、そして地下鐵の驛構内でのスナップにその凝視は色濃く感ぜられて、要するにその三枚が私の気に入つた。睨まれた写真を気に入つて仕舞ふなんて、さうさう出来る経験ではないでせう。ダイドーめ、中々やりやあがると不遜な事を考へたのは、それくらゐ胸を張らないとかれの視線に押し切られかねなかつた所為である。尤も帰途、すこし引つ掛けたお酒が、普段よりはやく躰に滑り込んだやうに思はれたから、森山との視線対決にどうやら私は敗北したらしい。

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by vaxpops | 2013-12-22 20:15 | 音映聴観 | Trackback(1) | Comments(4)
■Drinking glass 酒器のある情景
■於 サントリー美術館

 六本木はきらひである。"お洒落"な土地に対する反發がその理由で、まあ親仁の劣等感の裏返しと考へてもらふのがいいでせう。ああ云ふのは巴里に任しておけばいいのにな。然しあすこには幾つか美術館があつて、時に面白さうな展示もあるから、きらひと計り云ひ續けるわけにもゆかない。それで出掛けた。

 普段は余り意識しないと思はれるが、お酒の味の何割かは器の口当りが決めてゐる筈で、たとへば麦酒や日本酒は唇に厚ぼつたい方が好もしく感じるし、カクテルの類はうすくすすどいのが嬉しい。葡萄酒はヰスキィは泡盛は焼酎はどうでせうね。暇な時に考へてご覧なさい。厳密を期するなら呑むのが一ばんの筈だが、手ひどい宿酔ひになつても責任は持てませんよ。
 その酒器…酒器を含む食器の特に實用品は扱ひがひくい。ほら、和室に置かれた飾り皿、ああ云ふのが格上なのださうで、どうも納得し難い。ちよいと洒落た器とお皿で酒肴を愉しむなんて、うれしい夜だと思ふんだがなあ。日用品の格が無闇に高くなつて、買ひ辛くなるのもこまりものだから、大きな聲はあげないでおかう。なんて事を考へながら入つた。

 今回期待してゐたのは、こいつで晩酌をやつつけたら、うまいだらうと思へる酒器があればいいな、と云ふ事で、先に結論を出しておくと、その点は残念であつた。
 ふるい時代の地中海のは中々よいのだけれど、何千年分の時間が硝子を変質さしてゐて、往時の面影を偲ぶのに想像力を働かさねばならず、自分が王侯貴族なのを思ふのは無理としても、波斯や希臘の呑み助に投影する事は出来る。そこでその頃もあつたにちがひない酒場で、とろりとした海のやうな葡萄酒が女将自慢のグラスに注がれ、目のまへに置かれるのを思ひ浮べるのは惡い気分ではない。チーズや玉葱や焙つた肉、オリーヴ油をたつぷりかけた蛸を肴にしたいものだね。
 時代が下るにつれて然しさう云ふ愉快な想像は六づかしくなつてきて、何故かと云へば巧緻になりすぎてゐるんですね、技術が。實に細やかな彫りや凝つた意匠が施され、指に少しちからを込めると砕けさうな薄さになつて、正直なところ、飾つて眺めるにはよささう(實際そんな目的なのも並んでゐた)でも、それで一ぱい呑りたいとは思へなかつた。硝子職人の手指の技には感嘆はしたが、どうもその繊細は間違つた方向…酒器は酒席に置かれるのが本すぢなのに、貴族の棚の中が似合ふやうな…を目指してゐた気がされなくもない。巧みの厭みと云ふべきか。

 こまつたなあと思つてゐると、ありました、ありましたよ、好もしいのが。
 ちろりと呼ばれる薬罐様の酒器で、本来は金属製。お燗をつけるものらしく、それがふかい藍いろの硝子で仕立てられ、まことに涼やかなものである。勿論これでお燗をつけるのは無理。説明板でも冷酒を入れてゐたのでせうなんて書かれてゐる。盃も同じいろですつきり仕上げられてゐて、夏の夕刻、縁側で蝉の音を聞きながら呑むと気分よく酔へさうだ。肴は白身の淡泊なやつや茗荷なんてどうでせうね。
 日本のものでは薩摩の切子も惡くなかつた。些か装飾の度合ひがきつくも感じなくはないが、幾何学模様が規則的に並んでゐるので、目が疲れなくてすむ。ごつてりした豚の煮込みの大鉢を前にしても、これで焼酎を呑りながらだつたら難なく平らげる事になるだらうね。矢張り呑み馴れてゐる酒精の器だとこつちも想像の羽を広げやすくつていい。さう云へばリキュール・グラスのセットが何組かあつて、中にはバカラの惡趣味なのもあつたけれど、おほむねのところは好感を持てた。壜とグラスに統一感があるのが好ましく思へたのか知ら。
 その後に續いたのが現代日本の硝子職人がつくつた酒器で、ここで私は再び困惑させられた。全員全部とは流石に云へないとして、それでも慾しいと思へるのはほんの少しで、もしかすると職人の彼女並びにかれはお酒に無縁なのだらうか。酒精中毒者がいい酒器をつくれるとは思はないが、自分でつくつた酒器で呑みたいと考へてゐる気配が稀薄だつたのは残念と云はざるを得ない。
 序でにもうひとつ不満を書いておくと、酒器は中身が満たされる事で初めて完成する筈である。そしてこの展示はサントリーの美術館である。麦酒はまあ、泡の問題があるから無理としても、葡萄酒だつてヰスキィだつてあの会社は醸つてゐるんだから、ふたつみつつのグラスを満たしておいたり、そこに注がれるべき壜を隣に配置するくらゐの洒落つ気があつてもよかつたんぢやあないか。その方が展示の説得力(をかしいかな、この云ひ方)が増すだらうし、うまくしたらお客が帰途、モルツや角を買ふかも知れないのに。惜しい事をしたものだなあ。

 美術館を後にして、馴れない六本木のビルを歩いてゐると、[福光屋]と云ふ酒屋を見掛けた。加賀金澤で藏元を営んでゐるらしい。くるりを店内を一周(ぐるりほど広くはない)すると三、四人が腰掛けられるカウンタがあつて、品書きが用意されてゐる。呑めるのである。
「よかつたら、召し上がりますか」
と店長(女性、それも中々の美女)が聲をかけてくれたので、試さない手は無いと思つて腰を掛けた。
 藏元がやつてゐるお店なのだから冷やが本来なのだらうが、期間限定でお燗を出すとの話。そんならお燗を試さない法は無い。初めての藏のお酒をお燗してもらふので、銘柄は店長さんに勧めてもらつた黒帯の悠々にして、酒肴三種盛り(帆立貝の煮付け、河豚の干したの、豆腐の味噌漬け)を一緒に註文した。
 黒帯悠々は一合のちろりで出されてきて、今確かめたら漢字では銚釐と書くんですね、覚えられさうにない。
 お猪口は底があさくてくちの広いやつ。香りを立たせる工夫だらうか。注いで見るとうつすら琥珀が掛かつてゐる。ごくやはらかな当りで、お燗酒特有のへんなすすどさは感ぜられない。温めてこれだから、冷やだとひよつとしたら頼りなく思はれるかも知れない。嫋々と云ふ古めかしい言葉が浮んできて、頭の隅にちらりと加賀美人のうしろ姿が見えた。肴の三点の方は可も無く不可も無しと云つた程度。そこまで期待するのはすぢちがひでせうね。
 一合をゆつくり味はつて、[福光屋]を出た。お腹に温かいものを感じながら、矢つ張り酒器は、眺めるものぢやあないなと思つた。
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by vaxpops | 2013-10-19 17:00 | 音映聴観 | Trackback | Comments(2)
■竹内栖鳳 展
■於 東京国立近代美術館

 栖鳳はセイホウと訓む。
 ざつとした事を知りたければ、Wikipediaの該当項目を見ればいい。因みに云ふと京都にあるかれの記念館(霞中庵)は今、ボークス 天使の里 霞中庵となつてゐるさうで、この会社と栖鳳にどんな縁があつたのか。ボークスの名誉の為に云ふが、かれらは霞中庵の土地や建物だけを手に入れたわけでなく、今回の展示に出品してゐた。

 小雨のぱらつく週末に日本画は似合ふだらう、と思つて家を出たのは午后はやめの時間帯で、竹橋驛に降りた辺りで腹が減つた。それで隣接するビルディングで営業してゐたとんかつ屋に入り込んだのだが、(場所代も含まれてゐるだらうが)大枚九百円を出したロースかつ定食がひどく不味くて、あやふく笑ひ出しさうになつた。とんかつだつたら外れ(は少)ないだらうと思つてゐたのだが、油断はならないもので、この点、麦酒はどこで呑んでも麦酒の味だから有難い。

 近代美術館の入口はたいへんに混雑してゐて驚いた。私は竹橋驛改札近くの臨時賣場で入場券を先に購入してゐたから、窓口の混雑を横目にするだけでよかつたが、栖鳳はそんなに有名な画家だつたのかと思つたから、もしかすると驚いたのは混雑そのものではなく、混雑が暗示する栖鳳人気だつたのだらうか。

 先に結論を云ふと、栖鳳の画は苦手であつた。

 良し惡しの話ではない。
 勿論凡庸だと云ふ積りは丸で無く、漠然と持つてゐた"日本画と云ふものへの印象"を、卓子ごと引つくり返された感じで、何度か腹の中で自分に
「これア、特殊な例外だ」
と云ひ聞かす必要があつたくらゐで、これは矢張り、画のちからと呼ぶのがよいと思はれて、ただそれが私に適はなかつた。
 非常に乱雑な云ひ方をすれば、栖鳳には日本画の骨格に西洋の技法を取り込んで成り立つた部分があつて、その融け具合は美事と感嘆せざるを得ない。然しこちらの目にそれは異様な神経質さをも感じさせる。獅子や象の図を見ると、細つそりした描線が獣を密に示してゐて、その示し方が連想させるのは解剖図で、その解剖図が巨きな屏風や掛軸の姿で顕れるとある種の恐怖を伴つてくる。
 (これでは)
と思つた。肴にはならないな。ぶれいな態度だらうか。然し屏風にしても掛軸にしても、部屋に飾られる画で、その部屋では食事なり薄茶なり或は酒を愉しむ筈で、そこに解剖図的に緻密な獅子や象がゐるのは落着かない。
 その点で云へば『羅馬古城図』や『和蘭春光 伊太利秋色』と題された欧羅巴の風景はかれの筆に似合つてゐて、かう云ふのを眺めながらぬるくつけたお燗だつたり、渋い葡萄酒だつたりを呑るのはきつと、いい気分だらう。値ごろの複製品があればいいのに。苦手だと直感して、それでかう云ふのを見ると嬉しくなる。

 ここまで書いて思ひ出した。少し話が逸れるやも知れないが、日本画に限らず、画でも何でもそれを眺めるのに適当な距離がある。美術館の事情には目を瞑ると、展示は所詮展示なので、我われはその展示物を"鑑賞したい"が為、硝子窓に額の脂や指紋をべつたり擦り付けるやうな距離で見たがつて仕舞ふ。さうすると、本来の見方なら気附く必要の無い細部が目につくもので、ひよつとすると私が感じた"ある種の恐怖"はその辺に所以があるのかも知れない。
 殊に屏風などはそもそも、立つて眺めるものではなく、本当なら会場を畳敷きにして、正座でも胡坐でもいいが、そんな姿勢でぼんやり眺めるのが本すぢだらうと思ふ。展示の中には栖鳳の素描手帖もあつて、かれの人となりは知らないが、そこに描かれてゐるのも巨細ともに具へた精密…生真面目な画學生のやうな…だつたから、さう云ふ画家が、美術館の"展示"を見てどう感じるか、と云ふところは私の知るところではない。

 会場を出てから絵葉書(これは美術館に行つた時、必ず求める事にしてゐる)を三枚と、知人に頼まれた図録を一冊、購入した。煙草を一本喫つて、まだお腹の中に不味いとんかつが残つてゐる風に感じられたから、珈琲を飲みに行かうと考へて、美術館を後にした。
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by vaxpops | 2013-10-07 00:00 | 音映聴観 | Trackback | Comments(6)