いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

<   2011年 02月 ( 9 )   > この月の画像一覧

 35㎜カメラの標準レンズは50㎜と云ふ事になつてゐる。何故50㎜なのかについては、色々の説があるらしいけれど、大抵は詰らないところに落ちるのではないかと思ふ。真面目な考證にたづさはるひとは兎も角、我われのやうな素人は、諸説を伝説に祭り上げて愉しんでおけば宜しい。

 わたくしの酔つ払ひ仲間であり、撮影仲間でもある頴娃君は35㎜レンズを主に使つてゐる。常用と云ふか愛用と云ふか。かれの撮影はスナップが主体だから
 「35㎜でぐわと掴むのがいいのだよ貴君」
と云ひたいところだらう。尤もかれが実際さう考へてゐるのかは解らない。わたくしは35㎜の余りなナチュラルさを持余すところがあるので、その画角を使ひこなす頴娃君を尊敬してゐる。本人を目のまへにしては口に出来ないけれど。
 35㎜レンズの余りなナチュラルさ、とわたくしは書いた。もう少し言葉をつけ加へるとそれは、漠然と眺めてゐる視線と云つてよい。50㎜になるとそこに見てゐる意識が伴ふ。序でながら75㎜を過ぎて、100㎜辺りまでは注視してゐる感覚。中望遠は行き過ぎとしても、わたくしの好みはこちらに近い。良し悪しの話ではなく、好みの違ひだと云ふ事は、強調はしておかうか。

 50㎜と35㎜のどちらを"自分の標準レンズ"とする(べき)かは、難問だと思ふ。使ひ古された云ひ方になるが、それは
 「世界と自分との距離」
の基準点になるからだ。書いてゐるわたくしも気障な云ひ草だと云ふのは承知してゐる。してはゐるんだが、どうも事実であるらしいからやむ事を得ない。気障を重ねると
 「世界から半歩退く35㎜」
 「世界へ半歩踏み出す50㎜」
のいづれを撰ぶかのそれは相違で、この抽象的な比喩を莫迦にしてはいけない。前述の頴娃君は35㎜の感覚で世界を捉へるのに馴れ切つてゐるから
 「50㎜の画角だと狭すぎるのだよ貴君」
と直接口にするのを聞いた事は無いが、きつとさう考へてゐるに決つてゐる。かれはナニナニと云ふ被写体ではなく、ナニナニと云ふ被写体がある情景を撮るから、50㎜では狭すぎる考へるのが、寧ろ当然なんである。わたくしの場合、ナニナニな被写体があれば、近寄つて撮るのを好む。ゆゑに画角は狭い側にシフトしてゐた方が使ひ易い。世界へ更に一歩、踏み込むやうに。
 にも関はらず…さう云ふ好みなら一眼レフとマクロ・レンズの組合せが最良の筈なのに、わたくしが今、一ばん気に入つてゐるのは、キヤノンPに35/2.8ジュピターなんである。因みにジュピターの最短撮影距離は1m…これでは丸で世界から二歩三歩、距離を置かうとしてゐるやうぢやないか。

 それではいけない。
 いやキヤノンPと35/2.8ジュピターの組合せは見た目も使ひ勝手も頗る宜しいのではあるが、ここまで50㎜贔屓の流れで、使ひ勝手が頗る宜しいから、かまはないのだと纏めたら
 「すりやあ幾ら何でも感心出来ない態度だよ貴君」
と頴娃君に窘められて仕舞ふだらう。それは困る。矢張り50㎜レンズを入手しなくてはなるまい、と云ふのが実は本題なんです。
 キヤノンPはライカ式ねぢマウントを採用してゐる。"ライカ式"なのだから先づ最初に考へるべきはライツのレンズで、ライツの50㎜なら掃いて捨てるくらゐのヴァリエイションがありさうに思はれるのだが、実際に調べてみると、驚くほどにその種類は少ない。アルファベータ社の『ライカポケットブック 日本語版』(デニス・レーニ/訳・田中長徳)…手元にあるのは1999年発行の初版…に寄り掛ると、ライツのねぢ式50㎜レンズは

 50/3.5 ヱルマー
 50/2.5 ヘクトール
 50/2  ズマール
 50/2  ズミター
 50/1.5 ズマリット
 50/2  ズミクロン

のわづか6種類しかない。50/1.4ズミルクス及び50/2.8ヱルマーの、M-バヨネット時代に出されたレトロスペクティヴ趣味の2本と、テイラー・ホブソン・パテントの50/1.5キセノン、ウォーレンサックの50/3.5ヴェロスティグマートと云ふイレギュラーを加へても10種類。1931年のライカIcから1963年の同Igまで…詰りねぢ式ライカが"現行品"だつた期間…の33年間で、この数は如何にも少ないと云はなくてはなるまい。当時の光学製品が"最新のテクノロジ"の結晶だつた事を思ふと、たとへ設計や製造に現在より多くの時間が必要だつたとしても、またライツが"新製品"に対して慎重乃至臆病な態度を取るのが伝統的だつたとしても、奇異の念を禁じ得ない。
 勿論それぞれのレンズに細々した相違…ニッケルやクロム、ブラック・ペイントと云つた"見た目"の違ひだつたり、コーティングだつたり、ズマールやズミクロンのやうに沈胴・固定鏡胴だつたり…はある。また思ひ出したがライツは、実質的に別のレンズを同じ銘柄で市場に出す事に抵抗を感じなかつた会社でもあるから(M-バヨネット・マウントの50/2ズミクロンが好例)たとへば50/3.5ヱルマーの中に事実上、別のレンズと看做せるものがあるのかも知れないが、そんな事は生真面目で時間を持余すライカ研究家に任せたい。

 問題は上述の6または10種類の50㎜レンズに、キヤノンPに似合ふのがあるか否かと云ふ点で、この中で撰ぶとすれば、50/1.5ズマリット(及びその原型となつた50/1.5キセノン)くらゐではないか。キヤノンPは(ライカ式ねぢマウント・カメラとしては)些か大振りであるから、特に沈胴式のレンズでは大きさが不釣合なのだ。このカメラは序でに云ふとストラップの取付位置が惡く、小型軽量のレンズでは肩からぶら下げた際、レンズが上を向いて仕舞ふ欠点…いや弱点…ぢやない難点を持つ事情もある。
 尤もキセノンは最小絞り値がF9であつて、絞り込んで撮影する…常用がF5.6~F11辺り…癖のあるわたくしには使ひ辛い。さうなるとライツ・レンズではズマリットが事実上、唯一の撰択肢と云つてよいのだが、ズマリットの評判は非常に微妙である。いはく、癖玉。いはく、本来のコンディションを保つてゐる個体が少ない。但ししやんとした個体であればF5.6を境に愉しめる…らしい。詰り多少なりと博打の要素が含まれてゐる事になる。ズマリットはライツ・レンズの中で比較的、廉価に属する1本の筈だが、その比較は他のライツ・レンズが対象で、他社のそれと比較すると割高感は否めない。

 ではキヤノン・ボディなのだから、キヤノン・レンズにすればどうだらう。今でこそキヤノン・レンズはEFと云ふ味も素気も無い名まへになつてゐるが、大昔はセレナー銘であつた。おそらく月に因むネイミングだらう。随分とハイカラですな。これに較べたらペンタックスのタクマー(琢磨)やオリムパスのズイコー(瑞光)、ミノルタのロッコール(六甲)と云つた日本語もぢりはどうにも野暮つたい。日本のレンズ銘でセレナー並のハイカラさを発揮したのは、六桜社の"六"に因んだコニカのヘキサノン、ヘキサーくらゐぢやないか知ら。キヤノンがこの銘を使はなくなつた事をわたくしは惜しむ。
 えーと、話が逸れました。セレナー銘には当然50㎜もある。あつた。鏡胴のかつちりした感じは好もしいが、慾しい…ぢやなかつた、付けたいとは思へない。理由があつてではなく、何となく。キヤノンにキヤノンを付けるのが、気に喰はないのかも知れないが、ここら辺りの何となくは、何となくのままにしておく方がよい。敢て云へば、セレナー銘のレンズはIV型以前のキヤノンでなくちや、収まりが惡い気がされる。M-バヨネット式ライカにヱルマー銘が似合はないのと、事情は近しいと思ふ。
 ズマリットに躊躇ひを感じ、セレナーは何となく気に喰はないとわたくしは云ふ。ぢやあどうする積りなのかね貴君は、と頴娃君のみならず、たれもがさう思はれるだらう。安心してもらひたい。ちやんと意中のレンズはある。
 ニッコールである。
 正式な呼び方は知らないが、ニコンもライカ式ねぢマウントのレンズを出してゐて、そのニッコールを狙つてゐる。セレナーに較べてレンズ銘は劣るけれど、見た目は恰好良いし、ズマリットよりも値段はこなれてゐる。確か真鍮製の可也り重いレンズだつた筈で、これならボディのストラップ取付位置の問題に有効でもあるだらう。モダーンなキヤノンに古風なニッコールは、もしかすると不釣合ひに映るかも知れないが、これは日本のカメラ史上、トラッドな組合せでもある。些細な点には目を瞑るのが、矢張り望まれる態度ではないだらうか。尤もひと口にニッコール50㎜と云つても、数多くの種類がある。細かなヴァリエイションの違ひを含めるとそれは、前述のズミクロンやヱルマー程ではないとしても多岐に渡つてゐると思はれるから、1本を撰ぶには苦労させられるのではないかと思はれる。

 標準レンズの問題は、まだまだ解決しない。
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by vaxpops | 2011-02-28 21:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

11014-0024 湯漬け

 『国盗り物語』(司馬遼太郎)の後半は織田信長が主人公で、率直に云ふと余り面白くない。齋藤道三を主役に据ゑた前半が出色の出来である事を思ふと、これはもう、道三入道と尾張のうつけの魅力のちがひと云はざるを得ない。
 司馬はわたくしの好きな小説家なのだが、幾つかの小さな不満もないわけではない。中でも一ばんの不満は、飲食…ここはオンジキと読んでもらひたい…に対して極めて冷淡な点で、『竜馬がゆく』でも『坂の上の雲』でも『翔ぶが如く』でも『燃えよ剣』でもそれは変はらない。どうもあの作家は日常の"食べる"と云ふ行為に無頓着な傾向だつたらしい。全国各地世界各国を歩いた『街道を行く』ですら、土地土地の名産に舌鼓を打ち、地酒に目を輝かす記述が無いのだから、どれだけ擁護の論陣を張つても司馬が呑み喰ひに積極的な関心を抱いてゐたとは云へないと思ふ。
 然し呑み喰ひに冷淡な司馬であるから、たまさか文中にそれがあしらはれると、ひどく強い印象を受ける。たとへば『坂の上の雲』での煎り豆(秋山真之が好んだ)がそのひとつ。もうひとつが『国盗り物語』で信長が掻き込んだ湯漬けである。有態に云ふが、どちらも"旨さう"な描写ではない。これはもう司馬の一面なので、ファンであつても諦めねばならないだらう。

 然しだね。湯漬けと云ふのは決して、"旨さうではない"食べ物ではない。流石にそのままではちつと寂しいけれど、そこに付込む余地がある。お漬物だの佃煮だの梅干だのを用意して、ぞろりと掻き込む。白身の焼魚(庶民的を決め込むなら鯵、豪奢を気取るなら鯛)の身を毟つてもよく、酒盗や塩辛なぞがあれば、なほしめたもので、ここに到ると、簡便なのか豪華なのか解らなくなるところがまた宜しい。
 何となく、だけれども貧乏くさくつていけない…と云はれては困る。笹の葉に飯を洗つて乗せのを献じたお供の者を、『源氏(物語)にちなんでゐる』と褒美を取らせた高貴の方がをられた逸話があるくらゐで…原典が何だつたか、手元に無いのが惜しまれる…文學的にも歴史的にも湯漬けは伝統ある米の味はひ方なのだ、と申し上げてもよからう。
 さう云ふ(無駄な)知識…気分を背景に持つと、一わんの湯漬けに向かふ気概も異なつてくる。たとへば大勝負(デイトだらうが遊びだらうがはたまた仕事だらうが)のまへ、湯漬けをぐわと掻き込むのは、出陣を控へた尾張の天才児と同じではありませんか。なに、下天ノ内ニクラブレバと踊らなくても、さう云ふ"気分"に浸れるわけで、ここは強調に価する点ではないか。司馬がそんな"効能"まで意識してゐたか、と云ふと、疑問を抱かざるを得ないけれど。
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by vaxpops | 2011-02-22 21:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

11013-0023 レモンハイ

 酎ハイレモンやレモンサワーとも呼ばれるが、ここではレモンハイに統一しておく。焼酎とハイボールからの造語が更に変化したんだらうと思ふが、厳密に…堅苦しく云へば、ハイボールはヰスキィのソーダ割を指すから、言葉の構造はをかしい。実に下層社会的な安直さと云つてよく、わたくしのやうな下層社会に属するものには、その安直さが好もしい。

 焼酎の呑み方で一ばん望ましいのは、お湯割に梅干を入れる、だと思ふ。
 梅干を崩しながら呑るわけで、これなら熱すぎるコップが手に持てるくらゐになるまで、手持ち無沙汰にならないし、崩しては呑み、呑んでは崩しだから、少し計りは呑む速度に歯止めを掛ける事も出来なくはない。だらうと思はれる。
 尤もかるがると焼酎のお湯割を呑まして呉れるお店はあつても、梅干を用意して呉れるかまでは判らないし、大体"お湯割・梅干入り"は癖のきつい…いや有態に云へば、安ものの焼酎だから旨いので、愛らしい女性と一緒の酒席ではお奨め出来かねる。

 上等の焼酎は生のままか氷を落とすくらゐでよく、さう云ふ機会に恵まれたのなら、肴は薩摩式にするのが良い。泡盛には琉球式の肴が良く、ウォトカには露西亜式の肴が良いのと同じ理くつだ。薩摩美人が隣にゐるとなほ嬉しいが、この際贅沢は云ふまい。それにわたくしが呑むのは安ものだし、本稿はレモンハイについて無駄に熱く語るのが目的なので、本ものの焼酎については、詳しいどなたかにお任せしておく。

 改めて云ふまでも無く、レモンハイは下賎な呑みもので、いや、見下してゐるのではない。お小遣ひが厳しいけれど、どうしても一ぱい呑らなければ気がすまない夜に、これ程似つかはしい呑みものもまあ、中々見当らないでせう。
 この場合の肴は、枝豆とかもつの煮込み、ほつけの塩焼辺りの、安くつて、ちまちま食べられるものがいい。貧なるかな、と笑ふのはすぢ違ひで、かう云つた組合せが旨いんである。だからたとへばソースをたつぷりつけた串揚げや甘辛たれの串焼きももよく、辛子を忍ばせた鯵フライやハムカツなんぞもまた似合ふだらう。熱くて濃い味付けの肴を頬張つて、レモンハイで口の中を洗ふ。実に理に適ふ流れではあるまいか。
 たまにわたくしは…"たまに"と強調するところに、どうにもならぬ見栄が潜んでゐる…この"レモンハイと愉快な仲間たち"を愉しむのだが、安上がりで嬉しくなる。尤もこれは元から安上がりな呑み屋での話だから、愛らしい女性(さう、貴女の事ですよ)と一緒に愉しんだ事は無い。
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by vaxpops | 2011-02-20 19:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

11012-0022 汽笛一声新橋ヲ

『阿房列車』
内田百閒・旺文社文庫

 いちいち説明を付けるのが、これ程莫迦らしく思はれる本も無い。
 そんな真似をするくらゐなら、寧ろ冒頭の三行を丸々引用する方が余程、気が利いてゐる。

『阿房と云ふのは、人の思はくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考へてはゐない。用事がなければどこへも行つてはいけないと云ふわけではない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ。』

 一文目から二文目への呼吸を、文章の藝と呼ぶのに異論は出ないだらう。

 我が百閒先生には"大阪から帰る"以外に用事がないのだから、取り立てて書くべき事があるわけでもない。上述で始まる大阪行は三十一頁に渡るのだけれど、汽車が東京駅を出発するのは二十一頁目も半ばを過ぎてからで、読んでゐる方は気が気ではない。大体"何にも用事がな"く一等車に乗りたいだけで、お金を借りてもゐるのだから、そんな事で大丈夫ですかと気を遣ひたくもなり、然しその辺の心配は要らない理くつもちやんと書かれてゐて、けれども中々汽車に乗らないから矢張り、やきもきさせられて仕舞ふ。
 自分が同道者だつたら、困らされるだらうな。
 同行のヒマラヤ山系氏は、困らなかつただらうか。
 困らなかつた筈はないと思ふのだが、先生が阿房列車を走らせる際には必ず向かひの(或は隣の)席に坐つてゐたところを見ると、困りながら愉しんでゐたのかも知れない。当時の氏にこつそり聞いてみたい気もしなくないが、きつと百閒先生の筆が描くところの曖昧な口調で、はあ、と云ふだけに違ひないだらう。
 無用の旅は無用であるから、無理に云へば一等車に乗る…と云ふか、一等車の切符を買つてコムパアトに潜り込んで発車のベルを聞けば後は帰るだけでよく、考へてみたら実に贅沢な話。一等車も國鐵も無くなつた今、かう云ふ贅沢を真似するのは不可能になつた。J.R.では気分がちがふ。
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by vaxpops | 2011-02-19 22:00 | 本映聴観 | Trackback | Comments(0)

11011-0021 大衆のP

 今の目から見ると奇妙を感じざるを得ないのだが、キヤノンと云ふ会社は比較的遅くまで、距離計式のカメラを出してゐた。一ばん最後に出た7sが1966年…昭和41年で、その5年後にキヤノンの距離計式カメラは終了する。距離計式ニコンの最終機となつたS4は1956(昭和31)年発売で、一眼レフキヤノンのビッグ・ヒット、AE-1は1976(昭和51)年発売と云ふ事を思ふと、意外なくらゐに長く、キヤノンは距離計式カメラに固執してゐたと云つていい。EOSの発売に伴ひ、FDマウントをばつさり斬り捨てた事を併せて考へると、何か事情があつたのかと勘繰りたくもなつてくる。

 距離計式キヤノンは一部の例外を除くと、初代からVIまでは羅馬式の型番、7及び7sだけが亜剌比亜式の型番が付けられてゐる。その例外はV型の派生機種…有態に云ふと廉価版の流れであるL1、L2及びL3がひとつ。もうひとつがキヤノンPで、このPはPopulaireの頭文字に相当する。キヤノンミュージアム( http://web.canon.jp/Camera-muse/camera/film/data/1956-1965/1959_p.html?p=1 )でもさう書かれてゐるから間違ひ無い。
 1959(昭和34)年発売で、50㎜F1.4レンズ付が5万2700円。50㎜F2.8付だと3万7700円だつたさうだ。因みに同系列と思はれるVI T型はボディのみで5万2500円の価格だつたから、破格の安さだつたと云へるんではないか。尤も1964(昭和39)年に発売されたペンタックスの銘機SPが、50㎜F1.8付で4万2000円だつたと云ふから、距離計式は割高感のあるカメラだつたのかも知れない。
 Populaireは仏蘭西語で、ハーフサイズ・カメラでもDemiと云ふ仏蘭西語を採用してゐるところを見ると、少なくとも当時のキヤノンは独逸式の剛健より仏蘭西式の柔美を好んでゐたのではないだらうか。実際キヤノン・デミは、昨今のデジタル・カメラでは及びも付かない洒落たスタイルのカメラであつた。この辺りの云はば"バタ臭さ"は、キヤノンの得意技だつた(過去形を使はざるを得ないのはまことに残念だ)とも云へる。
 尤もPopulaireからは、さう云つたバタ臭さは感ぜられない。V、VI型にほぼ準ずる形で、上から見るとやはらかな八角形が特徴的でもある。このオクタゴンはIV型以前のキヤノンにも共通してゐて、おそらくライカのやうな丸みを帯びさせる事が技術的に六づかしかつた名残りではないかと思ふが、それを象徴的に用ゐ続けた点は拍手に価する。形が変はらなければそこに、一貫性…大きく云へば伝統を感じる事が出来るからだ。

 機械としてのPopulaire、キヤノンPに、特筆すべき点は無い。
 金属幕横走りの1/1000秒シャッターは当時として、ごく当り前の数値だし、劇的な新しい機能が採用されてゐるわけでもない。寧ろ当時のキヤノンカメラが自慢してゐたファインダの変倍式と外付ファインダの視差補正が省略されてゐる。その代り、35/50/100㎜のブライト・フレイムが同時に、表示される構造になつてゐて、常用の画角であればカメラ単体で何とかまあ、使ふ事が可能だ。何とかまあと付けたのは35㎜画角のブライト・フレイムを一ぺんに見渡すのには、些か以上の無理がある為だが、ぜんたいの完成度が高いので、文句を付ける積りにはならない。
 序でにストラップの取付位置が惡く、肩首からぶら下げるとしつくりこないのも、弱点と云へば弱点だが、持運びを工夫する余地があると読み替へればこれも愉しみのひとつと見立てる事が出来るだらうから、文句を云ふ積りにはならない。
 詰り思ひ切つてキヤノンPは
 「凝つた機能を製造費削減の為に省略した結果、非常に簡潔で使ひ易く」
 なつたカメラと云へるだらう。日本のカメラ史上、高級機からお金の掛る部分を削り落とし、廉価版としてヒットさせる手法の、おそらく最初の、少なくともごく初期の例ではないかと思ふ。余談になるが、実はニコンにもSPと云ふ優れた、然し余りに高価なカメラに対して、廉価版の位置付けであるS3、S4を出した前例がある。が、何しろ"SPに対する廉価版"なのだから、如何ともし難い。この辺りのおつとり具合は実にニコンらしくて、わたくしには好もしく感ぜられる。今でもニコンはどこか、大衆機の作り方に不器用が残つてゐて、その源流はこのS3、S4にあるのではないかと思はれる。
 キヤノンは上手かつた。このカメラは10万台近く生産されたさうだから、成功したと云つていいでせう。元の価格が別の次元ゆゑ、比較にはならないだらうが、同時代のライカM2(1958-1968年)は約8万7000台の生産であるから、数だけ見れば驚嘆に価するとも云へる。
 この成功は後年の我われに思はぬ副産物をもたらして呉れた。写真を撮ると云ふ目的に何ら支障の無いコンディションの個体が、実に廉価で入手出来るのである。わたくしの手元にある製造番号729006も、その恩恵の結果で…いや値段は云ふまい。野暮だからではなく、後からもう1台慾しくなつた時、高額になつてゐたら困る。
 このボディには35㎜F2.8ジュピター(N7701723 マルミのプロテクト・フヰルタ付)にニコンのシャッタ釦、京セラ・コンタックスのストラップに亜米利加製のM-GRIP(本来はM型ライカ用だが、キヤノンPでも問題無く取付出来た)を付けてゐる。中々よい姿だと思ふのは、持ち主の贔屓目であらう。
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by vaxpops | 2011-02-19 12:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(0)

11010-0020 いちばん桜

 Orionと云ふのは沖縄の麦酒であります。
 もう五年くらゐまへになるが、諸々の事情で三ヶ月ほど彼の地に棲んだ時期があつて、その時に兎に角お世話になつた。内地…沖縄人は県外をかう綜称するのだが…では殆ど出廻つてゐないが、Orionには幾つかの副銘柄(発泡酒等)もあつて、当時販売されてゐた全銘柄を取り替へ引き替へ、わたくしは毎日呑んだ。
 様々なチャンプルーや豚肉料理に素晴らしく適ふ。
 内地の麦酒に馴れた舌だと然し、Orionは些か物足りなさを感じるかも知れない。詰り、かるい。尤もそのかるさはたとへばバドワイザーのやうな水つぽい頼りなさではないし、沖縄式の肴は案外に淡泊でない事もあつて、寧ろ好もしい。ゴーヤのずしりと分厚い苦味にOrionのかろやかさの組合せを、わたくしはこよなく愛してゐるのであります。

 ところで沖縄では如月の声を聞くと、櫻の花びらが次々と開く。
 名まへは知らないが、内地の櫻いろとはちがふし、おそらく河津櫻に近いのではないかと思ふ。二年まへに熱海で眺めた櫻に似てゐるから、以外に理由は無いので、信用しちやあ、いけませんよ。熱海の櫻はいろが深くつて、花見とは異なる味はひがあつたなあ。

 えーと、熱海の話ではなかつた。
 さう、沖縄の櫻。
 でもなかつた。

 さうさう、沖縄で櫻が咲く頃、Orionは季節限定の銘柄を出してくる、と云ふ話をしたかつたのだ。その名はOrion"いちばん桜"。実にいい名まへですな。鮮やかな櫻花が描かれ罐も、眺めて嬉しくなつてくる。原材料は勿論、麦芽とホップのみ。日本酒が米と麹で醸造られるべきと同じく、本すぢの麦酒で、味はひはOrionのそれを更に磨いだ感じ。
 実に旨い。
 この"いちばん桜"もOrion同様、いやOrion以上に内地で見掛ける機会の少ない事が惜しまれるが…季節と地域で二重に六づかしいのだから、やむ事を得ないとは云へ…ちよつと気の利いたお酒売場なら買ひ込む事も無理ではないだらう。
 まだ寒い東京で"いちばん桜"を呑みながら、春の訪れに思ひを馳せるのは、まつたくのところ惡い気分ではない。次に来るいちばん桜の季節は、熱海の河津櫻で飾らうかと思つてゐる。
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by vaxpops | 2011-02-11 17:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

11009-0019 日本の、一ぱい

『日本の酒』
坂口謹一郎・岩波文庫

 日本人が"酒"と云ふ時、そこにはふたつの意味がある。
 漠然としたアルコール類全般の場合と、日本酒と。
 それは"酒"と云ふ一般的な名詞が、その中のひとつである筈の日本酒を代弁してゐる…少なくともその一角を占めてゐる事を意味してゐて、かう云つた例は世界にも少ないんではないかと思ふ。

 英吉利人が"酒"と云ふ時、そこに麦酒やヰスキィやスコッチと云つた、特定の種類が含まれてゐるとは想像し難い。辛うじて仏蘭西人や伊太利人なら、"酒"と葡萄酒が比較的密接に結びついてゐるかも知れないと考へても、余り無理は感じられないけれど、それでも日本人の"酒と日本酒"ほど緊密な関係ではなささうな気がする。この辺りは丹念に調べたら、面白い結果になると思ふが、膨大なフィールド・ワークが要求されるだらうから、取組む方は大変に違ひない。

 巻末の年譜によると、坂口謹一郎は明治三十年に生れ、平成六年に死去してゐる。十九世紀の終りに生を受け、四つの元号を歩んで、二十世紀の晩年に息を引き取つた、と云ひ替へたら、生涯に熟成の重みを感じますね。
 専門は醗酵。
 帝國大學教授にして農學博士。
 と肩書を書くと、ひどく物堅い内容を連想させられるが、まあ確かにさう云ふ一面もないわけではないが、全体としては日本酒に纏はる様々な話が散りばめられた、実に面白い一冊である。
 特に「民族の酒」と題された一章では、古代から近代までの日本酒史を駈ける離れ業を演じてゐる。坂口が美事だつたのは

・古代民間の原始的な酒を"民族の酒"
・ヤマト王権から奈良朝期を"朝廷の酒"
・平安末期から室町辺りを"酒屋の酒"
・現在に繋がる酒造りが確立された江戸期を"寒造りの酒"
・明治の西洋技術の導入期以降を"合理化の酒"

 と仮に名付けた事で、どうです、漠然と、然し日本酒の在り様の移り変はりが鮮やかに想像出来ませんか。かう云ふのを文章の藝と呼ばねばならぬ。ただわたくしが一ばん感心したのは、冒頭、次々に飛び出す日本酒の味や香りを表はす形容で

まるみ、移り香、うすい、ごくみ、こくがある、にくがある、濃味(濃醇味)、ふくらみがある、はばがある、くどい、しつこい、重い、濃い、さばけが悪い、雑味がある、ざらっぽい、がらがわるい、にぎやか、きめが荒い、こしがある、男性的な、線の太い、きれい、きめが細かい、軽い、上品、淡麗、さびしい、尻はね、はねがある、押しがある、引き込み、後味、残味…

 まつたくのところ、圧倒されて仕舞つた。さばけが惡いなんて痛烈な批判をした事がなければ、賑やかでいいねえなんて感心した事も無い身としては、語彙の貧弱さを今さらながら、反省させられる。
 ケミカルな話有り、愉快な逸話有り、萬葉集からの(些か衒学的な)和歌の引用有りで、學海余滴の愉しみを存分に味はへる本なのはわたくしが保証するが、ただ一点惜しまれるのは、お燗と冷やの美味しい呑み方について、言及されてゐない点であらう。尤もさう云つた要求をするのは、泉下の坂口博士にとつては大迷惑で
 「(ご自慢のお酒を含みながら)それは君、自分で見つけ玉へ」
と叱り付けられるかも知れない。
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by vaxpops | 2011-02-11 00:00 | 本映聴観 | Trackback | Comments(0)

11008-0018 方言について

 方言を文字にするのは六づかしい。
 特に歴史的仮名遣ひを常用するひとにとつては。

 たとへば標準語の現代仮名使ひで「言う」は、歴史的仮名遣ひだと「言ふ」だ。
 標準語の「言ふ(う)」はところで、関西方言だと「ゆう」と云ふ発音になつて、ぢやあこれを歴史的仮名遣ひで表記すると、どうなるのか。
 「ゆう」でよい。
 関西方言の「ゆう」はワ行で変はるから、標準語での「言はない」は「ゆわない」になり、「言へ」は「ゆゑ」になる。

 …のだと思ふ。

 自信が無い。

 或は「ごあしやる」と云ふ言葉がある。
 朝廷の女官ことばですな。
 朝廷は一種の閉鎖的な社会だから、その中で使はれてゐたことばだつて、広い意味で方言と見立ててもいいでせう。
 然しその「ごあしやる」は「ごあしやる」なのか「ごわしやる」なのか「ごはしやる」なのか。

 解らない。

 自信が無い。

 またたとへば伊予ことばの「~じゃけん」と土佐ことばの「~じゃきに」は、標準語で云ふところの「~だから(~なので)」にほぼ相当するのだが、これらは「ぢやけん」「ぢやきに」なのか。
 土佐ことばは「ジ」と「ヂ」を明確に発音し分けると云ふから、「だから」の転訛である「じゃきに」は「ぢやきに」でよいと思はれるが、春風駘蕩の伊予ことばではどうなのか。

 解らない。

 自信が無い。

 たとへばは他に幾つも挙げる事が出来るが、きりが無いのでやめにするとして、実に面倒なのは何となく、想像頂けるとは思ふ。

 ここでちよつと生真面目な顔つきをすると、このややこしさは仮名遣ひが要因なのではなく、方言は話し言葉であつて書き言葉ではないところに理由が潜んでゐる。話し言葉は文字ではないから、話し手の態度…顔つきや声音…や前後の流れ、聞き手との関係…友好的なのか敵対的なのか…で、同じ言葉に複層的な意味が貼り付けられる。
 関西方言の阿房…発音は"あほ"が、その典型的な例だらう。あれは間投詞感嘆詞的に使はれたり、親愛の情を示す時に使はれたり(詰り"あほ"と云つても赦される人間の距離感)勿論、罵倒の意味でも用ゐられる。尤も罵倒で使ふ場合は強調の接頭語"ど"が付けられる事が多いけれど。
 "あほ"だけではない複層的な意味を持つ、或は持ち得る方言は、更にその使はれ方によつて発音が微妙に異なり、また時代によつて変化もする。言葉を文字で固定する書き言葉は、その細やかで複雑な発音の相違や変化には、対応が出来ない。良し悪しや優劣の話ではなく、ちがふ、と云ふ事なんです。

 もしもわたくしが、本当に生真面目であつたなら、そのちがふ、と云ふ事を踏まへながら、どう方言を駆使するかを考へるのだらうが、わたくしの生真面目はうすつぺらな仮面なので、そんな事は考へない。方言を文字にするのは六づかしいものだと、首を捻る計りだ。
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by vaxpops | 2011-02-07 11:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
『二日酔いのバラード』
ウォーレン・マーフィ(訳・田村義進)ハヤカワ・ミステリ文庫

 わたくしは漠然とした亜米利加を好まない。
 好き嫌ひに理由は要らない筈なので、兎に角さう云ふものだと思つて下さればよい。
 但し何事にも例外はあつて、この小説もその例外に含まれる。

 "ワイズクラックもの"と勝手に名付けてゐる分野がある。
 "ハードボイルドもの"の一要素であるジョークを…ジョークだけを極端に強調した小説、と大雑把に申し上げておかう。
 ストーリィを脹らませる為にジョークがあるのではなく、ジョークを成り立たせる為にストーリィが在る、と云へば云ひ過ぎになるだらうか。

 デヴリン・トレーシー。
 愛蘭系の亜米利加人でギャスリン・フィディリティ保険会社の臨時調査員でもある。
 ウォトカと煙草を無闇に好み、どうにもならないフルタイムのアルコール中毒のくせに、日系シシリー人のチコとうまいこと、やつてゐる。
 かれ…「友だちからはトレースと呼ばれている」さうだ…が口にするのは、碌でもない事計りだ。

 「おれは、汚れた世界の上に高く舞う自由な魂だ」
 「ギルバートとサリヴァンもおんなじだ。歌詞がまったくききとれない(中略)ヤ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ。これが音楽か。音の羅列じゃないか。おれは嫌いだね」
 「ちがう。おれは合衆国の秘密兵器だ。おれがくしゃみをすると、巨大コングロマリットのお偉方が風邪をひく」

 念の為に云ふと、別に特別な箇所から引用したわけではない。

 年中、こんな事を口にする、いや、こんな事しか口にしない男がゐたとして、付き合ひたいと思ふかね??
 わたくしは、厭だ。
 わたくしの厭がどこまで一般的かと云ふ点には議論の余地があるとしても、"ヤ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ"なんて平気で云へる男には近付きたくない。"ヤ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ・パ"を聞かされたらきつと、三時間くらゐ頭痛がするに決つてゐる。
 然し小説と云ふ枠の中にトレースがゐる時、かれのジョークはその限られた枠の中で、如何にも亜米利加的な輝きを見せる。

 不思議としか、云へない。

 チャンドラーやロバート・B・パーカーを好むなら、その傍らにかう云ふ"ワイズクラックもの"を置いておくのは惡い趣味ではないだらう。

 尤も原題の「Two Steps From Three East」を"二日酔いのバラード"と訳したところだけは、感心しないけれど。
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by vaxpops | 2011-02-06 23:00 | 本映聴観 | Trackback | Comments(0)