いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

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 ここでわたくしが云ふのは、カメラで使ふモノの話である。大雑把に、あるカメラに、そのカメラでは本来使へないレンズを取付ける為の輪つか…くらゐに考へてもらひたい。まあ、さう云ふモノが世の中にはあるのだ、くらゐでも特に問題は無い。
 このアダプタの意味合ひは大きくふたつに分ける事が出来る。ひとつはあるカメラのマウントが変更になつた時、旧マウントのレンズを新マウントのボディで使はせる事。ライツがL39ねぢからMバヨネットに変更した時に用意したL/Mアダプタや、旭光学がKバヨネットマウント採用の際に用意したM42ねぢ/Kアダプタが代表的と云つていい。云つてみれば「旧来のお客さまへのサーヴィス」であつて、たとへばFDバヨネットからEFバヨネットに変更したキヤノンはかう云ふモノを提供しなかつた。もうひとつは、気に入りのカメラで使へない気に入りのレンズを組合せる目的であつて、たとへばM42ねぢマウントのレンズを、L39ねぢマウントのボディで使ふ為のアダプタが存在する。今回、俎上に乗せるのは後者の方になる。

 元々かう云つたモノは、1台のボディで出来るだけ多くの種類のレンズを使ひたいと云ふ、涙ぐましい貧が底にあつたと思はれる。カメラが「大学新卒者の初任給何か月分の値段」だつた頃の話で、念押しをしておくとわたくしは流石にその世代ではない。要はカメラやレンズを買ふ―買はうと決める事が、今ほど軽やかではなかつた時代が、わたくし以前にあつたので、前述のL/MやM42ねぢ/Kアダプタは、メーカのサーヴィスであると同時に、ユーザの経済的な事情にもうまく合致してゐたと考へていい。メーカの思惑とユーザの需要が同じ方向だつた幸福な時代、と呼び替へてもいいだらうが、その辺の分析はわたくしの手に余る。と云ふ事はその(特に)ユーザの経済的な事情が解消されると、「アダプタの必要性」もまた、解消される。必要とされないモノを供給するメーカは無い。当然の話なのだが、メーカに誤算があつたとすると、ユーザには必要性が無くなつても、慾望は残(り得)る点を些かかるく考へてゐた事ではないか。
 勿論それを、ユーザの我が儘と理解する姿勢は間違ひではない。カメラはレンズがあつて初めて成り立つ機械なのだし、その双方を自社製品で揃へてもらはないと、儲けが減つて仕舞ふと云ふ理窟は、まつたくその通りと頷かなくてはならない。カメラが電気的に制禦されるやうになつたのは、自動化を進める為に必要だつたのは当然として、さうする事で、ボディとレンズの「好ましからぬ相互乗入れ」―云はば"乱交状態"を防止する意味合ひも含まれてゐたと考へられる。
 ところで実際問題として考へると、アダプタを使つて、ボディとレンズを乱交させるのは、頭の中で思ひ描くほど簡単な事ではない。無條件に無制限に使へない、と云ふ意味で、大まかな條件を挙げると

・ボディのフランジバックはレンズのそれより短くなくてはならない。
・ボディが一眼レフの場合、ファインダは絞込みになる。
・ボディの形式を問はず、測光は実絞り式。

の3点になる。電気的な制禦で使へる機能が全て使へないのは、念を押すまでも無い。また上の條件はあくまでも基本的なところであつて、それでも使へない場合がある事は知つておいて損はしないだらう。堅苦しい云ひ廻しになつたところを、写真(機)の基本的な概念…露光や焦点合せ…を把握してゐないと、使ふのに多少の困難が伴ふ、と簡単に纏めてもいいかも知れない。

 "知れなかつた"と云ふべきか。
 直球で考へれば、機械式の距離計連動カメラを持てばよい。距離計連動のカメラならば一眼レフよりフランジバックが短くなるし、ファインダも半独立してゐる分、絞込みの影響も無いと云つてよい。ただこの場合、撰べるのがライカまたはライカL39ねぢ/Mバヨネットマウントを採用したボディに限られるのが…アダプタを使ふ目的への金額としては、高過ぎる点で…些かの問題ではあらう。第一、ライカ(またはその同規格のカメラ)を使ふには矢張り、少なくとも露光(と焦点深度)の概念は欠かせないから、その点でも敷居が高いと云はざるを得ない。
 いや、それはそれで必要なんです。我われ素人が写真を愉しむ上で得てゐる一ばんの特権は失敗してもかまはない事で、プロフェッショナル(大きく"写真を撮ることで口を糊するひとたち"と考へてよい)にとつては信じられない特権でせう。自在に失敗出来なくなつたのは、デジタル・カメラの功罪の後者に属する部分だと思はれるが、その点にまでここでは踏み込まない。それに事が"アダプタを使ふ"目的なのを思ふと、不馴れ不便よりある程度にせよ、失敗と云ふリスク(わたくしはさうとは考へてゐないけれど)を軽減するには、デジタル・カメラを利用するにした事はない。
 ではそんなデジタル・カメラがあるのか…と云へば、ミラーレス一眼と分類されるカメラがそれに相当する。ここまで同様、ややこしい話は省略するとして、一眼レフの構造上、どうしても必要であつたミラーボックスと云ふ場所を持たないミラーレス機は、フランジバックを短く取る事が可能であり、従つてアダプタを用ゐるには、一眼レフより適してゐると理解すればよい。またデジタル・カメラの液晶画面は当然、一眼レフのファインダより巨大な点も見過ごしてはいけない。ミラーレス機とて、レンズを通した像を見る一点で一眼レフ同様、絞込みの影響を強く受けるのだが、その難点を広大なファインダが(完全ではないとしても)カヴァしてゐる。同時に液晶画面の露光情報がその不馴れを、矢張りある程度、カヴァして呉れる。
 これは非常に大きな利点であると云つていい。何故ならアダプタを介してレンズを使ふのは変則的な行為であつて、経験的に使はざるを得ない要素がどうしても色濃くなるところを、デジタル・カメラの(時に過剰と思はれる)情報が上手く補佐して呉れる。と云ふ事は、手元に転がるがらくたレンズが、新しい活躍の場を得ることになるかも知れない。そんな期待を持てなくもないのではないか。
 と云ふ事に最近わたくしは、気が付いたわけです。ミラーレス機にアダプタを介在させた場合、たとへば焦点距離や、大きさ重さのバランス(重要なのはあくまでも手に持つて構へた時のバランスで、大きいのが重いのが惡いのではない)に注意を払ふ必要はあるとしても、十分に…とはいかなくとも、それなりの使用には耐へるであらう。そんな期待を持てなくもないのではないか。そんな事情でわたくしは今、ミラーレス機を買はうか否か、迷ひに迷つてゐる。
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by vaxpops | 2011-06-12 17:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

11090-0100 怪しい区切り

 この駄文の番号に割り振られた番号は 11090-0100 で、詰り番号上は100番目と云ふ事になる。数字がさうなつてゐるんだから、間違ひない。

 と云ふのは正しくない。

 詰りこれが数字…と云ふか表記の怪しさなんである。
 実は初回から数へて、本当の100番目は『11087-0097 大坂酒席 5月6日』と題した

 http://zampablack.exblog.jp/13579496/

 であつた。当然の話で、番号を振つてゐない駄文の分だけ、実際の数からずれてゐる。然もこの100は単純な合計の数であつて、例へば2011年に限れば90が番号を割り振つた正しい数と云ふ事になるし、2011年の番号無し駄文の事を考へると、またここでもずれが生じる。実に怪しい。いい加減な話ではないか。
 その通り。
 確かにいい加減なので、厳密に考へると、こんなに莫迦げた話は無い。ただ裏を返せば、そのいい加減具合も含めて愉しめるなら、かう云ふ話は酒席のきつかけとしては恰好のものになるのではないかとも思はれる。
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by vaxpops | 2011-06-01 21:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)