いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

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G11から-片言隻句 046-050

046.ちよいと気取つた呑み屋で、鯵フライやハムカツを喰はせる店を私は知らない。麦酒にあれ程適ふ、然も安上がりな肴はさうさう見付からないのに。さう云へば鶉玉子のフライなんて云ふのも、お店では余り見掛けない気がする。"何々のフライ"と云ふメニュは、気取りに遠いのか。鶉の卵が添へられたもり蕎麦なんてのは、贅沢な感じがされて嬉しいものだ。鯵だつてちやんと干物にされたのを丁寧に焼いたやつが朝めしの最良の友、よく吟味されたハムが葡萄酒な最良の恋人だと云ふ事を思ふと、間違つた想像でもなささうな気がされる。

047.考へてみれば、"揚げる"のは"焼く"や"煮る"に較べると、調理法の中で可成り新しい。新しい手法が伝統の中で軽んぜられるのは当然で、それが居酒屋のメニュにも漠然とあらはれてゐるのかと思ふと、ちよいと愉快な気分を感じる。

048.手法に格が付けられるのは調理法に限る事ではない。判り易いのは文學の中の小説で、訳語(そして原語も)自体がこの技法の新しさ…文學の中での格の低さを示してゐる。小説家志望や自称小説が世界に溢れてゐるのはさう云ふ理由と云つてよい。然しさうなると、ライトノベルは小説の中で更に格が低いわけで、ではあれを文學―伝統とみなしてよいものか。

049.伝統なんか知んないよ、と嘯くひとがゐたら、かれは言葉の厳密な意味で孤独なのか、救ひ難い愚かものなのかのどちらかだ。

050.趣味の良し惡しは兎も角、新機軸をつくる事は出来る。が、伝統は人工的に即席につくれない。焼き物煮物がえらくて、揚げ物が(未だ)さうでないのは、時間と云ふ世界で最も厳しく残酷で容赦無い批評家の目を経てゐないからだと思へばよい。
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by vaxpops | 2011-11-23 14:16 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 041-045

041.暑い季節に熱い食べ物を、とはよく耳にするけれど、寒い時期に冷たい食べ物を、と云ふのは聞いた事がない。さうなると我われは年中、熱い食べ物をくちにすべきだとなる―と云ふのは勿論、意識的に誤用した三段論法で、かうして文字にすると、いんちきなのが直ぐに解る。が、議論の中で同じ手法が屡々用ゐられるのに、我われはうつかり、それに引つ掛かる事が少くない。

042.翻訳本の文章が判り辛ければ誤訳を疑へと云つたのは立花隆で、同じ事は議論の中でも云へる。相手の云ふ事がすつと頭に入らなければ、詭弁を疑へ。

043.暑い季節の熱い食べ物と、寒い時期の熱い食べ物を、同じだと思つてはいけない。どの時期に何を食べるのがいいか迷つたら、それがどの圀の料理かを考へるのが、目安として適切。

044.熱い食べ物は多くの場合、からい食べ物と混同される。さう云へば英語では、熱いもからいも同じhotだが、両者を意識的に混用するのもまた、一種の詭弁と云へなくもない。

045.とは云へ、hotが熱さを指してゐても、からさを意味してゐても、だからと苦情を付けるすぢ合ひはない。但しそれがまづかつたら、聲を大にして文句を云ふべきではないかと思はれる。
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by vaxpops | 2011-11-20 16:56 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 036-040

036.常用するカメラの名まへを聞いて最初に思ひ浮ぶのは、おそらくその正面からの姿だらう。然し考へてみたら、常用するカメラの中で最も頻繁に見てゐるのは、その後ろ姿の筈なのだが。

037.正面から眺めて綺麗だと思へるカメラは、所謂"バルナック型"と称されるライカが最高峰だと私は信じてゐるが、そのライカの後ろ姿は妙に侘しい。

038.とは云へ賑々しく釦やダイヤルやレヴァが並んだデジタルカメラの後ろ姿が恰好いいかと云へば、些か以上に疑問を呈さざるを得ないわけで、工業デザイナの諸君にはこの辺りが目の付けどころかも知れぬ。

039.ある機能、ある操作は必ず、ある形やある配置を求める。それを案配よく整へるのが"合理性"で、その合理性を美しく纏めるのが、工業デザイナの仕事だと云つてよい。さて、日本に自称を付けずにすむ工業デザイナが何人ゐることか。

040.実は本の装丁にも、似た事が云へるのは、ここだけの話。
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by vaxpops | 2011-11-18 16:42 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 031-035

031.どうもよく判らないのが所謂"迷惑メイル"と云ふやつで、無料だとか高額当籤だとか謳つてはゐるが、あんなものに引つ掛かるひとがゐるとはとても思へない。あの業界でも"決められた書式"があるんだらうか。

032.勧誘のメイルは詰るところ、実店舗で云ふ看板である。どうせ"看板ニ偽リアリ"なのだから、嘘八百でも愉しませるのを優先すればいいのに。

033.尤もさうしたからと云つて、騙されるひとが多くなるかまでは知らない。ぢやあやるだけ無駄だと業者は云ひさうだが、それならそもそもが無駄なのだよと、そこに話は落ちる。

034.信頼と実績で有名な広告屋が、さう云ふメイルをつくるとどうなるか。

035.それは信頼と実績の広告屋に失礼と思ふひとは、広告は本来、うんと手の込んだ騙しの技術だと云ふ事を忘れてゐる。その辺りの意識が未分化だつた明治期の広告は実に面白い。
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by vaxpops | 2011-11-15 16:05 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 025-030

025.偶のお午に蕎麦を手繰る事がある。ひと並みに蕎麦は好きな積りなんだが、手繰り終へる度に、ああこれは食事ではないなと思ふ。

026.食事ぢやないなら蕎麦は何だと考へるに、あれは間食の一種ではあるまいか。

027.蕎麦とにぎり鮨は、今で云ふとハンバーガーくらゐの位置付けだと思はれてならぬ。

028.鮨と書く時それはにぎり。寿司と書けばそれはちらし。と云ふのが私のルール。他愛ないしそもそも根拠だつてないんだが、さう云ふローカルルールは、たれにだつてあるでせう。

029.ローカルルールは表記に限る話ではなく、躰の動かし方や味付け、お酒を呑む順番、さう云つた事に細々しく実はあつて、本人は意識しないだけだ。そんなところまで考へてゐたら、我われは起き出して一時間もすると、ぐつたりして仕舞ふ。

030.自分の持つ無意識のルールが急に浮び上るのは、他人とのちがひがはつきりした瞬間だらう。そこで我われは、目玉焼を堅く焼き上るひとや、見れる感じれると書く事に疑問を感じないひとが実在するのを知つて、驚愕させられるのだ。
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by vaxpops | 2011-11-15 10:13 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 018-024

018.ライカはとても不便なカメラである。ライカに用意された膨大な数のアクセサリが、あのカメラはそれだけでは如何に不便かを逆説的に示してゐる。

019.尤もライカのアクセサリには、今の目で見ると珍妙としか思へないものも数多くある。有り体に云へば、そんな小道具を造るくらゐなら、本体を何とかすればいいのにと微苦笑したくなる代物で、当時のエルンスト・ライツは、余程ライカに自信があつたのか、それとも本体に手を付けるゆとりがなかつたのか。

020.ライカ本体で出来なかつた事の少からぬ数は、一眼レフ本体で実現してゐる。カメラ本体の進化は詰り、アクセサリを内蔵する方向にあると云つてよい。

021.然しアクセサリ…尤もらしく周辺機器と呼んでもよいが、ある機械にさう云ふのが少ないと、何だか詰らない。自分が買ふかどうかは別として、細々しいものが撰べる機械に好感を抱くのは身勝手と呼ばれるべきか。

022.今、最もライカに近いと思はれるのはiPhoneだらう。

023.両者のちがひは、私が好感を持つてゐるか、さうでないかに尽きる。

024.ある製品群の質がほぼ拮抗すると、買ひ手の最終的な基準は、そのメーカが好きかきらひかに落ちる。ブランドイメージを莫迦にしてはならないのは、さう云ふ理由である。
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by vaxpops | 2011-11-13 15:28 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 013-017

013.烏が飛び立つ瞬間を偶に目にすると、その翼の巨大さに恐怖を感じて仕舞ふ。あの鳥を凶兆の象徴と見た古人の気持はかうだつたのかとも思ふ。

014.我われはおそらく、自分で思つてゐる以上に、原始的な恐怖感としか呼べない感情を抱へてゐるのだらう。怪談や都市伝説と括られる話は、その小さな発露にちがひない。

015.私は臆病ものだから、怖い話には近寄りたくない。恐怖から遠くありたいと思ふのは、ヒトの当然の感覚なのだ、と理窟をこねてその正当化を図るのは、惡くないのではないと考へてゐる。

016.濃いお茶が一ぱい、こはい。

017.お茶を冷して喫む、と云ふ風習はいつ頃からだらう。氷を使ふのはその昔、たいへんな贅沢だつた筈だから、冷した飲みものは限られたひとしか味はへなかつたらう。古人が今の冷酒を飲んだら、卒倒するにちがひない。
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by vaxpops | 2011-11-12 17:26 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 007-012

007.片言隻句と云へば何となく恰好いいが、要するに一文を仕立てるまで到らない小噺である。四字熟語の尤もらしさに騙されてはいけない。

008.かう云ふ尤もらしさが罷り通つてゐるのが統計だらう。その多く…いや殆どは無意味だし、無意味以上に有害な場合も少くない。我われは常に、その数値に意味があるのかどうかを疑ふ必要がある。

009.どうにも理解出来ないのが、たとへば"次の宰相に相応しいのはたれか"と云つた類の質問で、たれが何%、かれは何%と表を作られても、最上位の人物が実際に宰相の資質を持つてゐる保証はどこにも無い。

010.某アイドルグループが"綜撰挙"と銘打つて、CDだつたかを買つたひとに投票券を配つてゐたけれど、あれを撰挙権を金で賣る行為で、撰挙制度を著しく侮辱してゐる…とどこの撰挙管理委員会も噛み付かなかつたのを、奇観と見るべきか、ああ云ふ老人は知らないんだなと納得するべきか。

011.然し撰挙権を賣るのが何故いけないのかと云はれると、私は答に詰る。手法は兎も角、実績を残せるひとと、清廉ても実績に期待出来ないひとなら、前者に票を投じたい。

012.尤も手法に問題のあるひとが、得心に足る実績を残せるのかと云はれても、私は答に詰るだらう。
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by vaxpops | 2011-11-10 16:38 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-片言隻句 001-006

001.片言隻句は片言と隻句に分解出来て、字面を見れば直ぐに解る通り、非常に中途半端な印象を与へる四字熟語である。かう云ふのを厳密なひとは差別的だと非難しないのは不思議に思はれる。

002.盲を"目が不自由"と云ひかへても、盲人の視力が"日常生活に不便を来す程度"まで回復するわけではない。私の裸眼視力は両方とも0.01未満で、これもまた"目が不自由"と呼ばれてもかまはない気がするが、だとすると困惑するのは寧ろ盲人の側ではないか。

003.この携帯電話でメクラは変換出来ないのに、モウジンと打込むと盲人が直ぐに出てくる。何かをかしい。

004.盲人が自分を「私は盲だ」と云つた時、そこに問題はあるだらうか。あるとすればそれは何で、何故なのだらう。

005.ある事柄を示す言葉が変つたとして、その事柄じたいは変らない。当り前の話だけれど、我われは実に屡々、その当り前を忘れて仕舞ふ。

006."平均点大多数"からはみ出てゐるのがいかんと云ふなら、所謂"天才"と呼ばれるひともいかん事になる。はみ出る方向で扱ひが変るなら、それはサベツ的と云ふんではなからうか。
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by vaxpops | 2011-11-10 10:26 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)

G11から-021

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 牡蠣の美味さをあけつ広げに云つたひと、と云へば私は必ず檀一雄を思ひ出す。あのひとが書く食べ物の話はむやみに食慾を刺激するものだから、手に取るタイミングが実に六づかしくつて…空腹の時だといらいらするし、満腹なら満腹で自分の貧しい食卓にうんざりする…これもまた贅沢な悩みと云へなくもないでせう。

 檀いはく、牡蠣はどうしたつて美味いから、どうしたつてサディスティックになるんださうで、いいですね、この昂奮具合。かれは色々の食べ物を美味いうまいと愉しさうに書いてゐるが、牡蠣を相手にした時に一ばん筆が熱くなつてゐるやうに思はれる。

 生で喰つて美味い。
 煮ても焼いても美味い。
 揚げても美味い。

 さう考へると、檀が昂奮するのも無理はない―と云ふより寧ろ当然の事と納得出来る。尤も美味い生牡蠣を喰はうと思つたら、産地へ足を延ばす以上によい方法はおそらくないでせうね。残念ではあるけれど、さうしなければ口福が満たせない食べ物があると云ふのは、決して惡い話でもない。

 東都辺りで牡蠣を喰ふならいつそ、そこそこのやつをフライにしてもらふ方がいい。身がしぼまない程度に火の通つた…中々の高等技術だよね…牡蠣フライなら、かりかりした衣の直ぐ下のたつぷりした汁気を存分に味はへる。

 かう云ふ牡蠣フライを喰ふ時は、タルタルソースより普通のソースの方が適ふ。牡蠣にタルタルソースの重い感じは、ちよいとあれかと思はれるからですが、この辺は好みなので、煩く云ふ必要はないでせう。理想は牡蠣フライとソースが別のお皿で用意される事だらうね。ソースにほんの少し、タバスコを隠しておくと、こいつがまた美味いんです。
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by vaxpops | 2011-11-07 15:24 | 番外携帯 | Trackback | Comments(0)