いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

<   2014年 04月 ( 27 )   > この月の画像一覧

14088-0668 ウェブ・ログ

読者数は減ってない? 作家が“本の売れない理由”を語る


 何かこの手の機械で、けしからん事を愉しむ輩がゐさうな、ゐなささうな。

[PR]
by vaxpops | 2014-04-30 19:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

14087-0667 臓物

 日本人は臓物を喰ふのがまことに下手糞でいけない。と嘆いたのは檀一雄でかれの食べものの本には實に旨さうな臓物料理が次から次へと登場する。をかしな事を云ふなあと思つたらそれは時間を無視してゐる所為で、檀は既に殆ど半世紀前にさう喝破してゐるんである。そして残念ながら火宅の親爺の箴言は未だに有効なのだと思はなくちやあならない。

 丸太はおつむの出来が宜しくないなあと思つてゐたが、予想以上に宜しくないらしいや。今ぢやあもつの煮込みや串焼が当り前にあるのにさ。

 いえいえいえ。
 と私は慎ましく反論を試みる。
 檀が嘆いたのは、臓物の旨さがそれに相応しい評価を得てゐない事で、ひと串佰圓の串焼は嬉しくも有難い酎ハイのお供なのは大いに認めるとして、さう云ふ"ただ廉"の部分だけが前に出すぎてゐるのは如何なものでせう。

d0207559_193150.jpg
 實際もつの煮込みなんて六づかしくと何ともない。下拵へだけ宜しく済ませれば、後はとろとろ煮るだけで出来上がるのだから、土曜日の半日を潰すだけでよい。火入れを怠らず、葱だの韮だのを入れてゆけば、相応に日保ちだつてするだらう。焼くのも炒めるのも同断で、下拵へが面倒だと思ふなら、手を動かしながらそれをどう料るかを考へればいい。愉快なものです。
 ここでもつと大事にしたいのは、さう云ふ臓物料理がたいへんなご馳走に成り得る点である。あぶらの乗つた"口の中で溶ける"肉…この厭みであたまの惡い云ひ方は、食べものを扱ふ番組の生んだ大罪なのだが、ここではふかく触れない…とはまつたく異なる、然し"うまい"の括りでは同格と呼べるくらゐのご馳走の意味で私は云ふので、勘ちがひは禁物ですよ。

 大振りの器にたつぷりの野菜と一緒に煮込んだ臓物。
 焦がさないよう慎重に焼いた(バタがいいか知ら)臓物。
 茹であげてよく冷ましたのを薄切りに仕立てた臓物。
 さう云つたのを肴に上等の蒸留酒をちよいと気張れば、贅沢な酒席になるのはまちがひのないところで、これなら檀にも顔向け出来る…と云ひたいところなんだが、かれが臓物に捧げた熱意を思ふと、まだまだ我われは精進が足りない。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-29 19:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

14086-0666 ウェブ・ログ

重量815グラムの標準レンズが生み出すボケと切れ味




 まあ文字通りの意味での、ウェブ・ログ。

[PR]
by vaxpops | 2014-04-28 20:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

14085-0665 カタカナ

 外来語と云ふと何とも古めかしい響きを感じますが、まあ、いいでせう。カタカナでの表記(特に固有名詞)は意外と面倒ぢやあないかと、今回はさう云ふ話。
 欧米語…大雑把にラテン語を根つ子に持つ親戚語、くらゐに考へますが…はこの点、可成りの樂が許されてゐて、要は同じ綴りを自國の發音で讀めば済む。日本語の場合、それぞれの音をカタカナに模写する事情があるから、たとへばユリウス・カエサルとジュリアス・シーザーが同時に存在する。事になる。ほら、川柳の"ゲーテとはおれのことかとギョエテ云ひ"と同じですな。

 その辺の折合ひをどうつけるかは現代日本語の問題で、ひとつの方法に原音主義と云ふのがあるらしい。ごく簡単にその言葉が何語に属してゐるかを、表記の基本的な矢印にしませうやとする考へ方で、その伝でゆくとカエサルはローマ人なのでカエサルが正しい。但し戯曲に登場するのはシーザーとなつて、割と扱ひ易さうにも思はれる。
 尤も原音主義をつよく推し進めると具合が惡くなるだらう事も簡単に想像出来る。たとへばコロンブスは原音主義に忠實だとコロンボ(クリストファー・コロンブスは英語發音の表記にちかい。帰属を考へればクリストフォ・コロンボ)になつて仕舞ふ。これだと船乗りではなく、西海岸の殺人課の刑事ぢやあないか。或は古代ギリシャ絡みも、原音主義的な表記だとソークラテースとかプラトーンとか長音が無闇に入つて、どことなく間が抜けた風に感ぜられる。野坂昭如だつてそんか間延びした名前では唄ひ辛いにちがひない。
 そんならどうするのがいいか、なんて事はこちらの手に余るのは勿論だから、えらい人に注意深く考へてもらひたい。私の基本方針は"ゆるい原音主義"、詰りカエサルはカエサルと書くが、コロンブスはコロンボにしない。長音は見馴れた表記(ヨオロッパ、モオツァルトではなく、ヨーロッパ、モーツァルト。前者が似合ふのは吉田健一だけだ)にする。但し一部は私にとつて好もしい表記(たとへばステーキではなくステイク)を用ゐる。

 ところでこの"私にとつて好もしい表記"で思ひ出すのが日本橋[たいめいけん]の初代で、いや別に面識があつたわけではないよ。[たいめいけん]に行つたのは四半世紀も前の一ぺんきりだし、その頃既に初代は亡くなつてゐる筈だ。うまかつたけれど細かいところの記憶が無いのは、時間の所為ではなく、緊張してゐたからだらうと思はれる。
 その初代は文章も書いてゐて、巧みさはまつたく無いけれどひどく愛嬌があつて、この"愛嬌"はどうにも説明出来るものでなく、兎に角あるんだぜとしか云ひ辛い。まあ何となく、プロフェッショナルの文章から感じる事は少ないんだが、勘ちがひか知ら。…話が逸れさうなので初代に話を戻すと、あの親爺さんはマヨネーズをマヨネィーズ、スプーンはスプンでフォークをホークと書いてゐて、ね、洋食やの親爺に似つかはしい古めかしさでいいでせう。いいな、いいなとは思つたが、眞似出来るのはマヨネィーズだけですね。そこで気になるのは[たいめいけん]では實際、どう發音してゐた(ゐる)のだらう?? と云ふ点になるのだが、ごく当り前にマヨネーズにスプーンにフォークだと思はれるし、当代が文章をものにしてゐるかは知らないが、書いてゐても初代式ではないだらう。カタカナの表記は主義を問はず、矢張り六づかしいものなのですね。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-28 18:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

14084-0664 一括と分割

 複数の手帖を使ひ分けるひとがゐる…と云ふ話を耳にする事があつて、その度私は感心するのが常である。この感心は大きく

①さうする事で予定や進捗その他を合理的に管理したいとする慾求と工夫に対して。
②気に入つた複数の手帖をそれぞれに用ゐたいと考へる情熱と少量の滑稽に対して。

このふたつに分けられる。慾求も工夫も情熱も少量の滑稽も持合せない私は、兎に角感心はするけれど、真似をしたいとは思はない。無精者なのですな、要するに。勿論その事情には、管理の工夫が必要なほど多忙ではない幸運(とここでは云ひます)がある点も含めていい気がする。

 いきなり話は変りますが、私は財布を幾つかに分けてゐる。小銭入れひとつとお札入れが三つ。目的で入れ分けをしてゐるのと、財布を失くした場合(過去に経験有り)への保険である。詰りお金は分割して管理する方が望ましいと思つてゐるわけですね。この考へ方をうんと拡大すると、分割管理の(ごく原始的な)手法と呼べるんではないか。煎じ詰めると

『目的によつて管理の仕方を変へる』

くらゐになるか知ら。
 その一方で財布はひとつと決めてゐるひともゐる筈で、うつかり買ひが得意な身としては紐の頑丈さに驚くのだが、まあそれはいい。詰り一括管理で、これは

『目的も含めて管理をする』

とでもなるだらうか。優劣の話ではないのは勿論で、この考へ方のちがひは手帖に広げてもある程度は通用しさうに思はれる。それで我が身を振り返るに、どうも手帖(と鞄)に関しては一括式が自分のこのみに適ふらしい。

 實際、今使つてゐる高橋書店の手帖には、予定だけでなく食べたものとか日常の買ひ出しのメモ、その日の空模様、ちよつとした覚書にその他諸々が雑多に書き込まれてゐる。云つてみれば予定表とメモ帖と日記帖が一緒くたになつてゐるやうなもので、綿密傾向のひとにしてみると乱雑且つ無秩序、不合理で然も美的ではない…と呆れられさうでもある。

 それが快い。
 私としてはさう居直らざるを得ず、その快さは何年か後にならないと實感し辛いのですよ、とも附け加へたくなつてくる。手帖はどうもこちらにすると、管理の道具以上に記憶の補助材の役目が大きいらしい。寧ろさうなるとごちや混ぜの方が(後から感じる)面白みはつよくならうとも思ふ。
 まあ尤もとてもぢやあないが、万人に奨められる手法ではないのは確實。補助材の効果がきつ過ぎると、敢て文字にしなかつた事どもまでくつきり思ひ出されて、暫く頭を抱へ込む破目になりかねない。それがこまるひとは矢張り、複数の手帖を使ひ分けるのが安心でありませう。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-24 12:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

14083-0663 モンガマヘに月

 岡山県にむかし、志保屋と云ふ藏…造り酒屋だつたかも知れない…があつた。明治の中ごろには潰れてゐる筈で、そこの一人息子は栄造と云ふ。幼少の頃から煙管を嗜み、俳句を好んだ栄造少年は長じて漱石山房への出入りを許される。法政大學の教授や陸軍の独逸語教官、早稲田での極貧生活を経て、少年ではなくなつた栄造は東京大空襲の中を逃げ惑ひ、太平洋戦争を生き抜き、戦後は走り出した特別急行の旅を満喫して死んだ。今は私の尊敬を一身に受けてゐる。

 と書いただけで、ああと膝を叩いたひとは、勘がすすどいか私の愛讀者と思はれて、後者は絶無に等しいから、解つた方は勘を誇つていいでせう。この小説家兼随筆家兼汽車愛好家兼お酒好き兼名代の頑固者の雅号(昔はかう云ふ粋と洒落があつたのだねえ)は故地を流れる百間川に因んでゐるさうで、雅号としてはちよいと野暮に思へなくもないが、虚子や碧悟桐の気取りに較べると、その野暮がひと廻りして、好もしくも感ぜられる。参考までにもう一人、私が厚く尊敬する丸谷才一が發句で用ゐたのは玩亭。雅号は六づかしいものです。

 えーと。
 さうでした、百間川。

 栄造は古里の地名を号に用ゐるに際して、モンガマヘに日を月に変へた。何故かは解らない。あの時代に初等教育を受けたひとなら、漢學の素養は大なり小なりある筈だから、勝手な字を作つたとは考へにくい。ここで思ひ出すのは、志賀直哉は署名の時、"哉"の字のタスキを書かなかつたさうで(他人が"哉"と書くのは許してゐたらしい)、それは志賀の勝手ではなく異体字なんだと云ふ。詰りまちがひではないわけで、もしかするとモンガマヘに月も同じなのか知ら。
 その辺りの疑問は後からゆつくり字引を見ればいいとして、不思議でならないのはその雅号が携帯端末では変換出来ないんですね。そもそもモンガマヘに月の字が見当らない。をかしな話だなあ。などと云ふと「辞書の容量が云々」「使用頻度が云々」と反論されるだらうが、たとへばこの台灣蝶々で"ケン"の変換を試すと謇があり騫があり夐がある。どこでどんな風に使ふのか、さつぱり解らない漢字に容量を費やしてゐるし、頻度で考へれば近代文學の偉大なひとりの方が余程に高い筈でせう、と再反論すれば話は終るのではないか知ら。

 細けエ話??
 そんな事を云つちやあいけない。近所の小父さん小母さんとあの頑固爺さんを同列に扱ふのがまちがひでせう。それにせまく云つても文學、大きな視野なら伝統に敬意を示すなら、何よりも先づそれは文字に表れなくちやならない。
 檀一雄の随筆に、師である佐藤春夫の生家跡に顕彰碑が無い事を嘆く一節がある。かれが憤懣やる方無い口調になつたのは、石碑と云ふ物体の有無では勿論なく、春夫への畏敬の念が感ぜられない光景に対してなのは想像出来ない方が六づかしい。私のぼやきも骨組みだけを取り出せば檀と同じなんである。

 と云ふ話を志保屋の倅が喜ぶかどうかは解らない。あの爺さんは頑固で厳密だから、頷いて呉れるかも知れない。それとも
「貴君、モンガマヘに月はかう云ふ由縁があるんだぜ」
とこちらの無知蒙昧をただして呉れるだらうか。この辺りは自分で調べるより本人の口から聞きたいものだが、その機会が訪れる事は無い。ああ、残念だなあ。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-22 08:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

14082-0662 ばくだん

 時々行く呑み屋で、思ひ出したやうに出されるひと品。

 "ばくだんフライ"と云ふ献立名は些か物騒にも感ぜられるが…半熟またはうで卵の串揚げでは駄目なのか知ら…中々うまい。

d0207559_125649100.jpg
 添へられてゐるのは刻んだ白葱。
 ソースは辛みが強めでにんにくの香りが忍ばせてあるから、玉子をやつつけた後、残つた白葱にまぶしながら摘まむのも惡くない。

 総じて品下れてゐるのだが、そこら辺が酎ハイによく似合ふ。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-21 13:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

14081-0661 馬鈴薯

 馬鈴薯には色々と借りがある。
 ポテトチップスやフレンチフライやポテトサラドやその他や諸々でお世話になつてゐるからね。

 然しカレーの場合、その位置附けは非常に六づかしくて、私は大筋で入れない方がよいのではないかと思つてゐる。

 玉葱と人参でいいんぢやあないか??

 具材の包容力の点で、カレーを凌ぐソースはもしかすると無いのではないかと私は思つてゐるのだが、勿論それが万能ではないのは解つてゐる。
 カレーとひと口に云つても、ソースの材料に最適なのと、具材で嬉しいのとがある。
 たとへば玉葱は双方を兼ねた、カレーには最高の相棒だらう。
 ところが我が馬鈴薯を翻るに、どちらにしても何かしら適はない。

 カレーを私は酷愛してゐるのに。
 馬鈴薯には諸々の恩があるのに。
 蕎麦とコロッケに似てゐるなあ。

 と思つてゐたら、さうではない事が解つた。

d0207559_1962518.jpg

 画像を見ればご納得頂けるでせう。
 皮附きがごろツと入つてゐる。
 こいつを匙で割りながら、時にそのまま熱いのを、或は割つたところにカレーソースをちよいと垂らして頬張ると實にうまかつた。
 まつたくのところ感心した私が、深く頷きながら、泡盛のお代りを註文したのは云ふまでもない。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-20 19:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)
 餃子と聞くと訳もなく兇惡な気分になる。空腹感と云ふか焦燥感と云ふか、兎に角そんな感じ。そんな場合に最も適切な対処は我慢しない事で、ひと皿(二皿でもかまはないが)の餃子を貪るのが正しい。後の事を考へると苛々が募るだけなので、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にもその点、ご理解頂ければと思ふ。
 聞いた話によると中國料理圏で主流なのは水餃子ださうで、雲呑を思ひ出すと納得出来る。たつぷりの餡をくるんだ具のソップ仕立ては西洋料理のシチューにちかい。要は水餃子自体が主菜と云ふ考へ方である。大きな深い器から湯気を立てる水餃子には、確かにそれくらゐの貫禄があるものね。

d0207559_14303513.jpg

 と書いたのはまつたく調べてゐない私が、丸々でつち上げただけだから…中國發の餃子はおそらく日本で劇的に変化しただらうなと思つたのだけで…毫も信頼に値しない。但し私が餃子…正確に云ふと焼餃子を好んでゐるのは紛れもないところで、兇惡な気分になるのはゆゑの無い話ではありません。水餃子や蒸し或は揚餃子だつてきらひではないんだが、焼餃子に一歩を譲るのは、さう云ふ習慣なのだと云ふ他にないか。
 そこでまた根拠の無い推測を口にするのだが、日本風の焼餃子を出すお店で見掛ける"餃子のたれ"は、焼餃子を出す(だらう)他の國では見られないものではないだらうか。知人にそこらが厳密で、醤油と辣油と酢を自分で調整しないと気が済まない男がゐるが、私はごく大雑把なので、たれがあればそれを使ふ。但し辣油が先で、たれで和へる感じ。たれが無ければ酢を基本に醤油、辣油の順で味を調へる。以前は辣油に醤油だつたが、流石にもう舌にも胃袋にもそれでは濃厚過ぎる。この辺が自分ではどうにもならない年齢なのでせうね。

d0207559_14303529.jpg
 然し我われ日本人にとつて、主菜がごはんなのはどうにも譲り難い。(水)餃子はうまいけれど、そこンとこがちつと、こまる。どうすべえ。と云ふ会話があつたかどうかは知らないが、そんな事情があつただらう事は容易に想像出来る。きつと最初は、水餃子をお味噌汁式の小さなお椀で出したのではなからうか。薩摩汁があるんだから大丈夫でごあすよとか何とか。それで試してみたら期待通りにはならなくて、もしかするとお味噌汁の具(冒険心に富んだひとなら、冷や汁式に挑んだ可能性もある)にもしたか知ら。どちらも合はなかつたらうな。
 ところで茹でからどうやつて脱出したのだらう。天才的な閃き…は無かつたでせうね。多分、水餃子式の下拵への失敗を棄てるのが勿体無くつて、鰺の代りに喰ふか、しやアねエなあとかぼやきながら焼いてみたら、思つたよりうまかつたとか、そんな程度ではなかつたかと思はれる。醤油か味噌かを用ゐたでせうね、味附けには。それならごはんに適ふ。驚いたねこれあ、うでるより旨エぢやアねエか、くらゐは大袈裟半分に云つたかも知れず、薩摩汁派も冷や汁の冒険者も、焼くなんて思ひ浮ばンかつたけン、と悔しがるふりをしながら納得したにちがひない。

 ここまで書くと我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には呆れられるかも知れない。丸太てエやつは、辣油が余ツ程に好きなンだねえ。
 …ま、否定はしません。醤油拉麺や中華風のソップにもちよいと垂らしたりしますね。混ぜないのがこつで、さうするとうまい具合に味のちがひを愉しめる。"からくて旨い調味料"だと辣油と同じくらゐ好きなのはこーれーぐすだが、あれは相手を撰ぶから使ひどころが六づかしい(ここで疑問ひとつ。こーれーぐすを用ゐて喰ふ餃子は旨いだらうか??)それに何がなんでも辣油がなくちやあ、焼餃子は喰へないとも思つてゐるのではなく、摺りおろしたにんにくがあれば、断然そつちを撰ぶ。ごはんに合すなら醤油と。麦酒のお供にするなら酢醤油かたれ。本来で云へばにんにくは地味な使ひ方が好もしいのだが、話を日本流の焼餃子相手に限れば、寧ろ花やかなくらゐがいい。

 豚挽き肉。
 韮。
 白菜。
 醤油と酢と辣油、またはにんにく。

 ね。兇惡な空腹感に焦燥を感じるでせう。我が親愛なる讀者諸氏には存分に焼餃子を満喫して頂きたいものだが、呉々もご婦人と席を同じうする時は控へるのが安心であらう。世の中、時には異性がゐる事自体、悩みの種になる場合だつてあるものなのです。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-19 14:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)
d0207559_1844261.jpg

 ローストビーフには黒麦酒。

 ギネスをあはしたら、気分はもう英吉利人。

 まあ、似非なのだがね。
[PR]
by vaxpops | 2014-04-18 18:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)