いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

非クライマックス

 便利だなあと思ふ。えーと、これはスマートフォンのカメラ機能で使へる加工について。

 ご覧になつて直ぐに判るだらうけれど、上の画像が元のもの。下が色々に加工した結果。かういふ遊びをその場で出來るのは、大した發明だと思はれる。デジタルカメラでも不可能ではない筈だが、あちらで撮るのは冩眞。スマートフォンに収めるのは画像だから、扱ひがちがふ。

 なんと丸太はさういふ区別をするのか。

 と詰め寄られたら、ええその通りと応じたい。何かしら趣味的な行為をする時、そこで用ゐる器材…もつと恰好よく道具と云つてみたくもある…に格をつけるのは当然の態度ではありますまいか。
 有り体に云へば私はスマートフォンのカメラ機能をひくく、詰り格下に見てゐる。ゆゑにそれを使つた画像もひくく(格下に)見てゐて、加工…どこからがそれなのか、ここでは深く考へません…に躊躇ひを感じないのはその所為かと思ふ。但しそのひくく見るのと、惡いが結びつくわけでもなく、我ながらややこしい心理だなあ。

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 手元にアグファ銘でsensor 505-Dといふ型番の玩具デジタルカメラがある。乾電池で動く500万画素の機種。手に入れたのは随分以前だから値段は覚えてゐないが、玩具だから相応だつたのだと思ふ。それにはハクバだつたかのグリップと携帯電話用のコンバージョンレンズを取りつける為のリングを貼り付けてある。だから元に戻せないのだが、さういふ扱ひで問題はない。本もののアグファなら敬意を持つて丁寧に扱ふけれど、こちらのアグファはおもちやだからといふのが理由。

 sensor 505-Dそのものの話は別の機会にするとして、この玩具だからといふ気分、スマートフォンを使つた画像にも反映されてゐると思ふ。も少し具体的にどんな気分なのかと云へばそれは。
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# by vaxpops | 2017-06-27 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

路傍

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あぢさゐの

露を歓ぶ

とほりみち

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# by vaxpops | 2017-06-26 07:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

嗜好の相性

 もう随分とハンバーガーを食べてゐない。数年前、長野は松本に行つた時、朝の都合で何とかセットを口にしたのが最後で、その前はさて、いつだつたか知ら。古い手帖を捲れば分りさうだが、面倒なのでやめておく。

 少年だつた頃の丸太にとつて、ハンバーガーとマクドナルドは同じ意味だつた。ドムドムもモスバーガーもバーガーキングもファーストキッチンもなかつたのだから、仕方がない。その当時(ざつと40年近い昔)のハンバーガーは"珍しくて、おそろしく高価な"食べものだつたから、自分のお小遣ひではとても手が出るものではなかつた。そもそも店舗の数が少なく、最寄りの驛(阪急宝塚線の豊中)からふた驛、梅田寄りの曽根驛前にあつた(今もあるのだらうか)ダイエーに入つてゐたマクドナルドが一ばん近かつた。だから偶さかの週末、両親に連れられ、そこでハンバーガー(と多分フライドポテト)を食べたのが、丸太少年の事始めである。

 うまかつた。
 と書けば正直でなくなる。
 まづかつた。
 と書くのも本当ではない。

 要するに覚えてゐない。詰りあの(噂に名高い)マクドナルドに行つたのだ、といふ事實以上にはならなかつたらしい。それを友人に自慢した記憶もないから、大間違ひではないだらう。嬉しくなかつたのではないが、同じなら豊中驛前のビル地下にあつた(少なくとも10年と少し前までは)中華料理屋で、ラーメンと餃子を食べる方がよかつた。尤もその中華料理屋が旨かつたかどうかも實は曖昧。父さん母さんと外でごはんと云へばそこに決つてゐたから、さういふ刷り込みの所為なのだらうか。もしかすると私にとつて外食は、珍とするに足る行為ではあつても、嬉しさや歓びとは直結してゐなかつたとも考へられるが、今となつては確かめる術もない。

 さうなるとおれはいつ頃、ハンバーガーの味を覚えたのだらうと疑問が浮んでくるのだが、自分でもその辺りがよく解らない。特別な切つ掛けがあつたわけではないのだらうな。どこに入つてもチーズバーガーとコーク(または珈琲)で、それもこれなら大体外れないといふ理由だから、何かしらの思ひ入れがあつてではない。チーズバーガーなのは、景山民夫の"トラブルバスター"とグレアム・グリーンの『Cheeseburgers』の影響なのは疑ふ余地がない。尤もグリーンは未讀なのだけれど、そこは目を瞑つてもらひませう。"トラブルバスター"の主人公が仕事をさぼつて、愛車の整備をしながら、食事をダンキン・ドーナツとチーズバーガーと珈琲で済ます場面(記憶だけで書いてゐるから、正確さの保證はしない)は、青年の年齢になつた丸太にひどく刺戟的で、チーズバーガーは洒落た食べものの徴しに思はれたのだ。

 いやいや、そんなに恰好のいい食べものか。

 といふ疑問は当然だし、青年の年齢を遥かに過ぎた身から云ふと、ただの勘違ひだつたと断定して差支へない。まづくはなくても、積極的に食べたいわけでなく、洒落てゐると勘違ひしつつも、わざわざ足を運びたいとまでは思はなかつた。詰り相性が惡かつたのだらうか…さう考へて気がついた。相性の問題は私の舌…嗜好とのそれではなく、ハンバーガーと麦酒の間にあるのではなからうか。コークには適ふ。珈琲にも適ふ。紅茶やジュース、ソーダでも宜しい。だが麦酒はいけない。一部のファーストキッチンでは麦酒を呑めるので、試した経験があるのだが、どうにも感心しなかつた記憶がある。似た系統のホットドッグなら、麦酒のコップが恋しくなるのに、このちがひは何だらう。マスタードを使つてゐるかどうかのちがひとも思へるし、バドワイザーのやうに軽くてうすい麦酒なら似合ふかとも想像するが、バドワイザーならコークの方がいい。

 併しこの辺…果してハンバーガーと麦酒は本当に相性が惡いのかといふ疑念…を詰めるには、各社各種のハンバーガー(要するにチーズバーガーだ)と、各社各種の麦酒の組合せで検証をせねばならない。ならないのだが、随分と時間が掛かるにちがひないし、麦酒は兎も角、ハンバーガーはすぐに飽きて仕舞ふだらう。A&Wとオリオンビールだけは直ぐに試してみたいが、何しろ沖縄だからおそろしく高額なハンバーガーになる。
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# by vaxpops | 2017-06-25 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

寂しい夜には気をつけろ

 外で呑みたくて懐が些か寂しかつたり、何となく呑みたいけれど、何となく曖昧な気分の夕刻には、立ち呑み屋にもぐりこむ。
 精々二はいか三杯引つ掛け、二皿ほどをつまんでお仕舞ひ。
 さつさと帰つてよく、別のお店で本格的に始めるのもよい。だから立ち呑みはどうも落ち着かなくつて、と呟くのは心得ちがひなんである。

 麦酒に酎ハイ。
 呑むのはまあ、そんなところ。
 つまむとしたらポテトサラドか冷奴に、もつ煮か鯵フライかハムカツ辺りから。

 そこで冷や酒もお刺身もないなんて寂しいなあと思ふなら、行かなければいい。私はさういふお店も好もしく感じるから、時々足を運ぶ。英國の労働者階級がパブ通ひを我慢出來ない心情に似てゐると思はれるが、残念なことに英國労働者の知り合ひを持つてゐないから、正しいかどうかまでは判らない。

 併し立ち呑み屋が必ずしも、先づ酔ふ為の場所とは限らない。お酒が揃つてゐたり、葡萄酒が並んでゐたりする場所もある。その手のお店は大体つまみも少し洒落てゐて、従來式より少し割高になつてゐる。

 惡くないけれども、かういふお店は、〆の一ぱいを引つ掛けるのが似合ひで、目的とするところがちよつとちがふ気がされる。辛くちの白葡萄酒に柿とチーズとクリームを巧妙にあはせた小鉢なんて、旨いのは認めるとして、その積りでもない限り、最初からやつつけたい組合せではないよ。

 洒落てゐない、古めかしい、近所の小父さん小母さんが噂話や政談に花を咲かせるやうな場所に肩を潜らせると、さういふ下らない話題もまた、恰好のつまみになるもので、麦酒が旨くなる。

 併し何かのはづみで、こちらも話に加はることだつてある。さうなると予定がちと変つてくる。更にお代りを重ねることも考へられて、つまみが足りなくなるおそれが出てくる。併し凝つた一品(が仮にあるとして)を頼むのはどうも躊躇はれる。少しづつつまんで怪しくないのが望ましく、げその天麩羅辺りが丁度宜しい。

 仮に場所が倫敦のパブでも、似た破目に陥るのだらうなと想像する…宰相の立場やフットボールの噂話で…のは惡い気分ではないが、そこで愉しむのは、ギネスかバスのパイントにフィッシュ・アンド・チップスくらゐしか浮ばない。私が愛國的な男なら、ここで本邦立ち呑み屋における酒精とつまみの豊かさを誇るのだらうが、實際はこちらの想像力が貧弱なだけなのだらうな。

 倫敦でも東京でも、立ち呑み屋に(わざわざ)足を運ぶ連中は、好意的に見ると人懐こく、身も蓋もなく云へば図々しいのが通り相場。それに引つ掛つて、勘定がえらく嵩んだり、酔つ払ふ度合ひがひどくなつたりした経験が、何度かある。ああいふ好意は迷惑の裏返し、或はカクテルで、困つたものですな、あれは。懐が寂しい夜の立ち呑み屋には、用心しなくてはならない。
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# by vaxpops | 2017-06-24 15:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

心の棚

 ウェブログをぶらぶら眺めると目につきやすいのが花の冩眞で、花の冩眞を目にする度にどうもうんざりすることが少なからず、ある。さうでない冩眞があるのも当然だが、うんざりする率は低くない。綺麗なのに何故だかさう思へるのは、私にとつて不思議のひとつである。併し不思議不思議と云ふ計りでは藝がない。ひとつ、その事情を考へてみませう。

 最初に考へられるのは、こちらに花の知識が丸でないこと。ぱつと見て、これは何々だと解らないのだから、ははあと呟くのに留まつてゐるのではなからうか。これは有り得るね。花の冩眞に劣らず、食べものの冩眞も目にする機会が多いけれど、ははあと呟くに留まることは殆どない。興味の方向が適つてゐるとも云へて、このちがひがうんざりの率に関はる可能性は高いとも思はれる。

 併し知らない花の冩眞でもうんざりしない場合は確かにあるし、食べものの冩眞でがつくりくることもあるのを思ふと、事情はどうも私の側だけとは云ひにくさうでもある。

 当り前の話?
 その点は認めるのに吝かではないが、当り前の話を一ぺん底まで降りて、その当り前を納得するのと、当り前は当り前だとはふり出すのとを較べれば、私は前者を好む。

 そこで当り前の話を續けると、花の冩眞でうんざりするのは、その花の冩眞が詰らないからである。詰らない花の冩眞がずらずら並んでゐたら、すりやあうんざりもするよ。

 ならばどんな花の冩眞が詰らないのさと詰め寄るひとが出てくる筈だから云ふと、花の姿…美しさと云ひ替へてもいいが、撮影したひとがそれに酔ひ、酔つたままに撮つた冩眞が詰らないのだ。被冩体に何もかも任せつきりになつてゐる冩眞と云へば、より解り易いか知ら。

 美事に手入れされた庭園があるとする。
 手間をかけた薔薇が咲いてゐるとする。
 撮りたくなつてくるのは当然の気持ち。
 何十枚を撮る気持ちも察して然るべし。

 問題はその後で、手ぶれやピント外れがなければそれでいいわけでもないのに、どうもこちらの目には、兎にも角にも見てくださいといふ気持ちが先走つてゐる風に感じられる。

 撮つた冩眞はゆゑに寝かさねばならぬ。

 かういふこと。ここで思ひ出したのは、うんざりすると云つても、冩眞が見られない拙劣だからでなかつた。さういふ気分になるのは周章狼狽気味に、大量の冩眞があつた時で、然もその中には必ずや一枚、もしかすると二枚も、手を打ちたくなる出來のものがある。どうしてそれ以外のを外さなかつたのか、首を傾げたくもなる。

 たつぷりの冩眞を出したい気持ちは解る。
 満身の好意なのだらうといふことも解る。

 ただどうにもその気持ちや好意は、空回る確率の方がたかい。文章だつて、長文の最初から最後まで、同じことの繰返しだつたら、半分も讀む前に打ち捨てるでせう。だから讀んでもらへる工夫をしなくちやあならない。話題を逸らし、意に反することを書き、譬喩を用ゐもする。当り前の話なのだが、さて冩眞を扱ふ際に、これを通用させない理由があるだらうか。

 かう書くと、冩眞は結局、冩眞自体がすべて、或はそこに帰結するのであつて、詰るところは撮つた冩眞を如何に撰ぶのかに尽きるのだよと反論が出るだらう。後半部は同意する。併し冩眞はそれ自体で完結するといふのは断じて誤りだとも、私は考へてゐる。
 冩眞を撰ぶ上で無視出來ないのは、その冩眞をどこで、たれに、どんな風に見せるか、見せたいかといふ点である。

 ウェブログに上げるのか。
 メールで知らせるのか。
 冩眞立てに入れて贈り物にするのか。
 額装してギャラリーに展示するのか。
 絵葉書に仕立てて投函するのか。
 大きさはどれくらゐか。
 何か題をつけるのか。
 短い或は長い文章を添へるのか。

 他にも色々あらうが、冩眞の撰択の背後にはかういふ幾つかの(幾つもの)條件がある。そのすべてを蹴散らせる冩眞はこれまでなかつたし、これからも出てこないだらう。
 嘘だと思ふなら、たれのどんな冩眞でもいい。一枚を撰び、大きさや見せ方、或はトリミングを変へてみればよい。木村伊兵衛も土門拳もブレッソンも、また私が愛してやまない植田正治でもきつと全滅する。間違ひない。

 それなら…ここで話を、ウェブログでうんざりする花の冩眞に戻すと、数を減らしなさいとは云はない。一枚きりでも、堂々百枚一挙公開でもかまはない。かまはないが、それはウェブログの讀者或は閲覧者を強く意識した結果でなくてはなりません。讀者或は閲覧者に見られる前提で撰ばなくてはなりません。自分が気に入つただけの理由では、ざつと流されて終りなのだと理解しておかなくてはなりません。先刻は意図的に省いたが、冩眞は賞讃であれ批判であれ、それを見るひとがゐないと、まつたく成り立たないのだから。

 贅言をひとつ。
 何だか丸太は偉さうだなあと思つた、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、題名をよくご覧頂きたい。
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# by vaxpops | 2017-06-23 18:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

ファラオとオリオン

 厳密に云へば、麦酒は麒麟の一番搾りやヱビスのやうに、麦芽とホップと水で醸るものである。何故と訊かれても、さうやつて醸られた液体が麦酒と呼ばれた経緯があるからで、我われは順序を誤るわけにはゆかない。

 原型は地中海の呑みものだつたらしい。埃及の労働者はピラミッドの建築に携りながら、一日の終りに麦酒を呑んださうで、麦汁にうすいアルコールが入つた程度だつたと思ふが、烈しい仕事の後の一ぱいは旨かつたらうな。
 かういふ人たちへの労ひは欠かすべからざるものらしく、九州のお寺だつたかに残された木片に、"コノ施主ハ吝嗇ニテ焼酎ヲ呑マサズ"とか惡くちが記されてゐるとやら。大きく見ればファラオも施主だけれど、かれの気前はどうだつたか。

 教師の家に飼はれた名無しの猫が、麦酒の呑み過ぎで溺死したのが明治三十九年だから、我が邦でもそのくらゐの時期には(ある程度にせよ)、麦酒が出回つてゐたのだらう。但し描き方から察するに、珍しさが伴ふものだつた気配はある。
 その小説家の弟子は、知人に"カツレツを七枚八枚、一時に喰ひ、麦酒を半打呑む"と呆れられてゐて、当人はその間、厠に立たないのを自慢してゐた。やるものだなあ。詰り麦酒はその程度には馴染んできたのだと考へられる。

 この当時…明治末期から大正にかけての麦酒がどんなものだつたか、私は知らない。麦酒の受け容れと醸造がどう發展し、また変化(或は進化)したかも同様で、気になる方はご自身で調べるのが宜しからう。序でに詳しいことを教へてもらへると助かる。

 折角なんだから丸太が調べて書きなさいよと叱られるやも知れないけれど、こちらは麦酒を呑むのに忙しい。

 どうにも私は麦酒が好きであるらしい。お酒も葡萄酒も泡盛も焼酎もヰスキィも好きだが、何を欠かせないかと訊かれたら、一ばんに麦酒を挙げるのに躊躇ひはないもの。ラガーもピルスナーもエイルもヴァイツェンも好ましい。尤も半打呑める自信はないし、まして厠に立たないなんて無理だけれど、それとこれは話が別である。
 そこで呑むなら正統の麦酒。といふのが矢張り望まれる態度なのだらうが、例外がないわけではない。たとへば画像のオリオンビールがそのひとつで、醸り方はトラッドではなく近代的。有り体に云へば麦芽とホップと水に混ぜものが加はつてゐる。オリオンビールに限つたことではないけれど、正統派の麦酒好きは避けるのか知ら。

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 併し組合せには注意を要するとしても、オリオンビールは實にうまい。
 ことに南國風のつまみ…苦瓜のちやんぷるー、豚肉の味噌炊き、油素麺…があるなら、撰ぶべき麦酒はオリオンで、ヱビスや一番搾りは勿論、スーパードライもモルツも黒ラベル赤ラベルも出る幕はない。
 もしも剛腹なファラオが毎日の終りに、ひと皿のちやんぷるーとポーク玉子、そして一本のオリオンビールを振る舞つてくれるなら、私は喜んでピラミッドの建設に携ることだらうな。
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# by vaxpops | 2017-06-22 06:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

晝めしと云へば

 サラリーマンの晝めしと云へば、蕎麦と牛丼ではあるまいか。手早くて廉価、大外れを引く心配が少ないといふ以外にはつきりした根拠があるわけではないけれど、何だかそんな気がされる。

 或はラーメンや炒飯か。
 或は鶏の唐揚げ定食か。
 あとはカレーライスか。

 矢張り時間が掛からない、そこそこ廉価でまづい心配が少ないのは同じか。それにここまで挙げた六つで、晝めしはどうにかなりさうでもある。サラリーマンの経験は参考になるなあ。

 ただこちらの胃袋はそんなに大きくないから、唐揚げや脂だらけのラーメンは遠慮したい。まあ蕎麦や牛丼が似合ひの分量と思はれる。

 さて出された丼をがつしり握る。
 顔をうづめるやうな姿勢を取る。
 それから無言で素早く平らげる。

 何と云ふか、旨さうな食べ方ではないが、忙しいサラリーマンの晝めしは大体こんな感じではあるまいか。見習ひたくはないけれど。
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 蕎麦ならたぬきにする。七味唐辛子はぱらぱら程度。天かすと葱を絡めながら啜るのがうまい。巷間、蕎麦は喉で味はふと云はれるが、たぬきだけは例外で、がつしり噛み締めるのが望ましい。
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 牛丼はごくありきたりのやつ。肉を少しよけ、そこに紅生姜を。七味唐辛子は用ゐない。生卵を奢るなら、ごはんの中に流し入れる。混ぜないのが大切で、かうすると味が一色にならずに済む。

 尤も画像のはどちらも、晝めし時を過ぎた時間帯に食べてゐる。手早くて廉価で、そこそこに旨かつたけれど、これが連日續くのは、勘弁してもらひたくもある。
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# by vaxpops | 2017-06-20 13:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

ある午后に

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午后待ちて

喉に嬉しや

晝麦酒

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# by vaxpops | 2017-06-19 12:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

無心の快樂

 中國大陸に端を發する旨い食べものを挙げ出すと切りがないのは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のよくご存知のところで、その原大陸料理の多くが我が邦で独自の変化を遂げたこともまた同じだと思はれる。本当かなあと首を傾げられる方には、東坡肉の日本的な変化である豚の角煮を頭に浮べてもらふのがいいか知ら。或は崎陽の卓袱でもいいでせう。非難すべきことではない。太巻きが米國にカリフォルニアロールになつたところで、問題でも何でもないのと同んなし。まあ北京や上海や四川や広東や香港や台湾のひとから見ると、奇妙に冩るかも知れないが、さういふ文化論的美食論はこの稿の目的ではありません。
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 大陸に生れ、日本で変化した料理は他にも色々あるけれど、中でも私何を好むかと訊かれたら、躊躇せず焼き餃子を挙げる。
 さういふ話。
 確か大陸本來のは水餃子で、焼くのは余りが出た次の日と聞いた記憶がある。スパゲッティを炒めるのと同じだね。

 ささやかな相違に拘泥せず、焼き餃子を眺めると、酢醤油に辣油。韮葱大蒜。いやもう私が酷愛乃至偏愛するすべてが揃つてゐて、こんなに嬉しい食べものも他に見当らない。一人前は五つか六つが平均か。私は二人前(出來ればひとり前づつ)を註文する。ご飯ものは余程空腹であれば。それから麦酒をジョッキで。一人前当り一ぱい。

 貪るやうに喰ふ。
 麦酒を大きく呷る。
 うまいなあと思ふ。
 それでまた貪る。

 黙々と食べ、黙々と呑む。まつたく簡潔単純な愉快で、これを突き詰れば無我に到れるのではないかと、勘違ひまでしたくなつてくる。かういふ無心の快樂は和食に足りないところで、大陸の食慾は矢張り偉大なのだなあと感心させされる。なので一ぺん、敬意を表する意味でお腹を調へ、大皿一杯の焼き餃子を貪つてみたいと思ふのだが、さて何人前まで、無心の快樂に浸れるか知ら。
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# by vaxpops | 2017-06-18 18:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

洗練の受け容れ

 ざる蕎麦と云ひ盛り蕎麦と云ふ。ちがひはつゆの取り方とか海苔の有無とか、色々説があるらしいけれど、この稿では区別しない。蕎麦を冷たい水で〆たのを、冷たく仕立てたおつゆで啜りこむのは同じだもの。

 かう書くと丸太はえらく素つ気ないなあと思はれかねないが、蕎麦は好物である。尤も私はかけ蕎麦やたぬき蕎麦も好んでゐて、立ち喰ひもまた旨いと思ふから、蕎麦好きを自称するひとからすれば邪道異端に見える可能性はあるが、こちらの知つたところではない。

 ところで暑い季節、丸太の主食は麺類に偏る傾向があつて、素麺と冷し中華がその双璧になる。なんだざるまたは盛り蕎麦が入つてゐないぢやあないかと云はれるかも知れず、これにはごく簡単に、蕎麦は食事とは思へないと応じておかう。素麺だつて食事とは呼び辛いだらうと思はれるだらうが、少年の丸太にとつて素麺は休日のお晝だつた事情があるから、その点は却下さしてもらふ。

 蕎麦(と併せて早鮨…今で云ふ握り鮨)は、腹の虫おさへである。お八つに近い。ハンバーガーとかそんな程度。だから老舗だか名店だかで一枚八百円とかそんな値段を見ると、うんざりして仕舞ふ。和牛の何とかランクで作つたハンバーグと無農藥野菜を使つた千五百円のハンバーガーを食べたいものだらうか。かう主張すると

「蕎麦とハンバーガー如きを同じにするとは、感心しないなあ」

と叱りつけられさうな気配も感じられるが、同じである。その程度であつてもらひたい。

「小腹が空いたから、盛りの一枚でも」

さう思つた時、ふらりとポケットの小銭で啜れるのが、蕎麦の本道であつてもらひたい。

 十分に練られた技術で、必要な手間をすべて掛けた蕎麦は勿論、否定しませんよ。東京が誇れる数少ない食べものの洗練だもの。といふより、蕎麦を除くと東京が練り上げた食べものつて、後は早鮨、からうじて天麩羅に留まるのではないか知らと、私は半ば本気で思つてゐる。

 蕎麦と早鮨と天麩羅に、そんなら共通するところがあるのだらうか。

 あるのだな、これが。
 いづれも下層階級…大工や職人連中に好まれた点がそれで、莫迦にしてゐるのではないですよ。
 東京…江戸の下層民では家で料理をする習慣が薄く(燃料代や保存の問題)、物賣りや外食に頼る機会が多かつたらしい。またある程度の技術を持つた職工なら、一日の稼ぎで喰ひはぐれることはなかつた…詰り"宵越しの錢"を持たなくてもよかつた…といふ。外食に錢を使へたかれらこそ、蕎麦や早鮨や天麩羅のごく初期の愛好家だつたらう。

 手早く喰へて。
 そこそこ旨く。
 それで廉価。

 労働者階級の胃袋を歓ばす條件をば、見事に満たしてゐるぢやあないですか。
 そこでえらかつたのは蕎麦屋鮨屋天麩羅屋台の亭主連中。職工輩を満腹にさしながら、錢の取れる料理としての工夫を凝らし出したのが、何人かゐたのだらう。
 それが評判を取る。
 眞似される。
 次の工夫が登場する。
 さういふ繰返しが、町人の嗜好や流行り廃りを経て、洗練まで到つたのだと思はれる。意地の惡い見方をすると、元々蕎麦なんぞ、何かしらの工夫を加へないと、旨くなかつたんだよ、と云へなくもないが、この際さういふ野暮は止めにして大したものだと褒めておかう。

 尤も私の舌と胃袋がその洗練を受け容れるまで出來てゐるかと云へば、それは全然別の問題。ざると盛りを区別しないと冒頭で宣した程度では、察されて余りあるといつたところで、かういふ口に似合ふのは、矢張り立ち喰ひの廉な盛り蕎麦だらう。あれに七味唐辛子を振つて啜ると、中々旨いんですよ。
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# by vaxpops | 2017-06-15 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

小聲の事情

 "もの尽し"といふ日本文學の伝統がある。
 春は曙夏は夜秋は夕暮冬はつとめてを思ひ出せば、直ぐに納得してもらへるでせう。或は近代まで進んで、智に働けば角が立つて情に棹させば流されて意地を通せば窮屈な人の世もその変種と見立ててよい。ここで参考までに申し添へると『枕草子』から『草枕』に到るまではざつと十世紀、千年の隔たりがある。

 しぶといねえ。

 しつこいなあ。

 外ツ國の文學から受けた影響が小さくて、ある種の癖…定型が長生きしたのだらうか。では希臘や中國ではどうだつたのだらうな。ちよつと気になるが、調べるのは私の手に余る。はふり出すままにしておかう。

 ここで改めて"もの尽し"を簡単に云ふと、好もしいモノやコトを次々と書き連ねる手法と考へればいい。
 清少納言はそのままに、漱石はそれを捻りはしたが、諸々を並べあげた点では同じい。更に荷風の『日和下駄』に到つては一篇一篇は勿論、全体を俯瞰しても"もの尽し"といふ複雑な構造になつてゐる。その辺りを本人が意識したかどうかは兎も角(言葉への感覚があれだけすすどいひとが、意識しなかつた筈はないと思ふけれど)、後れ馳せで気づいた時、美事な藝と感心させられた。

 かう書いてから自分の方に話を引くのは心苦しいが、私もまた、"もの尽し"が好きなのだ。最近書いた中で云ふと、[友乃至供]が典型で、勿論これは意図的にさうしたんだが、書き並べただけだから、少納言の詩情は遠く、漱石の韜晦には無縁で、荷風の技法なぞは望むべくもない。用ゐ方としてはごく単純で、文學からは随分離れてゐる。文學以前のごく原始的な姿と云へば、少しは恰好がつくだらうか。

 文章の藝は眞似出來るそれと、眞似は避ける方が安心なそれがあつて、たとへば譬喩が前者なら擬音は後者に属する。擬音を避けた方がいいと云ふのを信じられないと思ふなら

 『痩せてしなびた感じがし出した。ワイシャツやカラが、ふがふがになつた』

 『それとなく、にほつて見ると、ぷうぷう吹き出してゐる湯気が少し黴臭かつた』

 『歩調も他の隊員とは別に蹈んで、のし、のしと進み、威風四辺を払ふの概があつた』

といふ例…いづれも内田百閒の随筆…を挙げればいいでせう。ふがふが或はぷうぷうが美事なのではなく、その前後の言葉遣ひがふがふが乃至ぷうぷうを活かすので、気樂に眞似をすると、えらい目にあひかねない。寧ろ、あふ。

 そこで"もの尽し"はどつちに属するだらう。一応は前者かと私は思つてゐる。書き並べるだけなら困難は比較的(あくまでもですよ)少ないし、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも判つてもらひ易い利点もある。さうでないと、多用するこちらの立場が危ふくなりかねないからでもあるのだが、そこは小聲の事情。

 まあ小聲の事情は棚に置いて繰り返すと、文章を書く上で、"もの尽し"が中々使ひ勝手のよい手法なのはまちがひない。云ひたいところを素早く、具体的に示すのによい手助けとなると思ふ。

 尤も安易に過ぎると、ただの羅列に堕して仕舞ひかねない一面があるのも事實。ここで参考になるのは矢張り百閒先生で、『御馳走帖』(中公文庫に入つてゐる)に収められた「お祭鮨 魚島鮨」が役に立つ。
 知人の宮城検校(検校の位を持つてゐるのだから盲人である)に岡山風のお鮨を届けた際の、"中に入れた具の目録"がそれで、"もの尽し"になる背景が納得出來るし、その"目録"がまた旨さうなんだが、ここでは引用しない。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に損はさせないから、ここはご自身でご一讀あれ。
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# by vaxpops | 2017-06-13 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

28

 28ミリの画角は、私より上の世代にとつてどうも、超広角…或は"特殊な"レンズの範疇に入つてゐたらしい。らしいといふのは、それを知らないからで、初めて買つた広角レンズは24ミリだつた。シグマのF2.8で、EOS1000で使つた。確か15センチまで寄れた、そこに惹かれた筈だ。シグマには当時から28ミリF1.8といふ大口径レンズがあつたが、その明るさより寄れる方が魅力的に思へたのは、今に續く好みが既に顕れてゐたのか知ら。

 併しその24ミリはまことに使ひにくかつた。簡単に云つて画角の広さを持て余したわけで、それまでに経験のあつた画角が35ミリだつたから、すりやあ持て余しもするだらうさ。今もう一ぺん使つてみたい気もしなくはないが、それはそれといふことで。

 24ミリは広すぎる。広角の基本は矢張り28ミリにちがひない。とその時に思つたかどうか、記憶は甚だ曖昧で、多分さういふことは考へなかつただらう。28ミリ単焦点を初めて使つたのは何年も後だつたし、それはニコン28TIといふコンパクトカメラだつたから。いやもしかするとニコンミニだつたかも知れない。我ながらいい加減なものだが、近い時期にコンタックスTとかコニカヘキサー、オリンパスμ、リコーGR1vや同R1sを買つた記憶もあつて、詰りコンパクトカメラに夢中だつたらしい。

 今になつて思ふのは、そのコンパクトカメラ漬けは決して惡い志向ではなかつた。幾つかの理由が漠然と浮んでくるが。漠然なのでここでは
「(見方によつては)単機能のカメラに馴染めたのが、結果論的によかつたのだらう」
といふ点以上は触れない。それで上に挙げた機種はすべて、28ミリから35ミリの単焦点レンズを備へてあつた。要するにそれくらゐの画角が使ひ易いといふことだらう。常に注意深く撮るなら、50ミリから60ミリ辺りがいいのだが、常に注意深くゐられるわけもないし、ちつと緩い視点を得られる画角に落ち着いたのだなと推測が成り立つ。

 併し私が28ミリの画角に馴染んだと云へるのは随分あとで、リコーのGRデジタルIIだつた。デジタルカメラだから背面に液晶があつて、それが画角の把握に役立つたのだらう。ファインダーの大きさがもしかして、関係するのか知ら。さう云へば21ミリの画角の使ひ方も、そのコンバージョンレンズで學んだ記憶がある。
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 GRデジタルIIでの28ミリは余程、私の目に馴染んだらしい。シグマ24ミリで遠去けた"一眼レフで使ふ広角レンズ"に手を出したのは更にその後だから、えらく時間が掛つたことになる。居直れば時間を掛けて馴染めた…詰り今は實に使ひ易い…とも云へて、遊女を連想出來なくもないが、この譬へ、ちよいと不適切か知ら。
 その28ミリが画像のそれで、珍しくも何ともない。精々が数千円だらう。これはKバヨネット・マウントだが、この程度なら他のマウントだつて幾らもある。それだけ設計がこなれ、作るのにも無理がないと考へていい。無理がないのだから描冩だつて、うるさ方は知らず、私程度の目には何の問題も感じられない。なので最近、改めてかういふ地味な28ミリをつけたデジタルカメラが慾しいなと思ふのだが、意外なほどに見当らない。
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# by vaxpops | 2017-06-12 08:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

恋しがる

 暑さと湿気が肌にまとひつく季節になると苦瓜が恋しくなる。苦瓜を私の好きな表記にすると、ごーやー。苦瓜とごーやーが同じ植物かどうかは知らないが、この稿では同じだとする。
 ごーやーと云へば直に連想されるのが沖縄で、十余年前のある時期、私は沖縄にゐた。本島のほぼ中央に位置する沖縄市で、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には寧ろコザの近辺と云ふ方が判り易いだらうか。 ごーやーの味を覚え馴染んだのはその時で、だからあの町には恩義がある。

 ありふれた野菜といつていい。大概の料理に入つてゐたもの。あすこでは炒めものを総称してちやんぷるーと呼ぶのはよく知られてゐる筈だが、車麩や島豆腐、素麺、糸瓜と主役が代つても、必ずごーやーは顔を出してゐた。ごーやーにも堂々たる主演舞台があるのに、肥後で芝居を打つ時に
『さしたる用はなけれども』
と見栄を切り、顔を見せたる加藤清正みたいだ。
 ここで考へる方向を少しずらすと、ごーやーは無いのが(おそらく)不思議に思へるくらゐ、食卓に馴染んでゐると捉へることも出來る。かういふ例をこちらの食事で見つけるのは困難に属すると思はれる。それが不幸か幸福かは別の問題だが、ごーやーは我われ…に無理があるなら丸太個人でもいいが…の舌を悦ばせる野菜なのは、強調しておいても宜しからう。

 苦瓜と呼ぶくらゐだから、にがい。
 どう料つても、にがい。
 甘辛酸苦を纏めて四味(旨味の概念が加はつたのはごく最近のこと)ともいふが、我われのご先祖が"食べもの"として認識した味は元々、甘だけの筈である。"甘い"の讀みに"ウマイ"が含まれてゐるのはそのささやかな證。辛酸苦は云はば"食べるには些か危ふいとする信号"だつた、と考へるのが妥当かと思はれる。
 にも関はらず、にがい苦瓜はうまい。
 どう料つても、うまい。

 "苦い"がどんな変化を経て"旨い"になるのか、想像が六づかしい。不思議だなあ。

 ごーやーが旨いのは、ちやんぷるーだけではないと思ひ出した。定食屋の献立に"味噌汁"と"おかず"といふのがあつて、丼に入れた前者は味噌仕立て、後者は沖縄そばの出汁のやうな熱い汁で、大量の野菜炒めを食べるのだ。こーれーぐすを少し垂らすと、宿酔ひの晝にはまつたく具合がよかつたな。この"味噌汁"乃至"おかず"にもごーやーは入つてゐて、分厚い苦みが丼全体を引き締めてゐた風に思ふ。
 東都に戻つてから食べた中で云ふと、おひたし(かるく塩揉みした苦瓜に削節、それにおそらく出汁醤油)がある。これも中々惡くなかつたが、ピックルス仕立てにはもつと感心した。確かパプリカやピーマンが一緒になつてゐて、これが硝子の器に盛られた様はまことに涼やか。泡盛の水割りによく似合ふのだが、これまた不思議なことに、沖縄ではお目に掛からなかつた。一体にあの土地の料理には冷すとか〆るといふ概念は薄いから、その辺りが理由なのか知ら。

 もうひとつ不思議を挙げると、東都で食べるごーやーはどこかしら、物足りない。おひたしやピックルスは旨いけれど、その旨いのは物足りなさがあつて成り立つ部分がありさうな気がする。かう云ふと、そんならどこが物足りないんだと訊かれるだらう。
 苦みがそれである。
 もう少しつけ加へれば、苦みの分厚さがちがふ気がされてならない。東都で口にするごーやーの苦みはすすどくてかるく、研ぎあげた刃物を連想させる。沖縄で食べたごーやーには線の太い重さがあつて、鉈や斧の豪放を思はせた。記憶を辿つてゐるのだから、本当かどうかの保證はしないけれど、さういふ印象が今に續くくらゐだから、まつたくの出鱈目でもないでせう、きつと。

 暑さと湿気が肌にまとひつく季節になると、ごーやーが恋しくなる。あの土地の風と、オリオンビールと泡盛の四合壜。それから些かルーズで、併し人懐つこさうな人びとをそれは、恋しがつてゐるのかも知れないが、今さら我が身に問ひかけるのは、気恥づかしい。
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# by vaxpops | 2017-06-11 15:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

いや私は

 卵と韮の組合せほど、悦ばしい組合せがあるだらうかと考へる時、私の場合、他の例を挙げるのに困難を感じるだらう。ことに韮玉の文字を見てそれを我慢するのは、罐麦酒を目の前に呑まない決断をするより六づかしい。

いや私は本気なんですよ。

 甘からい出汁で溶き卵を堅くならない程度に炊いて、炊き上がる直前にざくざく切つた韮をはふり込む。作り方としてはこれだけなんだが、他の"これだけ"と同じで、出來上りは作り手の技術や工夫に依る面が大きい。

 お出汁の味つけ。
 卵の溶き具合。
 双方の配分。
 そして時間の見計らひ。

 どれがといふより、これらをどう調へるかが大切で、うまい工合に仕上つた韮玉は見た目も香りも湯気までも食慾をきつく刺戟する。

 昂奮させられる。
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 併し昂奮しながらも食べねばならぬ。

 卵と韮と出汁は、三位一体で匙に乗せ、そして口に運ばねばならぬ。

 七味唐辛子は振つてもいいが、匙または小皿に取つてからにせねばならぬ。

 出來ればごはんを隣に用意し、最後に卵や韮の欠片が浮ぶお出汁を打掛ければ、食事としてはほぼ完璧の域に到る。"ほぼ"をつけるのは、素早く食べないと、折角半煮えの卵が堅くなつて仕舞ふからで、ここを何とか出來たら、韮玉に革命を起せるのではないか。

いや私は本気なんですよ。

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# by vaxpops | 2017-06-10 09:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

友乃至供

 今回は敢て"白めし"と書く。

 品がよくない話題に似合ひの呼び方かと思ふので、清廉の讀者諸嬢諸氏にはご容赦賜りたい。何の話かと云へば白めしの友乃至供を挙げてゆく。以前にも触れたかどうか、記憶は曖昧なのだが、触れ直していけないわけでもなからうから、深くは確かめない。

 たとへば海苔。

 たとへば梅干し。

 たとへば野沢菜漬け。

 たとへば浅蜊の佃煮。

 たとへば味噌。

 たとへば塩昆布。

 些かの貧相を覚悟すれば塩や醤油だつて、白めしの友乃至供になる。

 いや勿論ここで(生)卵を外すわけにはゆかず、鶏のそぼろだつて各種のふりかけだつて、しらすに削り節だつて、ツナ罐のマヨネィーズ和へだつて、鯖味噌煮の罐詰だつて、さつきは野沢菜漬けと書いたけれど、白菜に胡瓜の塩漬け、たくわん、柴漬け、壺漬けがどれほど白めしを旨くすることだらう。

 列挙がまだまだ幾らでも出來るのは念を押すまでもなく、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にもきつとさうでせう。詰り世の中の食べものの大体は、白めしの友乃至供になるのではないか、との推測が成り立つ。

 麻婆豆腐、青椒肉絲、ビーフン。
 適ふね。

 ビーフシチュー、マカロニのグラタン。
 適ふよ。

 スパゲッティ、蛸のオリーヴ油漬け。
 適ふな。

 アフリカに渡つても南米を旅しても印度を放浪してもロシヤに流れ着いても、白めしがあればどうにか、もしくはどうにでもなる。融通無碍と云ふべきか。

 それでこの辺りから方向がをかしくなる。
 食べものの"一部"だつて、白めしには嬉しい友乃至供だらうといふ話で、これだけだと分りにくいから、實例を挙げていきませう。

 お刺身を食べた後の山葵醤油につけたつま。

 挽き肉が散らばつた餃子のたれ。

 野菜炒めのお皿に残つたお汁。

 ソースで溶けかかつたとんかつの衣。

 鋤焼の卵の残りに肉や白滝の欠片。

 寄せ鍋の余つたお出汁。

 鯖の味噌煮の味噌。

 目玉焼きの黄身の崩れた部分。

 鰯の生姜煮や鰤の照り焼きのたれの部分。
 中華風と呼ばれる春雨サラドのドレッシング。
 鮟肝や白子のぽん酢やもみぢおろし。
 鰹のたたきに添へられた大葉。
 天麩羅のつゆと大根おろし。
 鯵の南蛮漬けの漬け汁。
 鯣烏賊や鶏の唐揚げの端つこの辺り。
 玉子の黄身を崩し入れたおでんのつゆ。
 スパゲッティのミートソース。
 餡かけ焼そばや酢豚のあん。
 麻婆豆腐の余つたところ。
 豚まんの辛子醤油。
 焼きソーセイジのマスタードの残り。
 ステイクのグレイヴィソース。
 ピックルスの酢。
 牡蠣フライやチキン南蛮のタルタルソース。
 豚の角煮の煮汁。

 カレー饂飩の余つたお出汁…は流石に六づかしからうが(きつと飲み干すに決つてゐるもの)、かういふのが白めしの友乃至供に成り得ない道理があるだらうか。とは原始的な反語法だが、可也りのところで同意を得られると私は確信してゐる。但し特に後半に同意を示すひとは、私と同様の野蛮人といふことになるから、安易に喰ひついてはいけない。それは白めし相手の食卓に取つておくべき態度なんである。
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# by vaxpops | 2017-06-09 07:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

サーカス藝

 内田百閒に「おからでシャムパン」といふ短い随筆がある。檸檬を奢つた真つ白なおからを匙で掬ひながら、シャムパンを呑む、ただそれだけの話。丸谷才一は百閒の随筆を
『無意味を突き詰めて藝に引つ繰り返した技』
と絶讚してゐるが、かういふ藝は眞似出來るものではないよ。サーカスは見物して樂しむものだ。

 だからこの稿に藝を期待しちやあいけません。

 おからは雪花菜とも書くが、言葉自体が"お(御)+から(殻)"だから、見た目に似合ひではあるけれど、宛て字ですね、これは。そして"殻"の字から想像出來るとほり、豆乳の搾り滓を指す。搾り滓だからごく廉価な代物で、肥料や飼料に使はれたりすることもあるさうだ。百閒先生が豚君済まないねえと呟いたのもむべなるかな。

 併し豚君に申し訳ないとする先生には同意しつつ、確かにおからはうまい。私はお惣菜屋の卯の花を食べるのを専らとするが、鮨やコロッケやハンバーグ、味噌とあはせて汁ものに仕立てたりもする(種に豆腐を使へば、大豆椀だなあ)さうだから、 豚君豚嬢の食卓を飾らせるには勿体無い。

 それで檀一雄の『檀流クッキング』を捲ると、十円のおから(四十年前の値段ですよ、念の為)の半分を使つて作る"コハダずし"の紹介があつた。そこにはおからの具として

"シイタケ、ニンジン、タケノコ、アゲなど(中略)ミツバか、インゲンか、ネギなとを加え(中略)キクラゲやシラタキを、加へるならば、ゼイタクなお惣菜になるだろう"

かう列挙されてゐる。まつたく豪華なもので、これが酢〆にした小鰭とあはなければ詐欺にもなりやしない。小鰭がないとしてもそのまま食べればよく、檀流のおからがあれば食卓の満足は決つたやうなものである。

 翻つて我らが百鬼園流のおからは、醤油を用ゐず檸檬を搾る他に、銀杏くらゐしか混ぜるものは出てこない。"淡味を旨とし、おからに色がつかない様に気をつける"と書いてあるから、おかずにはなりにくさうだ。尤も、檸檬が沁みたおからの後を追つてシャムパンが咽へと流れる工合が宜しいと續いてゐて、この場合はシャムパンのお供として優秀なのだらう。

 さうなると百閒式のおから(檀式は明らかにおかずまたは肴の作り方でせう)に適ふのは、果してシャムパンだけなのか知らと疑問が湧く。揉み洗つてから、"れん木でごりごり摺"つて、それから淡く味つけるといふから、口当りはきつと滑らかだらう。

 そこから想像するに、呑み口の涼やかな葡萄酒辺りが似合ふだらうな。癖の少ない黒糖の焼酎を水割りにしても適ひさうな感じもするが、檸檬味のおからには濃く感じるかも知れない。シェリーのトニック・ウォーター割りにある時期、夢中になつてゐて、こちらの方がうまいか知ら。

 いづれにしてま正確なところは一ぺん、それぞれの組合せを試さなくては判るまい。その結論を[いんちきばさら]でも"おからと〇〇"と題した一文を草するのはどうだらうか。尤も、私にサーカス藝を求められるてはこまるのだけれど。
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# by vaxpops | 2017-06-08 15:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

罐詰の 罐詰で 罐詰を

 食事を用意するのが面倒な時は罐詰を使ふ。ごはんを炊いておけば、それで一食を賄へるのは便利だし、まづいものでもない。お皿にがばつと乗せるだけだと少々寂しいのが難点だが、その辺は幾らでも工夫の余地がある。
 買ふのは主に安賣りになつてゐるやつで、大体は鯖や鰯の味噌煮やら水煮やら、そんな風な名目がつけられてゐる。焼き鳥のたれ味や柚子胡椒風味、赤貝の煮つけなんていふのもあつて、賣り場を眺めるのも樂しみのひとつ。

 三十年近く前、友人から送つてもらつた罐詰を思ひ出した。北海道旅行のお土産で、とど肉の大和煮とカレー煮。どちらも湯煎して喰つた記憶があるが、どんな風にお礼を伝へたかは丸で記憶にないから、こまつたのだらうな。
 十年余り前の一時期は、沖縄でポーク・ランチョンミートの罐詰に馴染んだ。ちやんぷるーには必ず入つてゐたし、玉子焼きとあはせたポーク玉子は未だに好物である。確か味噌汁(といふ名の汁もの)でも堂々としてゐた。

 お肉系列で云へばコンビーフもあつた。少年の頃はコーン&ビーフの略だと思つてゐたから、初めて本ものを見た時、コーンの姿がないのを訝しんだ。知人に云はせると丸かぶりが一等うまい食べ方ださうだが、本当か知ら。
 混ぜ肉で作つたのはニューコンとかそんな呼び名か。親戚の顔をしつつ、遠慮がちにビーフを外してゐるのが謙虚なのだか何なのだか。炒めたりサラドに加へたりすると、手抜きで豪華を装へるところが有り難い。
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 さてここ最近の気に入りは秋刀魚の蒲焼き(併し蒲の姿にはなつてゐない)で、生姜と青葱をたつぷり使ふ。この手の罐詰はどうしても微かな生臭さが残るもので、それを消すのも目的のひとつとして、かうする方が矢張りうまい。
 肴になる。
 おかずになる。
 大根おろしがあれば豪華な気分になれるし、漬け汁と呼へばいいのか、あれが残れば、好みで味を調へ、マヨネィーズ代りに生野菜へ添へたりも出來る。味噌煮罐でも同じと云へばそのとほりだが、この稿では秋刀魚罐が気に入りなので、こちらを推しておきたい。

 そんなら秋刀魚を焼き、またはお惣菜で買つてきて、葱でも生姜でも醤油でも何でも好きに散らし垂らせばいいではないかと、生眞面目な讀者諸嬢諸氏には呆られる不安がある。
 そのご指摘は正鵠を射てゐるのだが、ここでは面倒を避ける為の手段として、必要最小の手間で罐詰を使ふことを考へてゐる。ところで外ツ國でも罐詰で愉しむひとはゐるのだらうか。鰯の油漬け辺りは応用力が高さうに思はれる。
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# by vaxpops | 2017-06-07 14:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

葷酒危フキ

 葱韮大蒜の類が好物である。もつと広く香味野菜と云つてもいいけれど、詳しい話が出來ないから避けておく。君子危フキニ近寄ラズ。

 それで思ふのは葱の有り難さである。どつしり太い白葱の甘みの旨さといつたら堪らないし、しなやかな青葱の香り抜きで饂飩を啜るなぞ、とても考へられやしない。詰り肴でもおかずでも薬味でも融通無碍な活躍を見せるのが葱であつて、応用力の高さを魚に引き寄せると鮭に似てゐる。

 白葱なら豚肉と菠薐草で、所謂常夜鍋が完成する。牛肉の切れ端と一緒に濃い味つけで甘からく煮上げてもうまい。この場合、生姜を利かせてもいいだらうな。もつと単純にぶつぶつ切つたのを焼くのも旨いが、ここまで簡素な料り方だと却つて習熟が求められるか。串焼きを賣りにする呑み屋の葱焼きは、意外なほど出來不出來がはつきりするものだ。

 薬味風に使ふなら矢張り青葱でせうね。正直に云ふと、私はこの"小口に切つて、薬味風にあしらふ青葱"が大好きなんである。前述の饂飩は勿論、豆腐や素麺にも欠かせないし、もし鰹のたたき、鮟鱇の肝、白子、鰯のなめろうにその姿が見えないと寂しくて仕方がない。罐詰…鯖の水煮や秋刀魚の蒲焼き…にどつさりかけるのもいいし、もちつと変つたところなら、マーケットの鯵フライに散らすのも惡くない。試してはゐないが、烏賊フライや竜田揚げでもいけるだらうと思ふ。

 手間を掛けるのに苦痛を感じないひとなら、マヨネィーズにすりおろした大蒜と生姜を加へ、青葱を混ぜこむのもうまい。私は面倒くさがりなのでチューブ入りで済ませるけれど、マヨネィーズから全部、手作りにしたら、素敵なソースになるだらうな。或いは梅干しと一緒に丹念に叩くのも方法だと思ふ。海苔巻きにしたらきつとうまい。更に山葵醤油でのばして、鶏のささみに添へるのも洒落てゐる。

 逆にとことん手を抜きたければ、そのままか庖丁の腹で少し叩いてから、味つけぽん酢か醤油でひたひたくらゐに漬けるといい。冷蔵庫に半時間も入れればいいと思ふ。混ぜたままでもいいし、ぽん酢乃至醤油と葱を分けるのもよい。見た目は宜しくないが、葱だけをごはんに乗せたつて中々にうまい。白でも青でも、そもそも葱自体がうまいんだから、当り前の話ではあるけれど。

 そこで思ひ出されるのが、葷酒山門ニ入ルヲ許サズといふ戒律。山門は寺の意。入つてはいけない…詰り僧への禁令ですね。酒は云ふまでもないとして、問題は葷である。韮大蒜玉葱の類を指すらしく、勿論我らが葱も例外ではない。不思議である。匂ひをきらふとか、不必要な精力がつくからとか、そんな説を耳にした記憶はあるが、果して本当なのかどうか。僧侶の食卓がどんな変遷を経てゐるのか、不勉強な私は知らないが、かれらにしたつて旨いものを食べるのは悦びだから、工夫を凝らしたと思はれる。山門入りを禁じられたお酒だつて、平城の寺院が酒藏の原型といふ話もあるんだもの。山門に入れなかつたかも知れないが、最初から山内にある分は目こぼしになつてゐたのだらうか。敢て危フキニ近寄ツテ僧坊の葷酒を味はふ機会を得てみたい気もされるが、生眞面目なお坊さんに叱られるだらうなあ。
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# by vaxpops | 2017-06-06 19:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

さうに決つてゐる

 どうも厚焼き玉子と聞くと、気分が落ち着かなくなつて仕舞ふ。好物だからで、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも、さういつた食べもののひとつやふたつ、あるでせう。さうに決つてゐるよ。
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 併し厚焼き玉子とひと口に云つたつて、色々の作り方がある筈で、私はおほむね、塩でうすく味つけした、堅めの仕立てを好む。少し焦げがあつてもかまはないのは、さういふ仕上げに馴染んでゐる…少年の私に出されたのがそんな厚焼き玉子だつた所為である。大根おろしは用ゐず、そのままか醤油を少し垂らして、ごはんのお供にした。
 だから初めて東都風かと思はれる、あまくて軟らかい厚焼き玉子を食べたときは仰天した。肴にするのは無理があり、おかずにするのも躊躇はれて、お八つとも異なる奇妙な食べもの(なのに大根おろしが添へられてゐる)といふのが率直な印象で、それは今でも変らない。實際あまい厚焼き玉子は、一体いつ食べるのが適切なのか知ら。

 酒精を嗜む習慣が身につくと、外で厚焼き玉子を食べる機会もそれなりにあるもので、青葱や韮を混ぜこんだのには感心した。ここで云ふ感心したは、うまいと思つたのと同じ意味。我ながら無邪気な感想とも思ふが、事實は動かし難い。もつと感心した…旨いと思つたのは蕎麦屋の厚焼き玉子だつた。それとも出汁巻きといふのだらうか。どちらでもいいが、柔弱な呼びたいやはさのあれをつまみに一合のお酒を含みながら蕎麦を待つのは気分のいいもので、東京の洗練を示すひとつの證になりはしないか。

 尤も洗練が必ずしも正しく、また慶ばしいとは限らない。上等な卵も油も使はない、優れた道具も用ゐない、熟練の技術があるわけでもない、ただ食べ馴れた厚焼き玉子が恋しくなる瞬間が確實にある。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏だつて、さうでせう。さうに決つてゐるよ。

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# by vaxpops | 2017-06-05 16:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

2003年の型録

 手元に1部の型録がある…正しくは残つてゐる。右上に[アクセサリー総合カタログ]、真ん中には[Photographic Accessories for Single-Lens Reflex Cameras]と誇らしげにある。ニコンのアクセサリ型録で、右下には2003.12.3ともあるから、それくらゐ前のものと思つてもらひたい。因みにこの頃はF5がフラグシップ機。F3も現役機だつた。デジタルカメラでは、D1の系統とD2H、D100が現行かそれに近いくらゐらしい。懐かしいと呟いてもいいが、實のところ、当時のデジタルカメラは全然判らないから、どこがどう懐かしいかと訊かれるのはこまる。

 この型録はフヰルムカメラの為に持ち帰つたので、その機種もFM10とはつきりしてゐる。この機種名で苦笑或いは失笑したひとは、惡い意味でマニヤックだから、注意する方がいい。さうでない大多数の讀者諸嬢諸氏に簡単な説明をすると(惡マニヤックなことが知りたければ、ちよつと調べるだけで直ぐに判る)、コシナの某一眼レフが基になつた所謂OEM機種群のひとつ。リコーのXR-8やオリンパスOM2000、京セラ FX-3 Super辺りが兄弟になる。海外銘の機種も幾つかある見たいで、全機種を集めてもいいかと無用な収集慾を刺戟されるのはここだけの話。

 物慾は兎も角、FM10が凄いのはこの閑文字を書いてゐる時点で現行機なんである。F3はとうの昔に退役済みなのに。参考までに記すと現時点での希望小賣価格はボディのみで61,000円。35-70ミリAi-Sニッコールとケースとストラップがついて75,000円。手持ちの型録だと前者が37,000円、後者は50,000円だつたから、ひどい値上げだなあと云へなくもないが、未だに供給してゐるのだから、文句を云ふ筋ではないと思ふ。序でながら、フヰルムの現行機はもうひとつあつて、それがF6なのだが、こちらの価格は345,000円。

 ところでこの古い型録を何故手元に置いてゐるのかと云ふと、FM10を持つてゐて、かういふレンズなり何なりがあるのだといふ資料にしたかつたのだな、当時は。だから使へるものには印をつけてゐるし、他社の型録から切貼りもしてある。FM10自体の型録も引つつけてあつて、我ながら非常に珍しい。私には些か書痴の傾向があるらしく、本(型録もその一種と見立てていいと思ふ)に書き込みをしたり折り目をつけたりするのには抵抗を感じるのだが、その例外になつてゐるのだ。

 併しFM10がそこまで凝りたいカメラだつたかと訊かれると、首を横に振るのに私は躊躇を感じない。造りは全体に安つぽいし、ゴムは直ぐに劣化するし、ミラーの上下動も衝撃が大きい。私が持つてゐた個体に到つては、そのミラーが外れかかりもした。利点はニコンFマウントを使へる機種では最も廉価だつた程度か。だが2003年当時なら、NewFM2やFE2を探した方が余つ程賢明な判断の筈だし、いや今だつて新品のFM10と中古のNewFM2を較べたら、後者に軍配を挙げるひとが大多数だらう。

 だつたらFM10を買ふ、また買つた理由は何だといふ疑問が出てくるのは当然の順序で、簡単に云ふなら先づ私の廉価もの好みがある。ひねてゐるのでなく、単にお財布の都合だつたのが、いつの間にか馴染んで仕舞つた事情。もうひとつは年少の友人のG君が惡い。かれはある時期、リストストラップをつけたFM10にコシナの20ミリで撮影に臨んでゐた。撮影は相当烈しかつたらしく、ボディもレンズも随分と草臥れてゐて、そこに痺れた。痺れさせられたと云ふべきか。それまでにも他のひとが使ふカメラを恰好いいなあと思つたり、羨んだりしたことはあつたが、痺れたのは記憶にある限りこの一ぺんだけで、G君には甚だしい迷惑を蒙つたことになる。型録に書き込まれたメモを見ると、2003年5月にFカメラ店でFM10を購入したらしい。

 尤も私はしだらない男なので、20ミリで烈しい撮影に臨むことはなく、確かAi-S50ミリF1.8だつたか同35ミリF2.8(勿論どちらも中古品)で暢気にかまへてゐた筈だ。さうしながら型録をちまちま弄つてゐもした筈で、結果的にそれが今眺めて、何となく面白い。貼り込まれた切り抜きや書き込みに、当時の私の嗜好がうつすら透けてゐて、どうも50ミリ前後のレンズを好もしく思つてゐたらしい。たとへばAFニッコール50ミリF1.8D(23,000円)、シグマのマクロ50ミリF2.8(35,000円)、コシナのウルトロン40ミリF2(45,000円)に印がつけてある。ウルトロンはフード(2種類)が別賣でどちらも4,500円。高いのだか安いのだか。我ながらをかしいのは、使ふ筈のないスピードライトやフィルター、ケースの類にも印をつけてゐることで、兎に角FM10で何が使へるかにも興味を向けてもゐたみたいである。

 かういふのを書いてゐるといふことは、FM10を改めて買はうと考へてゐるのか、と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は睨むだらうか。従來の流れならさうなるものね。すすどいと思ふし、確かにさういふ考へが浮ばなかつたわけでもありません。正直な態度だなあ。
 但し(残念ながら)今回はちがふ。
 何しろ同根のXR-8があり、28ミリと50ミリ、それから28-105ミリレンズもあつて、今から新しくフヰルムカメラを買ふ切つ掛けも理由もない。大体それ以前に、冩眞からは少々距離をおいてもゐるのだから、これでFM10を買つたとしたら、寛容な我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも流石に呆れられて仕舞ふだらう。まあそれは毎度の話かも知れないが、型録を使つてかういふ(莫迦な)眞似をしてゐるかしたか、そんなひとは果して他にもゐるのか知ら。万が一ゐたとして、2003年の型録を用ゐてゐるとはとても思へないけれど。
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# by vaxpops | 2017-06-04 17:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

裏献立

先づかつ丼。

次に親子丼。

續いて天丼。

 これをもつて丼ものの三強とする。
 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏から異論は出ないものと信じる。

 鰻丼?
 貫禄は認める。ただ残念ながら殿堂に入れられた現状、現役は厳しからう。

 牛丼?
 旨いし気がるなのもよいけれど、三強を脅かすにはまだまだである。

 海鮮丼?
 熱いめしに生魚の組合せをどう論じればいいのか、私には解らない。

 カレー丼?
 私としては大きに賞揚したいのだが、流石に三強入りへの推薦までは出來かねる。

 麻婆丼?
 無理やりな丼化は如何だらうかね。麻婆豆腐はお皿で食べるものである。

 他にも思ひ出せば、他人丼(別名開化丼)、木の葉丼、玉子丼…いやもう切りがなく、また我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも独自の丼がありさうにも思はれるが、要するに我われは丼ものを殊のほか歓ぶ性向を持つてゐるらしい。

『丼と呼ばれる深い器にごはんを盛り、その上におかずとなる食べものを乗せたもの』

 丼ものを大まかに定義すればこんなところと思ふが、更に細かく云ふと

・お皿に盛つたものは丼ものと呼ばない。
・ごはんには混ぜものをしない。

点が重要であらう。従つてたとへばお皿に盛る天津飯は丼ものではない。ごはんに豆や栗や様々の山菜を混ぜると、それは炊き込みご飯だし、酢飯を用ゐたならそれはばら寿司で、丼ものとは呼べなくなる。…精々が、親類縁者くらゐか知ら。

 まあ、不精者のめしと云つていいね。
 ごはんをお茶椀によそひ、おかずをお皿に盛りつけ、いそいそちまちま食べるのが面倒な職人連中辺りが、この際だから纏めて仕舞へと考へたのではないだらうか。丼もの全般の原形は

『重箱に熱くしたおからを入れ、そこに鰻の蒲焼きを詰めたもの』

らしいが(蒲焼きを持ち帰る際の工夫である)、めし炊きが一日一ぺんだつた頃、冷やめしに菜つ葉を(序でに汁ものも)打掛け、掻つ込むくらゐの眞似はあつたらう。さういふ不精におからと蒲焼きの工夫が出会つて生れたのが、丼ものではなかつたらうか。

 かう推測すると、深い器とめしといふ條件は丼ものに不可欠なのだらうと思はれる。
 ただここで疑念が浮ぶのは、早鮨(今で云ふ握り鮨)や蕎麦切りがあるからで、これらも元々不精者のめしだつた筈なのに、今では随分と洗練された。一方で我らが丼ものは今もどこか野暮つたくて、安直なままである。

 このちがひは何だらう。

 ことに早鮨を考へるに、"ごはんとおかずを纏める"といふ骨組みは丼ものと同じで、おかずの種類が色々あるのも同じではないか。

 そこで早鮨が握り鮨になる過程を俯瞰すれば、先づ種の洗練があつた。初期の早鮨で用ゐられた赤身の漬けや白身の酢〆が、保存方法の進歩に伴つて、生魚を扱へるに到り、そこに庖丁の工夫の余地が出來た。
 もうひとつは鮨自体の小型化で、一種の具入りおにぎりだつた早鮨が、眺望も愉しめる食べものになつたのは、こちらの要素が大きい。この庭園を盆栽に仕立てるやうなやり方は、我われのご先祖が甚だしく好んだところ(印篭や根つけを思ひ出せは直ぐに判るでせう)で、現代にもその傾向は色濃く残つてゐる。

 さういふ縮小志向…盆栽化と最初から現在まで無縁なのが丼ものではないか。
 それで三強のかつ丼、親子丼、天丼を盆栽化出來るものかと想像してみた。念の為に撰外でも想像してみた。してみたが、いや無理だね。貧相以外の何ものでもなかつた。
 中々の發見であるよ、これは。
 丼ものがもうひとつ、野暮つたいままなのは、我われの意識の深いところに刷り込まれた縮小志向…大きく美意識と呼んでいいかも知れない…に反してゐるのが、その要因なのにちがひない。少なくとも無視は出來ない要素ではあらう。尤もまつたく駄目だと断定するのは淋しい。そこで"小振りな丼もの"に似たものを用意出來ないものかと考へてみた。

 ここで"殿堂入り"の鰻に登場願ふ。前述した"丼ものの原形"を援用するんである。
 詰り蒸すかどうかして温めたおからに、たれをたつぷりの蒲焼き。
 これなら前菜くらゐの量で出せさうな気がされる。これはなんですと訊かれたら、ちよつとした蘊蓄の披露にもなる。何より蒲焼きのたれが染みたおからは旨いに決つてゐる。丼ものの裏献立撰手権があれば、断然の優勝は疑ひない。
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# by vaxpops | 2017-06-03 15:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

カウント・ピーナツ

 ピーナツ・クリームと聞くと、連想がほぼ一直線に亞米利加に辿り着く。理由ははつきりしてゐて、『セサミ・ストリート』の所為である。もう少し正確に云ふと、そこに登場するカウント伯爵(英語だと"カウント・カウント"といふ洒落になる)が原因。かれは何かにつけて数をかぞへる癖の持ち主なのだが、魔法も使へる。魔法には呪文がつきものなのは洋の東西を問はないことで、伯爵の唱へる呪文が

『peanuts butter sandwich!』

なのだつた。これが幼いみぎり、この番組に夢中(放送はNHK教育。当時は吹替へなし)だつた私の耳の底にこびりついたらしい。クッキー・モンスターの"oh cookies!"の印象も相当に強かつたけれど、それは雄叫びのつよさで、伯爵の呪文が何を指すのかは解らないにせよ、明らかに何らかの意味を持つことは理解出來たらしく、文字通りの呪文のやうに感じたのか知ら。今となつては遡れない記憶である。

 實物のピーナツ・クリームまたはピーナツ・バタを見たのは小學生になつてからだつた。給食の場である。食パンとコッペパン、それぞれの干し葡萄入りが順繰りに登場して、それにマーガリンまたは莓ジャムまたはチョコレイト・クリームまたはピーナツ・クリームが添へられてゐたのだつた。念の為に云ふと、住んでゐた地域ではご飯給食が始まる前(私が卒業した次の年度から試験的に導入された)で、パン計りなのは児童への虐待でも問題でもない。
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 初めてピーナツ・クリームを目にした私は、ははあこれがカウント伯爵の云つてゐたやつかと思つた…と書けば事實から外れて仕舞ふ。小學生にとつての給食はその日の重大なイベントである。カレー・シチューのお代りを取れるか、牛乳やマーガリンやクリームが余つてゐないかの方が遥かに無視出來ないことで、呪文を思ひ出す暇などなかつた。

 旨かつた。

 ただチョコレイト・クリームの方が舌に適つたし嬉しかつたのが正直なところ。馴染んでゐたからだらう。どんな姿であれ、普段の食事にピーナツが登場する機会に恵まれなかつたのだから、やむ事を得ない。給食に出されたのは出來の惡いピーナツ・クリームだつたのかと想像を働かせてもいいが、給食には色々な恩がある。ここは礼を失する態度を慎しむべきでせうな。

 伯爵の云ふ peanuts butter sandwich が、米國では案外当り前の食べものだと知つたのはいつ頃だつたらうか。『セサミ・ストリート』を観てゐた当時でなかつたのは確かである。何しろそんな食べもの自体、知らなかつたもの。給食で気づけなかつたのは注意不足と指摘されても仕方ないかも知れないが、その程度の興味だつたと云へばそれまででもある。

 解つてもさう云へば、さして羨ましいとは思はなかつたなあ。

 それが莫迦にしたものでもないかと考へを変へたのは、何の漫画だつたか、食パンにピーナツ・クリームと輪切りのバナナをはさんで食べる場面があつて、そのおやつだか食事だかが、妙にうまさうに見えたのが切つ掛けと思ふ。眞似はしなかつたけれど、それから時々、菓子パンを買つておやつにしてゐる。コッペパンにピーナツの粒が残されたクリームのやつ。珈琲との似合ひで云ふなら、チョコレイト・クリームや莓ジャムをしのぐと思はれるが、伯爵の同意を得られるかどうかには、議論の余地が残る。何しろサンドウィッチではないからね。
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# by vaxpops | 2017-06-02 07:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

底辺派

 尊敬する檀一雄が指摘するところによると、我われ日本人は獸肉を清潔に喰ふ技術には長けてゐても、内臓を味はふのはまつたく下手糞なのださうだ。他のたれかが同じことを云つても、余りに気ならないが、あの小説家兼放浪家は欧州だけでなく、蒙古も露西亞も中國も散々に彷徨いてゐるし、何しろ文章が巧いもの。説得力がちがふよ。

 確かに檀が嘆くのには正しい面があつて、實際私が清潔でない(と思はれてゐる)部位を食べるのは呑み屋が精々で、詰りもつ焼もつ煮の類。かういふのがお品書きに並ぶ呑み屋は廉価底辺なのが常と云つてよく、どうもその手のお店が落ち着く性分だから仕方がない。とは云ふものの、もつを使つた料理にお小遣ひを投じるのは裏返しの贅沢で、詰りそんなにややこしいことをしなくても、それなりに旨いものを作れる。嘘ではない。

 洗つて、下煮。

 準備はこれだけでいいんだから、面倒でも何でもない。後は醤油でも味噌でも、好みの味で煮込めば勝手に出來上る。時間は少々掛かるけれど、それを面倒とは呼べないよね。
 もつだけだと寂しいと思ふなら、ざくざく切つた葱でも薄切りの大根でも焼豆腐でも蒟蒻でも、或は茹で玉子をはふり込めばよい。今はもうないお店だから名前を挙げると、中野に[山ちゃん]といふ安直な呑み屋のもつ煮込(可也り濃い味つけ)には鶉玉子が入つてゐた。
 煮込みあがつたら、鉢でもお皿でも好みに盛つて、針生姜や大蒜のすりおろしや白髪葱や韮をあしらへば、文句のない酒精の友が完成する。

 半日を潰せば幾らでも応用がきく旨い肴の準備が出來ることを思ふと、わざわざお店に足を運んで、貴重なお小遣ひを費やすのは勿体無いと云へなくもない。
 併し愉快なのだな。
 廉で底辺の呑み屋にもぐり込んで、ホッピーでも焼酎でもサワーでも啜りながら、ハラミだのガツだのタンだのを焼いてもらつたり、辛い味噌をなすりつけたり、煮込みにたつぷりの七味唐辛子を振つたりするのは。

 この場合、朝に捌いた新鮮で清潔なもつである必要はなく、大鍋で十年も煮しめてゐるやうな方が好もしく感じられもするから、私の嗜好はどうにも低劣でいけない。但し些か居直つた態度を取るなら、かういふ食べものが当り前でない…底辺式か気取つてゐるかの両極端なのは、奇妙な光景と云ふべきで、そんならこちらは底辺を撰ぶ。歓んで喰ふものではあつても、有難がるものではないでせう。

 そこで中國でも蒙古でも露西亞でも欧州でも、臓物をどう扱つてゐるのかといふことが気になつてくる。
 佛國は栗や葱とあはせて非常に繊細に仕上げてきさうだし、中國だと煮てから蒸しあげ、更に揚げてから熱いあんをかけさうだし、キエフやウクライナ辺りになると、大量のトマトと一緒にドラム罐で鷹揚に炊き込みさうだし、蒙古では剣に突き刺して焙つて、香草だか何だかをまぶしさうな印象がある。
 印象といふより想像だから、實際がどうだか…大外れではなささうにも思はれるが…は知りませんよ。

 確實に云へるのは、煮ても蒸しても揚げても焙つても、臓物は旨いにちがひないことと、どれもこれもお酒には適はなささうなことか。焼酎やウォトカの類か葡萄酒を呷りながら貪るのが一ばん旨さうで、お酒が惡いのではない。さういふ肴で呑む風になつてゐないだけの話で、大きく云ふと文化の相違の顕れだらう。
 それで解つた。
 私の周辺はお酒至上主義者計りだから、臓物が歓ばれないのも尤もな事情なのだな。納得は出來た。出來はしたが、底辺派としては些か面白みに欠ける。その辺の廉呑み屋に出掛けてよく、材料と壜を持ち寄つて、大騒ぎしながらでもよい、一ぺん、臓物尽し蒸留酒尽しの大宴会を張つてみたいのだが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の賛意を得られるか、自信が持てない。忘れがたい夜になると思ふんだがなあ。
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# by vaxpops | 2017-06-01 11:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

マンマ・ミーヤ!

 ナポレターノは大体のところ、ナポリ人とかナポリ風の意味で用ゐるらしい。この浮気者のナポレターノめ!といふ風に使ふ。のが正しいのかどうか、私には判らないけれど。そしてナポレターノが浮気者なのかは別の話として、ナポリ人に云はせると

「スパゲッティにケチャップを使ふなんて、信じられない。マンマ・ミーヤ」

と掌を上に向けるだらうとは容易に想像出來る。ここで『グラン・ブルー』でジャン・レノが演じた伊太利人ダイバーのエンゾとその家族には、ママが作つたスパゲッティしか食べてはいけない決り事があつて、陽気で傲慢な男が頭を抱へる場面はユーモラスだつたのを思ひ出した。勿論その場面は映画的な誇張を含んでゐるとしても、伊太利人…もつと狭めてナポリ人に、さういふ傾向はあるのだらうな。

 伊太利人、ナポリ人が口を揃へて云ふのは、スパゲッティに用ゐるのはトマトで、ケチャップぢやあないよといふことで、南欧産のそれをたつぷり使ふのだらう、旨さうだなあ。
 そこで考へると、伊太利人がトマトに出会つたのはさほどに古い話ではないだらう。あの果實は南米アンデスが原産で、欧州に入つたのは16世紀初頭。初めの頃は鑑賞目的だつたらしく、食用に転じたのは18世紀になつてからだといふ。
 なんだそれなら随分な歴史があるよ、それはと我が親愛なる讀者諸嬢諸氏が呟きを洩らしさうだが、イタリア半島…もつと広く地中海史を含めて眺めれば、ごく最近の出來事と見る方が實体に即してゐる。トマトはたつた200年で伊太利人の舌と胃袋を掴んだ食べものだと見立ててよい。参考までに我が邦に渡來したのは17世紀後半。4代家綱の治世下らしいから、食べものとしてではなかつただらうな。どんな顔つきで鑑賞してゐたのやら、気にならなくもない。

 トマトは温度や湿度に割りと敏感ださうで、今の栽培家は栽培の要件を把握し、また利用して糖度を高め、或は加工向きにし、生食用や加熱用、その他、諸々の品種を育てるといふから、アンデス人も歓ぶかはさて措き、不満は出ないだらう。
 この野菜乃至果物(分類的には茄子の仲間ださうな)を併し巧妙に使つてゐるのは、伊佛両國ではないかと思ふ。16世紀の欧州は所謂"大航海"の時代…即ち葡萄牙と西班牙がうんと威張つてゐた筈で、エンリケとかフェリペとか、さういふ名前に聞覚えがあるでせう。航海者は総じて勇猛或は粗暴、無謀でまた、貪婪でもあつた。肉塊を太い指で千切り、巨大な顎で骨ごと噛み砕くやうにかれらは世界を奪つた。我がトマトもその中に含まれてゐたのに疑ひの余地はない。よくも潰れなかつたなと思ふ。

 但し我が邦に根づいたナポリにトマトは使はれてゐない。念の為に云ふと、ナポリ人を指すのでなく、ナポリタン・スパゲッティの意味。
 まつたく奇妙な食べものだね、あれは。
 意図的にうで過ぎた麺をわざわざ炒め直し、大量のケチャップで和へるといふ料り方は、ナポリ人伊太利人の頭には浮ばない筈で、これは伊丹十三が罵倒した"炒め饂飩"の姿である。注意書のやうに云へば、麺を炒めるのは元々、余つて仕舞つたのを改めて使ふ時の方法。うでたら素早くお湯を切り、バタとチーズで喰ふのが本來なのを思ふと、改めて奇妙な食べものだなあと呟かざるを得ない。
 ところが、うまい。
 本筋のアル・デンテで茹で、炒めず、トマトでに仕立てたナポリタン・スパゲッティがあるのかどうか、私は知らないが、仮にあつたとしてそれをナポリタン・スパゲッティと呼んでいいのか、甚だ疑問が残る。乱暴に云ふとまづい麺を旨く食べる工夫の成果があのひと皿ではないか。褒めてゐるのだよ、これは。日本式のナポリタン・スパゲッティは亞米利加由來…いや適切でないな、由來ではなく要因といふか引き金なのだもの。

 米軍に占領された日本では食料に統制が掛けられた時期があつて、兵隊に用意された糧食が出回つた。兵隊の食べものだから碌でもなかつたのは用意な想像でせう。然も米軍のそれである。満腹になれば宜しい、程度だつたにちがひない。
 伝説によると、兵隊が啜るケチャップを和へただけのうでスパゲッティを見た横濱の某ホテルの料理長が

「あれは貧相だし藝も何もない」

と玉葱やピーマン、ハムなぞを混ぜることを考へたのが我が邦のナポリタン・スパゲッティの原型であるらしい。創意工夫といふより、占領者への憐憫と反發が絡まつたやうに思へるのは、こちらの僻目か。

 スパゲッティが広まりを見せるのは、1950年代に入つて製粉の統制が解除されてからだらう。但し伊太利式の調理法までは無理だつた筈で、製粉会社を責めるわけにはゆかない。それに麺を茹でて食べるだけなら、饂飩があり蕎麦もあつて、我われの近いご先祖が

「なーんだ、そんなら(調理は)六づかしくなささうだぞ」

と勘違ひするのもやむ事を得まい。おそらく茹でて素早く啜り込む式が成り立たなかつた…少なくとも随分と遅れたのは併しこの時期が原因と思はれる。立ち喰ひ蕎麦の茹で置きと同じやうに扱つてかまはないと誤解されたんではなからうか。
  もうひとつ、焼そばの影響も考へられさうな気がする。茹で(置きの)麺を鐵板で炒め上げる調理法は、おそらくこちらが先で、安直にスパゲッティを食べる上で参考にされた可能性はありさうだと思ふのだが、どうだらう。焼そばはの味つけはウスターソースだが、骨格は似てゐるでせう。ケチャップになつたのと具材は、前述の料理長が編み出した作り方の変形乃至応用にちがひなく、詰り天辺と底辺が、日本のナポリタン・スパゲッティの両親だつたと見立てたい。

 うで過ぎの麺。

 玉葱。

 ピーマン。

 マッシュルーム。

 ハムの切れ端かソーセイジ。

 かういふのを塩胡椒で一ぺんに炒める。
 ケチャップは品下るくらゐ、たつぷり。
 お皿に盛つてから、好みならチリーソースを少し計り。
 後は粉チーズをどつさり。

 用意するのはどれもこれも、廉価なもの…罐詰や壜詰で十分である。それはどうも我慢ならないと思ふなら、チーズだけは贅沢をしませうか。塊を気張つて、削りながら食べればよい。なに、ホークで丁寧に巻いて、音もなく食べるなんてしなくても宜しい。これは伊太利發亞米利加経由の日本式麺料理なのだから、饂飩蕎麦同様、派手な音を立て、好き放題に啜つてかまはないのだ。

 ここで不安になるのは、かういふのをナポリタンと呼ぶのは、ナポリ人にとつて不本意ではなからうかといふことだが、何年か前に、日本のナポリタン協会だか何だかが、ナポリでナポリ人に日本のナポリタン・スパゲッティを振る舞ふ催しを開いた筈である。
 いい度胸をしてゐるよ。
 トマトを使はない、アル・デンテでもない、見たところどうやらスパゲッティの遠い親戚らしい麺を食べたナポレターノは、ジャポネーゼが何を考へてゐるのか、どうにも理解し難い顔つきになつてゐたが、掌を上に向け
「マンマ・ミーヤ!」
と大きく嘆かれなかつただけ、幸運だつたとも思はれる。併しもしかすると浮気者のナポレターノは、この催しを、女性に聲を掛ける切つ掛けとして活用したのか知ら。
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# by vaxpops | 2017-05-31 15:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

一家言

 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも必ず一家言がある。きつとさうにちがひないと、私は確信してゐる。詰り炒飯の話。ね。一家言あるでせう。たとへば私は焼き飯をほぼ同じ意味で用ゐるが、こんなところでもすすどい反論が出てくるだらうとは容易に想像出來る。

 ごはんを強火で炒めた食べもの。
 主な具には卵と葱を使ふ。

 炒飯を大雑把に定義したいとすると、これくらゐが精一杯ではないか。ごはんは熱いままか冷ましてからか。もつと云へば長粒種か短粒種か。卵は先にざつと炒めて仕上げに戻すか、ごはんと共に炒めるのか。味つけは塩と胡椒か、醤油か、豆瓣醤や甜麺醤か。具を他に加へるとして、どこまでが認められるか。議論の種は尽きないもので、またかういふ議論は、結論を出さないのが正しくも望ましく、そして好もしい。

 米を食べる習慣がある地域では、似た調理法がある。土耳古のピラフ、西班牙のパエリヤを挙げればお判り頂けるでせう。
 但しピラフやパエリヤは、調理の最初にごはんを炊かない。生もしくは研いだお米を炒めて具とあはせ、それから炊きまたは蒸しあげる。さういふ料り方が土耳古や西班牙の風土や、そこに棲む人びとの口に適つたからさうなつたので、私たちは、ははあと思つておけばよい。ヴァレンシアで野暮つたい赤葡萄酒をがぶがぶ呑みながらパエリヤを喰ふなんて、愉快な話ではありませんか。

 話がそれた。
 気にせずもう少しそれたままにしませうか。

 尊敬する檀一雄によると、イベリヤ人は烏賊や蛸の類を愛好するさうで、ごく小さな烏賊を墨も何も一緒くたに炒め上げたのや、蛸にオリーヴ油をあしらひ、唐辛子を用ゐた一種の酢の物があるらしく、實にうまさうでこまる。私は檀の文章を愛する者だが、何度その旨さうな一筆書きに迷惑を蒙つたか(どれだけ迷惑かは我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、ご自身で一讀なさい)葡萄酒でもサングリヤでも引つかける夜、かういふのをつまめたら、何の文句があるだらうか。

 そろそろ本題(詰りいつもの閑文字)に戻ると、炒飯に魚介類が加はるのを私は好まない。蟹炒飯や海老炒飯、もつと大きく海鮮炒飯の類。ああいつたのは温かいごはんとの相性が宜しくないと思はれる。海鮮丼よりばら寿司を好むのもさういふ事情があるのだが、もう一ぺん話をそらすと本題が失せて仕舞ふ。
 さういへばあんかけで仕立てるのも余り好きではないね。炒飯には先づぱらぱらしてもらひたく思ふのがその理由。ただ添へもののソップで少し湿らすのは許せる気がするから、この辺はいい加減としか云へないか。もうひとつ加へると、大きな具…たとへば鶏の唐揚げを使ふのは好ましくないと思ふ。炒飯の具は全体に混ざりがよくあつてもらひたいし、それらは中華鍋で炒めあげられる時、一体となるのが本道だらうと考へる。さういふ素早さ或は簡便さこそが炒飯本來の魅力ではあるまいか。

 さてそこでだ。私が望ましいと思ふ炒飯の姿は果してどうなのか、といふ疑問がここで浮んでくる。異論も疑念も無視して書くと

・ごはんは冷たいのを使ふ方がよささう。

・細かめに刻んだ玉葱を事前に、且つ念入りに炒めあげておく。

・濃いめの味つけの煮豚を刻んでおいて、炒めた玉葱と混ぜる。

・青葱は小口切りにしたのをたつぷり用意する。

・ごはんを炒める寸前のところで、卵を火が通りすぎない程度に炒めておく、

中華鍋を強火で熱くしてごはんを一気に炒める。味つけは塩胡椒。煮豚と玉葱を混ぜたのをはふり込み、火を止めてから卵を入れ、青葱を加へながらお皿に盛る。
 煮豚がなければ焼竹輪でも蒲鉾でもよく、色々混ぜたつて面白いでせう。金華ハムなぞを奢つてもいいけれど、さうなるとお米も水も卵も葱も塩も胡椒も吟味の必要が出てきて、気樂に食べにくくなつて仕舞ふ。
 盛る時にお椀の型にするのが炒飯の流儀といふか礼儀といふか、そんな感じがされるが、折角ぱらぱらになつたのだから、あんまり堅く詰めるのは宜しくなからう。お皿に投げ出すやうにならなければよしとしませうか。

 さ。話はここからが、が親愛なる讀者諸嬢諸氏に叱られさうな方向になる。私が未だ丸太少年だつた頃、炒飯…いや我が家では焼き飯と呼んでゐたな…は週末のお昼ごはんで出されることが多かつた。家の焼き飯なのだから特別でも贅沢でもない。卵と葱と安もののハムの切れ端が精々の具のそれに、ウスターソースをかけるのが"当り前の食べ方"だつた。

 いやそこの貴女、呆れた顔をしないで下さい。

 ウスターソースをかけるといつても、コロッケ相手のやうなざぶざぶでなく、匙に垂らしてからである。炒飯の一部にウスターソースの味を加へてゐる具合で、先刻から繰り返してゐる"折角のぱらぱら"は無駄にしてゐない。その筈である。家の焼き飯が薄味だつたから、かういふ習慣になつたのか、そもそも"焼き飯はウスターソースで食べるのだ"といふ考へだつたのか、その点はもう判然としないけれども。

 ここで思ひ出すのは、私が汁かけごはんを好む事實で、お茶漬けも味噌汁かけも水飯もうまい。炒飯…ではなかつた、焼き飯にウスターソースを当り前とするのも、その応用もしくは変形ではないかと疑念がたつた今、浮んできた。先にも書いた添へもののソップで湿らすのも、そのひとつの顕れだらうか。最近では匙で酢醤油(あれば大蒜のすりおろしも)をこさへて、ウスターソースよろしく垂らしもするから、身についたといふより、身に染み込んだ食べ方なのかも知れない。

 かう書くと、一家言ある我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも、傍から見れば独自に冩る作り方食べ方があるのではないかと思ひ当つた。いやきつとあるにちがひない。魚醤は欠かせないとか、チリーソースを隠すのがこつだとか、具にトマトやレタスを使ふのがいいとか、卵は混ぜずに後からあはせるとかありさうで、様々の炒飯が一堂に会せばさぞ壮観だらうな。さういふ博覧会があれば参加せざるを得ないと確信出來るが、もしかすると炒飯の融通無碍で満腹になつて仕舞ふかも知れない。
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# by vaxpops | 2017-05-30 06:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

指示代名詞で進めれば

どこからどう見ても、あの果實に似てゐない。

そのくせたれも、文句を云はない。

どこからどう食べても、その味はひがしない。

そのくせたれも、おいしいと云ふ。
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 名前と姿と味が一致しない食べものは色々とある筈だけれど、さういふ食べもの群で勝抜き戰をしたら、どんなに番狂はせがあつても、これが決勝戰に進出するのは疑ひの余地がない。さう云へばこれには様々のヴァリエイションがあるから、それだけでも撰手権が開けるかも知れないなあ。チョコレイトのチップが散りばめられてゐたり、カスタード・クリームが入つてゐたり、私は見たことはないが、餡入りのもあるさうだ。どれもこれも、名づけの元とまつたく繋つてゐないのが、何となくをかしい。こんな食べものが他にあるのか知ら。

 さう滅多に私は食べない。あまいものを積極的に求める習慣がないからだが、偶に何の弾みか慾しくなることがある。体が慾しがつてゐるのだから、逆らはうとは思はない。酒精と同じで体が慾しがる分まで我慢するのは寧ろ不健全な態度ではなからうか。尤もこれと酒精が同時に慾しくなるわけでなく、この場合は罐珈琲がよい。普段なら砂糖もミルクも要らないのだが、またしてもこの場合だと少々甘めの方が似合ふ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には異論もあるだらうが、かういふ話に、自分の好み以外の基準を設けるのは六づかしい。その度私は、あの果實に似てゐないなあと思ひ、またその味はしないけれど、中々うまいものだとも思ふ。

 さう、メロンパンの話。
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# by vaxpops | 2017-05-27 08:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

無念

 佛語の綴りは croquette 、蘭語綴りだと kroket になる。日本語を同じ伝で綴ると korokke ださうで、發音はクロケットまたはコロッケ。潰した馬鈴薯またはベシャメル・ソースに挽肉や玉葱や魚介を混ぜ、衣をつけて揚げた食べものと、大雑把には定義出來るらしい。我が邦で馬鈴薯が基本なのをコロッケ、ベシャメル・ソースを基本にするとクリーム・コロッケと呼び分けてゐるね。ただ日本流のコロッケには南瓜だの肉じやがだのと変種が数多くあるから、一概にどうかう云ふのは六づかしい。さう云へば『檀流クッキング』(檀一雄/中公文庫)には"大正コロッケ"といふ、おからと魚の擂り身で作るコロッケが紹介されてゐて、これが中々旨さうであつた。気になる方はご自身で一讀なさい。損はしないと請け負ふから。

 併しそのクロケット乃至コロッケがいつ頃、どの辺りで生れたのか、もうひとつ、はつきりしない。日本コロッケ協会といふ権威ありげな団体のサイトによると、"1872年 文献にはじめてクロケットが登場"…日本でいへば明治の4-5年にあたる…と記載があるが、肝心の文献が西洋のそれか、日本のものなのか、触れられてゐない。困るなあ、これでは。併し同じサイトの1887年のところに、注意書として"オランダには1909年にフランスからクロケットが伝來した記録が残つてゐる"とあるから、そこまで古い料理ではなささうである。因みにクロケットの來日は明治20年。西暦だと1887年らしいから、蘭人よりざつと20年前に我らがご先祖(の一部)はクロケットの味を知つたと考へられる。尤も庶民に持て囃されるまでに30年ほど掛かりはしたけれど。

 ものの本によると(かう書くと池波正太郎風になるね)、我が邦でコロッケが大流行したのは大正年間らしく、ビーフ・ステイク、とんかつと並んで"三大洋食"と称された中でも一ばん高級品だつたさうだ。おそらく種を用意する手間の分がそのまま、値段にはね返つたのだらう。上手下手を問はなければ肉を焼くのは原始的な手法だし、カットレットは天麩羅の技術が応用出來た。クロケットだつて天麩羅の応用と見られなくもないが、種に限ればさうとも云ひ難い。近いところを考へれば掻き揚げが浮ぶとして、いやそれは無理やりな感が強いか。我われのご先祖は甘薯を(ある程度)大事にした経験はあつても、馬鈴薯の料り方は詳しくなかつたらうし、まして乳を使つたソースなぞ、あることすら知らなかつた筈だもの。

 裏を返すと種を作る手法を把握すれば、後はフライの技術がものをいふだけになる。クロケットがコロッケになつたのはおそらくここからで、大正から昭和初期にかけてがその時期だつたのではあるまいか。これは傍証に『断腸亭日乗』(永井荷風/岩波文庫)の記述を挙げてもいい。具体的な献立には欠けるけれど、大正末年から昭和に掛かる頃、この小説家が足を運んだお店(中には怪しげな、けしからぬ場所もある)を見ると、洋食を供してゐたとおぼしき名前が散見される。キュイラッソオを一盞、小星と傾ける伊達者が洋食を食べなかつたと想像する方が寧ろ無理といふもの。かれが食しただらうクロケット或はコロッケは馬鈴薯型だつたか、ベシャメル式だつたか、さういふ記述が見られないのは残念である。

 荷風山人が銀座のカッフェーでけしからぬ素性の女と遊んだ頃から20年もしないうちに、ところが我が邦は戰争の途を撰んだ。阿房な眞似の出來たものだと後世の私には思へてならないが、この時期コロッケ…だけでなく、洋食全般は潰滅に等しい状態に陥つただらうことはほぼ確實でせう。お米も野菜も味噌も醤油もお酒も配給で、コロッケも何もあつたものではない。明治に訪れ、大正に人びとを熱狂させたコロッケは、半世紀余りで一ぺん、駄目になつた。吉田健一は何度か、戰中戰後の食事が如何に貧相だつたかを記してゐて、大宰相の伜でもと意外を感じたが、あの首相は戰中、軍部に睨まれてゐたことを思ふと、不思議でもないか。吉田は英國に馴染みが深いひとだつたから、ベーコンやママレード、或はスモークト・サモンから引き離されて辛かつたらうな。

 併し今も洋食はあり、洋食屋は繁盛し、そしてコロッケは私を喜ばせる。コロッケの復活劇があつたからさうなるのだが、それがいつ頃から…"喰へればいい"から脱却出來て以降の筈…なのか、どうもよく判らない。ただ原型になるものは進駐軍がもたらしたと考へられるから、戰後間もない時期、特定の場所でささやかな回復が始まつたと見るのは誤りではない。昭和20年代の後半から、食べものの制限は順次解除されてゐて、餓ゑをしのげれば満足な時代も、この辺りから徐々に終焉を迎へたのかと思はれる。といふことは、昭和30年代過ぎからコロッケも本格的な復活に向つたのではなからうか。ちよいと洒落て、高級な洋食だつたコロッケが、ありふれたお惣菜に変化を遂げるのはこの間で、私にも我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも馴染み深いあの形とあの味は、實にナポリタン・スパゲッティと並ぶ近代洋食なんである。

 ナポリタン・スパゲッティについては後日に稿を改めるとして(詰り一ぺん、書いてみたい)、どんなコロッケが望ましいだらう。近代洋食の目で見るなら、馬鈴薯に挽肉と玉葱で仕立て、ウスター・ソースで平らげるのが基本中の基本かと思へる。フライものの揚げたては"何もつけない"のだと主張するひとがゐて、概してそれは正しいのだが、コロッケに限つては例外で、最初からソースを使ふのが宜しい。
 では遡つて大正の紳士淑女やモガ・モボを夢中にさせた原日本式コロッケはどうだつたのか知ら、と思ふのは人情の当然であつて、少し調べてみた。基本的には現代のそれと大きなちがひはなささうだが、『軍隊調理法』といふ本(明治43年發行/國立國会図書館のデジタル・アーカイヴで閲覧出來る)によると、今のコロッケより種はやはらかさうで、ソースに触れてゐないところから味つけも濃いめのやうだ。別のサイトを見ると、種に最初からドミグラス・ソースを混ぜ入れるといふ記述もあつて、可也りふはつとたした仕上りになるらしい。揚げるのがたいへんだらうなあ。併しかういふコロッケが鎮座し、トマトやセロリやレタス、シュリンプ・カクテルに彩られたお皿が登場することを思ふに、何とも云へない昂奮を感じて仕舞ふ。葡萄酒でも奢つて、荷風式のモダーンな気分を満喫したいところだが、私にはけしからぬ素性の小星がゐない。無念。
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# by vaxpops | 2017-05-25 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

簡便で旨いアレ

 気温が高くなつてくると食慾が失せるのは例年のとほりで、そろそろ素麺や冷し中華の類が主食になる。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に
「丸太だつたら麦酒もだらう」
と訊かれるかも知れないが、そつちは年中欠かさないし、麦酒をもつて食事にするのは流石に私でも六づかしい。

 ここで余談。尊敬する内田百閒曰く、麦酒は冬に呑む方が味が締つてうまいらしい。本当かどうか確かめたいと思ふ瞬間は年に何度かあつて、どうやれば比較出來るのか。丸太程度の舌なら、そこそこ丁寧に注がれてゐれば、夏も冬もなく旨く感じるから、気にしなくてもかまひやしないだらう。余談ここまで。

 併し冷たい麺を啜りたければ、その前に茹でねばならない。面倒である。水で締めもせねばならず、矢張り面倒である。そんなくらゐ、面倒でも何でもないと感じるの方が寧ろ当然で、詰り不精者なのです、私は。水と独り身は低きに流れる。それで最近はもつぱら、豆腐に登場を願ふ機会が増えてきてゐる。かういふ書き方は豆腐に不本意だらうと推察する。申し訳ない。

 申し訳なくは思ふけれど、あんなに簡便な(それで旨い)食べものも中々見当らない。青葱の小口切りと生姜と醤油で基本は大完成する。生姜の代りに茗荷もいい。削り節もいい。醤油でなくぽん酢や辣油でもまた宜しい。天かすをたつぷり乗せ、山葵を隠しためんつゆでやつつけるのも旨い(たぬき奴と呼ぶさうだね。最近知つた)し、大根おろしを奢るのもよい。この場合、他にも色みがないと些か寂しいか。或はセロリや大葉や胡瓜やキヤベツと一緒にサラド仕立て…ぽんで酢で十分うまいと思ふけれど、贅沢が許されるなら梅酢を使ひたい…にすれば、ちよつとしたおかずにもなる。火を使はずにこれだけ出來るんだから、こんなに嬉しい話はないやね。

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 火を我慢出來るくらゐの余裕があればささ身をうがいたのを加へるのも旨い。この場合、ささ身には棒々鶏のやうな濃いめの味噌を使ふのがよささうに思ふ。それだけだとしつこいと思はれる方は、柑橘の皮をひとへぎ、添へれば、口当りがさはやかになるのではないか知ら。
 温奴といふのもある。温奴は豆腐をゆるく温め、同じく温かいたれと紅葉おろしと刻み葱に針生姜を添へてやつつける。湯豆腐のやうに熱くしないのがどうもこつらしく、温かいのからひんやりしたところまで、微妙に変化するのがよい。冷たいもの計りでお腹が冷えさうな時に恰好の食べ方だと思はれる。豆腐を熱く仕立てるなら、紅葉おろしでなく、大根おろしをたつぷり用意するのが好もしからうな。
 も少し手間を掛けてよければ、種なしの味噌汁を用意して、冷しておかう。心もちうすめにしておけば、宿酔ひの朝にまつたく嬉しいお椀になるが、やや濃いめに仕立てて、豆腐に青葱と茗荷と胡麻をあしらへば今度は肴になる。凝れるひとは宮崎や宇和島に倣つて冷や汁風にしてもいいでせう。あんなに夏向きの汁ものはなくつて、暑い季節には暑い地域の食べものを、といふのは世界に散在する数少ない眞實のひとつなんです。

 ところで我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ。それぞれのご家庭に旨い豆腐の食べ方がきつとあつて、貴女がきつとそれをにこにこしながら食べてゐるだらうと既に予測は出來てゐる。そこで私が何を申し上げたいかはご想像のとほりなので、ええ、その辺りをひとつ、宜しくお願ひしますよ。

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# by vaxpops | 2017-05-22 08:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)

久しぶり

 暫く機会に恵まれなかつたけれど、久しぶりに外で呑んだ。嬉しかつたので、今回はその話。

 呑んだのは麦酒を二はい。それからなだらかに冷や酒移行するといふ基本に忠實な流れ。焼酎や葡萄酒やハイボールが基本に忠實でないのかと云ふと、決してさうではないのだけれど、何をつまむかを考へれば、麦酒で喉を潤してからお酒を味はふのが最も安定する。
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 先づ食べたのは玉子焼き。
 見てのとほりしらすが乗せられ、大根おろしが添へられてゐて、中々宜しかつた。厚焼き玉子に大根おろしの組合せをたれが思ひついたのか。天才的な發想ではありませんか。
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 それから鯵の天麩羅。
 ぽん酢と大根おろし。ひつこいのかさつぱりなのか、はつきりしないのがいい。些か少なさうに思へさうだが、何しろたつた百八十円だもの。文句を云ふ筋ぢやあない。
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 更に合鴨のロース。
 山葵醤油でやつつける。これを後半に持つてきたのは正解だつた。獸肉にしては割りと淡泊で、併し食べてゐる感はしつかりある。ささ身の梅肉和へと並んでお酒に適ふ肉かと思へる。

 鱈腹喰つて、勿論呑みもして、酒席は矢張りかうでなくちやあいけない。まつたくのところ、満足をしたのだが、その分だけきつちり宿酔ひになつた。何と云ふか、一種の不条理ではないかとも思はれるのだが、たれかお酒と宿酔ひについて、哲學的な考察をしてゐないものだらうか。
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# by vaxpops | 2017-05-20 20:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

明治めし

 日本人の文化的な意識の規範を遡ると室町の時代に辿り着くといふ説を目にした記憶があつて、確か司馬遼太郎だつたと思ふが、何しろ曖昧な記憶だからあてにはならない。そこは措くとして、ずいぶんと説得力に富んではゐる。今に残る建物や所作、或は藝能の根を探ると確かに室町人の姿が遠冩しに浮んできて、後を承けた織田豊臣徳川は300年余りをかけてそれを磨いてきたのかとも思へてくる。現代から見て最初のエポックだつたのではなからうか。わざわざ"最初の"と云ふくらゐだから、"次の"エポックがあるだらうとは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のすすどい推察を待つまでもない。

 ところで開國した我が邦が案外なほどスムースに西洋文明を受け容れ得たのは、その室町から江戸期いつぱいにかけて、流通を基盤にした経済圏が整へられたところに要因のひとつを挙げられないだらうか。ごく大雑把に云ふと、当時の日本は半獨立國の集まりと見立てられる。今で云へば欧州連合(あくまでも大把みの話ですよ)が近いと思はれる。詰り貿易があり、為替や相場があつた。米の代金が相場を作り、蝦夷地の密貿易で得た大陸の布切れが京大坂でいい商品になり、西のお酒や醤油が下り物として江戸で珍重されたやうな例は幾らでもあつて、これは非常に西洋的な(が大袈裟なら近代寸前の)光景である。殖産工業だの富国強兵だのといつた惹句は莫迦げてゐなければ痛切可憐なのだけれど、その惹句を掲げた我が邦が列強式の経済圏に(曲りなりにも)潜り込めたのは、室町江戸の長い準備期間があつたからだと考へても強ち無理とは云へないでせう。

 では(前近代的な)経済圏が出來てゐたといふのは何を意味、または暗示するのか。と疑問を抱くのは当然の人情で、私はそれを"生活圏の中では見られない品々"に馴れる契機になつた点ではないかと思つてゐる。どうやら世の中、隣近所では賣られてゐない(珍しい或はうまい)物があるらしいぞ。とは経済圏…流通網の確立と充實があつて感じられる筈で、その充實を地域で受け容れることで、緩やかな変化をもたらしただらう。詰り鎖國的と云ひながらも均質ではなく、更に異質が…質や量の多寡は問題ではない…流入し得た状態が300年續いたのが次のエポックに繋つたのかと思はれて、やつと話が今回の題名にも繋がる。

 "明治めし"といふのはこの稿だけの仮の造語だから、他で用ゐると恥をかく。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には注意して頂きたい。今の日本の食卓は遡れば明治の中ごろ以降に根があると思ふ。

明治27年 ウスターソース販賣(越後屋)
 ※日清戰争
明治32年 とんかつの原型誕生(煉瓦亭)
 ※東京大坂間に電話開通/現在の森永創業
明治36年 ケチャップの製造販賣(清水屋)
 ※藤村操自死/平民新聞創刊
明治38年 國産カレー粉の製造販賣(大和屋)
 ※旅順要塞陥落/日本海海戰

 コロッケは大正6年頃の大流行、マヨネィーズは大正14年發賣(キユーピー/当時は食品工業社)だから稍遅れてゐるが、ひと續きの流れと見て差支へはなからう。序でながら『西洋料理指南』『西洋料理通』と題された本が明治5年に刊行されてゐたから、その当時から(限られた階層ではあつたらうが)どうも西洋料理とかいふ食べものがあるらしいといふ噂…風聞はあつたのだらう。念の為に明治5年から27年にかけてを俯瞰すると、廃刀令があり、西南戰争があり、大久保利通が暗殺され、鹿鳴館の莫迦騒ぎ、大日本帝國憲法發布とまことに慌ただしい。前途多難といふか先行き不透明といふか。

 併し國事多難とは云へ、多難だつたのは未だ政府の豪いひとだけだつたとも推察出來て、日本人全体が惨烈な状況に巻き込まれるのは日露戰争からだらう。庶民が近代的な意味での國民になつた切つ掛けとも呼べるわけだが、かういふ話は私の手に余る。詳らかなところは近代史の研究家に任せるとして、その間、庶民乃至國民はしぶとく新しい食事を受け容れ續けた。前段で触れた経済圏と流通網による変化が予習になつたのだらう。更に単に受け容れただけでなく、それを自分たちの舌に適はす工夫も怠らなかつたことは特筆してよいと思ふ。
 コロッケやとんかつ、カレーライスにハヤシライス、オムレツに種々のフライ、煮込みの応用でもあつたらうシチュー(ごく初期の紹介は大正13年頃らしい)は無名の人びとの工夫…或は喰ひ意地の發露であつた。前時代には無かつた食べものを半世紀掛けて、現代のごく当り前に変化…昇華させた原点が"明治めし"で、これをエポックと呼ばない理由は見当らないでせう。我われはこの"明治めし"を生み出した先人にふかく謝意を示さねばならないだらう。そこで気になるのは具体的にどんなものだつたのだらうといふ点で、たとへばかういふ記述がある。

「葱1茎、生姜半箇、蒜少計を細末にして牛酪大1匙を以て煎り水1合5勺を加へ、鶏、海老、鯛、牡蠣、赤蛙等のものを入て能く煮、後カレーの粉1匙を入煮る。熟したるとき塩に加へ又小粉大匙2水にて解きて入るべし」

 前述の『西洋料理指南』に書かれてゐるカレーの作り方(表記はこの稿にあはせて変更してゐる)で、鯛や牡蠣は兎も角、赤蛙を用ゐるのには少々驚いた。まさか全部を一ぺんに入れるわけではなからうな。中國料理では蛙を田鶏と称するから、鶏肉が手に入らない時の代用だつたのか知ら。牛酪は今で云ふバタ。上の手順を現代文風に訳すと

①細かく刻んだ葱と生姜と大蒜をバタ(大匙1)で炒める。
②そこに水270ミリリットルを加へ、鶏や海老、鯛、牡蠣、赤蛙なぞを入れてよく煮る。
③カレー粉1匙を加へる。
④煮えたら塩、それから小麦粉(大匙2)を水で溶いて入れる。

となつて、中々旨さうである。文明開化のごく浅い時期にこれだけの指南書が書けたのだから(實際葱を玉葱にすれば現在のカレーと殆ど同じくらゐに思はれる)、大したものではないか。当時の手順に忠實な"明治めし"…カリーだけでなくクロッケットやカットレットも…を用意するお店があれば、是非にも通つてみたいものだ。平らげるだけ平らげて、我われは室町人や明治人のやうなエポックを作れるのだらうかと、がつくりする心配があるのだけれど。
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# by vaxpops | 2017-05-16 17:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)