いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

横たはる

月が眠る。
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といふのが大嘘なのは我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にとつて自明の筈で、瓦斯コンロの火なのでありますよ、これは。

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# by vaxpops | 2017-03-04 08:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

虚々實々の下田行⑥

 予定といふ熟語は予メ定ムの意である。

 対して未定は未ダ定マラズの意である。

 詰り俗に云ふ"予定ハ未定"は矛盾してゐる。だからいけないと鼻息を荒くする積りはない。一体に言葉遣ひは保守的過ぎるくらゐで丁度よいのだが、洒落にまで…出來は宜しくないけれど…目くぢらを立てる必要もありますまい。

 併し實際問題として、予メ定メタ筈の諸々が激変することも、世の中にはあるわけで、詰り下田行が下田行だけではなくなつて仕舞つた。頴娃君には困つたものだが、焚きつけたのは私だから、私もまた困つたものなんである。かう書いたつて何のことか判らないでせう。ちやんと説明するので、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、ご安心あれ。

 ニューナンブでは宿泊を含めた遊びを"スーパーどんたく"と呼称してゐる。普段の酒席はスーパーがつかない"どんたく"で、覚えなくても人生で損をする心配はありません。
 その"スーパーどんたく"は一泊が基本。十一月の甲州方面行は例外扱ひで、この三年ほどは二泊を採用してゐる。リアルタイム更新を漠然と覚えてゐる方も、をられるだらう。あれは中々面倒な上、スマートフォンのバッテリとの睨めつこにもなるし、画像の保存容量も厳しい事情もある。そろそろ打止めていいかと思つてゐるのだが如何ですかね。
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 [いんちきばさら]の話ではなかつた。さう、困つたものの経緯。
 如月の十七日は金曜日で、[御苗場2017]の詰めでもあつた。頴娃君共々最終的な買ひ物を済ませてから、新宿は歌舞伎町近くの某居酒屋で呑んだのだ。その時に普段から持ち歩いてゐるコンパクト・デジタルカメラを忘れて仕舞つた。それは週明けに戻つたのだが、その前に頴娃君から連絡があつて、曰く

 「三月十九日、手配が出來た」

といふのである。何を云つてゐるのか、判りますか。私はさつぱり判らなかつた。忘れ物を受け取らなくてはいけない気持ちが強かつたのもあり、またぞろ何やら進めたかと考へたといふのが正直なところ。ところでカメラを無事に取り戻した時に、待てよと思つた。
 金曜日に遡つて更に思ひ出すと、確か下田行を二泊にするのはどうだらうと話が出た筈だ。それでどうなつたか知ら。がらくた箱になつてゐる記憶を引つ繰り返したら、あ、と聲が出さうになつた。頴娃君の勤め先は立派な会社だから、保養所を持つてゐる。その中のひとつが熱海にあつて

 「そんなら下田で一泊してから、熱海に足を運ぶのは、どうだい」

うむ、云つたね、確かに。
確かに、云つたよ、私が。

 すつかり(またはすつぽり)記憶から抜け落ちてゐた。忘れ物がなかつたらきつと、頴娃君を詰問したところで、まつたく危ふいところだつた。その後の二月二十二日は水曜日で、[御苗場2017]の搬入日だつた。会場から関内驛へ帰る途中、ふと目に留つた呑み屋があつて
「これは、貴君」
「期待出來さうな匂ひがするね」
と暖簾をくぐつたら、果して正解だつた。女将さんに愛嬌があつて、肴も實に宜しい。麦酒がスーパードライなのは感心しなかつたが、順正といふうまい銘のお酒があるから、なだらかに移れると考へれば問題にはならない。その順正で〆鯖をつまみながら私は自分の勘違ひを謝した。あやふく詰問しかねなかつたと云ふと、頴娃君は大笑して
「すりやあ、ひどい目に遭ふところだつた」

 さういふ経緯があつたから、我われが乗る特別急行列車は、小田原驛發の踊り子號と下田驛發の(スーパービュー)踊り子號への変更が施され、その結果、この"虚々實々の下田行"といふ題は正確さを欠くことになつた。併し今さらたとへば"虚々實々の下田と熱海"に変更するわけにもゆかないでせう。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には寛容をもつておつきあひを願ふ。
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# by vaxpops | 2017-03-03 07:00 | 企画万巻 | Trackback | Comments(0)

たとへば夜の

 カメラ任せで寫真を撮ると、時々勝手に高感度で動作することがある。
 さうしたらざらつと仕上がることになつて、まあ当り前の結果ですね。

 そのざらつとは決してきらひでなく、優秀な現代のデジタルカメラだと、さういふ結果には中々なりにくい。
 寫眞が滑らかに、シャープに出來上るのが望ましいのは改めて云ふまでもなく、だからさうなりにくいのを喜ばしく思ふのもその点からすると尤もな気持ちであらう。併したとへば夜の町…エロチックな意味に取つてはいけませんよ…を寫すとして、粗くざらついた感じが寧ろしつくりする場合もあるもので、あのちがひはどこに由來するのか知ら。

 まあ私の好みの話でもあるから、信憑性には欠けるけれども。
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 序でながらこの画像は、晝間の一枚である。

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# by vaxpops | 2017-03-02 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)
 二月は逃げた…丸太花道賞である。

 何故かと云へば散々お知らせした[御苗場2017 横濱]があつたからで、慌ただしいといふより、落ち着かない時間だつたと今になつては思はれる。
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 さういふ事情があるから、今回は一気に發表。

・[御苗場2017 横濱]にお越しくだすつたすべての方々。
・横濱関内の某居酒屋での肴と客あしらひ。

 に丸太花道賞を進呈する。
 そして今月は年度末、[虚々實々の下田行]の月でもある。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、弥生も懲りずに、ご贔屓を賜はりたく、御願ひ奉る。

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# by vaxpops | 2017-03-01 10:15 | 丸太花道賞 | Trackback | Comments(0)

つん

 春の聲が近づいた候に酢味噌和へを見かけると註文せざるを得ない。ことに菜の花と酢味噌は出会ひもので、まつたくあのほろ苦さは嬉しいものではありませんか。
 ただ肝腎の酢味噌で首を傾げさせられることが少なくなく、ちよつとがつかりする時もある。この辺りはもう好みになるのだが、こんな時に好み以外の基準を設けても話が進まない。

 何故首を傾げるといへば、甘みがきつく感ぜられるからで、砂糖だか味醂だかが多いのだらう。味噌の舌触りに酸味と芥子が渾然となつてゐるのが酢味噌の嬉しさだと私は思つてゐるのだが、かういふ好みは古めかしいのか知ら。尤も古めかしい酢味噌は絶滅したわけでなく、偶然に頼る面が大きいとは云へ、画像のやうな酢味噌和へを出して呉れるお店もあるもので、その偶然がかへつてうまさを際立たせる。
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 こごみと独活。
 芥子の利かせ方がまつたく絶妙で、香りと辛みがつんと鼻を抜けるのを、こめかみを押さへながら味はひ、冷酒をふくむと、春の幸せもきはまつた気分になれる。
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# by vaxpops | 2017-02-28 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

祭の終り

 2月26日の17時をもつて、[御苗場2017]は閉幕した。ご來場くだすつた諸嬢諸氏には厚く御礼申し上げる。

 3フロアにまたがる巨大な展示群の中で、ひとまづ目をとめてもらはうとする目論見は失敗ではなかつた、と思はれる。但し諸々を詰め切れなかつたのもまた事實で、惡く云へば中途半端。甘く云つても"意余つて力足らず"だつた。

 この反省を次回に、と眞面目な寫眞愛好者なら考へるだらうし、その態度は正しくまた好もしくもある。併し私は不眞面目な寫眞愛好者で、寫眞は自分の表藝ではないことも知つてゐる。今後暫くは、展に関はることはないだらう。

 他の出展寫眞については触れない。私の能力に余るし、大体数が多すぎる。そして出展者でなく來場者としてみると、きつとそれぞれにあつた筈の狙ひが何となく判つたものと、さうでなかつた展示があつたのは確かである。

 寫眞が寫眞だけでなく、展示の手法に左右されるのは当り前の話ではあるのだが、その具合は實際に出してみないと掴みにくい部分がある。狙ひを察せしめた展示は、その掴み方が巧かつたのか知ら。数をこなして解ることなのだらうな。

 "マスケティアズ"名義の活動は、これでひとつの区切りとなる。それに伴つて"ポルトス"丸太も眠る。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、改めて厚い御礼と共に、心からのご挨拶を申し上げる。
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# by vaxpops | 2017-02-27 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(6)

 "掌を返す"といふ言葉には厭な響きがある。我が儘にエゴイズム、或は裏切りや変節に繋がるやうな語感。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、さういふ態度はお互ひに避けねばなりません。併し私には割りとその掌を平気でくるくる返す癖があるのも事實で、変節漢の謗りを正面きつて受けてゐないのを不思議に思ふ時もある。人柄ゆゑでないのは明らかだから、色々騙されてゐるのだらう。意図してゐるわけではないから、変節漢は甘受しても詐欺師とは呼ばないで頂きたい。

 何故かういふ書き出しになつたかと云ふと、[空腹に唐揚げ]で鶏の唐揚げを絶讚した殆ど直後にそれを引つ繰り返すのが今回だからで、矢張り獸肉は牛がうまい。鋤焼きやしやぶしやぶといつた薄切りでは駄目で、ある程度の分厚さを持つた、出來れば塊に近い方が好ましい。脂はあつていいとして、さしの入りすぎたのにはそそられない。鮪でもさうだが、近年の我が邦では脂信仰が甚だしくつて、本來ならひと切れかふた切れあれば十分なのに、ああまで有り難がる背景には、どんな事情があるのか知ら。
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 牛肉を存分に味はふなら、矢張りステイクやロースト・ビーフが嬉しいと思ふ。かういふ料理なら英國人が最も巧妙なのではなからうか。佛國人は海峡を挟んだあの島國人をビーフ・イーターと揶揄つたさうで、それを受けた英國人はビーフ・イーター協会(だつたか)を設立したさうで、ここはどちらの立場で笑へばいいんだらう。どう転んでも一方から捲し立てられるにちがひない。間を取つてザワー・ブラーデンにしたら、両方から文句を云はれさうだし、國際関係はややこしいよ。

 なので島國と大陸や國際関係には目を瞑ることにして、ステイクまたはロースト・ビーフについて閑文字を續けるとする。閑文字だから我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の役に立たないのは受け合つてもいい。何故かと云へばこれもご承知のとほり、丸太は莫迦つ舌の持ち主だからで、たれです、煙草を控へなさいと呟くのは。尊敬する丸谷才一先生も喫煙家(愛煙家だつたかどうかは疑はしい)だつたが、『食通知つたかぶり』といふ實に面白い本を書いてをられる。

 えーと、話が逸れさうですね。牛肉…ステイクまたはロースト・ビーフの話。

 火を通すのは塩味と並ぶ、人類最古の調理で調味だと思はれる。寄生虫や菌を殺すことで衛生が期待されるし、消化がよくもなる。生では食べられないものがこれで、我われのご先祖の食卓に並べられるようになつた。しかもかうすると生のままより格段に旨くもなる。人類の偉大な第一歩は月面への着陸の前に、火を使つた調理にちがひない。アームストロング船長は悔しがるだらうが、事實は事實だからやむ事を得ない上、二歩目だつて不名誉な話と呼べないし。

 ステイクで塩胡椒といへば何となく通人が連想される。"肉本來のうまさをどうかう"と云ひ出したら終りだけれど。グレイヴィに葡萄酒を加へ、味を調へながら煮詰めたのもいい。この場合はパンを忘れずに添へたい。お皿を綺麗に拭ふのは欠かすわけにはゆかない礼儀ですよ、礼儀。ソースを平らげるのも愉しみとすれば、いや實際愉しみであるのだが、ロースト・ビーフも同じでせう。檀一雄はロースト・ビーフとスモウクト・サモンが英國式料理のお気に入りらしく、何度となく絶讚してゐたのを思ひ出した。きつとかれはパン(もしかして馬鈴薯だつたらうか)をソースに浸すのを無上の悦びとしたにちがひない。

 そこで上等…といふのは高額の意でなく、好みに適ふ牛肉を食べるにはどうすればいいかと疑問が湧いてくる。もうこれは自分で何とかするのが最良ではなからうか。前述のとほり、私は脂を重視しないから、赤身でよい。それをバタで。塩と胡椒は控へ目が宜しからうか。
 以前はレヤーな仕上りを歓んだものだが、今はさうでもなくて、ミデアムの方が安心出來る。妙に凝つたソースは用意が六づかしいし、気が取られかねないから要らない。大蒜の香りと醤油の風味は慾しいかな。最初からお箸かホークで食べられる程度に切り分けておかう。味が濃い時の為に大根おろしを用意したく思ふが、さうなると牛肉に不可欠の馬鈴薯が似合はなくなるだらうか、些か心配である。

 後はちよつと気張つた赤葡萄酒でもあれば万々歳だが、その辺は財布と相談するしませう。人類最古の調理に人類の叡智の醗酵の組合せは、肉を味はふのに絶好と云ふべきで、鶏の唐揚げからまた豪胆な掌返しをしたなあ、と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には呆れられるか知ら。併し掌は何べん引つ繰り返したつて、掌なんである。
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# by vaxpops | 2017-02-26 09:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

指示代名詞

 散らかして、撮つて。
 少し計り、加工して。

 これだけのことで、何となく思はせぶりでそれつぽくなるから、寫眞…画像といふのは不思議なものではありませんか。
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 もつと不思議なのは、それつぽいの"それ"が何を指してゐるのか、さつぱり解らないことで、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、これは一種の詐欺と考へる方が宜しからう。
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# by vaxpops | 2017-02-25 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行⑤

 世の中には驛辮といふものがある。驛(の)辮当または驛賣辮当の略だと思はれるのだが、ここは驛辮でなくちやあ、しまらない。率直なところえらく割高だし、抜群にうまいかと云へばさうでもないのだけれど、特別急行列車に乗る以上、欠かすわけにはゆかない。それにうまいかと云へばさうでもないのは、特別急行列車に乗らないで喰ふ時の話で、そんな莫迦げた眞似をするひとは、さうさうゐないでせう。裏を返せば正しい状況…即ち特別急行列車の乗客となる場合の驛辮はまつたく樂しみだしうまいもので、驛辮を用意しない撰択は有り得ない。
 驛辮には名物と呼ばれるものとさうでないのがあつて、どちらかといへば私は後者を好む。名物驛辮は確かにうまいのだが、知る限り一点を豪華にする傾向(たとへば米澤牛)があつて、花やかさに欠けるきらひがある。驛辮はお辮当ではあると同時に麦酒のつまみにもするのだから、これではちつと困つて仕舞ふ。近所のお辮当屋で買ふなら食事とひとつと考へて済むが、驛辮のややこしさ肴の兼用が要求される点で、さうすると好もしく思へるのは幕の内辮当ではないか。かういふ話を随分以前にも書いた気がするが、仮にさうだつたとしても随分以前なのだから、もごもご誤魔化せばよいか。

 世界の鐵道でどんな種類の驛辮があるのか、私は知らない。ただ漠然と想像するに我が邦の幕の内辮当のやうに賑々しいお辮当は少ないのではないかと思ふ。美食と云へば佛國と中華が浮ぶけれど、かれらが食卓のお皿には熱情を注ぐのは容易に理解出來るとして、鐵道のお辮当に同じ熱を持つとは考へ辛い。パンに何かのペースト、ハムとチーズや、鶏肉とナッツを炒めたのに燻製か塩漬け、まあ精々がそのくらゐで、まづくはなくても羨ましくもない、そんな感じがされる。實物を食べたら、丸でちがふ意見になるかも知れない。
 併し我が邦のお辮当に対する情熱は大したものと云ふべきで、その辺で買へる何百円かのそれでもそれなりにおかずが用意されてゐるし、盛りつけだつて一応は気が配られてもゐる。その気の遣ひ方は、實に盆栽のやうな印象を禁じ得ず、美的な方向の終着点と思へる場所に着地したのが松花堂。桃山趣味…身も蓋もなく云へば寄席趣味に行き着いたのが幕の内辮当ではないかと思はれて、やうやく話が戻つてきた。長い道のりだなあ。

 ところでその幕の内辮当はまことに奇妙に思はれる。和食と呼べないのはまあ妥当として、日本食かと云へばしつくりしない。中華や佛國式でないのは当然だから、矢張り日本食の範疇に入れざるを得ないのだらうが、では日本食のどこに入れるのが適切か知ら。こんなことで頭を悩ませるのは閑な證なのはよく承知してゐても、気になるのだから仕方がない。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には眞似してもらひたくないね、かういふ姿勢は。
 生物學の分類で、一属一種(用語としては不正確ですよ、念の為)といふのを思ひ出した。ある分類に属するのが特定の一種だけの例は幾つかあるのだが、絶滅した生物だと他に分類出來ないから(新たに)ひとつを割り当る場合もあるさうで、何となく凄むを感じる。さういふ分類の考へを食べものに緩用すれば、眞つ先に獨立したカテゴライズをされさうな代表としてカレー饂飩が浮んでくる。あの非常に特殊な麺料理はカレー饂飩といふ獨立した一門を作らなければ日本食の中に位置づけるのが困難で、この点は稿を改めて無駄に熱く書かうと思つてゐるが、我らが幕の内辮当もカレー饂飩同様に獨立の一門を用意するのが望ましいのではなからうか。

 ごはん。

 胡麻塩。

 櫻でんぶ。

 鶏そぼろ。

 かりかりの小梅。

 鰤の照焼き。

 玉子焼き。

 椎茸と人参を炊いたの。

 金平牛蒡。

 コロッケ。

 ハンバーグ。

 海老フライ。

 白身魚のフライ。

 ナポリタン・スパゲッティ。

 ポテトサラド。

 焼賣。

 肉團子。

 春雨の中華風ドレッシング和へ。

 書き出した種々は思ひつくままなのだが、これらがちんまりと、併し賑々しく勢揃ひするのは幕の内辮当くらゐで、これが当り前の日本食なら、も少し全体の均衡を調整するにちがひない。かういふカーニバル的な食べものを從來の範疇に収めるのが無理のある話で、日本食属の中にカレー饂飩目と並べて幕の内辮当目を用意するのがよからうとする私の主張は、さうさう無理のあるものではないでせう。

 幕の内辮当がカーニバル的とすれば、それを味はふのは矢張り、カーニバル的を場所が好もしいとするは当然の帰結と云ふべきで、やつと特別急行列車が登場する。特別急行列車を旅行の手段ととらへるのは誤りではないにしても理解としては単純に過ぎて、ここは"毎日(日常、或はケ)からさうではない場所(非日常、或はハレ)を繋ぐもの"と考へたく、ハレはカーニバルとほぼ同義と受け取つて差支えへはない。カーニバルには酒精と食事を欠かしてはならず、それは非日常…ハレへの供物と位置づけられる。ハレへの供物なのだからそれは花やかでなくてはならぬ。何やら循環論法みたいになつてきたが、ハレ…花やか…賑々しさを象徴させるのに、幕の内ほど似合ひのお辮当はなささうに思はれる。

 そこでここからが本題。
 何しろ"虚々實々の下田行"なのだから、そこを避けるわけにはゆかぬ。
 下田…伊豆急下田驛を目指すのは小田原から乗車する特別急行列車の"踊り子"號で、大体一時間半から二時間くらゐ掛かる。この一時間半乃至二時間が詰り、ハレへの通り道となる。もつと云へば小田原驛はハレの入口と位置づけられる場所となるから、ここでどんなお辮当を買ふかはきはめて重要な課題になるだらうとは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも十二分にご想像頂けるにちがひない。

 上を見ると、(情報自体は新しくないけれど)賣店は入れない場所も含めて驛の規模に似合ふくらゐの数があると気づかされる。考へると小田原驛は東海道本線だけでなく、東海道新幹線に小田急小田原線、箱根登山鐵道、伊豆箱根鐵道大雄山線にあるのだから、賣店が少ないのは寧ろをかしい。上のリンク先を更に見ると、どうやら幅を利かしてゐるのは[東華軒]らしいことが判つて、ではどんな辮当があるのか知らと確かめてみる。

 中々ヴァラエティに富んでゐるなあ。但しクラッシックな幕の内辮当が慾しければ、[崎陽軒]といふことになる…ここで役に立たない知識を披露すると、"崎陽"は長崎の異称。日本風に変化した中華料理は横濱でも神戸でもなく、長崎に源流があるのだね…が、[崎陽軒]は横濱スタヂアムでベイスターズを応援しながら食べるのが一ばん旨さうで、但し野球場は一種のハレだから、特別急行列車同様、似合ふ可能性は高く、ここは悩ましい。

尤もやああれが旨さうだ、いやこれも捨て難いぞと賣店をうろうろするのもハレの樂しみである。従つて当日の天候やお腹の具合、予想外のお辮当に気を惹かれての気分の変化で、おもむろにこれと決めるのが正しくまたあらほましいのは云ふまでもなく、今から目星をつけておかうとするのは、カーニバルの礼儀に反する態度であらう。

 さういふことは十分に理解してゐるのだが、何せ小田原驛での乗り替へ時間は限られてゐる。せめて大まかな方向くらゐは決めておかないと、手ぶらで"踊り子"號に駆け込む破目になりかねない。

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# by vaxpops | 2017-02-24 07:00 | 企画万巻 | Trackback | Comments(2)

完了

 詰り懸案の、そして今日から始まる[御苗場vol.20横浜]である。
 無事(或は半ば無理やり)に準備は終つた…褒めて呉れ玉へ、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏。
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 頴娃君と丸太がどんな寫眞を出すかは兎も角、搬入の後で素敵なお店が見つかつた。お店の名前を出すのは控へるが、客あしらひが巧くて、つまみも合格点を差上げて支障のない出來だつた。
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 画像はその中から、菜の花のお浸しと馬刺。
 菜の花はも少し辛子の効かせ方に工夫が慾しかつたかとも思ふが、それは贅沢な望みか。
 画像では上げないが、鶏の唐揚げに〆鯖、(私の大好物であるところの)鯖の文化干しも好感を持つに足る出來であつた。唯一で最大の問題はロケイションの惡さで、これはもう、2017年のニューナンブは横濱スタヂアムでベイスターズを応援しなくちやあなるまい。

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# by vaxpops | 2017-02-23 08:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

空腹に唐揚げ

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 空腹を感じる。
 居酒屋に入る。

 さういふ時、一ばん好もしく思はれるのは、鶏の唐揚げではなからうか。空腹だつたら、かつ丼を食べればいいぢやあないか、と異論も出るだらうが、またかつ丼を喰ふのは實に魅力的な異論でもあるのだが、こちらは麦酒も呑みたいので、残念ながら全面的に受け入れるのは六づかしい。

 そんなら牛肉や羊肉もあるし、ちよいと凝つたところなら櫻に牡丹もある。それではいけないのかと畳み掛けられたら、それでいけなくはないけれども、空腹に大切なのは素早さで、鶏の唐揚げはその点でも優位ではないか知らと疑問を呈することになる。生眞面目に考へる話ではないか。

 少し冷静になると、鶏の唐揚げはかつ丼や焼肉やジンギスカン鍋や櫻刺や牡丹鍋に比べ、"外れを引く確率"が低いのではないか。意地の惡い見方をすれば大当りの率に期待出來ないことにもならうが、何しろ空腹なのだからお店や献立を丁寧に撰ぶ余裕は持ちかねる。さうなると馴染んだ、或は最寄りの居酒屋に飛び込んで

「麦酒と鶏の唐揚げ」

と兎に角慌てて云はざるを得ない。感心しない態度ではあるけれど、兎に角慌てて註文せざるを得ないくらゐの空腹に、鶏の唐揚げほど似つかはしい一品はさう見当らなささうにも思はれる。揚げたてにかぶりつき、檸檬塩、醤油と進めれば冷めてもうまいもので、麦酒二杯にちようどよい。

 さてこれから、鶏の唐揚げでちよいと、引つ掛けるとしませうかね。
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# by vaxpops | 2017-02-22 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

遊星から來た

 某日、某所の某居酒屋での某物体。

 かうして画像にすると、何だか気味惡く感ぜられなくもないが、冷酒に適ふうまい肴だつた。
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 詰り、なめろう。

 たたきの一種といふより、タルタル・ステイクの魚版と呼びたくなる漁師料理で、余りに旨くつて、皿を舐め取りたくなつて仕舞ふのが名前の由来だとか。

 お行儀は守らなくてはならないから、流石に舐め取るには到らなかつたが、気持ちはまつたくよく解る。

 画にした途端、遊星から來た奇怪な物体にしか見えなくなるのが難点だけれど。

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# by vaxpops | 2017-02-21 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

最終回

 念の為に云ふと、[いんちきばさら]の終りではない。まあ仮にさうだつたとして、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は惜しんで呉れるか知らと想像したら、些か自信が持てなくなつた。この話を前置きに撰んだのは失敗だなあ。
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 ところで御苗場vol.20横浜がいつの間にやら近づいてゐて、次の水曜日がなんと搬入である。
 下記でも宣伝してゐるが、ここはひつこく、言葉を重ねておきたい。


■Musketeers、推シテ参ル!■
 ●御苗場vol.20横浜
 ●開催日程:2017年2月23日(木)~26日(日)10:00~18:00(最終日17:00まで)
 ●会場:BankART Studio NYK
 ●〒231-0002 横浜市中区海岸通3-9
 ●詳しくは ⇒ こちら (CP+会場からシャトルバスの運行があります)

 "Musketeers"からは、Anzy/頴娃久音君と私/丸太が3階のブース№258に出展します。
 また頴娃君は個人としてブース№228にも出展。
 25日(土)と26日(日)は頴娃君丸太とも会場にゐる予定です。

 御用とお急ぎでない方は勿論、さうでない方は万障お繰り合せの上、賑々しくお集まり下さります様、隅から隅まで、ずず、ずいーツと、御願ひ奉りまする。

 といふ次第で寫眞の撰定は無事にひと段落。
 そしてシリーズ"没!"も今回をもつて最終回とさして頂く。

 果して丸太はシリーズ"没!"以上の寫眞を用意出來るのか。

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# by vaxpops | 2017-02-20 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

背中

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 ふと撮つて、後から見て、惡くないと思つた背中。
 齢を経るのは、悠然を身につけることでもあるか。

 尤も御苗場vol.20横浜への出展は躊躇はれて、詰りこれは"没4!"でもある。

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# by vaxpops | 2017-02-19 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行④

 下田行きの概要は決つた。併しその前にニューナンブは大イヴェントがある。"推して参る"で宣伝を始めた、[御苗場20 横濱]への出展である。マスケティアズ名義での参加で、これを記してゐる時点では詰めの段階…即ちあたふたしてゐる。
 そしてあたふたすると何故だか後にまはせることに気が取られるもので、人間の心理はまつたく不思議なものだなあ。
 その[御苗場20 横濱]は、私にとつて2016年末の[展示バカ2016]に續いての寫眞展参加で、かういふ行動はここでひと区切りになる。マスケティアズが年度末までの期間限定活動なのにあはせる形か。自分の中での位置づけが変つてきたのがその事情。矢張り丸太の表藝は文章なのです。

 勿論寫眞への熱が冷めたわけではないから、下田でも撮る積りでゐる。エキサイトのウェブログで下田にお住ひの方がゐて、技術的な点はさておき…これは批評ではなく、こちらに論ずるだけのちからがないといふ意味…、非常に快い寫眞を撮つてをられる。もしかすると頴娃君に下田を推した理由のひとつがそれなのかも知れない。
 それで寫眞を撮らうとする以上、カメラを持ち出さねばならず、ここで多少の懊悩を感じて仕舞ふ。頴娃君はニューナンブにおけるフヰルム党プリント派の重鎮である。それ自体はどうかう云ふ筋ではないとして(当然のことだ)、こちらは既にデジタル党記録出來れば宜しい派へと移籍してゐるので悩ましい。摺合せの余地はあるとして、仮にフヰルムカメラを持ち出すとしたらどうすればよいだらう。今回の下田行は(私の場合)寫眞が主ではないので、出來る限り樂をしたい。

 となると自動制禦のカメラが望ましく、手持ちの中では、キヤノンEOS100、リコーR1s、オリンパスμが相当する。但し後二者は旧式のコンパクト・カメラだから、トラブルがあつた時に気づけない不安がある。何を莫迦なと思はないでもらひたい。何年か前の甲州行きでμを持ち出した時に自動焦点が正常に動作しなかつた苦い経験があるから、どうにも信用し難いのだ。EOS100には安心感はあつても、樂をしたい点から云へば些か大きすぎ、また重すぎる。
 自動制禦の度合ひは落ちるが、リコーXR-7Mk2もあつた。絞り優先の自動露光に限られるのはちと面倒として、我慢出來る範疇ではある。それに28ミリ50ミリのレンズがあるから、改めて何がしかの用意する必要がないもの利点だらうか。但し時々ミラーが戻らない持病があるから、矢張り持ち出すのには躊躇ひを感じて仕舞ふ。我ながらしよぼくれた機材しか持つてゐないなあ。

 かう考へると撰択肢は手持ちで何とかする、持ち出さない、新しく手配するかのどれかになつて、前二者は兎も角、手配するとしたらどうすればいいだらう。
 あくまでも"樂をする"のが目的だし、フヰルムからもプリントからも隠居する立場から考へると、銀塩カメラ再末期の自動制禦式機種になる。
 眞つ先に落ちるのが(残念ながら)ニコン。F60やU、U2はきらひなスタイリングではないのだが、如何せんレンズが割高に過ぎる。サードパーティ製なら例外になるだらうと思へても、ニコンはライカと並んで、"純正"の誘惑がきついからなあ。
 EOS100があるのだから、キヤノンは有力ではないかといふ見方は間違ひではない。使ひ方に馴れてゐるし、Kisslll辺りの世代なら随分廉価にも済む。馴れた分だけ面白みに欠けるといふ我が儘な気分は拭へないとして。
 手持ちのレンズを考慮すればペンタックスも候補になる。MZは迷走した一部の機種を除くと決して惡いものでなく、MZ-Mといふ変態(誉め言葉)カメラは侮れない。但しKマウントは意外と取りつけに制限があるから用心の必要がある。
 殆ど使つた経験がない点でミノルタも忘れてはなるまい。あすこも随分と迷走したが、α303とか同sweet(II)、同70といつたところは無理なく纏めた(さうしか出來なかつた)感じがする。レンズも手配しなくてはならないのが難点か。
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 まあニコンがやや割引とは云へ、銀塩カメラのそれも電気で制禦する機種はどれもお小遣ひで買へる程度だから、気に病む必要はないと考へられる。併し廉価で済ます、済むのだから、十分な検討をしたいとするのも考へ方のひとつで、私は後者を採りたい。"十分な検討"自体、遊びになるではありませんか。
 今の時点で"仮に手配する"としたら、おそらくペンタックスのMZからとなる可能性が高い。上ではMZ-Mを挙げたが、同5、同3、同7及び同Lも含めていい。これらは全自動でありながら、どうやら手持ちのペンタックスMレンズが使へさうのが宜しい。詰りレンズを追加で買はなくても、それなりに樂が出來る。サードパーティ製の28-80ミリ或は28-105ミリ級のレンズを追加すれば、大抵の被寫体は何とかなるし、手元の機材との整合性を崩さずにもすむ。尤も下田に銀塩式カメラを持ち出すかどうか、決めかねてゐる現時点で、これは机上の遊び以上にはならないのだけれども。
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# by vaxpops | 2017-02-18 08:30 | 企画万巻 | Trackback | Comments(0)

何しろ自分で食べるだけ

 最近になつてやつと気がついた。廉な即席味噌汁(粉末ではない方のやつ)は煮物にも使へる。いや我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、笑はれてはこまるので、ああいふのは出汁も入つてゐるから、独居老人(近似値)には實に便利なんである。
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 小鍋でちよいとどろつとしてゐるかな、と思へるくらゐに溶く。味つけは醤油と生姜で辛さがきつく感じられる程度に調へて緩い火で温める。

 長葱を細かく、または粗く切つたのを入れ、鶏肉(ぶつ切りのやうなのがいい。唐揚げに用ゐるみたいなやつ)をはふり込んで…煮物鍋物に使ふ袋詰めの野菜があればもつといい…塩胡椒を振り、ざくざく切つた白菜で蓋をする。後はそのままゆつくり火を通せばよい。

 辛いのが好みなら鷹の爪を追加してよく、鶏肉に脂が足りなければ油揚げを入れるのもよい。面倒を顧みず、豚肉の塊を大きくぶつ切つて、大根や牛蒡や人参、里芋に蒟蒻を加へて焼酎を横に置けば、薩摩風だと強弁出來なくもない。

 まあ即席味噌汁を使ふのだから、そこまで手を掛けるなら、ちやんとお出汁をひいて、吟味したお味噌を用ゐるのが本道であらう。さういふきちんとした煮物を作るのに否やはないのだが、何しろ自分で食べるだけだもの。手を抜きたくなつて仕舞ふ。

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# by vaxpops | 2017-02-17 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

没3!

 しつつこく、御苗場vol.20横浜向けに撰考中の没寫眞である。

 これは大坂の天王寺界隈。お午前だつた筈だが、立ち呑みだの串かつだのはどこも賑々しくつて、その賑々しさは観光地的な名所となつてゐる箇所と、地元の親仁が通ひ續けて半世紀といつた様相のと、極端に分かれてゐたのが何だか愉快に思はれた。
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 没にした理由はごく簡単である。
 かういふ場所は撮るより吞むべきだからで、この時暖簾を捲らなかつたのは、失敗だつた。

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# by vaxpops | 2017-02-16 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行③

 ところでわざわざ"虚々實々"と銘打つてゐるのは、嘘が(少なからず)混つてゐると暗示…いや殆ど明示してゐるのだから、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏はこの一連の文章を事實に即したものと考へてはならない。本当なら最初に書くべきだつたか知ら。うつかりしてゐた。念の為に云ふと、丸太のうつかりは八兵衛さん(演じた高橋元太郎さんはファンから"八兵衛さん、うつかりしてください"と求められたことがあるとやら)直伝ではないから、その辺は、ひとつ。

 3月20日は2017年の"春分ノ日"で啓蟄の次、清明の前にあたる。イランの暦ではノウルーズと呼ばれて元日に相当するさうだ。基督教の復活祭もこの日を起点に、"(春分ノ日の後の)最初の満月の次の日曜日"に祝はれるさうで、日にちが移る。移動祝祭日といふやつで、ヘミングウェイにさういふ題名の短く、乾いた、もの寂しくてそのくせひどく明るい一文があつたのを思ひ出した。巴里のカフェ、白葡萄酒と生牡蠣、削りたての鉛筆とモレスキンの手帖、新品のコインのやうにつやつやした肌(この比喩はすごい)をした見知らぬ女性。

 話が逸れました、例のとほりですなあ。
 2017年3月20日は月曜日。前々日18日前日19日とあはせて連休となる日程で、下田を目指すのはその18日19日となつた。折角なのだから2泊すればいいのにと思ふ向きもあらうが、ニューナンブは神聖な労働に従事する身でもある。休養を欠かすわけにはゆかないから、さういふ日程なんである。どうです、冷静な判断でせう。
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 そこで下田市観光協会のサイトを覗いてみると、この時期は櫻に恵まれるらしいと判つた。更に"風の花祭り"と銘打つた催しもある。それで思ひ出すのは前回の下田訪問で、確かペリー・ロード(感心しない名づけだね。再考を乞ふ)辺りを歩いた時に風が烈しかつたこと、そしてその風を受けて廻る風車を無闇に見掛けたことで、あの風は年中吹きつけてゐるのだらうか。だとしたら削りたての鉛筆とモレスキンを持つて、路に面したカフェで小説の構想を練らうとしても不便にちがひない。ただまあ仮にそれが出來たとして、註文するのは金目鯛に志太泉か英君辺りだらうから、ヘミングウェイを気取るには無理がある。

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# by vaxpops | 2017-02-15 07:00 | 企画万巻 | Trackback | Comments(2)

沈黙と饒舌

 ある寫眞が一枚あるとする。その一枚の寫眞を見るひとがゐるとする。その一枚の寫眞と見たひとの間に何かしらの…肯定的否定的はこの際問はないとして、何かしらの反応があつたとする。寫眞が表現(もつと大きく云へば藝術)になるとすればこの瞬間或はこの瞬間しかないのであつて、音樂でも絵画でも彫刻でも映画でもその辺りの事情は変らない。勿論不肖丸太が弄する文章だつて例外ではなく、無人の平原に打ち捨てられたオデュッセイアに何の値うちがあるだらう。

 簡単に云ふとそれ、表現乃至藝術は作り手と観る(聴く)側の共犯でしか成り立たない。

 さういふ視点に立つと、作り手は表に出して終り、後は共犯者の登場を待つのがあらまほしい態度となるのは改めるまでもなく、少なくとも文章に関しては詩を例外にすれば誤りではないと思はれる。このウェブログで云へば高校を卒業したくらゐの、詰り平均的な讀解力があれば理解出來る(厭み半分につけ加へると、歴史的仮名遣ひだから讀みにくいとは云はせない。高校卒業くらゐの讀解力があれば、普通の口語文と変らないし、もし本気でさう思はれるなら、それは現代日本語を理解する能力が致命的に欠如してゐると断定してほぼ間違ひない)から、意図的にさうされない限り、誤解曲解される心配はない。誤解曲解されたとすれば、讀者のおつむが余りにもアレだつたといふ極端な例外を除けば、さうされる程度の文章しか書けなかつた丸太が惡いんである。

 では寫眞ならどうかといへば、必ずしも作り手の要因と云ひきるのが六づかしい。解釈の余地が文章…散文より遥かに広いからで、抽象性が高いと云ひかへても宜しからう。
 抽象性の良し惡しでなく、それが受け手の解釈の幅を広げ(得)るといふ話である。
 さてそれでも作り手は沈黙を"守る"のがあらまほしい態度だらうか。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、閑でひまで何もすることのない午后に考へてもらひたい。それで考へたことを教へてもらひたい。讀者諸嬢諸氏の見方がどうなのか、非常に興味がある。序でながら、些かなげやりなことをご容赦賜りたい。
 この辺りまでが前置きで、私は寫眞に関する限り、表に出した後
「いやその寫眞はね」
と話をする…後出しをするのにまつたく抵抗を感じない。[いんちきばさら]で寫眞を上げつつ、その説明に終始することは殆どない筈だが、それは意味がないどころか、無駄だと思つてゐるからに過ぎず、隙があればあんなことを考へこんな狙ひだつたと、それがうまく運んだか失敗に終つたかと話をしたい。
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 こんな風に書けばきつと
「それは狡い。寫眞だつて(文章と同じく)表に出したら沈黙を守り、受け手の解釈に任せるのが正しい態度だ」
と批判されさうだが、私の場合(我が親愛なる讀者諸嬢諸氏とは異なる立場)、文章が表藝、寫眞は余技で、余技であるからそこに表現だの藝術だのの意識または気分はない。有り体に云へば遊びであつて、不眞面目と非難されるのはこまる。遊びなのだから眞面目に取り組むのは当然で、その遊びについて饒舌になる、ならうとする、なつて仕舞ふのは非難される態度だらうか。

 何も云はない。沈黙を守り續けることで受け手の解釈を広げ、豊かな"共犯関係"を結ばうとするのは勿論ひとつの手法。私はそれを否定する者ではない。それと相反する方法があつたつてかまはないし、相反する方法が"共犯関係"を拒むかといへば、それはまた別の話ではないかと思ふだけのことで、讀者諸嬢諸氏は如何お考へだらう。
 たとへば今回の画像は何かの意図があつたわけでなく、仮にあつたとすれば、余りにも捻りのない宣伝文句に苦笑ひが浮んだくらゐしか思ひ出せない。それをトリミングしてモノクロに変換して周辺減光をかけただけである。さうすると何となく勿体振つた雰囲気になつたのだが、かういふ画像を使ふなら、饒舌を添へなければ成り立ちさうにない。ある寫眞が一枚あるとして、その一枚の寫眞でどんな風に"共犯関係"を結ぶかには色々な手法があつて、その云ひ訳も色々とあつて、私の立場からそれを書いてみた。

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# by vaxpops | 2017-02-14 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

没2!

 前回に續いて、御苗場vol.20横浜向けに撰考中の没寫眞である。

 単独で見るとさう惡くはないと思はれるのだが、"対比"の点から考へると、どうにも撰ぶのが六づかしいと解つたので、2点目の没印となつた次第。
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 併し考へてみると、かういふ"スナップらしい"スナップは殆ど撮つてゐないので、機会に恵まれたらプリントするのもいいかも知れない。

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# by vaxpops | 2017-02-13 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

没!

 【予告】推して参る【宣伝】で既に熟れて…訂正、触れてゐるとほり、ニューナンブはMusketeersの鎧を纏つて、御苗場vol.20横浜に出展する。

 出展する以上は出展する寫眞が必要になるのは自明の理といふやつで、これがまつたくのところ、悩ましい。
 すりやあ、あなたの寫眞が一体にアレだからだよ。
 と指摘されれば反論をたてるのが六づかしくもあるのだが、些か居直ると全滅ぢやあありませんよ。その程度の自負は持つてゐる。ただ今回は悩ましく、何故悩ましいかと云へば二点を出すからで、その條件が撰ぶ上で可也り、厳しい。

 対比といふのが自身に課した(裏の)方向で、手の内を明かすやうで、なーに、あからさまになつたところで、かまふものか。
 その対比をどう見せるか。
 まづは新旧を問はず、気に入つた寫眞を何枚か撰ぶ。
 それから撰んだ寫眞を俯瞰する。
 さ。この續きが問題で、あちらを立てればこちらが立たぬ。一枚では成り立つても、二枚にすると喧嘩したり潰し合ひになつたり、意図不明になつたりで、頭を抱へさせられる。
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 頭を抱へながら、これはいけない…今回の出展には合はない…と思つた中のひとつが、これである。

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# by vaxpops | 2017-02-12 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行②

 特別急行列車の"踊り子"105號は午前9時に東京驛を發車、小田原驛10時2分を経由して伊豆急下田驛には11時34分に到着する。小田原から伊豆急下田までの所要時間は新宿驛發甲府驛着の特別急行列車"あずさ"と同じくらゐ。

 小田原驛を起点とした場合の運賃は2,290円。指定券の1,540円を加へて計3,840円。これが片道なので往復7,680円が交通費といふ計算になる。
 南伊豆フリー乗車券を使へば、同じく小田原驛起点で運賃の4,410円と往復の指定券が3,080円なので7,490円。差額は190円だが、下田ではバス移動が見込まれて、4,410円にそれが含まれることを考へると、値うち感は高くなる。

 他の方法も考へられなくはない。
 小田原驛9時8分發の東海道本線で熱海まで。そこから9時38分發の伊豆急行線に乗れば、伊豆急下田驛に到着するのは11時8分で、"踊り子"105號を使ふより半時間近く速くなる。
 復路は"踊り子"號を使ふとして、運賃計は6,130円。1,000円余り廉にはなるが、小田原驛發が1時間くらゐ前倒しになるし、バス代を含めると現實的とは呼びにくい。さうなると南伊豆フリー乗車券プラス指定特急券が一ばん値ごろか。
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 勢ひが出たので復路も考へてみる。
 伊豆急下田驛發の特別急行列車も矢張り数が少なく、小田原驛下車となると"スーパービュー踊り子"號は撰べない。残念だなあ。そこでもう少し調べると、"踊り子"106號(12時8分發/小田原13時49分着)、同108號(13時8分發/小田原14時48分着)、同114號(15時4分發/小田原16時46分着)の3本くらゐ。中々便利が惡いね。

 2016年に日光へ足を運んだことを思ひ出した。あすこも高名な土地なのに特急列車のダイヤグラムがひどく不便で、気らくに行かうとは考へにくかつた。新宿驛から東武日光驛も2時間足らずだつた記憶がある。朝めし朝酒に丁度よい時間で、甲府松本方面も今回の下田も同じくらゐなのを思ふと、これがニューナンブにとつて適切な移動なのだらうか。ダイヤグラムは双方の合意を得て、恙無く確定に到つた。
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# by vaxpops | 2017-02-11 07:30 | 企画万巻 | Trackback | Comments(0)

ハムを喰ふ

 いや併しハムは"喰ふ"ものなのか。

 どちらかと云へば"つまむ"が近しく感じるのだけれど、これは分厚く切つたハムに、とんと縁がないから、さう思はれるだけで、實際は"喰つてこそ"ハムの醍醐味なのかも知れない。

 一ばん嬉しくなるのは、葡萄酒のお供に生ハムを添へた時で、そのままで美味いのは勿論として、黒胡椒を挽いたのをあしらつたり、オリーヴ油をほんの少しつけてみたりすると、異なる味はひを愉しめて豊かな気分にもなれるし、さうなつたら、喰ふでもつまむでもかまはなくなる。
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# by vaxpops | 2017-02-10 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

カタチとシルシ

 イコン…iconときいて、即座にツァイスを連想するひとはきつと少数派だとは思ふのだが、この[いんちきばさら]に限つては例外かも知れない。寫眞…カメラ…レンズ好きにとつてツァイス・イコンは特別の銘の筈で、たとへばハッセルブラッドSWCの38ミリ・ビオゴン、RTSコンタックスの50ミリ・プラナー、Gコンタックスの16ミリ・ホロゴンと挙げればきりがない。だからこれ以上は控へるし、第一ツァイス・イコンは今回の話と関係がない。

 それでイコンとは何ぞやと考へるとそれは象徴である。カタチとシルシ。漠然とした何事かを明瞭に示す為の記号(のやうな)何物かと云へば解りにくいけれど、基督教の宗教画を思ひ浮べればよささうにも思ふ。宗教画のすべてがさうだとは云へないとして、最上のそれが持つ美しさは理窟や神學を飛ばして、眞善美をぢかに感じさせる。その"ぢかに"がイコンの役割…靱さではないか。尤も丸太の勝手な解釈だから、イコン學者につつこまれるのはこまつて仕舞ふ。

 かういふ(丸太には似合はない)ことを考へたのは画像の所為で、西多摩の某酒藏で撮つた。
 甑…コシキだらうと思はれる。
 粗雑に云へば酒米を蒸す器械で、酒醸りの大元と受けとつていい。何斗だか何石だか、我われの想像には収まらない量にちがひなく、立ち並び立ち上る湯気を思ふと、壮観なのだらうなと思はざるを得ない。蒸された米が醗酵し、搾られ、濾されて、肴と共に登場する。さういつた連想を刺戟するのがこの極端に図案化された画像で、お酒を示すカタチとシルシ…即ちイコンと呼んでいい。
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 すりやあ丸太が呑み助だからだよと云はれたら、頭を掻いて誤魔化すしかないのだけれど。
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# by vaxpops | 2017-02-09 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行①

 1月の晦日、唐突に"水戸に行かう!"とメールが届いた。念を押すと、送り主は頴娃君である。他人さまのことは云へた義理でもないが、どこやらの某番組を観て、いきなり火が点いたらしい。
 常陸國水戸には以前に足を運んだ経緯があつて、それは2014年3月の[常陸國リアルタイム]で遡ることが出來る。"東光"と"郷乃誉"がえらくうまかつたなあ。鮟鱇を食べ損つたのは無念だつたけれど、偕樂園の美事な梅林は鮮やかに覚えてゐる。とは云へこちらはそこまで水戸に思ひ入れを感じる気分ではなかつたので、その場は曖昧に誤魔化した。

 その後2月3日に新宿で頴娃君と会ふ用件があつて、滞りなく済ませてから一ぱい引つ掛けた。酒藏が営んでゐるから、チェーン展開をしてゐるのに中々うまい。ことにこの時季は品書きに新酒が出る。ちよいと林檎香をつけ過ぎかと思はなくもないが、季節を感ぜられるのだから贅沢な文句は口にしないのが好ましい態度だらう。それでお代りを呑みながら水戸の話になつた。
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 「貴君何よりゆゑ水戸なのかね」

 「何とかいふ番組の所為だよ。ああいふ土地は歴史を知つた上で歩くべしと思つたのだ」

 「成る程。併し小生は今のところ、水戸に惹かれてはゐないのだ」

 「では貴君、他に惹かれる土地があると」

 「さうさね。下田を改めて訪れたいか」

 それだよと頴娃君の聲が高まつたのはお酒の昂奮も含まれてゐたにちがひない。尤もこちらにもお酒の昂奮はあつたから、難詰するわけにはゆかず、それで下田が確定的な雰囲気になつた。
 思ひ返すと下田には二へん行つてゐる。初めて訪れた時は大雨に祟られて、次は市内をぶらりぶらりした。2013年3月の[弥生の月は下田月]などでその辺りは追ひ掛けられる。但し書いた本人もざつと讀み直して、何が何だかよく判らなくなつてゐる箇所があれこれとあるから、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には、一ぺん眺めてみるかと思はれた場合はご注意を願ひたい。
 ところで前回の訪問から4年ほどを経て下田の新しい知見を得たかと云ふと恥づかしながら皆無に等しい。詰り漁港にペルリ提督、勝海舟と山内容堂の会談くらゐだから、これでは何も知らないのと事實上変らない。下田人には申し訳なく思ふけれど、それはこれから改めるので寛容を以てご容赦願ひます。お願ひが重なつたのは、丸太の不徳といふやつである。

 改めるのは明日からの話として、下田は(東京から見ると)近い土地とは呼び難い。我われは特急列車で移動するのだが、熱海を過ぎて伊豆半島に入らうとすると、途端に不便を感じさせられる。簡単に云へば列車の数が少なくなるからで、ダイヤグラムを調べると、小田原を中継にした特別急行列車"踊り子"105號くらゐしかないと判つた。
「よしそれで決めませう」
微塵の躊躇ひもなく云つたのが頴娃君なのは今さらの話で、油断も隙もないかれは既に宿の手配まで済ませてゐた。確定的な雰囲気が確定になつた瞬間である。
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# by vaxpops | 2017-02-08 07:30 | 企画万巻 | Trackback | Comments(2)
 寫眞好きカメラ好きにとつての2月は[CP+2017](2月23日から26日)の筈で、事前に登録をすると入場が無料になる。横濱の散歩ついでに寄れなくもない場所ですね。その[CP+2017]の開催時期にあはせて開かれるのが[御苗場vol.20横浜]で、今回はその宣伝なのです。
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■Musketeers、出陣!■
 ●御苗場vol.20横浜
 ●開催日程:2017年2月23日(木)~26日(日)10:00~18:00(最終日17:00まで)
 ●会場:BankART Studio NYK
 ●〒231-0002 横浜市中区海岸通3-9
 ●詳しくは ⇒ こちら (CP+会場からシャトルバスの運行があります)

 "Musketeers"からは、Anzy/頴娃久音君と私/丸太が3階のブース№258に出展します。また頴娃君は個人としてブース№228にも出展。
 御用とお急ぎでない方は勿論、さうでない方は万障お繰り合せの上、賑々しくお集まり下さります様、隅から隅まで、ずず、ずいーツと、御願ひ奉りまする。

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# by vaxpops | 2017-02-07 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

花は櫻に魚は鯛よ

 恥づかしい話、谷崎潤一郎はちやんと讀んだことがないから、又聞きの曖昧な記憶で云ふのだが『細雪』の一節に、日本人にとつての花が櫻なら魚は鯛とあるさうで、ははあと感心した。尤も花の古い格は梅の方が一段上で、櫻は二代目になつたかと思ふ。
 不思議なのは、我われのご先祖は大多数が農耕民…司馬遼太郎風にいへば、"大地を引つ掻いてゐた"連中…で、漁撈派は小数だつた筈である。それに(私の乏しい知識の範囲だが)上代から中世くらゐまでの日本は、舟…造船や航海の技術が未開に等しくて、大規模な漁業は事實上不可能だつたから、魚を食べる習慣はごく狭い範囲に限られてゐたのではないかとも思ふ。
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 さうなると鯛が魚の王様の地位を得たのはいつ頃のことなのだらう。鮭は今の新潟辺りで収獲する人びとがゐたさうだし、皮で服だの靴だのも作つたらしいから、寧ろこちらの方が玉座についても奇異の念は感じないだらうに。

 我が邦魚食の歴史については熱心な研究者に任せるとして、またさういふ歴史に関はらず鯛はうまい。焼いても煮ても蒸しても揚げても、西洋風でも中華風でもうまい。魚ならたいていはさうだらうさと呟くのは野暮な態度で、いや實際料るとして、幅の広さ懐の深さ器の大きさを存分に活かせるのは鯛の他だと鮭と鯖、鰯くらゐが精々ではなからうか。
 一ばん旨いと思はれるのは矢張り、塩焼きでせうね。しつつこいのに淡泊でもあつて、魚の肉といふ言葉から連想出來る味のすべてが含まれてゐる風に感じられる。これが断然の首位として、續くのはお刺身か。うまいのに当る機会に中々恵まれないのは惜しまれるが、これ計りは自分の鼻を利かせる以外に方法はない。お刺身で旨い鯛に巡りあへたら、ちよつと贅沢なお酒を奢つて、梅の香櫻花を愛でに出掛けたいものだ。大谷崎には厭みな態度と叱られるか知ら。
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# by vaxpops | 2017-02-06 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

お蕎麦の前

 立ち喰ひのたぬきそばを私は偏愛する者ではあるが、当り前のもり蕎麦が好もしくない筈はなくて、併し一枚のもり蕎麦だとどうも足り苦しく感じなくもないから、さういふ時には何かしらをお蕎麦の前につまむ。本筋で云へば蕎麦種に少し手をつけた程度のが望ましからうと思はれて、ただまあそこまで拘泥した結果、その拘泥の分だけ一枚のもり蕎麦が旨くなるかと云へば、些か以上に疑問が残る。
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 考へてみると、お蕎麦の前に何か食べるのは空腹があるのは勿論として、矢張りお酒を少しやつつけるからだらう。莫迦つ舌の私だから、純米だの生酒だの精米何分だのに大して興味はないし、冷や酒に限る態度でもなくて、品書きにある旨さうな銘柄をその時の気分やら調子で常温だつたりぬる燗だつたり冷やだつたりで、旨いなあと思へるから得をしてゐるのか知ら。ただ肴なしで呑むのはどうにも無理だから、さういふ註文をすることになり、手段と目的が妙な具合になつてきたぞと思はなくもないが、さういふことを気にすると折角のお蕎麦がまづくなる。
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 なのでそれはそれとして、お蕎麦の前のつまみは何がいいかといへば、焼海苔や鴨を挙げるひともゐるだらうが、前者は些かかるすぎるし、後者だとお蕎麦に対して濃いかと(鴨南ばんや鴨蒸籠といふ例外はあるけれど)思はれるし、お酒にも似合はなささうでもあつて、どうも積極的には撰び辛い。矢張り画像の厚揚げや玉子焼き、或は温めた豆腐辺りがなだらかな調子でお蕎麦に移れるのではなからうか。一合のお酒をゆるゆる愉しみつつかういふのを平らげ、悠然ともり蕎麦を手繰るのは、老人の娯樂と呼ばれるやも知れないが、若えモンにやあ解るめえよと居直りたくもなつてくる。
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# by vaxpops | 2017-02-05 07:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

春はまだか

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馬手に麦酒。

弓手に焼鳥。

風と花びら。

春はまだか。

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# by vaxpops | 2017-02-04 10:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(6)

油断のならぬ

 お漬物があるといい気分になれる。何を以てお漬物とするかには議論の余地もあらうが、野菜を糠や塩や味噌で漬け込んだ醗酵食(かう書くと何だか貫禄が出ますねえ)だと云へば、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に叱られることもないだらう。

 野沢菜漬け。

 たくわん。

 胡瓜や白菜の浅漬け。

 蕪の塩漬け。

 辣韮の鼈甲漬け。

 挙げてゆけば切りがないから物尽しは控へるとして、ごはんとお味噌汁に鉢盛りのお漬物があれば、簡素ながら(焼魚でもあれば文句のない)食事が完成するのは改めるまでもなく、たとへば佛國にかういふ"ささやかながら欠かし難い一品"はあるのか知ら。仮になくても佛國料理がいけないことにはならないのだが。
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 ただお漬物といつてもお漬物なのだから、細かな差異はあつても、劇的にちがはないんではないかなあ。
 といふことを考へないわけではない。
 中々正直な態度でせう。
 思ひ出すのは燻りがつこといふお漬物。これは粗つぽく、"たくわんの燻製"なのだが、たくわんではなく燻りがつことしか呼べない味で、初めて食べた時はびつくりした。詰り旨かつたので、まつたくのところお漬物は油断がならない。加へて云へば油断のならないお漬物は突然、小皿で登場するのが常でもある。画像のお漬物が詰りそれで、ね、ちやあんと流れを考へてゐるのですよ。
 これはある酒藏で供されたもので、酒粕を使つてるのだといふ。一体に私は粕漬けが得意ではなく、それは殆どの場合酒粕の厭みが鼻につくからなのだが、これにはそんな気配がなくてうまかつた。特に白菜は唐辛子(實はこちらもあまり得意ではない)を隠してゐたかと思ふが、舌に響く辛さがあり、そのくせお漬物の白菜といふ味はひが残つてもゐて感心した。漬け方が巧妙なのだらうね、これは。肴になるのは勿論として、ごはんにも實によく似合つた。
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# by vaxpops | 2017-02-03 07:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)