いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

一家言

 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも必ず一家言がある。きつとさうにちがひないと、私は確信してゐる。詰り炒飯の話。ね。一家言あるでせう。たとへば私は焼き飯をほぼ同じ意味で用ゐるが、こんなところでもすすどい反論が出てくるだらうとは容易に想像出來る。

 ごはんを強火で炒めた食べもの。
 主な具には卵と葱を使ふ。

 炒飯を大雑把に定義したいとすると、これくらゐが精一杯ではないか。ごはんは熱いままか冷ましてからか。もつと云へば長粒種か短粒種か。卵は先にざつと炒めて仕上げに戻すか、ごはんと共に炒めるのか。味つけは塩と胡椒か、醤油か、豆瓣醤や甜麺醤か。具を他に加へるとして、どこまでが認められるか。議論の種は尽きないもので、またかういふ議論は、結論を出さないのが正しくも望ましく、そして好もしい。

 米を食べる習慣がある地域では、似た調理法がある。土耳古のピラフ、西班牙のパエリヤを挙げればお判り頂けるでせう。
 但しピラフやパエリヤは、調理の最初にごはんを炊かない。生もしくは研いだお米を炒めて具とあはせ、それから炊きまたは蒸しあげる。さういふ料り方が土耳古や西班牙の風土や、そこに棲む人びとの口に適つたからさうなつたので、私たちは、ははあと思つておけばよい。ヴァレンシアで野暮つたい赤葡萄酒をがぶがぶ呑みながらパエリヤを喰ふなんて、愉快な話ではありませんか。

 話がそれた。
 気にせずもう少しそれたままにしませうか。

 尊敬する檀一雄によると、イベリヤ人は烏賊や蛸の類を愛好するさうで、ごく小さな烏賊を墨も何も一緒くたに炒め上げたのや、蛸にオリーヴ油をあしらひ、唐辛子を用ゐた一種の酢の物があるらしく、實にうまさうでこまる。私は檀の文章を愛する者だが、何度その旨さうな一筆書きに迷惑を蒙つたか(どれだけ迷惑かは我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、ご自身で一讀なさい)葡萄酒でもサングリヤでも引つかける夜、かういふのをつまめたら、何の文句があるだらうか。

 そろそろ本題(詰りいつもの閑文字)に戻ると、炒飯に魚介類が加はるのを私は好まない。蟹炒飯や海老炒飯、もつと大きく海鮮炒飯の類。ああいつたのは温かいごはんとの相性が宜しくないと思はれる。海鮮丼よりばら寿司を好むのもさういふ事情があるのだが、もう一ぺん話をそらすと本題が失せて仕舞ふ。
 さういへばあんかけで仕立てるのも余り好きではないね。炒飯には先づぱらぱらしてもらひたく思ふのがその理由。ただ添へもののソップで少し湿らすのは許せる気がするから、この辺はいい加減としか云へないか。もうひとつ加へると、大きな具…たとへば鶏の唐揚げを使ふのは好ましくないと思ふ。炒飯の具は全体に混ざりがよくあつてもらひたいし、それらは中華鍋で炒めあげられる時、一体となるのが本道だらうと考へる。さういふ素早さ或は簡便さこそが炒飯本來の魅力ではあるまいか。

 さてそこでだ。私が望ましいと思ふ炒飯の姿は果してどうなのか、といふ疑問がここで浮んでくる。異論も疑念も無視して書くと

・ごはんは冷たいのを使ふ方がよささう。

・細かめに刻んだ玉葱を事前に、且つ念入りに炒めあげておく。

・濃いめの味つけの煮豚を刻んでおいて、炒めた玉葱と混ぜる。

・青葱は小口切りにしたのをたつぷり用意する。

・ごはんを炒める寸前のところで、卵を火が通りすぎない程度に炒めておく、

中華鍋を強火で熱くしてごはんを一気に炒める。味つけは塩胡椒。煮豚と玉葱を混ぜたのをはふり込み、火を止めてから卵を入れ、青葱を加へながらお皿に盛る。
 煮豚がなければ焼竹輪でも蒲鉾でもよく、色々混ぜたつて面白いでせう。金華ハムなぞを奢つてもいいけれど、さうなるとお米も水も卵も葱も塩も胡椒も吟味の必要が出てきて、気樂に食べにくくなつて仕舞ふ。
 盛る時にお椀の型にするのが炒飯の流儀といふか礼儀といふか、そんな感じがされるが、折角ぱらぱらになつたのだから、あんまり堅く詰めるのは宜しくなからう。お皿に投げ出すやうにならなければよしとしませうか。

 さ。話はここからが、が親愛なる讀者諸嬢諸氏に叱られさうな方向になる。私が未だ丸太少年だつた頃、炒飯…いや我が家では焼き飯と呼んでゐたな…は週末のお昼ごはんで出されることが多かつた。家の焼き飯なのだから特別でも贅沢でもない。卵と葱と安もののハムの切れ端が精々の具のそれに、ウスターソースをかけるのが"当り前の食べ方"だつた。

 いやそこの貴女、呆れた顔をしないで下さい。

 ウスターソースをかけるといつても、コロッケ相手のやうなざぶざぶでなく、匙に垂らしてからである。炒飯の一部にウスターソースの味を加へてゐる具合で、先刻から繰り返してゐる"折角のぱらぱら"は無駄にしてゐない。その筈である。家の焼き飯が薄味だつたから、かういふ習慣になつたのか、そもそも"焼き飯はウスターソースで食べるのだ"といふ考へだつたのか、その点はもう判然としないけれども。

 ここで思ひ出すのは、私が汁かけごはんを好む事實で、お茶漬けも味噌汁かけも水飯もうまい。炒飯…ではなかつた、焼き飯にウスターソースを当り前とするのも、その応用もしくは変形ではないかと疑念がたつた今、浮んできた。先にも書いた添へもののソップで湿らすのも、そのひとつの顕れだらうか。最近では匙で酢醤油(あれば大蒜のすりおろしも)をこさへて、ウスターソースよろしく垂らしもするから、身についたといふより、身に染み込んだ食べ方なのかも知れない。

 かう書くと、一家言ある我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも、傍から見れば独自に冩る作り方食べ方があるのではないかと思ひ当つた。いやきつとあるにちがひない。魚醤は欠かせないとか、チリーソースを隠すのがこつだとか、具にトマトやレタスを使ふのがいいとか、卵は混ぜずに後からあはせるとかありさうで、様々の炒飯が一堂に会せばさぞ壮観だらうな。さういふ博覧会があれば参加せざるを得ないと確信出來るが、もしかすると炒飯の融通無碍で満腹になつて仕舞ふかも知れない。
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# by vaxpops | 2017-05-30 06:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

指示代名詞で進めれば

どこからどう見ても、あの果實に似てゐない。

そのくせたれも、文句を云はない。

どこからどう食べても、その味はひがしない。

そのくせたれも、おいしいと云ふ。
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 名前と姿と味が一致しない食べものは色々とある筈だけれど、さういふ食べもの群で勝抜き戰をしたら、どんなに番狂はせがあつても、これが決勝戰に進出するのは疑ひの余地がない。さう云へばこれには様々のヴァリエイションがあるから、それだけでも撰手権が開けるかも知れないなあ。チョコレイトのチップが散りばめられてゐたり、カスタード・クリームが入つてゐたり、私は見たことはないが、餡入りのもあるさうだ。どれもこれも、名づけの元とまつたく繋つてゐないのが、何となくをかしい。こんな食べものが他にあるのか知ら。

 さう滅多に私は食べない。あまいものを積極的に求める習慣がないからだが、偶に何の弾みか慾しくなることがある。体が慾しがつてゐるのだから、逆らはうとは思はない。酒精と同じで体が慾しがる分まで我慢するのは寧ろ不健全な態度ではなからうか。尤もこれと酒精が同時に慾しくなるわけでなく、この場合は罐珈琲がよい。普段なら砂糖もミルクも要らないのだが、またしてもこの場合だと少々甘めの方が似合ふ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には異論もあるだらうが、かういふ話に、自分の好み以外の基準を設けるのは六づかしい。その度私は、あの果實に似てゐないなあと思ひ、またその味はしないけれど、中々うまいものだとも思ふ。

 さう、メロンパンの話。
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# by vaxpops | 2017-05-27 08:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

無念

 佛語の綴りは croquette 、蘭語綴りだと kroket になる。日本語を同じ伝で綴ると korokke ださうで、發音はクロケットまたはコロッケ。潰した馬鈴薯またはベシャメル・ソースに挽肉や玉葱や魚介を混ぜ、衣をつけて揚げた食べものと、大雑把には定義出來るらしい。我が邦で馬鈴薯が基本なのをコロッケ、ベシャメル・ソースを基本にするとクリーム・コロッケと呼び分けてゐるね。ただ日本流のコロッケには南瓜だの肉じやがだのと変種が数多くあるから、一概にどうかう云ふのは六づかしい。さう云へば『檀流クッキング』(檀一雄/中公文庫)には"大正コロッケ"といふ、おからと魚の擂り身で作るコロッケが紹介されてゐて、これが中々旨さうであつた。気になる方はご自身で一讀なさい。損はしないと請け負ふから。

 併しそのクロケット乃至コロッケがいつ頃、どの辺りで生れたのか、もうひとつ、はつきりしない。日本コロッケ協会といふ権威ありげな団体のサイトによると、"1872年 文献にはじめてクロケットが登場"…日本でいへば明治の4-5年にあたる…と記載があるが、肝心の文献が西洋のそれか、日本のものなのか、触れられてゐない。困るなあ、これでは。併し同じサイトの1887年のところに、注意書として"オランダには1909年にフランスからクロケットが伝來した記録が残つてゐる"とあるから、そこまで古い料理ではなささうである。因みにクロケットの來日は明治20年。西暦だと1887年らしいから、蘭人よりざつと20年前に我らがご先祖(の一部)はクロケットの味を知つたと考へられる。尤も庶民に持て囃されるまでに30年ほど掛かりはしたけれど。

 ものの本によると(かう書くと池波正太郎風になるね)、我が邦でコロッケが大流行したのは大正年間らしく、ビーフ・ステイク、とんかつと並んで"三大洋食"と称された中でも一ばん高級品だつたさうだ。おそらく種を用意する手間の分がそのまま、値段にはね返つたのだらう。上手下手を問はなければ肉を焼くのは原始的な手法だし、カットレットは天麩羅の技術が応用出來た。クロケットだつて天麩羅の応用と見られなくもないが、種に限ればさうとも云ひ難い。近いところを考へれば掻き揚げが浮ぶとして、いやそれは無理やりな感が強いか。我われのご先祖は甘薯を(ある程度)大事にした経験はあつても、馬鈴薯の料り方は詳しくなかつたらうし、まして乳を使つたソースなぞ、あることすら知らなかつた筈だもの。

 裏を返すと種を作る手法を把握すれば、後はフライの技術がものをいふだけになる。クロケットがコロッケになつたのはおそらくここからで、大正から昭和初期にかけてがその時期だつたのではあるまいか。これは傍証に『断腸亭日乗』(永井荷風/岩波文庫)の記述を挙げてもいい。具体的な献立には欠けるけれど、大正末年から昭和に掛かる頃、この小説家が足を運んだお店(中には怪しげな、けしからぬ場所もある)を見ると、洋食を供してゐたとおぼしき名前が散見される。キュイラッソオを一盞、小星と傾ける伊達者が洋食を食べなかつたと想像する方が寧ろ無理といふもの。かれが食しただらうクロケット或はコロッケは馬鈴薯型だつたか、ベシャメル式だつたか、さういふ記述が見られないのは残念である。

 荷風山人が銀座のカッフェーでけしからぬ素性の女と遊んだ頃から20年もしないうちに、ところが我が邦は戰争の途を撰んだ。阿房な眞似の出來たものだと後世の私には思へてならないが、この時期コロッケ…だけでなく、洋食全般は潰滅に等しい状態に陥つただらうことはほぼ確實でせう。お米も野菜も味噌も醤油もお酒も配給で、コロッケも何もあつたものではない。明治に訪れ、大正に人びとを熱狂させたコロッケは、半世紀余りで一ぺん、駄目になつた。吉田健一は何度か、戰中戰後の食事が如何に貧相だつたかを記してゐて、大宰相の伜でもと意外を感じたが、あの首相は戰中、軍部に睨まれてゐたことを思ふと、不思議でもないか。吉田は英國に馴染みが深いひとだつたから、ベーコンやママレード、或はスモークト・サモンから引き離されて辛かつたらうな。

 併し今も洋食はあり、洋食屋は繁盛し、そしてコロッケは私を喜ばせる。コロッケの復活劇があつたからさうなるのだが、それがいつ頃から…"喰へればいい"から脱却出來て以降の筈…なのか、どうもよく判らない。ただ原型になるものは進駐軍がもたらしたと考へられるから、戰後間もない時期、特定の場所でささやかな回復が始まつたと見るのは誤りではない。昭和20年代の後半から、食べものの制限は順次解除されてゐて、餓ゑをしのげれば満足な時代も、この辺りから徐々に終焉を迎へたのかと思はれる。といふことは、昭和30年代過ぎからコロッケも本格的な復活に向つたのではなからうか。ちよいと洒落て、高級な洋食だつたコロッケが、ありふれたお惣菜に変化を遂げるのはこの間で、私にも我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも馴染み深いあの形とあの味は、實にナポリタン・スパゲッティと並ぶ近代洋食なんである。

 ナポリタン・スパゲッティについては後日に稿を改めるとして(詰り一ぺん、書いてみたい)、どんなコロッケが望ましいだらう。近代洋食の目で見るなら、馬鈴薯に挽肉と玉葱で仕立て、ウスター・ソースで平らげるのが基本中の基本かと思へる。フライものの揚げたては"何もつけない"のだと主張するひとがゐて、概してそれは正しいのだが、コロッケに限つては例外で、最初からソースを使ふのが宜しい。
 では遡つて大正の紳士淑女やモガ・モボを夢中にさせた原日本式コロッケはどうだつたのか知ら、と思ふのは人情の当然であつて、少し調べてみた。基本的には現代のそれと大きなちがひはなささうだが、『軍隊調理法』といふ本(明治43年發行/國立國会図書館のデジタル・アーカイヴで閲覧出來る)によると、今のコロッケより種はやはらかさうで、ソースに触れてゐないところから味つけも濃いめのやうだ。別のサイトを見ると、種に最初からドミグラス・ソースを混ぜ入れるといふ記述もあつて、可也りふはつとたした仕上りになるらしい。揚げるのがたいへんだらうなあ。併しかういふコロッケが鎮座し、トマトやセロリやレタス、シュリンプ・カクテルに彩られたお皿が登場することを思ふに、何とも云へない昂奮を感じて仕舞ふ。葡萄酒でも奢つて、荷風式のモダーンな気分を満喫したいところだが、私にはけしからぬ素性の小星がゐない。無念。
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# by vaxpops | 2017-05-25 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

簡便で旨いアレ

 気温が高くなつてくると食慾が失せるのは例年のとほりで、そろそろ素麺や冷し中華の類が主食になる。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に
「丸太だつたら麦酒もだらう」
と訊かれるかも知れないが、そつちは年中欠かさないし、麦酒をもつて食事にするのは流石に私でも六づかしい。

 ここで余談。尊敬する内田百閒曰く、麦酒は冬に呑む方が味が締つてうまいらしい。本当かどうか確かめたいと思ふ瞬間は年に何度かあつて、どうやれば比較出來るのか。丸太程度の舌なら、そこそこ丁寧に注がれてゐれば、夏も冬もなく旨く感じるから、気にしなくてもかまひやしないだらう。余談ここまで。

 併し冷たい麺を啜りたければ、その前に茹でねばならない。面倒である。水で締めもせねばならず、矢張り面倒である。そんなくらゐ、面倒でも何でもないと感じるの方が寧ろ当然で、詰り不精者なのです、私は。水と独り身は低きに流れる。それで最近はもつぱら、豆腐に登場を願ふ機会が増えてきてゐる。かういふ書き方は豆腐に不本意だらうと推察する。申し訳ない。

 申し訳なくは思ふけれど、あんなに簡便な(それで旨い)食べものも中々見当らない。青葱の小口切りと生姜と醤油で基本は大完成する。生姜の代りに茗荷もいい。削り節もいい。醤油でなくぽん酢や辣油でもまた宜しい。天かすをたつぷり乗せ、山葵を隠しためんつゆでやつつけるのも旨い(たぬき奴と呼ぶさうだね。最近知つた)し、大根おろしを奢るのもよい。この場合、他にも色みがないと些か寂しいか。或はセロリや大葉や胡瓜やキヤベツと一緒にサラド仕立て…ぽんで酢で十分うまいと思ふけれど、贅沢が許されるなら梅酢を使ひたい…にすれば、ちよつとしたおかずにもなる。火を使はずにこれだけ出來るんだから、こんなに嬉しい話はないやね。

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 火を我慢出來るくらゐの余裕があればささ身をうがいたのを加へるのも旨い。この場合、ささ身には棒々鶏のやうな濃いめの味噌を使ふのがよささうに思ふ。それだけだとしつこいと思はれる方は、柑橘の皮をひとへぎ、添へれば、口当りがさはやかになるのではないか知ら。
 温奴といふのもある。温奴は豆腐をゆるく温め、同じく温かいたれと紅葉おろしと刻み葱に針生姜を添へてやつつける。湯豆腐のやうに熱くしないのがどうもこつらしく、温かいのからひんやりしたところまで、微妙に変化するのがよい。冷たいもの計りでお腹が冷えさうな時に恰好の食べ方だと思はれる。豆腐を熱く仕立てるなら、紅葉おろしでなく、大根おろしをたつぷり用意するのが好もしからうな。
 も少し手間を掛けてよければ、種なしの味噌汁を用意して、冷しておかう。心もちうすめにしておけば、宿酔ひの朝にまつたく嬉しいお椀になるが、やや濃いめに仕立てて、豆腐に青葱と茗荷と胡麻をあしらへば今度は肴になる。凝れるひとは宮崎や宇和島に倣つて冷や汁風にしてもいいでせう。あんなに夏向きの汁ものはなくつて、暑い季節には暑い地域の食べものを、といふのは世界に散在する数少ない眞實のひとつなんです。

 ところで我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ。それぞれのご家庭に旨い豆腐の食べ方がきつとあつて、貴女がきつとそれをにこにこしながら食べてゐるだらうと既に予測は出來てゐる。そこで私が何を申し上げたいかはご想像のとほりなので、ええ、その辺りをひとつ、宜しくお願ひしますよ。

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# by vaxpops | 2017-05-22 08:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)

久しぶり

 暫く機会に恵まれなかつたけれど、久しぶりに外で呑んだ。嬉しかつたので、今回はその話。

 呑んだのは麦酒を二はい。それからなだらかに冷や酒移行するといふ基本に忠實な流れ。焼酎や葡萄酒やハイボールが基本に忠實でないのかと云ふと、決してさうではないのだけれど、何をつまむかを考へれば、麦酒で喉を潤してからお酒を味はふのが最も安定する。
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 先づ食べたのは玉子焼き。
 見てのとほりしらすが乗せられ、大根おろしが添へられてゐて、中々宜しかつた。厚焼き玉子に大根おろしの組合せをたれが思ひついたのか。天才的な發想ではありませんか。
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 それから鯵の天麩羅。
 ぽん酢と大根おろし。ひつこいのかさつぱりなのか、はつきりしないのがいい。些か少なさうに思へさうだが、何しろたつた百八十円だもの。文句を云ふ筋ぢやあない。
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 更に合鴨のロース。
 山葵醤油でやつつける。これを後半に持つてきたのは正解だつた。獸肉にしては割りと淡泊で、併し食べてゐる感はしつかりある。ささ身の梅肉和へと並んでお酒に適ふ肉かと思へる。

 鱈腹喰つて、勿論呑みもして、酒席は矢張りかうでなくちやあいけない。まつたくのところ、満足をしたのだが、その分だけきつちり宿酔ひになつた。何と云ふか、一種の不条理ではないかとも思はれるのだが、たれかお酒と宿酔ひについて、哲學的な考察をしてゐないものだらうか。
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# by vaxpops | 2017-05-20 20:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

明治めし

 日本人の文化的な意識の規範を遡ると室町の時代に辿り着くといふ説を目にした記憶があつて、確か司馬遼太郎だつたと思ふが、何しろ曖昧な記憶だからあてにはならない。そこは措くとして、ずいぶんと説得力に富んではゐる。今に残る建物や所作、或は藝能の根を探ると確かに室町人の姿が遠冩しに浮んできて、後を承けた織田豊臣徳川は300年余りをかけてそれを磨いてきたのかとも思へてくる。現代から見て最初のエポックだつたのではなからうか。わざわざ"最初の"と云ふくらゐだから、"次の"エポックがあるだらうとは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のすすどい推察を待つまでもない。

 ところで開國した我が邦が案外なほどスムースに西洋文明を受け容れ得たのは、その室町から江戸期いつぱいにかけて、流通を基盤にした経済圏が整へられたところに要因のひとつを挙げられないだらうか。ごく大雑把に云ふと、当時の日本は半獨立國の集まりと見立てられる。今で云へば欧州連合(あくまでも大把みの話ですよ)が近いと思はれる。詰り貿易があり、為替や相場があつた。米の代金が相場を作り、蝦夷地の密貿易で得た大陸の布切れが京大坂でいい商品になり、西のお酒や醤油が下り物として江戸で珍重されたやうな例は幾らでもあつて、これは非常に西洋的な(が大袈裟なら近代寸前の)光景である。殖産工業だの富国強兵だのといつた惹句は莫迦げてゐなければ痛切可憐なのだけれど、その惹句を掲げた我が邦が列強式の経済圏に(曲りなりにも)潜り込めたのは、室町江戸の長い準備期間があつたからだと考へても強ち無理とは云へないでせう。

 では(前近代的な)経済圏が出來てゐたといふのは何を意味、または暗示するのか。と疑問を抱くのは当然の人情で、私はそれを"生活圏の中では見られない品々"に馴れる契機になつた点ではないかと思つてゐる。どうやら世の中、隣近所では賣られてゐない(珍しい或はうまい)物があるらしいぞ。とは経済圏…流通網の確立と充實があつて感じられる筈で、その充實を地域で受け容れることで、緩やかな変化をもたらしただらう。詰り鎖國的と云ひながらも均質ではなく、更に異質が…質や量の多寡は問題ではない…流入し得た状態が300年續いたのが次のエポックに繋つたのかと思はれて、やつと話が今回の題名にも繋がる。

 "明治めし"といふのはこの稿だけの仮の造語だから、他で用ゐると恥をかく。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には注意して頂きたい。今の日本の食卓は遡れば明治の中ごろ以降に根があると思ふ。

明治27年 ウスターソース販賣(越後屋)
 ※日清戰争
明治32年 とんかつの原型誕生(煉瓦亭)
 ※東京大坂間に電話開通/現在の森永創業
明治36年 ケチャップの製造販賣(清水屋)
 ※藤村操自死/平民新聞創刊
明治38年 國産カレー粉の製造販賣(大和屋)
 ※旅順要塞陥落/日本海海戰

 コロッケは大正6年頃の大流行、マヨネィーズは大正14年發賣(キユーピー/当時は食品工業社)だから稍遅れてゐるが、ひと續きの流れと見て差支へはなからう。序でながら『西洋料理指南』『西洋料理通』と題された本が明治5年に刊行されてゐたから、その当時から(限られた階層ではあつたらうが)どうも西洋料理とかいふ食べものがあるらしいといふ噂…風聞はあつたのだらう。念の為に明治5年から27年にかけてを俯瞰すると、廃刀令があり、西南戰争があり、大久保利通が暗殺され、鹿鳴館の莫迦騒ぎ、大日本帝國憲法發布とまことに慌ただしい。前途多難といふか先行き不透明といふか。

 併し國事多難とは云へ、多難だつたのは未だ政府の豪いひとだけだつたとも推察出來て、日本人全体が惨烈な状況に巻き込まれるのは日露戰争からだらう。庶民が近代的な意味での國民になつた切つ掛けとも呼べるわけだが、かういふ話は私の手に余る。詳らかなところは近代史の研究家に任せるとして、その間、庶民乃至國民はしぶとく新しい食事を受け容れ續けた。前段で触れた経済圏と流通網による変化が予習になつたのだらう。更に単に受け容れただけでなく、それを自分たちの舌に適はす工夫も怠らなかつたことは特筆してよいと思ふ。
 コロッケやとんかつ、カレーライスにハヤシライス、オムレツに種々のフライ、煮込みの応用でもあつたらうシチュー(ごく初期の紹介は大正13年頃らしい)は無名の人びとの工夫…或は喰ひ意地の發露であつた。前時代には無かつた食べものを半世紀掛けて、現代のごく当り前に変化…昇華させた原点が"明治めし"で、これをエポックと呼ばない理由は見当らないでせう。我われはこの"明治めし"を生み出した先人にふかく謝意を示さねばならないだらう。そこで気になるのは具体的にどんなものだつたのだらうといふ点で、たとへばかういふ記述がある。

「葱1茎、生姜半箇、蒜少計を細末にして牛酪大1匙を以て煎り水1合5勺を加へ、鶏、海老、鯛、牡蠣、赤蛙等のものを入て能く煮、後カレーの粉1匙を入煮る。熟したるとき塩に加へ又小粉大匙2水にて解きて入るべし」

 前述の『西洋料理指南』に書かれてゐるカレーの作り方(表記はこの稿にあはせて変更してゐる)で、鯛や牡蠣は兎も角、赤蛙を用ゐるのには少々驚いた。まさか全部を一ぺんに入れるわけではなからうな。中國料理では蛙を田鶏と称するから、鶏肉が手に入らない時の代用だつたのか知ら。牛酪は今で云ふバタ。上の手順を現代文風に訳すと

①細かく刻んだ葱と生姜と大蒜をバタ(大匙1)で炒める。
②そこに水270ミリリットルを加へ、鶏や海老、鯛、牡蠣、赤蛙なぞを入れてよく煮る。
③カレー粉1匙を加へる。
④煮えたら塩、それから小麦粉(大匙2)を水で溶いて入れる。

となつて、中々旨さうである。文明開化のごく浅い時期にこれだけの指南書が書けたのだから(實際葱を玉葱にすれば現在のカレーと殆ど同じくらゐに思はれる)、大したものではないか。当時の手順に忠實な"明治めし"…カリーだけでなくクロッケットやカットレットも…を用意するお店があれば、是非にも通つてみたいものだ。平らげるだけ平らげて、我われは室町人や明治人のやうなエポックを作れるのだらうかと、がつくりする心配があるのだけれど。
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# by vaxpops | 2017-05-16 17:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

ソース焼そば探偵

 焼そばと聞くと小腹が減つたと思ふ。減つてゐなくても思ふことがあるから、一種の條件反射なのかも知れない。どこにその條件があるのか、判らないけれど、浮んでくるのは大体、鼻孔をくすぐるウスターソースの香り、豚肉の欠片か赤いウインナー、キヤベツ、毒々しいくらゐの紅生姜、それから親愛なる讀者嬢に会ふ前には困らされるにちがひない青海苔。或は鐵板の隅で焦げついた麺を含めてもいいか。あれはあられみたいで旨いんだよ。…と書いて思つたのだが、どうやら"私の焼そば"の印象は、屋台で賣られる安つぽいソース焼そば"にほぼ等しいみたいだ。塩味や醤油味仕立て、あん掛け、堅焼そばの立場はどうなるのだと叱られさうで、併し私の印象…即ち思ひ込みだからどうにもならない。

 正確さは保證の限りではないとして、原形は中國の炒麺(チャーメン?チャオミェン?)であるらしい。炒めるか揚げるか焼くかした中華麺に具を加へるか、あんにして掛けるかする調理法ださうで、前述の塩または醤油またはあん掛け乃至堅焼そばが近縁にあると考へていいでせう。さうなると我が邦と中國の焼そばを隔てたのは、ウスターソースと見立てて間違ひにはなるまい。ざつとしたところ

・19世紀初頭 英國で偶然發生
・19世紀前半 素早く英國で商品化
・19世紀末期 明治中頃の日本で量産開始
 (試作はもつと早かつたらしい)

といふ流れらしく、どう長く見ても100年経たず日本に入つたと考へていい。案外と早いね。尤も醤油と味噌が左大臣右大臣を張つてゐた時代だから、ウスターソースの割り込む余地は当初、ごく狭苦しいものだつたにちがひない。
 ではいつ頃から受け容れられてきたのかといふと、はつきりしない。明治人にとつてのウスターソースは"西洋醤油"だつたらしいが、西洋人は日本人のやうにざぶざぶ用ゐはしなかつたから、そのままでは使ひ辛かつたと想像出來る。おそらく西洋料理から洋食への変遷と發展と受容に併せ(当時のハイカラな若ものがひと役買つたのは疑ふ余地がない)ウスターソースも醤油的に変化したとすれば、本格的な受容は明治末から大正年間辺りだつたと推測して誤りにはならないだらう。

 では日本の焼そばが誕生したのはどうなのだと疑問が浮ぶのは当然で、さうなると中華麺が入つてきたのはいつ頃だといふ話になる。すりやあずいぶんと古いにちがひない。だつて水戸人が
『我が邦で最初にラーメンを食したのは我らが光圀公にあらせられる』
と自慢するくらゐだもの。これが大体17世紀中頃の話。確かに古い。
 但し水戸人には申し訳ないが、ご老公が召し上つたのは明國風の汁麺だつた。記憶で書くと再現したそれは、具のない汁そばに小皿で幾種類かの薬味を添へたやうなものだつたから、原形の元くらゐが精々と云つてもいい。それに朱舜水(日本に亡命して水戸に在つた明國の遺臣。光圀公に例のそばを振る舞つたのはこのひと)は中華麺を自分で用意したといふから、これをもつて中華麺の受容とするのは無理がある。開國によつて清人が入つてきた辺り…詰り慶應から明治初年前後にかけてと見る方が正しからう。

 天麩羅を持ち出すと余談めくが余談にはならない。江戸の頃の天麩羅は現代風にいふファストフードのやうな食べものだつた。種を串に刺し、小麦粉の衣でのんびり揚げたのを屋台で(火と油を扱ふので、店を立てるのは禁じられてゐた。火事への対策または恐怖の顕れである)賣つたらしい。ひと串何文だかで小腹を満たす下々の樂しみだつたのだらうな。
 ちよいと羨ましく思はなくもないが、ここで注視したいのはのんびり揚げた点である。たつぷりの油を高温にして、素早く揚げられなかつたからとは直ぐに解ることで、詰り火力の問題。この問題の解消と天麩羅の技術の融合がとんかつやコロッケや海老フライ、即ち洋食に直結するのだが、それはこの稿の話題ではない。

 さてここで思ふのは、炒麺乃至焼そばを作るのだつて、大きな火力が必要だらうといふこと。炒麺焼そばに限らず中國式の調理と巨大な焔はほぼ一直線に繋がる印象なのだが、そちらはまあ、措きませう。
 そこで清國の料理人が入りこんできたのが19世紀半ば頃、ウスターソースの受け容れが半世紀足らず後の話とする。とんかつが誕生したのは明治の末くらゐで、詰りそれ以前に大火力の問題は目処がついたと推測出來る。江戸人が食べたであらう和食は文明開化と大正モダンで変質乃至滅亡したと考へてよからうから、ソース焼そばが登場する條件は整つてゐたと見ても間違ひではない。さう私は睨む。割りといい線を引けたと思ふが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、如何だらうか。

 併しその先になると判らない。中國風の炒麺と西洋式の調味料の組合せが、どの程度の格で受けとめられたのか。それがどう向上し或は下落したのか。またそれらはいつ頃のことなのか。推測したくても手掛かりが見当らないのだもの。それでもまつたく判らない、とまでは云へないか。おそらく最初からそんなに高い地位を得はしなかつただらう。明治大正の我が邦でモダーンな食事が西洋基点の洋食だつたことを思ふと、がんらいの日本の食事に関りのうすい、清人が英國のコートを羽織つたやうなソース焼そばは、些か分が惡かつたんではないかと想像出來る。

 洋食気取り。
 洋食もどき。

 この辺りの評価が精々だつたらうが、決してまづくない。豪勢な具の用意を諦めれば、鐵板ひとつで廉価に作れもする。但しこれを不幸不運と呼ぶのは誤りで、私は落語を思ひ出す。けちん坊な男が鰻屋の隣で匂ひをおかずに飯を喰ふ。屋台の親爺に匂ひ賃を払へとねぢ込まれた男は銭の音を聞かせて、匂ひ賃だから音でいいだらうとやり返すとかいふ噺で、鰻の匂ひが如何に食慾をそそるかがよく判る。焼鳥のたれやカレーも同様で、かういふ"匂ひをも喰はせる食べもの"は、金華玉楼で出されても、どこかしら味気ない。我らがソース焼そばが例外にならう道理もなく、屋台や夜店や扉を開け放つて営業する潰れさうな店の軒先から、ウスターソースの焦げる匂ひが漂ふから、條件反射的に空腹でもないのにさう勘違ひするにちがひない。うん、やうやく推理が纏まつた。これからお八つにソース焼そばを食べるとしませう。
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# by vaxpops | 2017-05-14 16:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
 以前にも何度か話題にしてゐるが、気にせず書く。文章で口を糊する立場では六づかしからうとも思はれて、こんな時に素人は得をする。尤もプロフェッショナルだつたら、同じ種で一冊の本を書き上げられるかも知れず、さういふ本があれば一讀してみたい。詰りポテトサラドの話。

 ポテトサラドとは何ぞや。

 といきなりなところから話を始めるが、我われの多くはそれを、茹でた馬鈴薯を崩し、野菜や果物を加へて、マヨネィーズで和へたサラドの一種としてゐるのではないか。私はさうである。
 それで幾つかのウェブサイトを見てみると、微妙な差異はあるがおほむね、"茹でた馬鈴薯を主な材料とした"サラドとされてゐたから、ちよいと驚いた。マヨネィーズは必須でなかつたのか。併し"これぞ王道のつくりかた!"と題されたページでは具材(十)対マヨネィーズ(二)を黄金比と書いてあつた。キューピーが提供してゐるから、これでマヨネィーズを使はないのなら、そつちの方が寧ろ驚きだけれど。

 キューピーが主張する"王道の"ポテトサラドでは玉葱(薄切り)、人参(銀杏切り)、胡瓜(輪切り)にハム(短冊切り)を使ふ。マヨネィーズで和へたら塩胡椒で味を調へるさうで、これは確かに説得力がある。日本人が思ふポテトサラドの最大公約数ではないだらうか。他にもコーンドビーフに黒胡椒をあしらふ、鯖の水煮罐を使ふ、胡瓜やパプリカをピックルスにして混ぜ込む作り方の紹介もあつて、流石キューピー、どれも旨さうでこまる。

 そこで最初の結論。味変りのポテトサラドなら毎日でも宜しい。
 かう書くとたとへばマカロニサラドぢやあ駄目なのかと疑念を呈する讀者諸嬢諸氏もをられる筈で、さう断定は出來ないにしても、中々厳しいんではないかなと私は応じたい。それにマカロニの類ひなら、ポテトサラドの具に加へられるだらうとも思はれるのだが如何だらう。
 ここで前述の漠然とした定義が活きてくる。茹で馬鈴薯が主役のサラドであれば、ポテトサラドを名乗れる(可能性が大きにある)ことになつて、たつた六文字のカタカナが示す範囲はこちらが思つてゐより遥かに広い。僅か三文字のカタカナで大きな世界を示すカレーに近しい存在感(ポテトサラドの一部はカレー世界に含まれるのだが)と云つてよく、カエサル曰く寛容即ちクレメンティア…さういふ食べものと云つてもいい。

 但しポテトサラドがカレーと異なるのは、所謂変り種も十分に旨いのだけれど、結局のところはキューピー方式の"王道"に戻る点だらう。天麩羅だの月見だの冷しだのに舌鼓を打ちながら、矢張り最後はきつねうどんでなくちやあ締らないのと似てゐると思ふのは、どこかをかしいか知ら。譬へは兎も角、万人の認める基準があると云へば異論は出ないにちがひない。

 續いての結論。それでも細かな好みの相違は必ず發生する。
 一ばん大きくちがつてくるのは、おそらく(間違ひなく)馬鈴薯をどの程度まで崩すか、といふ点だと思ふ。私はペーストに近いくらゐの食感を好む。ごろごろ方式だと、折角の馬鈴薯が妙に堅く感じられるのが気に入らないからだが、これは馴染みの問題でもあるので念を押しておかう。
 もうひとつは果物を加へるか否かといふ点で、私の周辺では否定的な意見が多いのだが、私は好もしく思ふ。酸味のつよい林檎や八朔を少量入れると、その酸つぱさがポテトサラドの味をふくらまして呉れる。これもまた馴染みの問題と云へばそのとほりなのだが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏だつて、それは同じでせう。

 序でなので、もつと細かいところを幾つか挙げておくと、玉葱は生より炒めた方が望ましい。香りと歯触りが豊かになる。それからうで玉子も加へたい。堅茹でを小さく潰したの。目立たない程度で彩りがよくなる。またこれは変り種だよと批判されさうだが、枝豆も入れてもらひたいな。ペーストに近しい馬鈴薯好みには、これが歯応へになる。その代りと云つては何だが、人参は要らない。赤の色は隣にトマトを添へれば宜しい。問題はチーズとツナ罐だが、あれば喜ばしいくらゐで留めておかう。あれこれ入れすぎるのはポテトサラドの本來から遠ざかる。

 味つけは矢張りマヨネィーズを基本とする。少量の醤油を隠せば、風味は広がるだらう。色みが惡くなりさうなのが難点だから、別に用意するのが賢明かも知れない。ウスターソース(加へて三滴のタバスコ)やケチャップ、七味唐辛子、或は思ひ切つて味噌の類も同様で、最初の調味に用ゐるのではなく、その気になれば使へる準備をすれば宜しからうと思はれる。ポテトサラドはカエサルの云ふクレメンティアを体現してゐるから、さういふ調味料を受け容れる器がある。

 ただ何事にも例外はあるものだから、ポテトサラド(に用ゐる調味料)にもそれがある。即ち黒胡椒。私はがんらい胡椒の辛みをそれほど好まないのだが、羊肉とポテトサラドは別で、挽きたての黒胡椒との相性は抜群と云はざる得ない。そして黒胡椒を小皿に用意して振り掛けるのは望ましからぬとは改めるまでもなく、珈琲豆と同じく都度挽くのがあらまほしい。
 尤もポテトサラドといふ庶民的なおかずに、どこまで凝るのかと疑問は湧いてくるけれど。そしてこの疑問…黒胡椒ひとつに限らないが…は、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも提示して宜しからう。即ち、讀者諸嬢諸氏の愛するポテトサラドは果してどのようなものであるか。私はポテトサラド同様のクレメンティアをもつて、ご意見を伺ふ積りでゐる。
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# by vaxpops | 2017-05-12 12:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

睨んだ

 ハムやソーセイジ、ベーコンの類は好物で、口にするたびに實に欧風的の食べものだなあと感心させられる。どこがどう欧風的なのか、自分でもよく判つてはゐないのだが、そこはここだけの秘密。併し我が邦のご先祖が獸肉を食べてゐたらうことは確かとして、遂にかういふ工夫に到らなかつたのもまた事實で、畜産に関はる技術の問題だつたのか知ら。
 考へてみると獸肉を育て食べるとして、広闊な土地と大量の牧草が必要で、そのくせ養へる人間の数はたかが知れてゐる。さういふ意味で牧畜は可也り贅沢な産業と云へるでせう。時間は掛かるし手間もあるけれど、同じ面積の土地で効率を云へば米に軍配が上るのは念を押すまでもない。獸に然程の興味が湧かなかつたとしても、責める理由にはならないだらう。尤も牛乳…正確には乳製品は別扱ひだつたらしい。醍醐の下賜があつたといふから、貴重な美味だつたのだらうな。

 ここで余談。醍醐味に名を残す醍醐はチーズとバタとクリームの中間的な食べものだといふ。どうもうまく頭に浮ばないが、私の所為ではない。元の文章がえらく曖昧だつたからだが、元の文章が惡いわけでもない。旧い記録から想像するしかなければ、曖昧になつたところで文句を云ふ筋でもないでせうさ。余談終り。

 下賜といふのは御門が臣に下シ賜ルものだから乳製品…即ち醍醐が珍な味とは公卿連にあつた認識とみては間違ひないでせう。そこで乳牛が死んだ後、それをどうしたのかといふ疑問が浮ぶ。簡単に棄てたと考へるのは正しいと思へない。乳牛の飼育は朝廷に専門の部署を設けるほどだつたことがあり、死を穢レとする感覚が余程に強かつたらうことを併せて思ふと、何かかにかの儀式的な行為はあつただらうと想像する方が理に叶つてゐると思はれる。
 尤もそれが表向きだつたのではないかと想像を重ねることも出來て、上代古代の穢レは死だけでなく血にも及んでゐた(神話の中で女性への軽侮またある種の畏れがあるのは、経血に対する穢レの感覚である)から、貴族或はもつと大雑把に支配者階級が乳牛の死骸を直接どうかうしたとは考へられない。卑賤の人びとが實事を請け負つたに相違なく、かれらが儀式に則つて次第を済ませ、果してそれだけだつたらうか。疑はしい。

 私が賎民だつたら喰ふね。
 間違ひない。
 但し喰ふとしても烹るか焼くが手一杯で、蒸したり揚げたり煮込んだりは無理だらうな。まして塩漬けにして保存するなんて、想像の埒外に相違ない。それに佛さまが來日する前は直会(讀みはチヨクカイではなくナホラヒ)で贄を捧げも…希臘の叙事詩で羊を割いてアテーナーやアポローンに捧げるでせう。あれに近いと思ふ…した筈だから、賎民の口には入らなかつたか。牧場官僚は案外、焼肉の味に親しんでゐたのかも知れないぞ。
 といふ想像をするに、ごく一部の例外は認めるとして、おほむね我が邦の食肉、ことに肉の加工の技術はまつたく貧弱だつたと推定して誤りではなからうと思はれる。ご先祖の食卓が肉料理に彩られなかつたのは残念。尤も考への方向を変へれば、獸肉に頼らなくても食事が成り立つ風土に恵まれたとも云へるのだが、そつちに重きを置くとハムにソーセイジ、それからベーコンの立場がなくなつて仕舞ふ。

 そろそろハム、ソーセイジ、ベーコンに話を移さう。これらには塩漬け、燻し、茹であげといつた作業がある。これらを一見すると、作つて直ぐに食べるものではないと判る。ソーセイジなぞは膓の容器まで準備する周到さの保存食である。
 まづかつたらうな。最初の頃は。
 きつと無闇にからかつたにちがひない。
 それで思ひ出すのはイベリアの山間部やドイツで、贔屓目に見ても農業だけで食事が成り立つ土地ではなささうである。細々しいことを考へる前に、餓ゑるよりましな目の前にゐるもの…牛や豚や羊…を工夫して保存しなくてはならない事情があつたのだなと想像したつて無理はなからう。
 すごいのはその餓ゑるよりましな程度から始つた食べものを、たいへんな美味にまで昇華させた人間の喰ひ意地である。塩や香草、燻す樹木の種類や量、ひとが掛けるべき手間、自然に任せるべき手間、さういつた事どもを一体に洗練させた執念深さは讃嘆(それとも驚愕)してもいい。ひとが棲み續ける土地には必ずその土地の旨いものがあると喝破した小説家はまつたく正しかつた。

 ここで中國風の類似した食べもの…叉焼や煮豚はどうなのだと、疑問が浮ばなくもない。
 たとへば(曖昧な記憶だが)金瓶梅の西門慶が鱈腹食べる珍味佳肴にさういふ一品があつて、それが殺風景な保存食ではなかつたのは当然として、そもも中國人に保存食の概念があつたかどうか。
 凶作と飢饉が貧民の大移動を生み、貧民が泥棒と強盗の集団となり、その親玉が起す革命に到るのが古代中國の政治史の骨格なのは改めるまでもなく、詰り最初に農業があつた。農業の場合、収穫物の保管が保存食に相当することを思ふと、獸肉を塩漬けや燻製にして飢饉に備へる考へ方は薄かつたんではないか知ら。

 翻つて我が邦の特に南方が中國式の食べものから強く影響されてゐるのは、豚の角煮ひとつを取つても容易に想像出來る。あれはまつたく素敵な食べものですな。大鉢に盛られた角煮と焼酎の組合せは広い意味の和食で、殆ど唯一、獸肉が主役なのではなからうか。そして豚の角煮はひどく時間の掛かる料理ではあつても、長期の保存を前提にしてゐないのは明かで、この伝播が日本式のハムやソーセイジ、或はベーコンに繋がらなかつた裏の事情。ではなからうかと私は睨んだ。睨めた切つ掛けは一ぱい呑んでゐた時のおつまみ…即ち焼豚の薄切りで、偶にかういふことがあるから、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、お酒も惡徳計りではないのです。
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# by vaxpops | 2017-05-11 09:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

お八つ

 普段はあまいものを食べない。
 好ききらひではなく習慣の話。
 何故食べない習慣なのかと訊かれても、習慣だからで御坐るよとしか応へられなくて、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にだつて、さういふ習慣のひとつやふたつ、あるでせう、さうにちがひないよ。
 だから断乎として食べないのだといふ堅い決意を持つてゐるわけでなく、何の切つ掛けか判らないが不意にちよつと食べたくなることがあるもので、あれは一体どんな事情なのだらうね。

 口さみしいくらゐの時ならチョコレイト。
 本格である必要は丸でなく、その辺のマーケットで投げ賣りされてゐる廉価なミルク・チョコレイト(明治や森永)でいい。少し贅沢してアーモンド入り(でん六)のやつもいい。今時の若い讀者諸嬢諸氏には想像が六づかしからうが、私が少年だつた頃のアーモンド入りチョコレイトは中々贅沢なお八つだつたのだよ。
 シュークリームも贅沢だつたなあ。
 シュー・ア・ラ・クレームなどいふ気取つたのではなくシュークリーム。少年の私にとつてシュークリームといへばヒロタだつた。カスタード・クリームのごくありふれたやつ。エクレアとシューアイス(バニラのアイスクリーム入り)はもう一段格が上、生クリーム入りなんて想像が出來なかつたものです。

 成る程。そもそも甘いものを食べる機会が少なかつたのだな、私には。
 年寄りがゐた所為なのだらうか。
 そんなら和菓子…羊羮や蜜豆やお汁粉や大福餅が登場しなかつたのが不思議である。単に祖父母が好まなかつたのか、奢侈品と思ひ込んでゐたのか、今となつては明らかでない。

 併し何事につけ例外はあるもので、私の場合は三笠がそれだつた。東京で云ふ銅鑼焼。
 チョコレイトよりシュークリームより遥かに身近だつた甘いものはこれで、カステラ(これはおそろしく贅沢なおやつ)を連想させる生地がつぶ餡の甘みをうまく抑へてゐたのが美味しく思はれた。かう書くと少年丸太はしぶい趣味だつたと誤解されさうだが、なに實際はお菓子の甘さに馴れそびれてゐただけの話さ。
 その馴れそびれの例外が三笠乃至銅鑼焼であつて、その例外が偶さか甘いものを慾する時に表に出る。尤もこれまでの積み重ねが非常に貧弱だから、どこの小豆とどんな砂糖で、どんな風に作つてゐるのかはまつたく無頓着。その辺を塩梅宜しく作つた三笠または銅鑼焼は旨いだらうなと想像は出來る。
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 だとするとお茶もしやんとした葉を用意し、丁寧に淹れるのが望ましからうと連想が働いて、何となく面倒になる。なので近所のマーケットでの特賣品(2個98円)を買つて、粉末珈琲で誤魔化すところに落ち着いて仕舞ふ。かういふ無精は感心しないなあとは思ふが、これはこれでお八つには惡くない。舌の出來がその程度なのを喜ばしく考へていいかどうか、疑問はまあ残るけれども。

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# by vaxpops | 2017-05-08 12:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(3)

識ス

 ふと思ひたつて、『断腸亭日乗』(岩波文庫/磯田光一による摘録)を讀み返してゐるのです。日乗は日記の意。著したのは云ふまでもなく荷風永井壮吉。日記を著すとするのは不適当の謗りを受けるかも知れないが(アンネ・フランクは日記をつけただけで著したわけではないものね)、断腸亭に限つては著すとしても誤りになりさうにない。まさかと思ひますか。だつたら最初の何頁かを捲つてみればよい。我われがぼんやりと考へる日記とは丸でちがふと直ちに判るでせう。

 どこがどうちがふのかと云へば、後年に刊行されることを明らかに理解してゐるからで、不特定多数の讀者を意識した書き方になつてゐる。刊行を望んでゐたかどうかまでは窺ふべくもないが、さうなるだらうと予測はしてゐたのだらう。自負と呼ぶべきか、意識過剰と云ふべきか。そこはさておいて、讀み物としては十分以上に面白い。讀み物だから、人物評や諸々のやり取りの正確性は割り引かなくちやあいけないけれど、随筆の変種だと思へば大した問題でもないか。

 『興味津ゝ小説を讀むが如し(大正13年3月21日)』

 と云ふのがぴつたりくる。この前年9月朔日は関東大震災の当日。この日の荷風は地震の後、山形ホテルで昼餉と夕餉をしたため、愛宕山にのぼり"市中の火を観望す"と書いてある。4日には絶縁状態の弟の妻と初めて顔を合せ、不快がつてもゐる。火災や強盗の話は絶無で、僅かに外出の際の糞尿の臭気が堪へ難いと記す程度。詰り私たちが知識として持つてゐる凄惨な實状にはまつたく無関心…少なくとも文面の上では…であつて、偏奇館主人の姿が浮ぶやうだ。

 怪しからん爺さんだと非難することも出來なくはなからうが、仮にその非難が聞こえたとして、荷風は馬耳東風で済ませるだらうなあ。1ヶ月過ぎた10月3日に江戸見阪から町を眺め、"自業自得天罰覿面といふべきのみ"と切り捨てるくらゐだもの。この偏窟者は現代…断腸亭の時間で云へば大正の末期から昭和中期…の日本を厭ふこと甚だしかつたから、帝都のひとつやふたつ潰れたところで、どうといふこともなかつたにちがひない。

 ここで大事なのは荷風山人の倫理性(非倫理的だつたといふ意味ではない。かれは欧米の文明にあくがれ續けたひとだつたが、それは時間…伝統に裏打ちされた在り方に対してで、本來の志向と嗜好は前時代即ち江戸にあつたし、明治前期生れの壮吉少年に江戸風の躾…倫理観…が影響を与へたらうことは許される想像かと思ふ)でなく、後に不特定多数に讀まれるだらうと判りつつ、非難されるやも知れない箇所を打ち捨ててゐる方ではなからうか。

 いい度胸だなあ、まつたく。

 もうひとつ。世間を慨嘆し、兄弟親族を罵り、新聞記者と軍隊をきらひ抜いた老人が、清廉で正直な自分といふ仮装にも丸で興味を示してゐない点もいい度胸と云つておかうか。怪しげな私娼窟に出入りし、私妓を連れて晩餐をしたため、ことに及ぶ夜(流石に書かれてはゐないが、ある研究によると、原本には丸印のつけられた日があつて、前後の状況からさういふ日と推測されるのださうな)もあつたらうが、露惡が趣味かと疑ひたくなる記述も中にはある。この態度を豪いものだと思つていいのか、疑問は残るとして。

 ところで私も手帖を使つてゐる。日記とまでは呼べないにしても、ちまちまと書きつけはしてゐて、併しかういふことは中々記し辛い。蒸し暑くて参らされたとか、雨で足元が不快だつたとか、その程度の文句が精々で、實名を挙げながらの罵倒だつたり、廉恥が店の女を褒めたりするのは躊躇はれる。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏だつてさうではなからうか。

 ここで落ち着いて考へれば、躊躇する理由が見当らない…たれかに覗き見られなければ、だが、手帖なら余程阿房な眞似をしない限り、その心配はせずに済む。自分が死んだ後までは知つた話でないし。そんならあの躊躇ひは何だらうと首を傾げ、あれは何年か後、それも2~3年くらゐ先の自分に対する羞恥心ではないかと思ひあたつた。これくらゐの云はば近未來は、今の自分と地續きである。その地續きの自分が羞恥を感じるのではないかといふ想像への躊躇。

 有り得るね、これは。
 有り得るよ、きつと。

 手元に残る一ばん古い手帖は20年余り前のもので、見直して恥づかしさを感じたりはしない。現在の自分との連續性がない…が大袈裟なら、きはめて薄くなつてゐるので、莫迦げたことが書いてあつても、(都合のよいことに)他人事のやうに思へるのだ。20有余年前の自分に無責任になつてゐると見立ててよく、これは忘却と並ぶ時の効能と呼べる気がする。

 待てよ。だとすればたつた今使つてゐる手帖に下らない、或は人目を憚ることを書きつけたとして、20年を過ぎれば何の事もない別人の所行といふ場所に遷るのではありますまいか。20年後なら私は死んでゐるし、今の紙とインキならぼろぼろになつてゐる筈だから、もの数奇が解讀を試みたとしても何が何だか解らないにちがひない。仮に讀めたとして、当人が巷間からおさらばしてゐると思へば、恥を気に病むこともなからう。何より荷風老人が日乗で描いた帝都の姿(中でも空襲で焼け出されるくだりは百閒先生の"焼盡"と並んで讀み飛ばすわけにはゆかない)は、"小説を讀むが如"き興味に溢れてゐるから値うちがある。丸太の手帖と較べる態度自体、烏滸の沙汰であつたな。

 ここまで考へてやうやく、罵倒でも褒め言葉でも恋慕でも劣情でも、書き留めてかまふまいと安心した。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の閑潰しに興せないのは多少の心苦しさを感じなくもないが、そこは当面、この[いんちきばさら]で辛抱して頂きたい。かう思ふのもまた、烏滸の沙汰かも知れないけれども。
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# by vaxpops | 2017-05-07 18:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

丹念で且つ執拗な

 明治頃の小説をぱらぱら讀むと、着物の描冩が細やかなのに驚かされることがある。生地がどうで色や柄がかうでと、舌なめずりでもしてゐさうな感じがされなくもない。
 現代の小説ではどうだらう。私は偏りが烈しいから、あてにはならないけれど、丸谷才一くらゐしか思ひ浮ばない。あのエロチックな話題を好む小説家は、巨細を尽してスカートの襞の具合やブラウスの色めを描いてゐた。好色の最も文學的な顕れだらうと思ふ。エロチックな描冩ならポルノ小説ではないかと反論するひとがゐるかも知れないが、あれはただ扇情的なだけでエロチックとは位置づけが異なる。

 何故だらうと思ふに、着物の描冩はある登場人物の社会的な地位や性格、心象を示す恰好の小道具だつたからではないか(遡ると流行の発信元といふ役割…冩眞で見せる方法が有り得なかつた時代…もあつたらうが、流石に近代の小説にはその気配はない)現代の小説はさういふ暗示的な小道具を必要としなくなつてゐるのだらう。その変遷がいつ頃だつたのか、疑問が浮ぶけれど、それはこの稿の話題でない。社会史の分析が重要な意外と面倒さうな研究になりさうなので、熱心な研究者の發表を待つとしませう。

 私が気になるのは衣裳に限らず濃やかな…いつそ執拗と呼びたくなる描冩の手法自体で、たとへば土地の情景もその対象のひとつ。司馬遼太郎描く『坂の上の雲』の旅順要塞攻略戰では、これが重要な扱ひでもあつた。最近讀み返した中で云ふと『リヴィエラを撃て』で描かれたアルスターやロンドンの情景の息苦しさは髙村薫の本領を見る思ひだつた。この息苦しい感覚が物語に欠かせない要素なのは云ふまでもない。濃密な描冩を必要とするのは、花やかな情景だけとは限らない好例であらうか。

 そこで気になるのを進めると、さて飲食でさういふ描冩があるだらうか…手法として採用出來るのだらうか、と疑問に繋がる。
 最初に浮ぶのは池波正太郎で、かれの描冩は實に旨さうだと考へる方もゐるだらうが、またそれを否定するのは無理があるのでもあるが、あの小説家が巧緻は、描冩の濃やかさより、食卓の風景を一筆で描きながら、こちらの食慾をむやみに刺戟する筆法で、こちらの想像への働きかけが巧いのだと考へる方がよろしからう。
 旨さうな本といへば檀一雄を忘れてはならないか。一体かれには何度迷惑を蒙つただらう。が、思ひ出しても濃厚、巧緻、緻密な描冩は浮んでこない。料る歓び食べる愉しみの胃袋への染み込み方は上等のお酒を凌ぐのに、その書き方は関西風のお吸物のやうに穏やかである。驚嘆に値する文章の藝と讚辞を捧げねばなるまい。
 飲食にまつはる優れた文章家は少ないけれど、それでも吉田健一、辰巳浜子、湯木貞一、北大路魯山人、邱永漢くらゐの名前は私程度でも出てくる。併しいづれにも"お吸物のやうな"淡泊さは共通してゐて、まあ魯山人の厭みは好もしくないとしても、矢張りサヴァラン教授の書く"スプンが立つほどに濃厚なソップのやうな"感覚からは離れてゐる。良し惡しではなく、我が邦の文學が持つ伝統なのか知ら。

 さうなると"濃厚なソップ"を思はせる飲食の描冩は成り立たないのだらうかと更に疑問が深まるのは人情の筈で、かういふ例は記憶にない。ガルカンチュワ的な献立の一覧なら『御馳走帖』で内田百閒が書いてゐるのだが(これもまた旨さうで實に迷惑する)、たとへばひと皿のカレーライスの、ごはんの調子、ルーの色あひに粘り具合、牛肉や人参や玉葱(もしかすると丸まつちい素揚げの馬鈴薯)の浮びまた沈む様、或は刺戟的な香辛料のかをり、隅を密やかに彩る福神漬に艶やかな辣韮を銀いろの匙ですくひ、舌と鼻と喉で存分に味はひ、氷をたつぷり入れた清涼なお水で流す悦びを、濃やかに丹念に執拗に描いた文章。
 ステイクでもいい。温められたお皿に乗せられたレヤーの牛肉。グレイヴィ・ソースの色と艶。大蒜の香り。隠元豆や人参の鮮やかな緑と赤。馬鈴薯の湯気。赤身と脂身の取合せ。こつてりした葡萄酒の暮色の海のやうな漣。清冽なナイフとホークが肉を断ち、馬鈴薯を崩す。頑丈な歯と顎が噛み砕き擂り潰し、飲み込んで胃の腑まで落ちる一部始終。
 いやステイクに限らず、同じ手法はとんかつでも天麩羅饂飩でもざる蕎麦でもおでんでも海苔弁当でも成り立つ筈で、にも関らず見掛ける機会に恵まれないのは、その必然性が認められてゐないからなのか知ら。何をどう食べまた呑むかはそのひとを衣裳以上に際立たせると思ふのだが。それとも全篇が食事の丹念且つ執拗な描冩に満ちた、私の知らない小説があるのだらうか。一ぺん是非に讀んでみたい。
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# by vaxpops | 2017-05-05 10:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

御説御尤も

 買つたはいいが、どう扱へばいいかよく判らなかつたもののひとつに、鯖の水煮鑵がある。
 よく判らなかつた理由は味の想像が出來なかつたからで、そんならいつちよ、食べてみればいいぢやあないかと指摘されれば、御説御尤もと頭を下げる他にない。併し買つた以上、鯖なのだからまづい道理はないし、そもそ手元に鑵詰があるのだから食べなくてはならない。

 それでざつと調べてみると、簡便で旨さうな食べ方があるもので、中でも

『お皿にあけ、大根おろしを添へて、青葱を散らして醤油を垂らす』

には微苦笑を浮べざるを得なかつた。確かにうまいだらうけれど、胸を張つて書くことでもなささうな気がする。もうひとつ微苦笑の例を挙げると

『小鍋に移し、味噌仕立てで煮く』

といふのがあつて、鯖の味噌煮鑵とどこがちがふのか知ら。梅干しのひとつもはふり込んで、演出をするのだらうか。

 うーむ、役に立つのか立たないのか、判断が六づかしいなあと思ひながら鑵をじつくり眺めると
『おいしい召し上り方』
とか称して、鯖の水煮をトマトでソップ仕立てにすると書いてあつた。

 ほほう。

 ここで思ひ出したのは、鶏肉の麦酒煮で、骨付きの股肉だつたかを塩胡椒で焼いた後、トマトのピューレと麦酒で煮た(水は使はない)だけのものだが、あれは旨かつた。鯖の水煮でも応用出來るのではないかと思つた。

 併しうまく仕上るかどうか自信が持てないのにトマト・ピューレを買ふのは勿体無いと、せせこましく考へて、取敢ず冷蔵庫にある濃縮出汁で何とかしようと方向を決めた。

 近くのマーケットで玉葱2個が60円(見切品)だつたのでそれを買つて、ひとつを大ぶりに切つて小鍋に敷き、そこに鯖の水煮鑵をあけた。
 更にもうひとつの玉葱を小さめに切つて上から被せた。鑵詰の汁だけでは足りなささうだつたから水を加へ、抑へ気味の火を入れながら、塩胡椒を振り、濃縮出汁は少なめ。鯖の匂ひが立ちさうに思へたので、チューブ入りの生姜を念の為。

 煮きあがりは實に無愛想。だが味は惡くない。鑵詰なのだから調味がまづい筈はなく、加へた分も同じ程度に効果的だつたか。尤も欣喜雀躍の美味にはほど遠い。まつたくのところ適当に煮ただけなのだから、当り前である。

 先づ玉葱のソップを用意した方がよかつた。味つけは塩と胡椒。薄味のたつぷり目。
 色みを考へると矢張り、トマトや青葱は欲しかつたし、味を広げるのを含めば茸を加へるのも方法だつたか。
 鯖鑵を入れるのはその後で、味の全体は醤油でも生姜でも大蒜でも使つて、控へ目に調へる。

 これならお皿に盛るだけで、それなりに見える(期待がある)し、柑橘の皮をへいで散らすか、梅肉を叩いたのを添へれば、半人前よりは多少ましなひと皿になりさうな気がする。ただかういふ手間は、たれかに食べてもらはうとする時に掛けたくなるものだからなあ。

 かう書くと、いやいやと訂正が求められるだらうか。たれかに食べてもらはうとするなら、そもそも鯖の水煮鑵は使はないでせう、と。云はれてみればその通りで、御説御尤もと再び頭を下げなくてはならない。
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# by vaxpops | 2017-05-03 13:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(3)

譬喩として

 バイブルをbibleと綴つた場合、その意味は本。確かラテン語だつたか。綴りの頭を大文字にしたBibleだと、基督教の聖書を指す。転じて宗教的な意味の有無を問はず、極めて重要な本の譬喩にもなつてゐますね。かういつた喩へ、基督教猶太教イスラム教圏内でも成り立つのか知ら。
 思ふにバイブルが"きはめて重要な本"のたとへになるのは、一冊だからではなからうか。厳密に云へば、Bibleにも正典とそれ以外があるし、突き詰めてゆくと色々ややこしくなるのだが、印象としては同意してもらへさうな気がする。生眞面目な信徒に呆れられる不安は残るとして。

 その辺はいいか。Bibleの研究と話題は眞面目な學者にお任せして(それはそれで讀んでみたい)、この稿で話題にしたいのは、教典…詰り大文字のBibleではなく、そこから派生した譬喩の方。簡単に云へば好きな、より正確に云ふと飛びきり好きな本で、これを私は
 ≪残りの人生を託すに足る5冊の本≫
と呼んでゐる。恰好いいなあ。但し私の独創ではない。『神の火』(髙村薫/新潮文庫)に、主人公が≪5冊の本≫を撰ばくてはならない時期にきたのを悟るくだりがあつて、非常に印象深かつたんである。さういへば髙村の小説にはどこかに基督教とホモ・セクシュアルの匂ひがあるなあ。

 余談は兎も角。

『文章讀本』
 (丸谷才一/中公文庫)

『阿房列車』
 (内田百閒/旺文社文庫)

『檀流クッキング』
 (檀一雄/中公文庫ビブリオ)

『私の食物誌』
 (吉田健一/中公文庫ビブリオ)

『ヨーロッパ退屈日記』
 (伊丹十三/文春文庫)

 私の残り少ない≪人生を託すに足る5冊≫はこれである。他にも好きな本があるのは勿論で、小説なら『私本 源氏物語』(田辺聖子/文春文庫)『女ざかり』(丸谷才一/文春文庫)、『ドバラダ門』(山下洋輔/新潮文庫)、『幻の女』(ウイリアム・アイリッシュ/稲葉明雄 訳/ハヤカワ文庫)、『初秋』(ロバート・B・パーカー/菊池光 訳/ハヤカワ文庫)、他にも『断腸亭日乗』(永井荷風/岩波文庫)、『御馳走帖』(内田百閒/中公文庫)…要は色々と好きな本がある中で、上の5冊が譬喩としてのBibleの格を得てゐると受けとつて頂きたい。
 何度も讀み返してゐる。当り前の話か。再讀三讀に耐へない本に残りの人生を託せる筈がない。面白く飽きず、その積りはないのに、考へさせられ、気づかされる。[いんちきばさら]にこの5冊の筆者の名前が度々登場するのは、さういふ事情であつて、 我ながら影響が判り易い。

 文章それ自体。
 呑み喰ひ。
 旅…移動。
 役に立ちさうもない蘊蓄。

 5冊に共通する興味はこの辺りか。それらが私の嗜好と一致するのは念を押すまでもなく、いやもしかしてこの5冊が私の嗜好を決めてゐるのかも知れない。何しろ(譬喩としての)Bibleだもの。それくらゐの力があつても不思議ではないさ。
 併し見直して妙だなと思ふのは小説が含まれてゐない点で、『阿房列車』には随筆と短篇小説を兼ねてゐる風味はあるが、我らが百閒先生にさういふ狙ひがあつたかどうか。あのひとの藝風は複雑だから何とも云ひ難いとして、小説らしい小説がない("小説らしい小説"とは何ぞやといふ疑問はさておく)のは何故だらう。

 小説がきらひなのではない。
 撰外の例に挙げた本の中にもあるくらゐだからそれは確實である。
 それに私の讀書の事始め(自分から讀み出したといふ程度の意味である)は小説だつた。
 ロフティングの"ドリトル先生"だつたか、ミルンの"プーさん"だつたか、スウィフトの"ガリヴァー"だつたか(作者はいづれも英國に関りがあるひとだね。英文學との縁はこれつきりだけれど)(序でに云へば私が讀んだのはすべて岩波書店版。翻訳は順に井伏鱒二と石井桃子と中野好夫が健筆をふるつてゐと思ふ)はつきりしないが、物語が最初にあつたのは明らかだし、今だつて事情は変らない。私は文學の分野に格づけをしない方なので、単純に惹かれる力のちがひなのか知ら。

 そこで小説に限つた5冊が撰べるのかといふ疑問が浮ぶ。なに、ご存知のとほり、私の讀書量なんて大したものではないから、それほどの困難でもなからう。
 先づ司馬遼太郎の『国盗り物語』を挙げませうか。それから上にも挙げたが『ドバラダ門』も避け難い。池波正太郎は『雲霧仁左衛門』を。
 探偵小説からはクィーンの『Yの悲劇』か、クリスティ女史の『アクロイド殺害事件』(出版社によつて、"アクロイド殺人事件"だつたり"アクロイド殺し"だつたりするのだが、ここは"殺害事件"でなくてはならない)、或は基本中の基本とでも呼んでいいドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』も見過ごせない。
 ライアルの『深夜プラスワン』、ヒギンズの『鷲は舞い降りた』はどちらも菊池光の訳が素晴らしくひと晩を費やして悔ひのない良作である。
 小説と呼べるかどうかは、大きに疑義を認めるとして、『イーリアス』と『オデュッセイア』といふ大叙事詩だつて、再讀三讀どころか、生涯讀み返して飽きる心配はないだらう。
 これで10冊。ホーメロス以外は予想通り、ひどい偏りを示してゐるね。異論はあらうが、それは我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、ご自身の5冊を撰んでもらひたい。上の10冊から『国盗り物語』、『雲霧仁左衛門』、『アクロイド殺害事件』、『深夜プラスワン』、『イーリアス』に絞り込むとしませう。

 さて。この小説版の5冊…暫定的なものですよ、念の為…を、私の≪人生の残りを託すに足る5冊≫と入れ替へられるか、どうか。

 暫く自問してみたが、自答は否だつた。

 5冊の小説が詰らない筈はない。嘘だと思ふなら、どれでもいいから1冊を讀んでみ玉へ。丸太だつてたまには誤りのない話をするものだと納得してもらへるだらう。
 併し入れ替へには到らない。敢て云へば『イーリアス』が非常に悩ましいのだが、譬喩としてのBibleには何か、或はどこかが及ばないのだな。ひどく抽象的になるのはご容赦頂くとして、どうもその何かまたはどこかは、私の骨や血への溶け具合のやうに感じられる。讀みこんだかどうかも要因のひとつにはちがひない。ちがひないがもつと大きな事情として、血肉へのなり易さがあるのではないか。根拠や確証があつて云ふのではないけれど、そんな気がされる。詰り≪残りの人生を託せる5冊≫には、託さうと決めたひとの何事かが透けるのではないかと思はれて、さうなると私の5冊から何が透けてくるものか。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のすすどい分析をこれは待たなくてはなるまい。
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# by vaxpops | 2017-05-02 16:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)
 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には以前からお気づきだらうが、直接触れた記憶がないので、この稿で改めて書く。
 思はせぶりは苦手だからさつさと云ふと、カタカナ言葉を出來るだけ使はないのが、この[いんちきばさら]の基本的な考へ方…方針といふこと。カタカナ言葉を頭から拒む積りはないけれど、日本語で記せるならそつちを優先すると云ひかへてもいい。

 ひとつには好みが理由。どうも文章にカタカナ言葉を挿れると、そこだけ惡く浮いた感じ…妙なわざとらしさとでも呼べばいいだらうか…がされる。それは丸太のあしらひが下手なのだよと笑はれさうでもあるが、まあ。
 もうひとつは實利的な方向で、視認性の問題である。ちよつとこれでは解り辛いか知ら…では、あるカタカナ言葉を目にした時、その意味がすつと頭に入りにくい、と書けばどうだらう。たとへばコンセンススを得てからフィックスさせるなんて書かれて、直ぐに解るものかね。合意を得て決定させると書く方が余程にすつきりする。判らない方がをかしいと考へるのは誤り。文章は理解されるのが目的なのだもの。

 勿論カタカナ言葉で示さざるを得ないものがあるのも事實。その例外は殊に単語に多く、パーソナル・コンピュータ辺りを代表にしておきませうか。かういふのを日本語に置換するのも出來なくはなからうが、似非の臭ひが立つてくるから、それ自体を藝にしない限り、手を出さないのが賢明な態度だらうね。

 かうは書いたけれど、私だつてカタカナ言葉を用ゐることはありますよ。それはその方がいいと判断したからで、何故さう判断するかと云へば

 ①カタカナ言葉を浮すことで、その部分を強調したい場合
 ②日本語では意味するところが明瞭になりすぎるので、カタカナ言葉で曖昧にしたい場合

のふたつに分けられる。カタカナで記さざるを得ない単語は別として、さういふ意図がなければ日本語を使ふ。書く方が書き易いのは当然だし、讀む方だつて讀み易いにちがひない。

 ここで予想出來るのは
『日本語の基幹部には漢語があるぢやあないか。英語を主にするカタカナ言葉が入つたつて何の不都合もないよ』
といふ反論で、かういふことを眞顔で云ふひとがゐるんだから、世の中は不思議に満ちてゐる。

 漢語が和語と共に日本語の底流を成してゐるのは改めるまでもない筈で、その上に乗つかつてきた外國語と同列にするのが間違ひだと、これだけでもはつきりしてゐる。仮に英語が加はるとしたらさあ、あと何年くらゐ必要か知ら。五十年百年程度の短期間でないのは確實でせう。
 併し今あるカタカナ言葉を今から書く文章に用ゐて支障があるのかと、更に反論が續く可能性もあるね。あるが先づそのカタカナ言葉が讀む側にどれだけ伝はるか、詰りそのカタカナ言葉が我われの中にどの程度根づいてゐるかといふ問題がある。入れ替り立ち替るカタカナ言葉の群れで、幾つくらゐが該当するか、甚だ心許ない。

 それに文章の目的は伝へる点にある。言葉の撰び方がその大切な要素なのは想像力を働かせるまでもなく、コンセンススでフィックスと同意から決定のどつちが伝はり易い書き方か、比較するまでもなからう。
 当り前の話。
 伝はり易い言葉の背中には、伝はり易くなるまでの時間が貼りついてゐるもので、この時間は代用がきかない。そして伝はり易い言葉にはそれを十分に使ひこなしたお手本がたくさんあるのもまた当然で、今出來ではどうしたつて無理なところなんである。大きく纏めれば歴史的、伝統的、保守的である方が文章の腰が据はるといふこと。少なくとも私はさう信じてゐて、誤つた態度ではないとも信じてゐる。尤もそれで書く文章の出來がどうなのかは別の問題。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも、その辺りはひとつ、あれといふことで。
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# by vaxpops | 2017-05-01 17:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

イヤダカライヤダ

 この数年、高橋書店の手帖を常用してゐる。
 今使つてゐるのはリシェル4(月曜始まりの見開き1週間)…商品番号はNo.214…で、大きさは文庫本と同じくらゐ。使ひ勝手はそんなに惡くない。お仕着せの手帖だから、どこかここかに不満はあるもので、馴れとあはせて許容範囲に収まるといふ意味である。

 手帖なんてまた時代遅れだなあ、と呟かれる方もゐさうだが、性にあふのだから仕方がない。一応はGoogleのカレンダー機能も併用してはゐるのだと云ひ訳はしておかうか。

 そのリシェルをどう使ふかといへば、先づは予定を記すこと。遊びの予定に決つてゐる。それに伴ふメモ…予算やダイヤグラム…も記す。併し大事なのは記録の方で、日記的な用途と云へばいいだらうか。買物に幾ら払つたかとか、天候とか、讀んだ本の題名とか、たれから連絡があつたとか、まあそんなところで、書き出しながら思つたが實に殺風景だねえ。

 後は何を食べたかも記す。これは池波正太郎の眞似。あの小説家は飲食を細々と日記につけ、細君が献立に困つた時は、たちどころに昨年のこの日はかういふのを喰つたと示したといふ。台所を預かるひとにとつて、有り難いのか迷惑なのか、よく判らない。それに私は記録をしてゐるだけなので、何の役に立つのやら。何年か経つて見返した時、記憶を呼び起す切つ掛けになるのが精々といふところか。

 役に立つかどうかは兎も角、手帖に色々の予定や記録を書くのは併し習慣になつてゐて、そこはまあいい。時代遅れでもこちらのことだから、苦情を云はれる筋でもないでせう。ただここで問題になるのは手帖に書くのだから手書きが基本で、手書きだからそれは自分の字といふことだ。
 これが、こまる。
 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には何を云ひたいのか判らないと考へる方もをられるだらうから種を割ると、私は自分の字がきらひなのです。どこがどうと訊かれても説明は六づかしく、内田百閒に倣つてイヤダカライヤダと応じざるを得ず、さういふ気分の證として画像をご覧頂かうか。

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 ね。こまるでせう。
 かうやつて同意を求めると親切な讀者諸嬢諸氏はきつと、古拙な笑みで誤魔化すしかないだらうから強要はしない。しないがこの字を書いたのが自分だと思ふと、背骨の中を掻き毟りたくなつてくる。讀み易い字だと云つてもらつた記憶はあるけれど、あれは精一杯の慰めだつたにちがひない。だつてとても年齢を重ねた大人の書く字には見えないもの。
 かと云つて手帖を使ふ以上、自らの手指で字を書くのは避けてとほれないのも事實。少しはましにしたいと思ふのもまた事實で、我流では六づかしからう。名前があやふやだが、何とかいふペン習字でも始めるべきなのか知ら。さう考へるくらゐなら、デジタル方式に移行するのも方法なのだらうが、どうもあれはねえ。さう思つて仕舞ふ辺りが、私の時代遅れを如實に示してゐる。
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# by vaxpops | 2017-04-29 07:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

莫迦卵

 何の本で讀んだかは忘れた。

 誤つて醤油を一升飲んで仕舞ふと、命があやふくなる。そんな時は山葵を風呂桶一杯にすりおろし、患者を入れれば体内の醤油の毒が抜ける。

 かういふ話。

 莫迦げてゐるねえ。どこをどう間違つたら醤油を一升平らげる破目になるのか、さつぱり判らない。それにすりおろすんだから、山葵は本ものでなくちやあいけない筈で、風呂桶一杯分の山葵を手に入れるとなるとさて、幾らくらゐかかるものか知ら。保険がきくとは思へないから、えらく豪勢な治療法ではありませんか。

 莫迦げてゐるよ、矢張り。としつこく思ふのはこの手の話が好きだからで、記憶の連鎖に任せると、田辺聖子さんが自らの饂飩好きを、"饂飩で首を吊りたいくらゐ"と書いてゐたのを思ひ出した。お蕎麦やスパゲッティやラーメンでは駄目で、まことに巧妙な譬へだと思はれる。莫迦ばかしいと云へばさうだけれども、記憶に残つてゐるのだから、私好みなのは疑念の余地がない。

 併し實際問題、饂飩で首を吊りたいかと考へれば、仮にさうするとして、相当に腰が強いのを何本も撚りあはさなくてはならない筈で、それだけの饂飩があればきつねとおぼろとハイカラと天麩羅と笊と月見を啜つてまだ余裕があるだらう。まつたく豪華なもので、饂飩は首に巻くより、首の内を通す方が好ましいや。

 それでまた莫迦な發想が連鎖するのだが、何故首吊りではこまるのだらう。思ふに折角の食べものを食べないままになるからではないか。同じなら口に入つてもらひたい。そこでも色々な食べものが出てきさうだが、この際だから思ひ切つて溶き卵を撰ばう。縊れるのではなく溺れる。そして食べもので溺れるなら溶き卵ほど似つかはしい撰択はなささうな気がされる。

 と書けば我が鋭敏なる讀者諸嬢諸氏だからきつと膝を打たれる筈で、私は卵が大好物なのです。だつて旨いもの。餃子もコロッケも串かつも豚の角煮も冷素麺も旨い。筑前煮もおでんもクリームシチューも旨い。苦瓜のちやんぷるーも肉野菜炒めもビーフステイクも旨い。秋刀魚の塩焼きも鯵の開きも鯛のお造りも烏賊の刺身も炙つた厚揚げも冷奴も…もう切りがないからこの辺でよしとするが、さういふ数へきれぬ旨いものの中で、堂々の第一位を得るのが卵なんである。

 うで玉子。

 厚焼き玉子。

 目玉焼き。

 錦糸玉子。

 オムレツ。

 スクランブルドエグズ。

 ポーチドエッグ。

 茶碗蒸し。

 卵とぢ。

 卵かけ。

 肉に適ひ魚介に適ひ野菜に適ふ。
 塩にも胡椒にも醤油にも味噌にもウスターソースにもマヨネィーズにもケチャップにも豆瓣醤にも甜麺醤にも魚醤にも適ふ。
 食事でよくつまみでよくお菓子やデザートに仕立ててもよい。
 煮て炒めて焼いて蒸して…生食は我が邦の奇習ださうだが、それもまた宜しい。
 簡便に済ませたい時でも卵がひとつあれば、それで豪華さが加はるし、その気になれば凝りに凝つて贅沢なひと品にすることも出來る。もつと大事なのはその悉くがうまいことで、こんなに幅広く幸せを感じさせる食べものが卵以外に果してあるのか知ら。

 ある。と断定する方がをられても、私は別に気にしないけれど。

 さ。ところで現實的な問題として、溶き卵に溺れることは可能だらうか。
 十分な量の卵と、それを容れる器があれば不可能でないのは明かなのだがなあ。

 と思つて調べてみると、鶏卵の大きさには農林水産省の規格があるのですな。Mサイズで58グラム以上64グラム未満だから60グラムを平均と考へればいい。この数字はほぼミリリットルに置換出來るさうだ。一方の風呂桶は色々の種類があるが、家庭用のユニットバスで200リットル-20万ミリリットルくらゐらしい。Mサイズの卵がざつと3,400個、必要になる。種類にもよるだらうが、マーケットのパックが10個入り200円前後として68,000円。思つてゐたより廉価ではある。

 判らないのは溶くのにどの程度の時間が掛かるのものかといふ点で、当り前の話である。玉子焼きとスフレと牛丼にかける時で同じ溶き方をする筈はないもの。仮にひとつを溶くのに10秒とすれば34,000秒、570時間。休みなく溶き續けてほぼ24日掛かることになつて、殆どの卵がいたんで仕舞ふ。私は新鮮な溶き卵に溺れたいので現實的とは呼び難い。安心していいのかどうか、些か微妙に思へなくもないが、68,000円を費やすなら絢爛豪華な卵料理を撰ぶ方が賢明な態度でせう。

 醤油のがぶ飲みと大量の山葵おろしを莫迦げてゐるよと云ひながら、余計に莫迦なことを考へて仕舞つた。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には(例の如く)無駄な時間を使はして、寧ろこれが一ばん莫迦ばかしいか。
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# by vaxpops | 2017-04-28 09:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

幸せな組合せ

 お米は一種の完全食といふ説があつて、科学的な裏付けがどの程度あるのか知らないが、説得する力は随分と強い。確かに何がなくてもお米があれば食事はどうにかなる。
 お味噌汁とお漬物があれば万々歳。
 そこに焼魚の一匹も添へられたらもう豪華な食卓の出來上りである。
 仮に焼魚に恵まれなくたつて、ごはんに適ふものは色々とあるから、それをちよいと用意すれば、矢張り食卓は充實する。残念ながらパンではかうはいかない。

 たとへば梅干し。
 ひと粒あればごはんの旨さが際立つもので、私は果肉が柔らかく、酸味がつよいのを好む。

 たとへば塩昆布。
 ごはんに乗せて旨いのは云ふまでもなく、少量を混ぜこむとほぐしたおにぎりのやうになる。

 たとへば佃煮。
 牛肉でよし、牛蒡でよし、浅蜊がよく海苔もまたよし。江戸人の大發明だと私は確信してゐる。

 たとへば胡麻塩。
 お赤飯に断じて欠かせないのは当然として、お弁当のごはんに散らされてゐると嬉しくなる。

 たとへば鶏のそぼろ。
 汁気の多いのとぱらぱらしたののどちらを撰ぶかは、大きに議論の価値があるだらう。

 こんな風に列挙すれば切りがなく、汁もの全般も、炒めもののお皿に溜つたお汁も、マヨネィーズや各種のドレッシングも、鋤焼や蒲焼きのたれも、饂飩や蕎麦のお出汁も、天つゆも、ハンバーグのソースも、シチューも、中華料理のとろりとしたあんも、ツナの罐詰も、バタも醤油も味噌も紅生姜も大根おろしもしらす干しも削り節もごはんによく似合ふ。
 パンでは無理だなあと繰返したくなつてくるのはかういふ時で、パンを主食とは呼びにくいのですね。ハムやソーセイジ、チーズ、トマト、馬鈴薯、レタスにキヤベツにレヴァ。ジャム、ママレイド。ピックルス。さういつたものをガルガンチュワ的に用意して、ソップと珈琲と紅茶と葡萄酒を添へなくちやあ、成り立たない。贅沢と云つていいのかどうか。

 パンではなかつた。
 ごはんに何をあはせれば幸せかといふ話をしたかつたので、實はここまで挙げた中に私の第一番は入つてゐない。同率一位で、ひとつは生卵。
 八釜しいことは云はない。溶き卵に醤油を少し垂らす。丼にたつぷりのごはん。真ん中に穴を掘つて、そこに卵を流し込み、崩しながら喰ふのがうまい。牛丼にも応用が出來るから、一ぺん試してみ玉へ。
 もうひとつはおびいこ。世間的には縮緬山椒と呼ばれてゐるが、私が云ふのは少しちがふ。祖母が炊いたもので、縮緬雑魚と山椒を醤油だけ(母親が炊く時は少量のお酒が加はる)で仕立ててゐた。ことに祖母は山椒のあく抜きをしなかつたさうで、出來上りは口に響くほどからかつた。但し山椒の香りが高く、これが抜群なのだよ、ごはんとの相性が。乗せて旨いのは云ふまでもなく、混ぜておにぎりにしてよく、海苔巻きにしてもまたうまい。

 ここで卵かけごはんとおびいこの組合せは特筆大書しておきたい。この場合、醤油は不要。溶き卵をごはんに埋め、表面におびいこを散らし食べるのだが、まつたくのところ、こんなに旨いものはない。少し残したところにお味噌汁をかけて、綺麗にさらへるのもまたいいものだ。
 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には梅干しや野沢菜漬けや白菜漬けやたくわんや焼き海苔を添へ試してみ玉へ…と云ひたいところだが、肝腎のおびいこが手に入らないか。申し訳なく思はなくもないが、もしかすると私の知らない幸せなごはんとの組合せを堪能してをられる方もゐるだらう。知りたくもあり、知りたくもなく、些か複雑な気分を感じて仕舞ふ。

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# by vaxpops | 2017-04-24 11:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

肉野菜炒め文明

 先日あるラヂオ番組を聞くともなく聞いてゐると、"肉野菜炒め"を無駄に熱つぽく語つてゐて、笑はされた。といふか、笑はされて仕舞つた。かういふ"どうでもよいこと"に熱を込めるのは、實に男性的な娯樂ではありませんか。仮に女性が"肉野菜炒め"を話題にしたとして、それは非常に現實的な、たとへば材料の値段や調味料の種類や下準備の省き方に集中するだらう。たれが云つたか失念したが、"女性のリアリティは八百屋のリアリティ"といふ説を思ひ出した。

 併し偶に喰ふと肉野菜炒めは旨い。私が自炊を始めたのは平成元年の四月だつた(断定出來るのは、初めての独り暮しを始めたのがこの時だつたからだ)が、最初に覚えたのは野菜炒めだつた。キヤベツと玉葱と人参ともやし。味つけは塩胡椒で、素人丸出しといつていい。尤もそこから調味料を覚え、材料を覚え、蒸したり煮たりすることも覚えたから恩義がある。但し器と盛りつけは残念ながら覚えなかつた。当り前と云へば当り前の話で、さういふことは、"たれかに振舞ふ機会"を得なければ身につくものではないのです。

 ここで気づくのは、野菜炒めは作つても肉野菜炒めを作つた記憶がとんとないことで、これは何故だらう。単に忘れてゐるだけなのか。それとも肉は肉、野菜は野菜で食べる習慣だつたのか。記憶を辿ると母親も野菜炒めは作つても肉野菜炒めは作らないひとだつた(のではないかと思はれる)から、その影響を受けた可能性の方が高い。男の子はどうしたつて、お母ちやんの料理から抜け出せないところがあるのだな。

 では肉野菜炒めをどこで覚えのたかといふ疑問が浮んできて、おそらく平成元年当時に住んでゐた千葉県は市川の中華料理屋…まあ一種の定食屋でだつたらう。正確には肉野菜炒め定食。ごはんとお味噌汁と小鉢とお漬物が組合された様は、ごくありふれてゐた。特別に美味かつたわけでないのは記憶に残つてゐない点からも明らか。記憶といへば寧ろ別の洋食屋になるのだけれど、その話をすると余談が過ぎることになるので、ちよいと残念だと思ひつつ割愛。

 現在に續く二度めの独り暮し前世紀の末頃から始まつた。今度は新宿区の中落合で、念の為に云ふと今住んでゐるのは別の場所ですよ。その中落合にも中華料理屋の名を借りた定食屋があつて、いや今もある筈だが、肉野菜炒め(定食)を本格的に貪るやうになつたのはこの時からだと思ふ。瓶麦酒(市川時代は麒麟のラガー、こつちは一番搾り)を呑みながら肉野菜炒めをつまみ、お皿に残つたお汁にごはんを打ちかけて平らげた。お行儀が惡いなあと思ひつつ、止められなかつたのは旨かつたからである。

 市川にしても中落合にしても、肉野菜炒めに使はれたのは大量のキヤベツ、それから玉葱、もやし、人参辺りで、味つけは塩胡椒と醤油(おそらく少量のオイスターソースも)だつた。可也り濃いくちで、詰り東京風である。母親のそれは塩胡椒だけだつたから、味はひは随分とちがつた筈なのにそれを旨いと思へたのだから、余程相性がよかつたのだらう。
 それに肉野菜炒めの肉は豚肉で、ただ"肉"と云ひ或は書く場合、牛肉と思つてゐた(今も思つてゐる)私…序でながら私がただ"お酒"と書きまた云ふ場合、それは日本酒の意味…なのに、これもいきなり旨いと思つた。この"いきなり"はどうも侮れない要素らしい。司馬遼太郎が確か『アメリカ素描』で記してゐたことを意訳すると、"土人がいきなり参加出來るもの"が文明なのださうで、食べものに応用したつて誤りではない。
 司馬は食べものの話に限れば、こちらが目を覆ひたくなるほど拙劣だつたから、檀一雄に登場願ふと、この最も文明的な意味での雑食家は、大意ひとが永く棲み續ける土地には必ず旨いものがある。何故なら旨い食べものは歓びだからだと喝破してゐて、この指摘は異論の余地なく正しい。
 かれの言を補足すれば、ある土地に人びとが棲む以上、そこで喰はねばならず、喰ふ以上はまづいものに耐へられる筈はなく、従つて土地にあるものを旨く喰ふ工夫を欠かずわけにはゆかない。ゆゑに旨い食べものが生れる…といふ段階が含まれてゐる。詰りさういふ階梯を経た食べものが、遠來の旅人に"いきなり"旨いと云はせることは有り得るといふより寧ろ当然の帰結で、これはもう司馬の云ふ文明ぢやあないか。

 大きくなりさうな話をここからうんと縮小すると、母親の野菜炒めしか知らなかつた若造に、"いきなり"旨いと云はせた肉野菜炒めだつて、広義の文明と呼べやしないだらうか。まあ"八百屋のリアリティ"には通用しない話かも知れず、ラヂオを聞き(流し)ながら、こんなことを考へたわけでもないのだけれど。つけ加へると、今も私は自炊をしてゐる。してはゐるが、肉野菜炒めは作らない。あれは町中なかの定食屋で偶さか、出來れば瓶麦酒を隣に置いて貪るものだと思つてゐる。
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# by vaxpops | 2017-04-22 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

看板の気合ひ

 "レトロ"好みと称するひとが世の中にはゐる。
 単に"それつぽい"のが好きなだけなひともゐるだらうな。それを商ふ人びとも。どちらを責める積りもないけれど、"それつぽい"のは結局のところ、それだけではないのかなとも思ふ。

 多摩に青梅といふ町がある。奥多摩の入り口のやうな町。ここの賣りが"昭和レトロ"で、映画の古看板を再現さしたり、建物の外観を意図的に古めかしく飾つたりしてゐる。尤も川越のやうに元の建物が古いわけではないから、どうにもあざとさが鼻につく。青梅には長く足を運んでゐないから、今はどうか知らないが、惡くない呑み屋が少なくとも一軒あつて、そこは"昭和レトロ"ではない古ぼけた店構へだつた。呑み屋に限らずああいふお店が並ぶ方がしつくりきやしないだらうか。

 さういふ町の好みは兎も角、琺瑯の古看板を眺めるのは樂しい。銘柄それ自体は勿論、活字の用ゐ方、色あしらひ、宣伝の惹句。現代の目から見て、スマートとは呼びにくいとしても、広告の手段が限られた時代の看板だから気合ひがちがふ。その気合ひを感じながら、ユニオンビールとカブトビールのどちらを撰ぶと訊かれても、すりやあ無理な話。ここは両方を買はなくては(肴はヤマサかヒゲタの醤油でお刺身だらうか)と思はされる。決意させられる。後から作つた…複製した看板だと、とてもぢやあないが、かうはいかないだらう。

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 さうだ。

 この画像はどこだと思はれる方の為に書きつけておくと、伊豆半島の先端にある某町のT商店である。以前にも訪れたことがあつて、その時は年代物の風呂敷を二枚買つた。風呂敷も建物も歳を経たもので、詰りレトロ気取りではなく、本もののレトロスペクティヴ。その向ひが同じ商店の酒屋で本業はこちらである。品揃へも決して惡くなかつたが、ユニオンもカブトも見当らなかつたのだけは惜しまれてならない。

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# by vaxpops | 2017-04-20 13:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)

残照のカメラ

 "空想バイイング"でほんの少し触れた結果、何となく引つ掛つたことを書きませう。自爆のやうな話で、ニコンNewFM2とマイクロニッコール55ミリがその種。

 とは云ふものの、NewFM2を手にしたことはない。ニコンはF2、F3、F4とF-601を買ひ、FEを譲つてもらつた経緯がある。FM10も買つたけれどあれを果してニコンと呼んでいいのか、疑問が残りますな。

 さういふ経緯または変遷の中で、マイクロニッコールは2回、手に入れた。いづれもAi-Sと呼ばれるタイプ。頑丈な鏡胴でレンズ面の最前部が奥まつた位置にある。名前が示すとほり、近接撮影用だから、焦点合せの時にするする伸びて、それがいかにも寫りさうな姿に見えた。
 一眼レフが距離計連動式に優位を示すのは狭角レンズの利用と近接…いや正確を期せばこれは構造の話だから優劣とは別になる。そして狭角は兎も角、近接は私にとつて重要で、ライカやその系譜に属するカメラを手に入れても長続きしないのは、この辺りに理由がある。

 ところでこの手の話題を出す時、必ず書いてゐることをここでも繰り返すと、フヰルム式のカメラは事實上、滅んでゐる。後世に寫眞機史を編輯するひとは20世紀末頃からのフヰルム式カメラを
「残照の時代」
と異名をつけるのではないかとも思ふが、詩的に過ぎるか知ら。
 その残照カメラから撰ぶとしたら、"空想バイイング"で書いたとほりNewFM2になる。ややこしい理由があるのではなく、露光計を内蔵した機械制禦がフヰルム式カメラの完成形ではないかと思へて、距離計連動型で云へばM5が、一眼レフではこのカメラが相当する。必要な部品が必要な場所に配置され、機能が求める形と素材をスタイリングとして過不足なく纏めた点で、この両機は極点に達したのではなからうかと、半ば以上本気で私は思ふのです。

 さて。そのNewFM2にはヴァリエイションがある。内部にも差異があるらしいが、そこは目を瞑るとして、見た目で区別するとクロムと黒、チタン(風?)仕上げの3種。旧友にこの系統のニコンを好む男がゐて、かれはチタン仕上げ(加へてFE2とFM3A)を持つてゐる。阿房だなあと思ふが、手入れは怠つてゐないさうだから、ニコン社のひとは安心してもらひたい。
 それで私が(今から)(わざわざ)買ふとしたらどれになるだらう。
 チタン仕上げでないのは確かで、どうもあれは当時の流行に乗つた気配がある。尤も流行に乗りつつ手を抜けなかつたらしいのが、いかにもニコン的ではある。ただこの仕上げだとマイクロニッコールは似合ひさうでなく、いや他のニッコールでも六づかしいんぢやあないかな。50ミリのF1.4でストイックを気取るくらゐしか思ひつけない。それはそれで恰好いいが、併しまあ。

 撰ぶなら、黒がいい。
 クロムのクラッシックな見た目も惡くないとして、私の好みは引き締つた黒である。そのままでも基本的に問題はない筈だが、スクリーンを全面または方眼マットに交換出來れば(F3を使つてゐた頃は全面マットだつた)もつとよい。
 アクセサリで思ひ出したのは、MD-12といふモータードライヴ。取りつけると貫禄が増す。ただマイクロニッコールを使ふのだから要らないか。28ミリ辺りでスナップを撮る時にこれがあれば、前時代的な雰囲気を醸せるだらう。連寫をするわけではないから、意味のある行為とは呼びかねるけれど。
 ストラップだけは少し奢らう。残念ながらニコン銘のそれは駄目で(ニコンに限つた話ではないのだが)、ドンケのグリッパーを使ふ。カンバス素材の裏地に護謨を織り込んだ仕上げは、同じ会社のカメラバッグに縫ひつけられたストラップに近い。幅のちがひで幾つかの種類が用意されてゐた記憶があつて、太いやつがいい。がらくた箱に1本、入つてゐなかつたかな。

 かういふ組合せ…即ちニコンNewFM2(スクリーンを交換して)とマイクロニッコール55ミリ、ドンケ・グリッパーにテーブル三脚を加へて出掛ければ、フヰルム1本で半日遊べるだらう。残照の時間になつたら、これを眺めながら一ぱい呑るのも宜しからう。いい肴となるにちがひない。
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# by vaxpops | 2017-04-17 14:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

空想バイイング

 仮に何かの事情で、手元のカメラやレンズがすつかり無くなつたとしませう。火事でも泥棒でも引越しの混乱でも、その辺は勝手に考へて頂くとして、兎に角カメラもレンズも何もない。さういふ事態が發生したとする。

 併しそれでも寫眞は撮りたい。
 となると、どうしたつて新しくカメラとレンズを手に入れなくてはならず、だとすれば何を撰ばうか。

 さういふ空想の話。

 最初に銀塩かデジタルかを考へなくちやあならないが、これはもう、デジタルである。
 銀塩でも考へを巡らせてみたから、参考までに書くと、ニコンNewFM2にマイクロニッコール55ミリになるだらう。
 ライカIIIcまたはライツミノルタCLにズマロン35ミリにエルマー90ミリ、或はGR28ミリも惡くないが、寄れないのは私にとつて決定的な短所なんである。

 併し事實上、滅亡してゐるフヰルムを改めて(積極的に)使ひたいかと云へば、それは勘弁してもらひたい。それは後日の考慮として、この場ではデジタルを採る。
 デジタルを採るとして、レンズは固定式か交換式かといふ撰択がある。實際にレンズを買ふかどうかは別として、ここは交換式を撰びたい。さういふ樂しみが残されてゐる方が嬉しいではありませんか。
 仮にレンズ固定式を撰ぶなら、この稿を用意してゐる時点で(機種は以下、特記しない限り同じとお考へください)現行機のリコーGRIIかフジフヰルムのX70になる。備忘の為。

 次の撰択は一眼レフ方式かミラーレス方式になつて、ここは可也り悩ましい。悩ましいが、小型で軽量は正しい(詰り持ち歩きに負担が少ない)といふ立場から、ミラーレスにする。
 但し私が銘機と信じて疑はないニコンEMがそのままデジタルの一眼レフになるなら、話はまつたく異なつて、日本光學は何ををしてゐるのだらう。待つてゐますよ、シリーズEの復活と共に。
 一眼レフには併しペンタックスKPやキヤノンのEOS Kiss X9iがあつて、この辺りを外すのはちよいと躊躇ひを感じなくもない。仮の話だからこの際、思ひ切れるけれども。

 視点をミラーレスに移しませう。

 次はメーカーか機種か。
 と思ふでせう。そこは次の段階で、その前にフォーマットを考へる必要がある。
 ごく簡単に云ふとカメラやレンズの大きさ重さはフォーマットにほぼ比例する。またフォーマットと基本的な画質の関係も同じ。
 詰り画質を重視するなら大きなフォーマットを撰ばざるを得ず、さうなるとカメラもレンズも大きく重くならざるを得ない。従つてフォーマットの撰択はメーカーや機種に優先する。

 知る限りミラーレスで最大のフォーマットは中判相当で

・フジフヰルム GFX50S
・ハッセルブラッド X1D-50C

の2機種。コンパクトだの軽いだのと評する向きもあるらしい。誤りと断じはしないが、それはあくまでも同じフォーマットの中で、といふ括弧書きが含まれてゐることを忘れてはならない。この大きさ重さが私の手に余るのはどう考へたつて明らかである。よつて却下。

 ここからはミラーレス式のカメラと聞いて当り前に浮ぶだらうフォーマット。大きさの順にフルサイズ、APS、フォーサーズ(カメラの規格としてはマイクロフォーサーズ)、1インチが該当する。
 フルサイズのミラーレスといへばソニーα7の系統くらゐだらうか。人気のある機種らしいが、あんな酷いスタイリングのカメラを持ちたいとは思へない私にすると不思議でならない。
 ライカM9/M10も一種のミラーレス機と呼べるか知ら。率直なところ、デジタル化したライカには丸で興味を持てないから(併し、何故だらう)、無いのと同じであるか。詰りこのフォーマットは除外される。

 現行フォーマットの最小サイズはニコン1の筈でJ5とAW1が該当する。持ち歩きの点では文句なく最良として、この先續くかが危ぶまれる。それなら終了したペンタックスQ系(これはもつと小さなフォーマット)を考慮する方法もあるけれど、これは玩具に近しく、初めに撰ぶ理由が見当らない。ゆゑに除外。

 これでフォーマットはAPSかフォーサーズに絞られる。どちらも賑々しく機種が揃ひ、撰択肢がたつぷりある。
 あるのだらうか。
 確かにAPSではキヤノンEOS M(3、10、5及び6)やソニーα(旧NEX)の6300と5100、フジフヰルムのX系、シグマSDクアトロがあり、フォーサーズだとオリンパスとパナソニックがラインアップを整へ、その意味では百花繚乱と云つていい。

 が、これをもつて豊かな撰択肢と呼べるのかどうかはまた別の話。

 有り体に云へば、現行機でちやんと撮れないカメラなんて、無いんである。どれを使つても不満を感じる心配はしないで済む。そんなら何が撰ぶ基準になるか。
 見た目。
 かう断定してかまはない…と私は思つてゐる。恰好よくつて、持ち歩いて、見せびらかしたくなつて、色々弄りたくなるカメラ。それで寫眞をちよいと撮りたくなる1台。さういふ基準でもう一ぺん、現行機種の群れを眺めると、はたとこまつて仕舞ふ。

 スタイリングといふ考へ方、カメラにはないのだらうか。と頭を抱へたくなる惨状と云ふのは極端かも知れないが、この何年かを遡つて、ひと目惚れした機種があつたか知ら。オリンパスOM-D E-10くらゐしか思ひ出せない。
 もう少し幅を取つても、ソニーNEXの3系列と再びオリンパス ペン E-P5が何とか浮ぶくらゐ。これはもう壊滅的ではないか。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも、私が疑念を抱き、また頭をかかへる気持ち、想像頂けると思ふ。

 もしカメラ…寫眞が仕事なら、その辺りは目を瞑り、口を糊するに足る機種を撰べばよいが、こちらは素人、ただの素人遊びである。好みに適はないものを使ふ道理はないよ。併しここで話を打ち切つては面白くない。それに撮りたい気分だつて物慾だつてある。ひとつ腰を据ゑ直して撰ぶとしませうか。

 先づソニーα(旧NEX)の現行機は落ちる。しつかり持つ、構へる点で云へば正しいのだが、グリップのあの形状は不恰好でいけない。旧型には比較的スマートなのもあるが、レンズを取りつけた姿はどれも今ひとつ。
 フジフヰルムのXシリーズは世評が高い様子だが、全体的に大ぶりなのが気に喰はない。X-A3やX-T20辺りはよく纏めてゐる印象はある。ただそれなら一眼レフを撰びたくなつてくるのもまた、正直なところなのだ。

 EOS Mはどうだらう。M5/6に到つてやつと本気になつた感がある。EFレンズとの互換性も一応つきで保たれてゐる点も好印象。旧友が初代機にアダプタ経由でEF15ミリをつけてゐたのが、妙に恰好よく見えたのも好印象に加はつてゐる。
 初期の機体は自動焦点がもたつくと云はれてゐるが、触つた限りこちらの撮り方には影響しないのも解つてゐる。但し現行機のスタイリングは惡達者に纏められて感心しない。旧型を含めて候補に入れるとする。

 パナソニックの現行機は全滅。GX1及びGF3/5は今も気になつてゐるのだが、わざわざ何世代も遡る必要があるかといへば大きに疑問なので、残念ながら除外。同じマイクロフォーサーズ陣営のオリンパスも、OM-D E-5 Mk-2が多少ましに感じる程度で壊滅。前述のE-10(初代)とE-P5は惡くないので、候補には残さうと思ふ。
 オリンパスでPEN Fを忘れてゐないかと云はれさうなのでつけ加へる。あのスタイリングは米谷美久の手を惡く意識してゐて、あざといといふかわざとらしい。オリジナルが優れた(変態)カメラなのは、撮影といふ動作に必要な部品を必要な場所に配置したからで、外側を巧妙に模したデジタル版は果してどうだらう。疑念を呈するに留めておくけれど。

 引つ掛かるのはシグマ。SDクアトロといふ超弩級の変態カメラ…とは勿論誉め言葉(どこがどう変態なのかはご自身でお確かめください)だが、これをどう受けとるか。独特としか呼べないスタイリングはきらひではない。
 きらひではないし、あの会社のレンズにはフヰルムカメラの頃からお世話…最初のシグマレンズは70-200ミリ。その次が400ミリだつた…になつてもゐる。ただRAW現像が設計の基本にあるのを思ふと、手に余るのは目に見えてゐる。残念だけれど見送る…保留にする。

 さうなると候補は以下に絞られる。

①キヤノン EOS Mからいづれか。
②オリンパス OM-D E-10(初代機)
③オリンパス E-P5

 ①はAPS、②と③はフォーサーズだが、ここから撰ぶのは中々悩ましい。併しこの稿は空想である。入手の義務があるわけではないから、気樂に考へませう。
 気を樂にすると。最初に②が落ちるね。EVFを内蔵してゐるのが何となく厭なのだ。あつて困らないのは解るが、そんなら一眼レフにするよと、さういふ気分の顕れかと思ふ。
 ①の場合、現行機はM3/5/6及び10の4種。スタイリングがいづれも感心しないので、撰ぶとすると旧型のM2になる。これと③即ちE-P5の対決なのだが、このE-P5も有り体なところ、随分旧い機種だから勝負としては惡くなからう。

 そこで求めたいのは液晶がチルト式の採用か、外付けのEVFへの対応。内蔵までは要らないとしても、それに近い使ひ方は出來て慾しい。それにレンズの撰択肢が広ければ更に好もしい。
 といふことを考へると、オリンパスに一日の長がある。ことにレンズの充實はEOS Mにとつて可也り厳しい條件であつて、一眼レフならキヤノンの優位は動かないが、ミラーレスに限るとフォーサーズ規格は逆転する。これでボディは確定。

 ではレンズをどうするかとの課題に取りかかりませうか。撰び甲斐がある。
 この機種…E-P5は比較的小ぶり(少なくとも大柄ではない)なので、そこは崩したくない。それに私は一部のひとの大好物である"ぼけ"に重きをおかず、従つて所謂大口径レンズを積極的に撰ぶ理由を持たない事情もある。
 出來るだけ小さく纏めるのを優先すれば、単焦点レンズになるのは当然で、先づかういふ組合せが考へられる。

・パナソニック 14ミリ
・パナソニック 20ミリ
・オリンパス 45ミリ

フルサイズ換算で28/40/90ミリに相当する。殆どの被寫体はこれで撮れるし、どのレンズも優秀で小柄なのが好もしい。遂に登場しなかつたミノルタCLEの後継機をこつそり気取ることも出來る。

 単焦点3本だとレンズの交換が頻繁になるだらうか。寧ろクラッシックに25ミリ…詰り50ミリ相当を1本に絞る方法もある。メーカーを跨いで幾つかあるのは、マイクロフォーサーズくらゐではなからうか。
 併し實のところ50ミリは馴染まない画角といふ事情がある。同じ1本なら

・オリンパス 9-18ミリ

が魅力的か。パナソニックにも似たレンズはあるのは知つてゐるが、好みからすると大きすぎる。ワイドズームは遊び甲斐があるといふものだ。
 もつと素直に標準域を含むズームレンズを候補に挙げるべきだらうか。ただ慾しいのが見当らない實情があるのだな。フルサイズ換算で28-60ミリや24-50ミリ見当でF4通しくらゐの地味な1本があれば嬉しいのだが、商ひにならないのか知ら。

 大きさとか使ひ勝手に目を瞑ると、コーワのプロミナーが浮んでくる。マニュアルフォーカスで8.5/12/25ミリの3本がある。
 重視しない大口径の上、大柄で重い。好みとは別だけれどスタイリングは中々に宜しく、序でに高額でもある。作例を見る限り、惹かれる描寫なので気になるのだが、持て余すのが関の山か。

 さて。そろそろ纏めてゆきませう。オリンパスE-P5にどのレンズをあはせるか。

①普段使ひ用にパナソニック14ミリ
②気合ひがある時向けのオリンパス9-18ミリと同45ミリ

そして気づくのが遅れて挙げてゐなかつたが、近接撮影好きとしては、上記にオリンパスのマクロ30ミリを加へたい。マイクロニッコールのやうな使ひ方が出來るにちがひなく、これで、完成。
 面白みも何もあつたものぢやあないなあ、と苦笑ひされさうで、そこはまあ認めるのに吝かではないとして、大前提が"もしもゼロからカメラとレンズを買ふなら"といふ空想である。現實に撮ることを考へると、撰択がありきたりになるのは仕方ないでせう。入手するかどうかは、また別の問題として。
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# by vaxpops | 2017-04-15 18:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(5)
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見上げれば

夜の花の群

息苦し

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# by vaxpops | 2017-04-14 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

惡い趣味ではない筈で

 EOS100といふカメラがあつた。
 キヤノンの一眼レフ。
 そんな型番知らないよ…と思ふ貴女の為に云ふと、これはフヰルム式の自動露光/自動焦点、詰りAF一眼レフであります。EOS650から始つたこの機種系統の第2世代。"10倍シリーズ"なんて呼ばれたこともある。
 第2世代EOSの構成は俗称のとほり、上位から1/10/100/1000の4機種。私が最初に買つたのは1000で純然とした普及機だつた。尤もこれが現在に到るKiss(デジタル)の原型になつてもゐるのだから、さう莫迦には出來ないのだが。
 EOS100は私が初めて"意識して買つ"たカメラである。詰りEOS1000を使つてどうも物足りない部分を何とかしたいが為の撰択であつた。…と書けば恰好はつくのだが、またそれは事實の一面でもあるのだが、もつと単純な"上位機種が慾しい"気分の方が大きかつたのは認めておきませう。
 EOS1は最初から考への外だつた。当時これとニコンのF4は私にとつて"きはめて特殊なカメラ" の印象が強かつたから。京セラコンタックスのRTSIIIといふ超弩級の変態(誉め言葉)カメラはまだ知らなかつたなあ。
 そこで撰ぶのは自動的にEOS10または100となる。扱ひはどちらも"中級機"で、今のひとには信じ難いかも知れないが、当時のカメラにはかういふ厳然とした階級があつたのだ。キヤノンやニコンだけでなく、ペンタックスにもミノルタ(さういへば最初のEOSを買ふ時、最後まで迷つたのはミノルタα-3xiだつた)にもあつた。
 上位機種や新型機種は下位機種や従來機種より優れてゐる、といふのが当時のカメラに対するおそらく共通した認識…感覚の筈で、これは必ずしも誤りではなかつた。理由は然程六づかしいものでなく、AF一眼レフは未だ完成には遠かつた。新しい機種には新しい機能が加へられ、それらは時に行き過ぎだつたり過剰だつたり、或は見当ちがひだつたりもしたけれど、確實な進化…変化があつたことは強調してもよい。
 そこでEOS100を撰んだ事情になると、先づ上位のEOS10が不恰好に見えた…いや不恰好は云ひ過ぎで、必要以上の大きさに思はれた。EOS1も可也り大柄な機体だつたが、あちらをさう感じなかつたのは、"プロフェッショナル向け"の裏打ちがあつた所為か。マウント側から見て左に配置された補助光装置のあしらひも興を削がれる感じがされた。詰りスタイリングの問題。
 もうひとつ、静音化に注力した初めての(少なくともごく初期の)機体だつたのも大きかつた気がする。AF一眼レフはモーターの集合のやうな物体だから、どうしたつて作動音がする。煩い。と云へなくもない。そこを出來る限り抑へこんだといふ触れ込みが、静粛を求められる場所で撮らない私のどこを刺戟したのだらう。そこに進化を感じたのかとも思ふがはつきりしない。
 兎に角、買つた。
 EOS1000と較べてやや重く、ボタンやダイヤルが充實してゐて、"解つてゐるひと"が使ふやうな印象を持つた。それで忘れ難い寫眞をたくさん撮つた、といへば恰好よいのだが、事實はさうでもなかつた。当時としては過不足なく非常によく纏まつた機種で、同時期の他社製(ニコンF-601/801やミノルタα-5xi/7xi、ペンタックスは何だつただらう)と比較しても最良の1台だつたと思ふが、当り前の優秀さで、のめり込める要素に欠けてゐたのか。結局旧い世代のEOS RT(デッドストック品を見つけたのだ)に買い替へる時、友人に廉価で譲つた。それからEOS5を追加して、どうも本格的にEOSで撮つたのはこの2台の頃だつた。
 数年前、その友人と偶さか会ふ機会があつて、訊いてみると手元にはあるけれど、まつたく使つてゐないといふ。デジタルカメラが既に實用に足るところまで進んでゐたからで、当然の判断だつたらう。それで使ふ見込みがないなら引き取りたいと話をすると、暫くして送つてくれた。幾ばくかを支払ふ積りだつたのに申し訳なく思つた。
 がらくた箱を探すとキヤノンのストラップがあり、アイピースを延長するアクセサリも見つかつたから早速取りつけた。レンズがなかつたので取急ぎEF50ミリF1.8IIを廉く手に入れた。キヤノン製のUVフィルタまであつたのは何故だらう。カメラの格を考へればちと物足りなく思はなくもないが、目くぢらを立てることもないでせう。それに組合せると見た目はそんなに惡くもない。電池を入れたら動いたのに驚き、フヰルムを通したらちやんと寫つたのにまた驚いた。前述の友人の元では死藏されてゐた筈だつたから。ファインダの一部で液晶洩れが起きてゐるのに気づいたが、大した問題ではない。
 それで暫く使つてゐると、自動焦点が動作しない症状が出てきた。かういふカメラは動作のどこかが止まると、シャッターが切れなくなる。矢張りこのあたりが電気カメラの限界か、併しをかしいと思つてよくよく確かめると、EF50ミリのヘリコイドに引つ掛かりがあつたのが解つた。廉価なレンズだもの、耐久性に目を瞑つた設計になつてゐても不思議ではないなと妙に納得した。
 そこでここからどうするかといふ問題が出る。古いカメラを意図的に使ふのなら、同時代のレンズを撰ぶのが一ばん正しい。ライカで云ふと私と同世代はM4の117万番台で、これはいつか手に入れたいのだが、(最初に)合はすなら同年のズミクロン50ミリ以外の撰択は考へられず、同じ考へ方がEOSで成り立たない理由があるだらうか。勿論このまま使ふのを止めることだつて、方向のひとつとしてはある。以前にフヰルム式カメラは隠居すると宣言してゐる以上、寧ろ妥当な結論といつてもいい。いいのだが、自分で買つたカメラが10年余りを経て戻つてきたのである。これは例外と扱ひたい。扱ふのならちやんと使へる組合せにしておきたいと思ふのは人情であらう。
 無用に熱くなりましたね。
 落ち着きませう。
 同世代のレンズと云つてもキヤノンの場合、ある程度にしても(ライカの有名な番号表だつて、さうあてにはならない)信用出來る資料がない。なのでその辺りは目を瞑るり、EOS100を中心にしたシステムを考へてみる。考へるだけなら出費は伴はないから気樂なものだ。ただシステムといつたつて、今さら(乏しい)お小遣ひを注ぎ込むのは躊躇される。風呂敷を広げすぎるのは控へたい。
 先づ50ミリは矢張り慾しい気がする。ここではEF50ミリF1.4を挙げておかうか。キヤノンはこの画角に冷淡なのだよなあ。併し私に使ひ易い画角と云へば28ミリで、EFのF1.8とF2.8があるかあつたかした筈だ。おそろしく旧い型でシグマのF1.8があつたのも思ひ出したが、流石に今からの入手は無理があるだらう。
 折角のAF一眼レフなのだから、ズームレンズを無視するわけにはゆかないか。"10倍シリーズ"を受けて登場したEOS5で採用されたEF28-105ミリやEOS55にあはせて出されたEF24-85ミリは使ひ勝手のよい焦点域である。遡つて同20-35ミリ(だつたかな。自信がない)を撰ぶ手もある。
 廉価を優先するならシグマ28-80ミリやタムロン24-70ミリが候補に浮んでくるし、思ひ切つてタムロン28-200ミリを撰ぶ方法もあるだらうか。EOS1000を使つてゐた時、この初代モデルを手にしたことがあつて、焦点域の広さといふ便利と最短撮影距離の長さ(全域で2.1メートル!)の不便を共に實感したのは忘れない。第2世代以降なら心配はなからう。逆の思ひ切りでいへばトキナー24-40ミリを挙げてもいい。ニコンF4で使つた経験があるが好感を持つた1本である。
 何をどう撰ぶにせよ、主軸として使ふわけではないから、数は少ない方がよい。そこで手元のリコーを参考にすると、28ミリと50ミリ(どちらもペンタックス)、それから28-105ミリ(トキナー)の3本構成で、主役を張つてゐるのは28ミリ。成る程。これで大まかな方向が見えた気がする。先づEF28ミリ(F2.8があれば十分といふかF3.5でもいいくらゐ)を据ゑる。後は保険の意味で50ミリを含むズームレンズをひとつ。この組合せなら99%まで撮るのに不便は感じないだらう。我ながら名案ではないか知ら。時代遅れの銀塩カメラをぶら下げて近所を撮り、そのまま一ぱい引つかけるのは、決して惡い趣味とは呼べないと思はれるが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には如何だらうか。
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# by vaxpops | 2017-04-12 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)
 前回まあ"今後の方針"として3つの方向を考へたわけで、いづれにせよこの[いんちきばさら]をそのまま継續させるだけなのは無理と、さういふ結論は出てゐるのですが、ではどうするのがよいかまでは未定…詰り悩みの種のままでした。

 ただ悩みの種は別の方向から見ると樂しみの種でもありますな。

 たとへばカメラなりレンズなりを買はうと思ひついたとして、それが当人にとつて早急且つ必要不可欠なものでない限り、買ふまでの悩ましさは殆どそのまま樂しみでせう。それとこれが同じかどうか。似てゐるなあとは思はれます。

 尤もこの稿を用意してゐる現在、カメラもレンズも積極的に慾しいものはありません。現代の機材はどれもこれも使用に問題はなく、さうなると見た目の好みが大事になるのですが、一目惚れに足る機種が…いやこれ以上は云ひますまい。

 話が逸れさうになつてきましたね。落ち着いてもとに戻しませう。

 そこで改めて確認すると、現時点での記事数は今回を除けば2,240件。多いか少ないかは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のご判断に任せます。
 使用中の画像容量は903MB強。アップロードした画像の容量が1枚あたりがどの程度か、正確には知りませんが、精々が1MBくらゐか知ら。

 成る程、さうなると今暫く悩む樂しみを味はへる余裕もないわけではないのだなあ。といふ流れから暫定の方針として

・記事数2,500件

・画像容量の上限

 上記のいづれか…画像なしの記事だつてあり得ますから、件数と容量が矛盾する心配はありません…を満たすまで、[いんちきばさら]は継續とする方針でいかうかと、一応つきで考へてゐます。但しパーソナル・コンピュータへの信頼感が著しく落ちてゐる現状、従來のやうなほぼ毎日の更新は六づかしからうなあ。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏がこまるとは思へないけれども。

 正直なところ、この判断が最良またはそれに準じるのかどうか、迷ひがあるのは事實。この際だから距離を置くのも方法だよと意見してくれた友人もゐて(尤もテクストは私の表藝と幾度も宣言してゐるし、主要な娯樂でもあるので、残念ながら採用には到らないのですが)、中々に悩ましい。さういふ迷ひ或は躊躇ひを含みつつ、[いんちきばさら]は前述の條件を考慮しつつ、暫定的に再開を致します。

 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、その辺りを含みつつ、改めてお付合ひを御願ひ奉ります。
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# by vaxpops | 2017-04-09 19:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
 前回まあ"休眠に入る"と宣言をしたのですが、世の中自分の都合で廻るとは限らないもので、詰りパーソナル・コンピュータが使へるようになりました。ひと安心といふべきでせうか。尤も一ぺん不安定になつた機械を信用するわけにはゆきませんから、"休眠"は暫く續ける方向にしておかうと思つてゐます。

 ただ"いんちきばさら"を再開さしてかまはないのかといふ点が悩ましいのは変りません。理由は幾つか挙げることが出來て、先づ画像の保存容量が900MB超になつてゐるのが大きい。exciteのウェブログは無料版だと1GBが上限ですから、再開したところで近日、どうにかしなくてはならなくなります。

 更にエキサイトブログといふサーヴィスの安定性に信用を置き難い事情もありますね。具体的な事象をいちいちあげつらふ眞似は控へますが、サーバーの運用が下手つぴいなのではないか知ら。見た目をころころ変更する前に考へることが色々とありさうに思へるのだが、運営のひとはどうも解つてゐないらしい。

 ここで併し、[いんちきばさら]…エキサイトブログを経て何人かと知り合ふ機会を得たのもまた事實なのを忘れてはなりますまい。それはウェブログ上だけでなく、直かに顔を見、或は盃を交はすに到つた方がゐるといふ意味で、軽がる投げ捨てられるものではありません。相手側にも思ふところはあるでせうが、そこはそれ。

 かうなると考へられる今後の方向は幾つかに分けられる筈で

①[いんちきばさら]を画像容量一杯まで續けて新しいエキサイトブログに移行する。

②[いんちきばさら]はこのまま終了さして新しくエキサイトブログを用意する。

③[いんちきばさら]をこのままか画像一杯まで使つてから終了さして別のウェブログ・サーヴィスを用意する。

ことが取急ぎ考へられさうに思ふ。他に云へばウェブログそのものから(一旦は)手を引くことも挙げられさうですが、表藝を称する文章を止めるのは我ながら考へられない。
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 どう転んでも[いんちきばさら]を継續させるだけでは済みさうになく、ここは跡地といふかアーカイヴといふか、そんな感じで残すとして、どう転んでも一長一短があるよね。一方で万全完璧な…勿論私にとつて、の意味で…ウェブログ・サーヴィスがあるとは思へません。
 従つて出來るだけこちらの都合に適ふ方針を撰ぶ必要があるのですが、その天秤具合が六づかしい。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏ならどんな方針を撰ばれるか知ら。ちよいと気にならなくもないが、あつさりかはされて仕舞ふだらうなあと、煙草を吹かしながら考へてゐるのです。

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# by vaxpops | 2017-04-05 10:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)
 唐突な話、[いんちきばさらとマクガフィン]はこの稿をもつて、休眠状態に入ります。

 ああ丸太も書く種が無くなつたか。

 とお思ひになる讀者諸嬢諸氏も、中にはをられるでせうか。強ち誤りではありませんが、さういふ事情ではない。

 さうなると情實が絡む話か。
 巷間騒がしい件への連坐か。

 残念ながら艶気のある話にはとんと無沙汰をしてゐるし、世間を騒がせるほどの器量を持つてゐるわけでもない。

 事態はもつと単純で、常用のパーソナル・コンピュータがどうも駄目になつたらしいのです。起動音はしてもディスプレイが反応しない。いけないね、これは。
 殆どのデータは外部のメディアに保存してゐるから、大体のところは平気として、但し当面そのデータは扱へない。キーボードも使へない。となると更新にも支障が出るだらう。

 我ながら殺風景と思ふが、概ねかういつた理由なのです。

 スマートフォンからの更新は出來なくないとして、画像位置の変更だの何だのは正直なところ、面倒な操作でもあります。それに画像の保存容量が900MB超でもある。
 この際だから休眠…放置ではありませんよ、念の為…して、新しい端末の検討やらパーソナル・コンピュータ本体に残る一部データのバックアップ(可能なら)やらを優先したい。

 [いんちきばさら]が再開するのか、別の形になるのか、その辺りは今のところ未定ですが、どんな結論になつたとして、このまま無かつたことにはしないとお約束いたしませう。

 では我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、暫しの間、おやすみなさい。
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# by vaxpops | 2017-03-31 17:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

関所

 ニューナンブが"お酒とお蕎麦と寫眞とカメラを愛好する(不逞の)集団"であるとは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のよくご存知の事實である。中でも頴娃君は先鋭的な愛好者(クロスロード・G君は穏やかなフヰルム利用者。S鰰氏は動画に傾倒してゐる)であつて、呑むと手繰ると撮るが一体化したやうなアグレッシヴさは時に尊敬の念まで感じさせる。かれが狙ふのは徹頭徹尾スナップ。ライカに35ミリのズミクロンまたはズミルクスが大半ではなからうか。
 徹頭徹尾スナップのスタイルは端から見ると兎に角撮(り續け)る点に集約されさうで、数もさうだがまあ實に速い。露光はカメラ任せみたいだが、焦点合せはおそらくスナップ向けの距離でほぼ固定なのだらう。
「撮つてなンぼでつせ」
きつとかれは、いんちきな関西訛り(まつたくの惡癖だ)で云ふにちがひなからう。併し大したものだなあと思ふ。私には無理だけれど。

 さう。以前にも触れたとほり、丸太はスナップを苦手としてゐる。撮りたくて撮れないならこまるけれど、撮りたいと思ふ手法ではないから気にしてゐない。併し頴娃君はアグレッシヴである。熱気もある。さうするとその熱気にあてられることだつてあるもので、これは、こまる。
 過日の下田熱海行では2泊3日の道中、デジタルカメラとスマートフォンで300枚くらゐ寫した。たつたそれだけと思はれる方もゐるだらうが、私にしては相当な量といつていい。仮にひとりで同じ経路を動いたとしたら、撮影数は半分かもつと少なかつたらうな。繰返すとこれは頴娃君の熱気に煽られたからで、私本來の撮り方とは異なつてゐる。影響されやすいんだなあ。

 「それが寫眞つてえものさ、貴君」
と頴娃君には云はれさうで、そこを認めるのは吝かでないとして、さうでないのも寫眞の筈で、なら"さうでないの"は何かといふ疑問が浮ぶ。尤もその疑問に首を捻るのはこの稿の目的ではない。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、ご自身でお考へください。

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 問題はさうやつて煽られ(て撮つ)た寫眞を後から見ると、詰らなく思へる点で、どうにも頴娃君風なのです。かれの寫眞が詰らないといふのではありませんよ。すべてに首肯出來るとは云はないが、いいねエと唸らされる寫眞だつて少なからずあるのもまた事實。事實ではあるのだが、さてそれと同じ伝で撮つたとして、その寫眞が頴娃君流と並べるのか知ら。いやこれは相手が頴娃君に限つた話ではないけれども。
 極端なことをいへば、2泊3日の時間で撮つた寫眞が1枚でもかまはないんではないか、と私は考へてゐる。撮影といふ行為の愉快と寫眞を見る樂しみは共に認めるし理解もするとして、私の場合、頴娃君式に撮るのは半ば機械的にシャッターを切るのと同じい。それぢやあ何の為のカメラでありレンズであるのか。
「とは云へ撮らなきやあ、寫眞にならないぜ」
そのとほり。ただ数と寫眞が直結するとは限らないでせう。文章ほど極端ではないにしても、寫眞だつて数と質は比例しにくいことは指摘していいように思ふ。多く撮つた結果、よささうな寫眞が増えたとして、その大半は偶然の産物だから、撮つたひとの手柄とは呼び辛い。

 それもまた寫眞の歓びなのは勿論、解る。解りつつ偶然を得る為に兎に角撮るといふ手法を採るのはどうも、性分に適はないらしい。まして私にとつての寫眞は優先順位のひくい藝である。必要と思はない限り、或は撮りたいと思はない限り、スナップを狙はなくたつて、何の支障が出るだらう。といふ当り前に最近やつと、気がつけた。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏からも賛否はあるとは思はれるけれど、"丸太と寫眞との距離"は今後微妙に、または大きく変化するだらう。関所をくぐればちがふ土地のやうなもので、併しこの画像の関所は出口だから、どうも具合が惡い。

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# by vaxpops | 2017-03-31 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

ぶらーん

あるくの、やーよ

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やーだつたら、やーなのよう

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# by vaxpops | 2017-03-30 06:45 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

問題の三番め

詰り、宝亭。
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ま、詳しくは、云ふまい。

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# by vaxpops | 2017-03-29 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)