いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

久しぶり

 暫く機会に恵まれなかつたけれど、久しぶりに外で呑んだ。嬉しかつたので、今回はその話。

 呑んだのは麦酒を二はい。それからなだらかに冷や酒移行するといふ基本に忠實な流れ。焼酎や葡萄酒やハイボールが基本に忠實でないのかと云ふと、決してさうではないのだけれど、何をつまむかを考へれば、麦酒で喉を潤してからお酒を味はふのが最も安定する。
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 先づ食べたのは玉子焼き。
 見てのとほりしらすが乗せられ、大根おろしが添へられてゐて、中々宜しかつた。厚焼き玉子に大根おろしの組合せをたれが思ひついたのか。天才的な發想ではありませんか。
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 それから鯵の天麩羅。
 ぽん酢と大根おろし。ひつこいのかさつぱりなのか、はつきりしないのがいい。些か少なさうに思へさうだが、何しろたつた百八十円だもの。文句を云ふ筋ぢやあない。
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 更に合鴨のロース。
 山葵醤油でやつつける。これを後半に持つてきたのは正解だつた。獸肉にしては割りと淡泊で、併し食べてゐる感はしつかりある。ささ身の梅肉和へと並んでお酒に適ふ肉かと思へる。

 鱈腹喰つて、勿論呑みもして、酒席は矢張りかうでなくちやあいけない。まつたくのところ、満足をしたのだが、その分だけきつちり宿酔ひになつた。何と云ふか、一種の不条理ではないかとも思はれるのだが、たれかお酒と宿酔ひについて、哲學的な考察をしてゐないものだらうか。
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by vaxpops | 2017-05-20 20:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

手羽胡麻

 元とか先とか、さういふ部位はさておいて(先の先なんていふのもあるさうですが)、手羽はうまいですな。焼いても揚げても間違ひがない。最近、黒胡椒をまぶしてある手羽を即席豚汁の味噌で炊いてみたのだが、思ひのほか惡いものではなかつた。手羽そのものより、濃い味噌汁を食べる感じにはなつたけれど。ただ手羽を炊くなら矢張り、甘辛く煮詰めるのが常道でありませう。一体に私は甘辛煮きといふのが好物なんです。ごはんのお供に宜しく、麦酒のつまみにもよく似合ふ。それで手羽の甘辛煮にはどうしたつて白胡麻が慾しくなる。この場合に限つては刻んだ青葱だとほんの少し不満が残る。肉のやはらかさに胡麻のはぜる感じが混ざるが好もしいのか知ら。
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 手羽は骨まで丹念にしやぶるのが望ましい態度なのを忘れてはならない。
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by vaxpops | 2017-03-16 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

順序

 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏は馬鈴薯をお好みだらうか。ポテトと呼んでもじやが芋と呼んでもいいけれど。私は好もしく思つてゐる。眞面目に自炊をしてゐた頃、こまつた時は馬鈴薯を賽の目に切つて湯がき、冷ましてから、三個分の溶き卵と牛乳に混ぜ、焼いて喰つた。イスパニヤ風がこんな感じだと話に聞いて、眞似をしてみたのだ。皮向きと賽の目切りが面倒なくらゐで、焼いて仕舞へば、ケチャップでもウスター・ソースでもマヨネィーズでも醤油でも喰へる。尤も本もののスパニッシュ・オムレツは見たことがなかつた。いやもしかすると今もスパニッシュ・オムレツに縁はないかも知れないか。

 初めて馬鈴薯を食べたのは何でだつたらう。母親の作つたカレー・ライスか肉じやがだつたにちがひない。續くのはカルビーのポテト・チップスで、父親が一時期ひどく熱中してゐたから。晩酌のキリンビール(ラガーの中瓶)にあはせてゐた。残つた分は細かく砕いてふりかけのやうにごはんに乗せた。あれは倅ながら不思議な光景だつたなあ。程なく熱中の対象は大蒜の蜂蜜漬けに移つたから、眞似をするには到らなかつたけれど。その後がマクドナルドのフライド・ポテトだつた気がする。うら若い讀者諸嬢諸氏は知らないだらうが、四十年近く前の当時のマクドナルドは非常に豪華な食べものだつたのだよ。

 思ひ出すと私の家では馬鈴薯をさうさう使はなかつた気がされる。記憶にあるのは上に挙げたくらゐで、次に登場するのは二十歳前後、ステイク屋で喰つたつけあはせ…皮つきを丸ごと蒸かしたやつまで待たなくてはならなかつたもの。あんまり旨いとは思はなかつたな。馬鈴薯が惡かつたのか、料り方が雑だつたのか。両方だらう。安いステイク屋だつたしね、今さら文句は云はない。なのに偽のイスパニヤ・オムレツに挑んだのは、廉価で簡単さうに思へたからだ。その頃の私は生れて初めて、自分で食事の支度をしなくてはならなかつた。追ひ詰められたら馴染まない食べものでも使はうといふものさ。

 併し馴染まない食べものは食べないから馴染まないだけの話で、それもまつたく無縁ではなかつた。要は私が知る馬鈴薯の食べ方はごく狭い範囲だつただけのことで、ある知人に云はせると

「獨逸人は馬鈴薯を喰ふ。何故か。あの國では我が邦のやうに米(即ち一種の完全食品)を栽培出來ない。かれらは國土に適つた作物であるところの馬鈴薯を作り、食べざるを得ない」

のださうで、本当か知ら。知人はゲルマン人を揶揄ふことに無上の歓びを感じる人物だから、どこまで信じていいか、議論の余地はある。但し獨逸風の料理でザワークラウトと馬鈴薯を欠かされるのは、ごはんとお漬物のない日本の食事のやうではありますまいか。

 詰り馬鈴薯は獨逸人を歓ばせるくらゐ旨いと見立てることも可能で、旨く喰ふ為の工夫だつて怠らなかつた筈で、さういふ努力は英國人も米國人も怠らないだらう。ひとが住み着いた地域には必ず旨いものがある。さうでなくては生きてゆけないからと喝破したのは檀一雄で、あの流浪家兼小説家は言葉が正しく示す雑食家だつたから、その言は信頼に値する。だとすれば馬鈴薯がそして馬鈴薯の料理が我われの舌を歓ばせして、何の不思議もないでせう。揚げて焼いて蒸かして煮て、食事につまみにおやつに、塩からく醤油の香りで時にほの甘く。栄養分が仮にお米には劣るとして、大した問題ではなささうに思はれてくる。
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 さういふことを考へながら、画像の馬鈴薯料理("新じやが芋のチーズ焼"だつたと記憶する)を喰つた…ならば恰好がつくのだが、後から見て思ひついたのが實際である。世の中はうまくゆかないものだなあ。

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by vaxpops | 2017-03-14 07:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

 "掌を返す"といふ言葉には厭な響きがある。我が儘にエゴイズム、或は裏切りや変節に繋がるやうな語感。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、さういふ態度はお互ひに避けねばなりません。併し私には割りとその掌を平気でくるくる返す癖があるのも事實で、変節漢の謗りを正面きつて受けてゐないのを不思議に思ふ時もある。人柄ゆゑでないのは明らかだから、色々騙されてゐるのだらう。意図してゐるわけではないから、変節漢は甘受しても詐欺師とは呼ばないで頂きたい。

 何故かういふ書き出しになつたかと云ふと、[空腹に唐揚げ]で鶏の唐揚げを絶讚した殆ど直後にそれを引つ繰り返すのが今回だからで、矢張り獸肉は牛がうまい。鋤焼きやしやぶしやぶといつた薄切りでは駄目で、ある程度の分厚さを持つた、出來れば塊に近い方が好ましい。脂はあつていいとして、さしの入りすぎたのにはそそられない。鮪でもさうだが、近年の我が邦では脂信仰が甚だしくつて、本來ならひと切れかふた切れあれば十分なのに、ああまで有り難がる背景には、どんな事情があるのか知ら。
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 牛肉を存分に味はふなら、矢張りステイクやロースト・ビーフが嬉しいと思ふ。かういふ料理なら英國人が最も巧妙なのではなからうか。佛國人は海峡を挟んだあの島國人をビーフ・イーターと揶揄つたさうで、それを受けた英國人はビーフ・イーター協会(だつたか)を設立したさうで、ここはどちらの立場で笑へばいいんだらう。どう転んでも一方から捲し立てられるにちがひない。間を取つてザワー・ブラーデンにしたら、両方から文句を云はれさうだし、國際関係はややこしいよ。

 なので島國と大陸や國際関係には目を瞑ることにして、ステイクまたはロースト・ビーフについて閑文字を續けるとする。閑文字だから我が親愛なる讀者諸嬢諸氏の役に立たないのは受け合つてもいい。何故かと云へばこれもご承知のとほり、丸太は莫迦つ舌の持ち主だからで、たれです、煙草を控へなさいと呟くのは。尊敬する丸谷才一先生も喫煙家(愛煙家だつたかどうかは疑はしい)だつたが、『食通知つたかぶり』といふ實に面白い本を書いてをられる。

 えーと、話が逸れさうですね。牛肉…ステイクまたはロースト・ビーフの話。

 火を通すのは塩味と並ぶ、人類最古の調理で調味だと思はれる。寄生虫や菌を殺すことで衛生が期待されるし、消化がよくもなる。生では食べられないものがこれで、我われのご先祖の食卓に並べられるようになつた。しかもかうすると生のままより格段に旨くもなる。人類の偉大な第一歩は月面への着陸の前に、火を使つた調理にちがひない。アームストロング船長は悔しがるだらうが、事實は事實だからやむ事を得ない上、二歩目だつて不名誉な話と呼べないし。

 ステイクで塩胡椒といへば何となく通人が連想される。"肉本來のうまさをどうかう"と云ひ出したら終りだけれど。グレイヴィに葡萄酒を加へ、味を調へながら煮詰めたのもいい。この場合はパンを忘れずに添へたい。お皿を綺麗に拭ふのは欠かすわけにはゆかない礼儀ですよ、礼儀。ソースを平らげるのも愉しみとすれば、いや實際愉しみであるのだが、ロースト・ビーフも同じでせう。檀一雄はロースト・ビーフとスモウクト・サモンが英國式料理のお気に入りらしく、何度となく絶讚してゐたのを思ひ出した。きつとかれはパン(もしかして馬鈴薯だつたらうか)をソースに浸すのを無上の悦びとしたにちがひない。

 そこで上等…といふのは高額の意でなく、好みに適ふ牛肉を食べるにはどうすればいいかと疑問が湧いてくる。もうこれは自分で何とかするのが最良ではなからうか。前述のとほり、私は脂を重視しないから、赤身でよい。それをバタで。塩と胡椒は控へ目が宜しからうか。
 以前はレヤーな仕上りを歓んだものだが、今はさうでもなくて、ミデアムの方が安心出來る。妙に凝つたソースは用意が六づかしいし、気が取られかねないから要らない。大蒜の香りと醤油の風味は慾しいかな。最初からお箸かホークで食べられる程度に切り分けておかう。味が濃い時の為に大根おろしを用意したく思ふが、さうなると牛肉に不可欠の馬鈴薯が似合はなくなるだらうか、些か心配である。

 後はちよつと気張つた赤葡萄酒でもあれば万々歳だが、その辺は財布と相談するしませう。人類最古の調理に人類の叡智の醗酵の組合せは、肉を味はふのに絶好と云ふべきで、鶏の唐揚げからまた豪胆な掌返しをしたなあ、と我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には呆れられるか知ら。併し掌は何べん引つ繰り返したつて、掌なんである。
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by vaxpops | 2017-02-26 09:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

空腹に唐揚げ

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 空腹を感じる。
 居酒屋に入る。

 さういふ時、一ばん好もしく思はれるのは、鶏の唐揚げではなからうか。空腹だつたら、かつ丼を食べればいいぢやあないか、と異論も出るだらうが、またかつ丼を喰ふのは實に魅力的な異論でもあるのだが、こちらは麦酒も呑みたいので、残念ながら全面的に受け入れるのは六づかしい。

 そんなら牛肉や羊肉もあるし、ちよいと凝つたところなら櫻に牡丹もある。それではいけないのかと畳み掛けられたら、それでいけなくはないけれども、空腹に大切なのは素早さで、鶏の唐揚げはその点でも優位ではないか知らと疑問を呈することになる。生眞面目に考へる話ではないか。

 少し冷静になると、鶏の唐揚げはかつ丼や焼肉やジンギスカン鍋や櫻刺や牡丹鍋に比べ、"外れを引く確率"が低いのではないか。意地の惡い見方をすれば大当りの率に期待出來ないことにもならうが、何しろ空腹なのだからお店や献立を丁寧に撰ぶ余裕は持ちかねる。さうなると馴染んだ、或は最寄りの居酒屋に飛び込んで

「麦酒と鶏の唐揚げ」

と兎に角慌てて云はざるを得ない。感心しない態度ではあるけれど、兎に角慌てて註文せざるを得ないくらゐの空腹に、鶏の唐揚げほど似つかはしい一品はさう見当らなささうにも思はれる。揚げたてにかぶりつき、檸檬塩、醤油と進めれば冷めてもうまいもので、麦酒二杯にちようどよい。

 さてこれから、鶏の唐揚げでちよいと、引つ掛けるとしませうかね。
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by vaxpops | 2017-02-22 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

遊星から來た

 某日、某所の某居酒屋での某物体。

 かうして画像にすると、何だか気味惡く感ぜられなくもないが、冷酒に適ふうまい肴だつた。
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 詰り、なめろう。

 たたきの一種といふより、タルタル・ステイクの魚版と呼びたくなる漁師料理で、余りに旨くつて、皿を舐め取りたくなつて仕舞ふのが名前の由来だとか。

 お行儀は守らなくてはならないから、流石に舐め取るには到らなかつたが、気持ちはまつたくよく解る。

 画にした途端、遊星から來た奇怪な物体にしか見えなくなるのが難点だけれど。

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by vaxpops | 2017-02-21 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行①

 1月の晦日、唐突に"水戸に行かう!"とメールが届いた。念を押すと、送り主は頴娃君である。他人さまのことは云へた義理でもないが、どこやらの某番組を観て、いきなり火が点いたらしい。
 常陸國水戸には以前に足を運んだ経緯があつて、それは2014年3月の[常陸國リアルタイム]で遡ることが出來る。"東光"と"郷乃誉"がえらくうまかつたなあ。鮟鱇を食べ損つたのは無念だつたけれど、偕樂園の美事な梅林は鮮やかに覚えてゐる。とは云へこちらはそこまで水戸に思ひ入れを感じる気分ではなかつたので、その場は曖昧に誤魔化した。

 その後2月3日に新宿で頴娃君と会ふ用件があつて、滞りなく済ませてから一ぱい引つ掛けた。酒藏が営んでゐるから、チェーン展開をしてゐるのに中々うまい。ことにこの時季は品書きに新酒が出る。ちよいと林檎香をつけ過ぎかと思はなくもないが、季節を感ぜられるのだから贅沢な文句は口にしないのが好ましい態度だらう。それでお代りを呑みながら水戸の話になつた。
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 「貴君何よりゆゑ水戸なのかね」

 「何とかいふ番組の所為だよ。ああいふ土地は歴史を知つた上で歩くべしと思つたのだ」

 「成る程。併し小生は今のところ、水戸に惹かれてはゐないのだ」

 「では貴君、他に惹かれる土地があると」

 「さうさね。下田を改めて訪れたいか」

 それだよと頴娃君の聲が高まつたのはお酒の昂奮も含まれてゐたにちがひない。尤もこちらにもお酒の昂奮はあつたから、難詰するわけにはゆかず、それで下田が確定的な雰囲気になつた。
 思ひ返すと下田には二へん行つてゐる。初めて訪れた時は大雨に祟られて、次は市内をぶらりぶらりした。2013年3月の[弥生の月は下田月]などでその辺りは追ひ掛けられる。但し書いた本人もざつと讀み直して、何が何だかよく判らなくなつてゐる箇所があれこれとあるから、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には、一ぺん眺めてみるかと思はれた場合はご注意を願ひたい。
 ところで前回の訪問から4年ほどを経て下田の新しい知見を得たかと云ふと恥づかしながら皆無に等しい。詰り漁港にペルリ提督、勝海舟と山内容堂の会談くらゐだから、これでは何も知らないのと事實上変らない。下田人には申し訳なく思ふけれど、それはこれから改めるので寛容を以てご容赦願ひます。お願ひが重なつたのは、丸太の不徳といふやつである。

 改めるのは明日からの話として、下田は(東京から見ると)近い土地とは呼び難い。我われは特急列車で移動するのだが、熱海を過ぎて伊豆半島に入らうとすると、途端に不便を感じさせられる。簡単に云へば列車の数が少なくなるからで、ダイヤグラムを調べると、小田原を中継にした特別急行列車"踊り子"105號くらゐしかないと判つた。
「よしそれで決めませう」
微塵の躊躇ひもなく云つたのが頴娃君なのは今さらの話で、油断も隙もないかれは既に宿の手配まで済ませてゐた。確定的な雰囲気が確定になつた瞬間である。
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by vaxpops | 2017-02-08 07:30 | 企画万巻 | Trackback | Comments(2)

花は櫻に魚は鯛よ

 恥づかしい話、谷崎潤一郎はちやんと讀んだことがないから、又聞きの曖昧な記憶で云ふのだが『細雪』の一節に、日本人にとつての花が櫻なら魚は鯛とあるさうで、ははあと感心した。尤も花の古い格は梅の方が一段上で、櫻は二代目になつたかと思ふ。
 不思議なのは、我われのご先祖は大多数が農耕民…司馬遼太郎風にいへば、"大地を引つ掻いてゐた"連中…で、漁撈派は小数だつた筈である。それに(私の乏しい知識の範囲だが)上代から中世くらゐまでの日本は、舟…造船や航海の技術が未開に等しくて、大規模な漁業は事實上不可能だつたから、魚を食べる習慣はごく狭い範囲に限られてゐたのではないかとも思ふ。
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 さうなると鯛が魚の王様の地位を得たのはいつ頃のことなのだらう。鮭は今の新潟辺りで収獲する人びとがゐたさうだし、皮で服だの靴だのも作つたらしいから、寧ろこちらの方が玉座についても奇異の念は感じないだらうに。

 我が邦魚食の歴史については熱心な研究者に任せるとして、またさういふ歴史に関はらず鯛はうまい。焼いても煮ても蒸しても揚げても、西洋風でも中華風でもうまい。魚ならたいていはさうだらうさと呟くのは野暮な態度で、いや實際料るとして、幅の広さ懐の深さ器の大きさを存分に活かせるのは鯛の他だと鮭と鯖、鰯くらゐが精々ではなからうか。
 一ばん旨いと思はれるのは矢張り、塩焼きでせうね。しつつこいのに淡泊でもあつて、魚の肉といふ言葉から連想出來る味のすべてが含まれてゐる風に感じられる。これが断然の首位として、續くのはお刺身か。うまいのに当る機会に中々恵まれないのは惜しまれるが、これ計りは自分の鼻を利かせる以外に方法はない。お刺身で旨い鯛に巡りあへたら、ちよつと贅沢なお酒を奢つて、梅の香櫻花を愛でに出掛けたいものだ。大谷崎には厭みな態度と叱られるか知ら。
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by vaxpops | 2017-02-06 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

過程と結果の間

 過日、この[いんちきばさら]でお知らせした"展示バカ"が無事に終了した。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には厚く御礼申し上げます。

 終つて思ふのは出した寫眞が外の方のに較べてひどく暗く、また粗くなつてゐたことで

『終戰直後みたい』
『昭和な出來』
『昔のフヰルムのやう』

 とご感想を頂いた。ある程度は狙つてゐたことだから、そこはまあいいとして、予想を外れるくらゐの仕上りだつた、とはここで白状しておかねばならないか。

 詰り準備のミスである。予め幾つかのプリントで比較し撰択すれば、かうはならなかつた。手間を惜しんだとも云へますね。反省してゐます。
 併しその予想外はギャラリーの中で些か(惡)目立ちをしたかと感じられ、結果だけを見れば失敗ではなかつたとも思はれる。よかつた。

 そこで考へたのは寫眞は兎に角結果なのだなといふことで、仮に準備が完璧だつたとしても、プリントがそれを見るひとにとつて詰らないと感ぜられれば、それは失敗ではありませんか。

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 寫眞の面白み、樂しみは偶然だと云つたのは勿論私ではないのだが、またその言には同意するのだが、どうも寫眞の偶然は撮影の時だけではなささうで、そのことを實感出來たのがもしかすると最大の収穫だつたか知ら。豚肉と里芋の土佐煮をつまみながら(三つ葉がうまい具合に効果的)、さういふことを考へたのです。
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by vaxpops | 2016-12-19 12:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

クリルタイ

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 上から順に生ハム(チーズ添へ)、大蒜の芽の肉巻き揚げ、鰤のお刺身。

 かういふ豪勢を満喫するのは当然、ニューナンブ≒マスケティアズのクリルタイであつて、この時期だから新酒が加はる。

 大笑ひと毒舌。
 眞面目な話題はあつたか知ら。

 まあそんなことはとうでもよく、兎にも角にもかうでなくちやあ、クリルタイではない。まつたくのところ、快い酒の夜なのであつた。
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by vaxpops | 2016-12-17 13:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(5)