いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

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戯れ歌鰻

 萬葉集には戯れ歌とでも呼べる歌が幾つもあつて、たとへば柿本人麻呂は宴席を中座するにあたつて、"子供が泣いてゐるにちがひないし、妻も私と添ひ寝をしたがつてゐるだらうから"と詠んだ。かういふ社交性を求められたのが上代中世の宮廷文化で、實際はその宴席に、人麻呂がきらひな貴族がゐて、さつさと帰りたかつただけなのかも知れないが、これなら角が立たない。尤もかういふ社交の道具としての和歌は、滅んでゐる。藝術に進んだからで、いいことなのかどうか。
 随分以前に聞いたゴシップをひとつ。冷泉家…和歌をもつて鳴るあの冷泉家です…に婿入りした若ものの話。義家に入つた日、夕食の後、家長が不意に、けふこの家に男子を迎へたのは嬉しいことだといふ意味の歌を詠んだ。そのあと若ものに
「君、返歌を」
と續けなければ、いい話だつたのになあ。ただこれは宮廷文化をうんと縮小した形と見立てられなくもないから、閑雅な慣はしと感心すべきところか。家族の間で戯れ歌が飛び交ふなんて、中々想像出來る光景ではないよ。

 ところでこの時期に思ひ浮ぶ戯れ歌といへば、大伴家持が詠んだ

 石麻呂に 我れ物申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻捕りめせ

であらう。石麻呂さんよ、夏ばてかね。鰻でも食べて、精力をつけなさいな、くらゐの意味か。穿つた見方をするなら、夏痩せの裏の恋窶れを揶揄つてゐるのかと思へなくもないが、どうも萬葉風の大味な諧謔が薄れて仕舞ふ。眞夏の殿上で、げつそりした様の石麻呂を見掛けた家持が、すれちがひざま、笑ひながら詠んだと考へたい。

 この一首で我われが気づくのは、萬葉集の時代に鰻を食べる習慣があり、また鰻は暑い季節の滋養強壮に効果があると云はれてゐたこと。さうでなければ、この歌は成り立たない。
 鰻といへば、"あなうなぎ"の狂歌だつたり"土用ニハ鰻喰フベシ"を思ひ出すひとが多からうが、蜀山人や平賀源内の頭にこの歌はあつただらうか。あの時代は不肖の子孫とちがつて、古典に通じた人びとが少なからずゐたから、あつたとも考へられるし、古今や新古今ぶりが主流だつた筈だと思ふと、案外さうでなささうな気もされる。
 さて我らのご先祖は、鰻をどんな風に料つたのだらう。割いて焼いて蒸してたれを塗つて山椒を振つて、ではなかつただらう。切つて焼いて、味噌か醤でつまんだのではなからうか。まさか英國風の煮凝り寄せには、してゐないと思ふ。ジェリード・イールは労働者が、午後のお茶に食べるものだと伊丹十三が書いてゐた記憶があるが、本当か知ら。タフな仕事向けの精力剤のやうな扱ひといふことか。檀一雄によると、西班牙だか葡萄牙だかでは小さな土鍋にオリーヴ油を煮立たせ、鰻の稚魚をはふりこむ料理(味つけは大蒜と唐辛子)があるらしい。旨さうだが、殿上人は想像も出來なかつたらうな。

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 一体に我われは鰻といへば蒲焼きをぢかに連想するが、あれが成り立つたのは、室町の末期から江戸の初期にかけての東國らしい。元々はぶつ切りを串に刺して焼き上げたもので、その様が蒲の穂を連想させたのが、蒲焼きと呼ばれるいはれなんだとか。如何にも東夷風の簡便な調理で、これではジェリード・イールを笑へない。尤もその簡便調理を数百年かけて、洗練させた点は煮凝り鰻に勝るかも知れないが。
 ここで私は関西…少なくとも近畿圏で、鰻(の蒲焼き)の名店が浮ばないことを思ひ出す。とんかつも同じですね。豚肉と鰻は東國人が喜んだ味はひなのだらう。家持の時代、朝廷から見た東國と云へば、蕃族が跳梁跋扈する未開の地だつたし、野性の精力へ信仰もあつた(同時期に佐伯今毛人といふ貴族がゐた。毛人は蝦夷とほぼ同じ意味。また今毛人の同族から出た空海の俗名は佐伯眞魚である)野蛮人が喰らふ鰻に、特別のちからが宿つてゐると考へたとしても寧ろ当然で、家持の詠んだ一首に篭つた説得力は、現代と比較にならないほど強かつただらう。
 ここまで書いたのだから、丸太は自慢気に旨さうな鰻の画像を見せつけるのだらう、と意地惡な讀者諸嬢諸氏は考へるかも知れないが、近畿人である私は、鰻と聞いても比較的冷静でゐられる。ここだけの話、穴子の方が旨いんではないかと思ふし、それ以上にこの季節と云へば鱧の湯引きが恋しくなる。瀬戸内のどん詰りの夏ほど疎ましいものもないが、あの湿つぽい土地には、鰻の豪壮より鱧の繊細が適ふ。ところで鱧をあしらつた戯れ歌つて、何かあつたか知ら。
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by vaxpops | 2017-08-03 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

俗に云ふ赤提燈

呑めるのは麦酒、焼酎、ホッピーにお酒。
ちよいと気が利いて泡盛や濁り酒。
葡萄酒をかろく、引つ掛けるのは六づかしい。

"熱心な愛好家"の為の特殊な酒精扱ひなのだらうか。
醸造家は"もつと気軽に樂しんでもらひたい"と云つてゐるらしいけれど。
惡マニヤが産地だの葡萄の種類だのヴィンテージだの、八釜しい所為か知ら。

併し國産の廉な、それで美味い葡萄酒は幾らでもある。
輸入ものだつて南米産は存外に廉い。
偶さかさういふのを呑むと、得をしたなあと思へるもの。
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考へるに、つまみが宜しくないのだな。
やれ佛蘭西のチーズだ、西班牙のハムだと云はれたら、うんざりする。
葡萄酒は食事酒だもの、さういふ呑み方をしなくちやあ。

臓物の煮込み、ポテトサラド、牡蠣フライ、干物にお漬物辺りは問題なく適ふ。
俗に云ふ赤提燈で葡萄酒を見かけたら、一ぱいだけ、試してみ玉へ。
なーに、出かけるのが面倒なら、マーケットで廉価な一本を買へば済む。

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by vaxpops | 2017-08-01 10:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

バベル

築きあげた翌朝には

類のない宿酔ひ

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by vaxpops | 2017-07-28 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(4)

前言撤回

 毎日毎晩食べたいわけぢやあないけれど、食べれば舌を悦ばせる一品の筆頭に、揚げ出し豆腐を挙げて、大きな反論は出ないにちがひない。
 深い器から湯気を立てる揚げ出し豆腐を見ると、何とはなしに幸せを感じるから、私もえらく単純である。但し池波正太郎に云はせると、一日の仕事を終へて食べる味噌汁に、幸せを感じるのが健全ださうだから、単純も惡い計りではない。

 出來たてが特にうまい。
 木匙で食べるのが旨い。

 揚げ出し豆腐はお箸を使ふと、途端に味はひが落ちる。大根おろし(或はもみぢおろし)、葱、それからたつぷりのつゆを一緒にしたのが、揚げ出し豆腐の味だからで、熱い皮と豆腐、冷たいおろし、油のしつつこさと葱のさつぱりとつゆのとろりが匙の上で纏り、口の中でぶつかるところが宜しいのだ。

 さうすると冷たい麦酒を求めたくなるところだが、それは感心しない撰択である。揚げ出し豆腐だと麦酒の苦みが却つて邪魔になるもので、この場合、香りの立たないお酒が好もしい。冷酒よりもぬるめのお燗が似合ふ。あの有名な唄には申し訳ないが、焙つた烏賊より適ふと思ふ。

 ぬるめにつけたお燗酒を一合誂へ、これをゆつくり含み、揚げ出し豆腐をひと匙。これを爺むさいと思ふのは若いものの浅はかさで、夜を愉しむのにこんな素敵な組合せはまたとない。同じ豆腐仲間で近しいのは何だらうと思ふと、温奴くらゐではあるまいか。ただ温奴は冷たいぽん酢に削り節、青葱、生姜(またはもみぢおろし)でやつつけるから、揚げ出し豆腐の適度な油つこさに欠ける難点がある。天かすを加へればいいのか知ら。

 併し手軽さは温奴に分を認めるとして、より旨いのは矢張り揚げ出し豆腐である。一体感が違ふものな、何しろ。気のきいた呑み屋だと、註文を受けてから作りにかかる。ちよいと待たなくてはならないが、そんならぬる燗を二合奢つて、お漬物や酒盗でも肴にして待ちませう。

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 そんな眞似をしなくたつて、揚げ出し豆腐くらゐ、自分で作ればいいぢやあないの。

 さう、呆れ顔で云はれるかも知れないけれど、こちらはどうにも不器用だし、ことにたつぷり使つた油を後でどうするのかも判らない。揚げものは全体、玄人に任すのが安心だし、にカウンターの中のひとが、手早く仕立ててゆく様を見るのは、柳葉魚や畳鰯と並ぶいい肴ではないか。
 尤もかういふ愉しみには、待つ時間も含まれるもので、空腹に身を蝕まれ、鶏の唐揚げを貪りたくなるやうな若い胃袋では、我慢がならないやも知れない。ある程度は枯れて縮んだ胃袋が求められることを考へると、前言を撤回すべきではなからうかとも思はなくもない。
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by vaxpops | 2017-06-30 07:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)
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見上げれば

夜の花の群

息苦し

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by vaxpops | 2017-04-14 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

ありふれた

 竹輪。
 人参。
 それと赤ウインナ。
 ごくありふれた煮物…つき出しなのだが、ちよいと渋い好みだねえと思ひたくもなる。
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 尤もありふれてゐるのは我が邦の話だけかも知れない。ロンドンやパリやアムステルダムで一ぱいひつかけるとして、かういふ渋好みな小鉢乃至小皿は出てくるものなのか。鰻の肝やら身の欠片を甘辛く色濃く煮つけたのをつまみつつ、ギネスやバスのパイントを呑むのはきつと愉快にちがひないのだが。それともマドリッドに行かねばならないか。あすこなら烏賊や貝をオリーヴ油で炒めあげたつき出しに期待出來さうな気がする。さういふのをつつきながら、葡萄酒をがぶがぶ呑るのもまた、惡くない愉しみの筈である。
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by vaxpops | 2017-03-07 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

筍パンチェッタ

 と題に入れて仕舞つたから、それ以上に加へるところが殆どない。
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 さうだ。品書きに"燻製パンチェッタ"とあつたのを見て、旨さうだなあと呟いたら、そろそろ顔馴染みになつたお店の大将が
「旨いよ」
と切り返してきた。その口ぶりが自信あり気で嬉しさうで、こちらもちよいといい気分になれたのは、申し添へていいかも知れない。
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by vaxpops | 2017-01-19 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

骨身

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寒い夜には熱いものを。

といふ心の動きの結果。

揚出し豆腐に熱燗をば。

これぞ理想的の組合せ。

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by vaxpops | 2017-01-14 09:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

冬の逆光

冬の午后の

光さかしまに

寂れたる名を

あはく飾る

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貴女の名に似て

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by vaxpops | 2016-12-23 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

烏賊韮

 過日、毎日の行き帰りの途中にある小さなラウンジで呑んだ。仕事が妙にばたついた日で、かういふ夜に真つ直ぐ帰宅するのは性に合はない。尤もこんな時はさらつと呑むに留めるのが良策でもある。併し予定外はどんな場合でも考へられるもので、その晩も顔見知りのお客と莫迦話に花を咲かせることになつた。福岡のめしは旨いといふ大事な(そのくせちつとも具体的ではない)情報を得たり、最寄り驛ちかくの素麺屋が素麺だけでなく侮れないらしいと教えへてもらつたり、ボジョレーのヌーヴォ(惡くない出來だつた)をご馳走になつたりと、これだけならば中々有益と呼べる時間を過ごした。

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 それでラウンジのママさんと同席していた別のお客と三人連れで、更に呑みに行つたのは一体どんな流れだつたのか知ら。三人とも知つてゐるごく小さくて肴のうまい居酒屋である。
 そこで出されたお通しが画像の上段…烏賊と小芋を焚いた小鉢でこれがよい出來。やや濃いめで少し甘みが勝つてゐるかと思はれる味つけは東京風といふより、お酒との相性を考へた結果にちがひない。今どきの"日本酒は冷やで刺身をつまみにするのが恰好いいんだぜ"と思ふ向きにはきつと理解の外にある渋さ(併し終電車もなくなつた時間帯に、二十歳そこそこの女の子が独り…驚かされたね、まつたく…でゐたから、例外は認めるべきだらうな)で、熱燗を註文した私にすれば拍手したくなる組合せになつた。

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 下段は献立表に"ニラ"とだけ書かれてゐたから註文したら出てきた韮の卵とぢ。他にも韮で肴を作れるから"ニラ"だつた筈だが、遅い時間帯と酒精の影響は油断がならないもので、何が出來るか訊いたのに忘れて仕舞つた。酔ひながら撮つたから色々いい加減になのはご容赦頂くとして、真ん中辺りの白身がうまい具合の半熟なのは判つてもらへるのではないか。かういふ仕上げで出される韮卵に不味い道理はなく、これなら炊きたてのごはんにも適うふのは疑へない。尤もその晩は既に満腹だつたから、七味唐辛子をぱらばら振りつつ、熱燗を含むに留めたのであつた。
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by vaxpops | 2016-12-03 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)