いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

タグ:東中野 ( 15 ) タグの人気記事

ありふれた

 竹輪。
 人参。
 それと赤ウインナ。
 ごくありふれた煮物…つき出しなのだが、ちよいと渋い好みだねえと思ひたくもなる。
d0207559_7553987.jpg
 尤もありふれてゐるのは我が邦の話だけかも知れない。ロンドンやパリやアムステルダムで一ぱいひつかけるとして、かういふ渋好みな小鉢乃至小皿は出てくるものなのか。鰻の肝やら身の欠片を甘辛く色濃く煮つけたのをつまみつつ、ギネスやバスのパイントを呑むのはきつと愉快にちがひないのだが。それともマドリッドに行かねばならないか。あすこなら烏賊や貝をオリーヴ油で炒めあげたつき出しに期待出來さうな気がする。さういふのをつつきながら、葡萄酒をがぶがぶ呑るのもまた、惡くない愉しみの筈である。
[PR]
by vaxpops | 2017-03-07 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

筍パンチェッタ

 と題に入れて仕舞つたから、それ以上に加へるところが殆どない。
d0207559_6571291.jpg

 さうだ。品書きに"燻製パンチェッタ"とあつたのを見て、旨さうだなあと呟いたら、そろそろ顔馴染みになつたお店の大将が
「旨いよ」
と切り返してきた。その口ぶりが自信あり気で嬉しさうで、こちらもちよいといい気分になれたのは、申し添へていいかも知れない。
[PR]
by vaxpops | 2017-01-19 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

骨身

d0207559_857776.jpg

寒い夜には熱いものを。

といふ心の動きの結果。

揚出し豆腐に熱燗をば。

これぞ理想的の組合せ。

[PR]
by vaxpops | 2017-01-14 09:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

冬の逆光

冬の午后の

光さかしまに

寂れたる名を

あはく飾る

d0207559_19461787.jpg

貴女の名に似て

[PR]
by vaxpops | 2016-12-23 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

烏賊韮

 過日、毎日の行き帰りの途中にある小さなラウンジで呑んだ。仕事が妙にばたついた日で、かういふ夜に真つ直ぐ帰宅するのは性に合はない。尤もこんな時はさらつと呑むに留めるのが良策でもある。併し予定外はどんな場合でも考へられるもので、その晩も顔見知りのお客と莫迦話に花を咲かせることになつた。福岡のめしは旨いといふ大事な(そのくせちつとも具体的ではない)情報を得たり、最寄り驛ちかくの素麺屋が素麺だけでなく侮れないらしいと教えへてもらつたり、ボジョレーのヌーヴォ(惡くない出來だつた)をご馳走になつたりと、これだけならば中々有益と呼べる時間を過ごした。

d0207559_759562.jpg
 それでラウンジのママさんと同席していた別のお客と三人連れで、更に呑みに行つたのは一体どんな流れだつたのか知ら。三人とも知つてゐるごく小さくて肴のうまい居酒屋である。
 そこで出されたお通しが画像の上段…烏賊と小芋を焚いた小鉢でこれがよい出來。やや濃いめで少し甘みが勝つてゐるかと思はれる味つけは東京風といふより、お酒との相性を考へた結果にちがひない。今どきの"日本酒は冷やで刺身をつまみにするのが恰好いいんだぜ"と思ふ向きにはきつと理解の外にある渋さ(併し終電車もなくなつた時間帯に、二十歳そこそこの女の子が独り…驚かされたね、まつたく…でゐたから、例外は認めるべきだらうな)で、熱燗を註文した私にすれば拍手したくなる組合せになつた。

d0207559_759630.jpg

 下段は献立表に"ニラ"とだけ書かれてゐたから註文したら出てきた韮の卵とぢ。他にも韮で肴を作れるから"ニラ"だつた筈だが、遅い時間帯と酒精の影響は油断がならないもので、何が出來るか訊いたのに忘れて仕舞つた。酔ひながら撮つたから色々いい加減になのはご容赦頂くとして、真ん中辺りの白身がうまい具合の半熟なのは判つてもらへるのではないか。かういふ仕上げで出される韮卵に不味い道理はなく、これなら炊きたてのごはんにも適うふのは疑へない。尤もその晩は既に満腹だつたから、七味唐辛子をぱらばら振りつつ、熱燗を含むに留めたのであつた。
[PR]
by vaxpops | 2016-12-03 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

新しき壜

葡萄の實れる時節の來れば

神の惠みなる収獲の悦びを

共に褒めそして共に讃へよ

d0207559_7414430.jpg

[PR]
by vaxpops | 2016-11-18 07:45 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

品下る愉しみ

 蕎麦がうまいと知つたのは東都に下つて何年か過ぎてからなので、たかだかこの十年足らず程度になる。関の西は饂飩がうまくつて、蕎麦を啜る積極的な理由が見つからなかつたのも事情に含まれるだらうか。有り体に云へば、少なくとも大坂でうまい蕎麦屋は噂にも聞いた記憶がないね。詰り土地柄なのだらう。饂飩でも有名店があつても名店の話は聞いたことがないのに気がついた。

 併しここで些か不思議にも思はれると云へば嘘になる。饂飩はお大師さま起源の伝説もあるくらゐに歴史がある。そしてお大師さまの故地である讃州は、茅渟の海を隔てて大坂のごく近くでもある。伝説はまあ伝説だとしても(お大師さまの伝説がすべて事實だとしたら、あのひとは超人を飛び越して妖怪…失礼、高野山でさうなる前に生身佛だつとしか思へない)、伝説が成り立つには何らかの背景は必ずあるもので、神話の中に侵略だの征服だのの暗喩が含まれるとの同じである。饂飩の歴史的な事實或は背景については熱心な研究者に任せるが、伝説が成り立つ程度に饂飩が食卓に馴染んでゐたと考へても誤りにはなるまい。

 蕎麦はさういふ伝説を持つのか知ら?

 さう考へて仕舞ふのはひとつに無知、もうひとつは心の底にある饂飩贔屓の気分ゆゑである。伝説を持たうと持つまいと蕎麦はうまいし、そのうまさを江戸人の洗練が産み出したのは改めるまでもなく、見方によつては江戸に棲んでゐた無数の無名のお大師さまが蕎麦の味を練り上げたと云つても然程の無理にはならないだらう。
d0207559_9303877.jpg
 尤も十年足らずの蕎麦好きは今の視線で見ればきつと邪道な筈で、詰り立ち喰ひのやうなのを歓ぶ傾向がつよい。ひどく強い。
 たとへばたぬきそば。或はきつね、掻き揚げ(海老の天麩羅よりうまいと思ふ)や天玉を好む。黒みがかつた、ふとくて、頑丈な田舎蕎麦もまた好もしい。
 何より立ち喰い蕎麦で啜るもり覇蕎麦は私の酷愛するところで、呑み過ぎた週末の夜中、こいつのつゆに温泉卵を入れてもらひ、蕎麦に七味唐辛子を振りながらやつつけるのは、他人さまにはちよいと云ひ辛く、また奨め難い愉しみであるのだが、ほんの少し居直るならば、がんらい蕎麦はその程度の食べものだつた筈で、その辺を気取られてはこまるのだ。尤もかういふ気取りは江戸人の云はば美意識の結晶だとも見ることも出來て、かういふ衒ひのつけ方は、とてもお大師さまに及ぶものではない。
[PR]
by vaxpops | 2016-10-05 09:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(5)

渾然

 小魚の丸干しを上手に焼いたのはいつも私を悦ばせる。皮も骨も膓も一ぺんに噛みしめるとおれは今、魚を喰らつてゐるなあと實感出來て、もしかすると刺身や煮魚よりそれは強く感じられるのではなからうか。

 魚を干すといふのは単純に考へれば保存が目的の筈で何故こんな考へに到つたのだらう。塩に漬けるのなら判る。長期の保存に堪へ、余計な水分は抜けてうまくなる。味噌漬けや醤油漬けや糠漬けは塩藏の変形または応用と見立てて間ちがひはない。水分を飛ばしてうまくなるなら(天日)で干すのも同じぢやあないかと我らのご先祖はどこかで思ひついたのだらうが、切つ掛けが何だつたかはどうも想像が六づかしい。
d0207559_6573393.jpg
 意外と明確な事情はなく、眞夏にうつかりはふり出してゐた魚を、棄てるのは勿体無いし、仕方がないので焼いて喰つたらうまかつたとか、そんな程度だつたのか知ら。
 併し切つ掛けはどうあれ、丸干しの魚は惜しみない拍手に値する大發明と云ふべきで、かういふのは箸で毟るより熱いままかぶりつく方がいい。皮の香りに肉の味はひ、骨の歯応へと膓の苦みが渾然となつて要するにこれが口福なのだ。さういふ鰯を囓ると、我らがご先祖に感謝を捧げたくなつてくる。
[PR]
by vaxpops | 2016-09-19 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

常連ハイボール

 仕事場からの帰り道には危険が潜んでゐる。まづ仕事場の最寄驛に到るまでは時間にして数分程度なのだけれど、そこにうまい、またはうまさうなお店が何軒かある。そこを何とか我慢して目を瞑つて電車に乗る。驛に入つた時点で自分を褒めたくなるのはここだけの話。

 併しもつといけないのは自宅側の最寄驛近辺の方で、うまい呑み屋(但しお酒はそこまで感心出來る揃へではない)と葡萄酒のバー(残念ながらやや割高)があり、長の無沙汰ではあるが、少し離れたところにはハイボールとシガーを教へてもらへるバーもある。仮に順を追ふとしたら、葡萄酒バーで食前酒、呑み屋をメインディッシュにしてシガーバーで〆る流れになるだらうが、幸ひなのはそれぞれのお店に距離があることで、酔つ払つた身で實現さすのは六づかしいだらう。

 そこを何とか我慢して歩き出せたとして、更にもう一軒、そこはラウンジなのだが、さういふ難関が残る。ここはもう呑むだけ…但しうまさうな肴はメニュにある。試してみなくちやあ…なのだが、ぼつたくるやうな値段ではない(寧ろ賑やかに呑める時間からすると廉いかも知れない)し、ママさんの客あしらひも中々巧いので、どうかすると立ち寄つて仕舞ふ。どうかするとといふのは呑み助の行動としてたちが惡い。
d0207559_6574714.jpg
 そのラウンジで呑むのはハイボールと決めてゐて、いやそんなに恰好よいものではないか。角瓶のソーダ割りと呼ぶ方がしつくりする。偶さか一緒になつたお客(勿論殆どが初対面)と当り障りのない話をし、ママさんに揶揄はれ、時にマイクを持つのは惡くないもので、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、これが小父さんといふ生き物なのだ。
 ものの弾みで立ち寄つたのが縁になつて、何回か足を運んでゐるうちにどうもママさんは私を覚え、覚えついでに私がいつもハイボール…ではなかつた、角瓶のソーダ割りを註文するのも覚えたらしく、先日椅子に坐ると、何を呑むではなく
「いつものでいい?」
と確認を取つてきた。ああこれが常連と呼ばれるひとの立場なのかなと思つて、頷きながらくすぐつたい気分になつた。
[PR]
by vaxpops | 2016-09-08 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

1988 もつ煮讚歌

 呑み屋に格づけをするのは趣味の惡い態度なのは解つてゐるが、趣味の惡い愉しみも世の中にはあるもので、さういふ愉しみに
『もつ煮がうまいかどうか』
は有効な基準点となるのではなからうか。何となくそんな気がされる。

 普通にうまいよと云ふのは二重の意味で誤つた意見で、うまい肴は普通ではなく、普通にやつつける肴にうまくあつてもらひたい。それに屡々誤解されるのは、もつ煮がお店それぞれで意外なほどに味が異なるのを無視してはならない。

 臓物の類を料る時は下拵へに手間がかかるもので、いやかかるのは手間ではなく時間なのかも知れないが、この場合両者はほぼ同じと捉へてもかまふまい。裏を返せばそこに工夫やら気配りやらの入る余地がたつぷりあるのだから、味はひに相違が出ない方が寧ろ不思議である。

 醤油の味はひ。
 味噌の香り。
 塩のあつさり。

 葱に韮に生姜。
 蒟蒻、豆腐、大根に牛蒡。

 さういふ渾然一体がもつ煮の味になり、肴の悦びになる。そして我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に忘れてもらつてこまるのは、あの出汁といふかソップといふか煮汁といふかのうまさであつて、塩梅よく出來たもつ煮を前にそれを残すのは勿体無い以上に礼を失する態度である。
d0207559_653063.jpg
おお我らがもつ煮。
獸の腹を裂きて出でたる臓物の。
大鍋に烹らるる愛しき姿。

おお我らがもつ煮。
真白の器に盛られ出でる数々の。
悦ばしき肉の欠片たちよ。

韮はをどり蒟蒻は震へ。
豆腐はその汁に彩らる。
葱よ碧白に香りを立て。
唐辛子は紅いろに舞ふ。

我が友よ焼酎を注げ。
我も焼酎を平らげん。

おお我らがもつ煮。
小鉢なる宇宙の整然はいつしか。
渾沌へ回帰を續けそして。

数々の臓物は我が腹中に。
ふたたび獸の姿を見せん。

[PR]
by vaxpops | 2016-08-26 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)