いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

終着

列車は音も立てず滑り込む

まばらなプラットホームに

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by vaxpops | 2017-08-30 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

長話

 立ち喰ひ蕎麦の話は何べんもしてゐる。何べんも話をするのは立ち喰ひ蕎麦が好きだからで、併し何故好きなのか、考へたことがなかつた気がする。私は大坂で育つたが、立ち喰ひ蕎麦にも饂飩にもとんと縁がなかつた。ああいふのは家で啜るものと思つてゐたのですね。大坂に戻るのは年に一ぺんくらゐだが、今でも立ち喰ひ蕎麦乃至饂飩を啜ることは殆どない。急いで云ひ添へると、ここでいふ立ち喰ひには、カウンターだけのごく狭苦しい場所も含めてゐる。語感としては場末に近しいとお考へください。
 そちらではないが、蕎麦の事始メと呼んでいいのは三十年ほど前の神田、[藪]だと思ふ。云ふまでもないほどの老舗だが、当時の私はよく解らなかつた。池波正太郎の随筆で名前を知つたのが切つ掛け。その頃の勤め先が近かつたので、足を運んでみたのです。旨かつたけれど、量が少なくて物足りなく感じたなあ。玉子焼きや鴨焼きで一ぱい呑つて、もりを一枚か二枚、平らげるなんて方法も知らなかつたのが失敗だつたか。併し仮に知つてゐても、二十歳そこそこの若造ぢやあ、何が何やら解らないままだつたらうね。それでも蕎麦が旨いと感じられたのは、老舗の底力か、江戸の洗練か。

 一体に大坂は蕎麦がまづいんです。食べる習慣がないのだらう。私の周囲で蕎麦の話題はまつたく出なかつたし、實家で蕎麦が出されたのは大晦日くらゐ。喜んで啜つた記憶はないから、大してうまくなかつた筈で、母親の料理下手を差引きしても、その程度だつたと考へて差支へなからう。京都では鰊蕎麦が有名だけれど、食べたことがないから、論評は控へませう。

 神田で事始メとなつた蕎麦の、次の機会は数年が過ぎてからだつたと思ふ。お店の名前はすつかり忘れたが、神田とか新橋とかその辺りの、ガード下かガード近くの立ち喰ひ蕎麦。七味唐辛子を振つたきつねそばを喰つたのは記憶してゐる。山下洋輔の"ピアニスト"(笑え?翔んだ?二度笑え?どうも判然としない)で、ヨーロッパ・ツアー中の山下トリオが、日本の食べものを恋しがつて、キツネソバ(表記はカタカナだつた)が慾しいとか、薬罐一杯の蕎麦つゆを寄越せとか、列車内で或は呻き、或は喚く場面があつて、これは一ぺん、試してみなくちやあと思つてゐたのだ。もうひとつ確實な記憶は、時節が冬だつたことで、暖簾の下を潜る寒風と、熱いきつねそばの組合せが宜しいものだと感ぜられた。旨かつたかどうか、曖昧ではあるけれど、振り返れば立ち喰ひ蕎麦に好感を持つたのは、この時からだと云へると思ふ。

 尤もそれで蕎麦を貪るようになつたわけではなく、立ち喰ひ蕎麦を見掛けたら入らずにゐられなくなつたわけでもない。月に二へんかそこらの頻度だから、立ち喰ひ蕎麦愛好家からすると、食べてゐないのと同じでせうね。聞いた話だと、山手線の外廻り内廻り全驛の立ち喰ひ蕎麦を啜り込んだひとがゐるらしい。流石にすべてのメニュではないだらうね。何周もしながら、今回はきつねそば、次回は掻き揚げ蕎麦、その次はたぬき蕎麦なんてやつてゐたら、何年掛かるか判つたものぢやあない。たれか實行に移すなら、止めやしませんよ。ラーメン程度の食べ歩きより、余つ程いいと思ふのだが、他のたれかに叱られるか知ら。さう云へば十何年か前、呑んでからわざわざラーメンを食べに行く(呑み屋の近くではあつた)習慣があつたな。肝臓も胃袋も、今より余程、頑丈だつたらしい。尤もうまかつたかどうかは、さつぱり覚えてゐない。御徒町上野周辺のラーメン屋には申し訳ない。

 ラーメンはまあ措くとして、呑んだ後に麺を啜るのは惡くないものだ。さういふことを私は學んだ。併しラーメンは熱いししつつこい。饂飩やきしめんは夜中に食べるのが六づかしい。素麺は家で喰ふものだ。かういつた流れから、立ち喰ひ蕎麦に目が向いた。[冨士そば]とか[梅もと]とか[茹で太郎]ですね。そこでざるを一枚。あればつゆに温泉卵を入れてもらふ。酔つた喉には中々、具合がよい。七味唐辛子を振ることもあつて、これは食べる分だけの蕎麦に、ちよいと。どちらも歴としたお店ぢやあ出來ないが、茹で置きの廉な蕎麦だと妙に適ふ(やうに思はれる)から、私の味覚なんて、いい加減なものです。
 ところでここまでの進み具合だと、丸太が立ち喰ひ蕎麦で啜るのが多いのは、ざる蕎麦と思はれるかも知れないが、そんなことはない。統計は取つてゐないから、そこは割引いてもらふとして、大半はたぬき蕎麦の筈である。後はかけ。偶に掻き揚げときつねくらゐ。変り種は好まない。精々が春菊天だらうか。我ながら保守的な態度だと思ふ。[冨士そば]だと一部のお店で紅生姜の天麩羅を用意してゐて、確かに好物なのだけれど、刻んだそれの掻き揚げなのが気に入らない。あれはぺらんとしたやつを揚げるのが旨いし、大坂式の饂飩に似合ふ。

 話がそれさうですね。
 たれです、いつも通りと苦笑するのは。

 蕎麦愛好家から見ると、立ち喰ひはどんな風に映つてゐるのだらう。何となく軽んじられてゐるんではないかと思はれる。曰く二八は当然、十割でなくちやあとか、つゆが練られてないのはいけないとか、天種は時節地物とか、考へてゐるのか知ら。それとも美味い蕎麦は先づ、いい水で香りと喉ごしを味はふものだとか、云ふのか知ら。いやまあ、さういふ愛好家の要望を満たす蕎麦屋があつたつて、かまはないと思ふけれど、そんな求道的なお店には入りたくないなあ。店主が長渕剛みたいぢやあないか。
 日常の動く範囲の中に[長寿庵]といふ、名前は立派だけれど立ち喰ひに準じる程度の蕎麦屋があつて、時々たぬき蕎麦を啜る。蕎麦は茹で置き。つゆは業務用を基にしてゐさうな感じ。独りで切り盛りしてゐる店だから、そのくらゐは何と云ふこともないさ。それに葱は自分で刻んでゐるし、天麩羅(勿論掻き揚げである)も店で揚げてゐる。見た目は長渕剛ほど恰好よくはないし、店内でラヂオの競馬中継を流しつぱなしにする親爺さんは愛想が中々よく、肝腎の蕎麦も廉で、そこそこにうまい(冷しは感心しない)一ばん高いのが三百円の掻き揚げ蕎麦、かけ蕎麦に到つてはたつたの二百二十円だから、おやつ代りにひよいと啜れるのが嬉しいよ。

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 ぬる燗を一合、だらりと含みながら、鴨や板わさなんぞをつまみ、悠々と蕎麦に取り掛かる。さういふ蕎麦屋があるのは勿論、宜しい。時代遅れの愉しみと云はれさうな気もするが、"最近の若エ連中"には解らん愉しみなのだよと居直つておきませうか。
 ただそれだけでは困る。
 時に老舗の古格が、どうにも鬱陶しくて我慢ならないと感ぜられる…なんだ気取りやがつて、下らねえ。あんなに割高な肴をつまめるかものと云ひたくなる…瞬間があるのです。何故だらうかと考へるに、蕎麦はどれだけ洗練されても、食事ではない。所詮は贅沢なおやつなんですね。そして食事ではないところが値うちである。そんならもちつと気樂でも、いいんぢやあないか。それなりの値段をつけてゐて明らかに茹で置きだつたり、蕎麦が引ついてゐたり(まさかと思ひますか。どちらも實際にあつたのですよ。店の名前は伏せるけれど)すると、がつかりして仕舞ふ。
 これが立ち喰ひ蕎麦なら少々まづくたつて、笑ひ飛ばせる。山葵でも七味唐辛子でも、誤魔化す工夫もある。それで話の種にもなる。尤も立ち喰ひは特段、うまいわけではないが、がつかりさせられない程度に味は安定してゐるから、笑へるくらゐのまづさに出会ふことは期待しにくい。仮にあつたとして、話の種には出來るけれど、蕎麦の種にはならないだらう。

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by vaxpops | 2017-08-28 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

の、やうな。

書割。
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の、やうな。

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by vaxpops | 2017-08-27 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

矛盾

高い場所は苦手です。

地面に放り上げられさうな気分になるから。
階下へと転げ上がりさうな気分になるから。

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by vaxpops | 2017-08-22 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

短路

文明開化の電燈は

短路に現役

頭上も足元も

文明が照らしてゐる
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by vaxpops | 2017-08-11 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

Sniffing dog

この世界は

知らない匂ひに

満ちてゐる

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うーむ、興味津々。

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by vaxpops | 2017-08-09 07:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(2)

製氷皿

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陽を固め

頭上より

降り注げ

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by vaxpops | 2017-07-15 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

連想

 最近めつきり、紙燐寸を見掛けなくなりましたね。煙草を喫むひとが減つてゐるのだから、嘆くにはあたらない。それに電子タバコと云ふのか知ら、ああいふのが受け容れられて、"煙草の先に火を点す"なんて、もう時代遅れの行為になつてゐるのかも知れない。併し喫煙者の愉しみには喫煙具も含まれてゐるもので、煙草入れや灰皿、ライターを挙げれば、煙草を喫まないひとにも漠然と想像してもらへるだらうか。ジッポーの収集家がゐるでせう。私にその趣味はないけれど、気分は解る。ライカ収集に似てゐるんぢやあないか。

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 燐寸も喫煙具の一種なのは云ふまでもない。詳しいことは判らないが、撰び始めると中々に奥が深いさうで、あるシガーバーで教はつたのは、葉巻を嗜む際には、葉巻向けの燐寸を使ふ。頭が大きくて、軸も太く、また長い。葉巻には、紙巻煙草より強い火を長く点けなくてはならず、それ用の燐寸がちやんとあるのだ。序でに云ふと、灰皿もまた、長方形で葉巻をしつかり置ける形状になつてゐる。一本点けると、太さにもよるが半時間近く、くゆらすことになるから、それに適した形が必要なのだな。
 さう云へばそのバーにはもう長いこと、足を運んでゐない。場所が妙なところで、切つ掛けをなくして仕舞つたのだ。勿体無い。お客の中には葉巻だけでなく、パイプを嗜むひともゐたな。葉の撰び方や保存方法の知識を交換してゐて、嗜好品の正しい意味がそのままカウンターにあつた記憶がある。そこでは三杯呑んで、葉巻を一本もらつて五千円かそのくらゐだつた。知らない話を教はる値段も含めたら、まあ妥当なところだと思ふ。呑ませるものが旨かつたのは、云ふまでもなく、でなければ一時期であつても通ひはしない。
 面白かつたのは、件のバーでは賣りがハイボールだつたことで、あんなのソーダで割ればいいんだよと思つてゐると、背負投げをくらふ。氷とソーダとヰスキィを案配宜しく一ぱいのグラスに纏めるのは、非常に高等な技術が要求される…らしい。ヰスキィに何の銘柄を使ふかで、ソーダの口当りが丸で異なる。尖つた感触の時があれば、まろやかな舌触りの時もあり、バーテンダーの動きを見ても、どこでちがひが出るのか、さつぱり判らなかつた。素人目に判らない技術があるから、カウンターの中にゐるのだらうけれど。
 それにこれは他のバーで経験したことがないのだが、そのバーテンダーが"フロート"と呼んでゐる作り方があつた。どちらかと云へばかる目のヰスキィをハイボールに仕立てた最後、表面に薫りの濃いヰスキィを匙一杯、乗せるのだ。銘柄の組合せが巧妙だつたのだらう。涼やかと濃厚が同時に味はへて、大きく飲み干したくもあり、変化をゆつくり樂しみたくもある、悩ましい一ぱいであつた。

 画像の紙燐寸のお店でも、ハイボールを呑んでゐる。但し残念ながら、"フロート"藝は味はへない。
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by vaxpops | 2017-07-11 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

炒飯を待ちながら

 外食と呑むのがほぼ一直線に結びつく私にとつて、食事が目的でお店に入るのは珍しい。立ち喰ひ蕎麦には入るが、あれは食事ではないしなあ。
 それで食べるとなつたら、定食もあるとして、炒飯辺りに落ち着く。これを専門に商ふお店があるのか、私は知らないが、その辺の中華料理屋なら五百円から七百円辺りが相場かと思へる。廉ではないにしても高いとは云ひにくく、これくらゐの値段ならまあ、と思はれる。
 相場くらゐの炒飯だと、まづくはない。まづくはないが、人生観を激変させるほど旨いわけでもなく、ぞろつと食べる分には丁度よい。毎日は勘弁してもらひたいけれど、食事が目的でお店に入ること自体、さうある機会ではないから、気に病むこともなからう。

 ここで問題がひとつ。地域にもよるだらうが、所謂下町とか、古い町中の中華料理屋だと、近所の小父さんが隅つこの卓子で、晝間つから麦酒や焼酎を引つ掛けてゐることがある。こちらが仕事の日に、ああいふ光景を見ると、頭にくるね。

(ぶつ飛ばしてやらうか知ら)

なぞと物騒な考へが何秒か、浮んだりもする。私は平和的な男だから、浮べただけで終るが、どうも釈然としない気分は残る。なのでさういふ場所は休みの日にしか入らないことにしてゐる。

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 勿論この日も、炒飯を待ちながら、麦酒を呑んだ。
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by vaxpops | 2017-07-05 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)

逆境鐵骨

…。

…。

…。

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間ちがひ。

逆光鐵骨。

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by vaxpops | 2017-07-03 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)