いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

ある午后に

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午后待ちて

喉に嬉しや

晝麦酒

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by vaxpops | 2017-06-19 12:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

無心の快樂

 中國大陸に端を發する旨い食べものを挙げ出すと切りがないのは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のよくご存知のところで、その原大陸料理の多くが我が邦で独自の変化を遂げたこともまた同じだと思はれる。本当かなあと首を傾げられる方には、東坡肉の日本的な変化である豚の角煮を頭に浮べてもらふのがいいか知ら。或は崎陽の卓袱でもいいでせう。非難すべきことではない。太巻きが米國にカリフォルニアロールになつたところで、問題でも何でもないのと同んなし。まあ北京や上海や四川や広東や香港や台湾のひとから見ると、奇妙に冩るかも知れないが、さういふ文化論的美食論はこの稿の目的ではありません。
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 大陸に生れ、日本で変化した料理は他にも色々あるけれど、中でも私何を好むかと訊かれたら、躊躇せず焼き餃子を挙げる。
 さういふ話。
 確か大陸本來のは水餃子で、焼くのは余りが出た次の日と聞いた記憶がある。スパゲッティを炒めるのと同じだね。

 ささやかな相違に拘泥せず、焼き餃子を眺めると、酢醤油に辣油。韮葱大蒜。いやもう私が酷愛乃至偏愛するすべてが揃つてゐて、こんなに嬉しい食べものも他に見当らない。一人前は五つか六つが平均か。私は二人前(出來ればひとり前づつ)を註文する。ご飯ものは余程空腹であれば。それから麦酒をジョッキで。一人前当り一ぱい。

 貪るやうに喰ふ。
 麦酒を大きく呷る。
 うまいなあと思ふ。
 それでまた貪る。

 黙々と食べ、黙々と呑む。まつたく簡潔単純な愉快で、これを突き詰れば無我に到れるのではないかと、勘違ひまでしたくなつてくる。かういふ無心の快樂は和食に足りないところで、大陸の食慾は矢張り偉大なのだなあと感心させされる。なので一ぺん、敬意を表する意味でお腹を調へ、大皿一杯の焼き餃子を貪つてみたいと思ふのだが、さて何人前まで、無心の快樂に浸れるか知ら。
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by vaxpops | 2017-06-18 18:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

指示代名詞

 散らかして、撮つて。
 少し計り、加工して。

 これだけのことで、何となく思はせぶりでそれつぽくなるから、寫眞…画像といふのは不思議なものではありませんか。
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 もつと不思議なのは、それつぽいの"それ"が何を指してゐるのか、さつぱり解らないことで、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、これは一種の詐欺と考へる方が宜しからう。
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by vaxpops | 2017-02-25 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行④

 下田行きの概要は決つた。併しその前にニューナンブは大イヴェントがある。"推して参る"で宣伝を始めた、[御苗場20 横濱]への出展である。マスケティアズ名義での参加で、これを記してゐる時点では詰めの段階…即ちあたふたしてゐる。
 そしてあたふたすると何故だか後にまはせることに気が取られるもので、人間の心理はまつたく不思議なものだなあ。
 その[御苗場20 横濱]は、私にとつて2016年末の[展示バカ2016]に續いての寫眞展参加で、かういふ行動はここでひと区切りになる。マスケティアズが年度末までの期間限定活動なのにあはせる形か。自分の中での位置づけが変つてきたのがその事情。矢張り丸太の表藝は文章なのです。

 勿論寫眞への熱が冷めたわけではないから、下田でも撮る積りでゐる。エキサイトのウェブログで下田にお住ひの方がゐて、技術的な点はさておき…これは批評ではなく、こちらに論ずるだけのちからがないといふ意味…、非常に快い寫眞を撮つてをられる。もしかすると頴娃君に下田を推した理由のひとつがそれなのかも知れない。
 それで寫眞を撮らうとする以上、カメラを持ち出さねばならず、ここで多少の懊悩を感じて仕舞ふ。頴娃君はニューナンブにおけるフヰルム党プリント派の重鎮である。それ自体はどうかう云ふ筋ではないとして(当然のことだ)、こちらは既にデジタル党記録出來れば宜しい派へと移籍してゐるので悩ましい。摺合せの余地はあるとして、仮にフヰルムカメラを持ち出すとしたらどうすればよいだらう。今回の下田行は(私の場合)寫眞が主ではないので、出來る限り樂をしたい。

 となると自動制禦のカメラが望ましく、手持ちの中では、キヤノンEOS100、リコーR1s、オリンパスμが相当する。但し後二者は旧式のコンパクト・カメラだから、トラブルがあつた時に気づけない不安がある。何を莫迦なと思はないでもらひたい。何年か前の甲州行きでμを持ち出した時に自動焦点が正常に動作しなかつた苦い経験があるから、どうにも信用し難いのだ。EOS100には安心感はあつても、樂をしたい点から云へば些か大きすぎ、また重すぎる。
 自動制禦の度合ひは落ちるが、リコーXR-7Mk2もあつた。絞り優先の自動露光に限られるのはちと面倒として、我慢出來る範疇ではある。それに28ミリ50ミリのレンズがあるから、改めて何がしかの用意する必要がないもの利点だらうか。但し時々ミラーが戻らない持病があるから、矢張り持ち出すのには躊躇ひを感じて仕舞ふ。我ながらしよぼくれた機材しか持つてゐないなあ。

 かう考へると撰択肢は手持ちで何とかする、持ち出さない、新しく手配するかのどれかになつて、前二者は兎も角、手配するとしたらどうすればいいだらう。
 あくまでも"樂をする"のが目的だし、フヰルムからもプリントからも隠居する立場から考へると、銀塩カメラ再末期の自動制禦式機種になる。
 眞つ先に落ちるのが(残念ながら)ニコン。F60やU、U2はきらひなスタイリングではないのだが、如何せんレンズが割高に過ぎる。サードパーティ製なら例外になるだらうと思へても、ニコンはライカと並んで、"純正"の誘惑がきついからなあ。
 EOS100があるのだから、キヤノンは有力ではないかといふ見方は間違ひではない。使ひ方に馴れてゐるし、Kisslll辺りの世代なら随分廉価にも済む。馴れた分だけ面白みに欠けるといふ我が儘な気分は拭へないとして。
 手持ちのレンズを考慮すればペンタックスも候補になる。MZは迷走した一部の機種を除くと決して惡いものでなく、MZ-Mといふ変態(誉め言葉)カメラは侮れない。但しKマウントは意外と取りつけに制限があるから用心の必要がある。
 殆ど使つた経験がない点でミノルタも忘れてはなるまい。あすこも随分と迷走したが、α303とか同sweet(II)、同70といつたところは無理なく纏めた(さうしか出來なかつた)感じがする。レンズも手配しなくてはならないのが難点か。
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 まあニコンがやや割引とは云へ、銀塩カメラのそれも電気で制禦する機種はどれもお小遣ひで買へる程度だから、気に病む必要はないと考へられる。併し廉価で済ます、済むのだから、十分な検討をしたいとするのも考へ方のひとつで、私は後者を採りたい。"十分な検討"自体、遊びになるではありませんか。
 今の時点で"仮に手配する"としたら、おそらくペンタックスのMZからとなる可能性が高い。上ではMZ-Mを挙げたが、同5、同3、同7及び同Lも含めていい。これらは全自動でありながら、どうやら手持ちのペンタックスMレンズが使へさうのが宜しい。詰りレンズを追加で買はなくても、それなりに樂が出來る。サードパーティ製の28-80ミリ或は28-105ミリ級のレンズを追加すれば、大抵の被寫体は何とかなるし、手元の機材との整合性を崩さずにもすむ。尤も下田に銀塩式カメラを持ち出すかどうか、決めかねてゐる現時点で、これは机上の遊び以上にはならないのだけれども。
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by vaxpops | 2017-02-18 08:30 | 企画万巻 | Trackback | Comments(0)

隠語

 ニューナンブ(マスケティアズ)には妙な隠語を使ふ癖がある。

 たとへば寫眞を撮りに行つた時、合流の時間と場所を決めて別行動に移るのは"野田方式(またはノダスタイル)"と呼ぶ。千葉は野田で初めて採つたことに因んでだが、今では"イエローキャブ"になつた。或は全員が集まる酒席を称して"クリルタイ"もさうだし、日本を代表する某寫眞機会社をF社N社O社と呼ぶのもさうかも知れない。何故かキヤノンはキヤノンと呼ぶけれども。

 惡癖ですね、これは。
 隠語を嬉しさうに使ふ連中は大体のところ、碌でもないのが通り相場で、いやニューナンブが碌でもないかと云へば、直近のクリルタイで訪れた酒藏直営の某居酒屋で新酒の四合壜を(もしかすると一本半くらゐ)平らげる程度だから、さうでもない筈だが、隠語は本來
『その世界…業界にゐないひとに知られない為の言葉』
であるから、我われが用ゐるのはをかしいとも云へる。大体イエローキャブなんて、聲に出すのが恥づかしいよ。

 尤もさういふ暗号めいた言葉を使ふのは、男子の心をどこかしらくすぐるもので、我が親愛なる讀者諸嬢よ、私は貴女を敬ふ者だが、これ計りは女子の入る余地はないのです。
 それで気がついたのは、我が宿醉ひ仲間であるところの頴娃君で、かれは頑固なお酒至上主義者である。それも生酒原理派といふ過激思想の持ち主で、穏健な私とは相容れない…従つて時に激烈な闘争になることもある…部分があるのだが、併し不思議なことに肴への興味がうすい。

 確かに吉田健一が教へるとほり、お酒は肴がなくても樂しめる飲みものではあるが、肴があればもつと旨くなるのもまた世界の眞實で、私は後者を支持する。かれのやうに酒精もつまみも十分に味はつてゐれば、後は目で愉しむだけになるのかも知れないが、それは味はつてからの態度であらう。今のところ私には無理だな。
 併し頴娃君には肴に限つて、"通人が好むところ"を平然と踏み躙る瞬間がある。こちらは古めかしいから、お酒なら豆腐や厚揚げ、或は畳鰯にお漬け物だと思ふのを、かれは平気で鶏の唐揚げを組み合はす。初めて目にした時はびつくりしたなあ。こちらは脂つ気なら白子や肝と決めつけてゐたのち、当り前の顔で食べるんだもの。適ふのだらうかと思つた。

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 さういふ疑問を感じたのは事實として、何度かその姿を見ると馴れるのもまた事實であつて、慣れは不思議なものだから、一ぺん試してみたくもなつた。それで新幹線のぞみ號の乗客になる機会を得た際に試してみた。
 惡くないね、これは。
 福耳…ぢやあなかつた、[横笛]といふ比較的淡白な銘柄をあはしたのがよかつたのか。唐揚げは衣に(少々あざとい)大蒜の匂ひがあつて、隣の席にゐた妙齢の女性には些か申し訳なかつたが、口の中のそれを洗へる感じは葡萄酒ではちよいと味はへない。常用に足る組合せとは呼びにくいと注意書は必要として、特急列車で二時間の独り酒席でなら、この"アラミス・スタイル"は採用しない理由はないと判つた。大きな収穫であつたが、隠語を作つて仕舞つたのは余分の仕儀だらうなあ。
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by vaxpops | 2017-01-20 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

誇り高い背中

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新幹線の車内清掃はわづか七分間。

仕事への誇りを象徴するのは背中。

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by vaxpops | 2017-01-09 09:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

次の電車

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次の電車に乗りこんで

終着驛まで行かう

終着驛に着いたら

その次の電車に乗らう

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by vaxpops | 2016-12-22 07:45 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

高い建物

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 十年余り前の冬の時期、三ヶ月計り沖縄市に居た。仕事に絡んでの話だから、甚だ詰らない事情だね。あの土地はさういふしがらみの無い体で行くものだよ。
 と書くのだから私は沖縄市に好意を感じたことになつて、それは正しい。お刺身の類には閉口したが、オリオン・ビールは旨いし、泡盛は廉に愉しめるし、沖縄そばやポーク玉子、種々のちやんぷるー、てびちーやみみがー。地の料理と酒精が合致してゐる点で、あんなに幸せな土地もない。

 併し、それだけか知ら。

 沖縄市を歩いて今もよく覚えてゐるのは、圧される感じがなかつたことで、那覇市では感じられたから、沖縄といふ土地全般に云へる特徴ではなささうに思はれる。
 そこで曖昧な記憶を辿ると気がつくのは空の高さであつた。だがそれを南國だからといふのは理由になりにくい。外の事情がある筈で改めて考へると、建物ではなかつたらうか。今ではどうだか判らないが、当時の沖縄市に背の高い建物は殆どなかつた。確か民家の屋根も低かつた印象があつて、そんなら本土風の大都市である那覇と異なつて感じても、自分の中で筋は通る。

 何故だらう。

 単純に考へると、高層の建築を用意する必要が無いのだらう。人口や経済の規模。或は軍隊の存在が重いこともあらうか。高い建物が林立すると、ジェット機やヘリコプターの飛行を妨げさうな気がする。ただそれだけで済ませるのは何となくちがふ気もされる。
 空は神さまのものである。と琉球人が信じてゐたか、どうか。ニライカナイを産んだかれらは海に生命と神秘を委ねてゐたと思はれるから、この推測はちよいとあやしい。そこはまあ認めるが、高いところに何かしらの特別な感覚を抱くのは土俗的には当然でもある。

 土俗的? 然り。

 古俗は文明の周辺に色濃く残る。とは私の独創でなくたれかの一文なのだが、事實(に少なくとも近しい)と思ふ。今の沖縄がさうだと云ふ積りではなく、併し琉球は長く文明の周辺であり續けた。そこに我われが意識の奥底に沈めて仕舞つた超越的な何ごとか、何ものかへの畏れが比較的浅い場所に残つてゐて、その意識が、心理的な制約…もつと云へば禁忌のやうになつてゐるのではないか知ら。
 勿論その制約乃至禁忌はごく不明瞭で漠然としてゐるにちがひないし、近代の沖縄人がそれを意識してゐるとも思へない。思へないが、どうにもさう感じられるのはこちらの贔屓目か。ビルディングに圧し潰されさうな町を歩きながら、きつと土俗の神さまはかういふ場所を好まないだらうなあと考へる。その時浮ぶのは日焼けし、健康的に肥つた、眉が濃くふとい、よく呑んでよく笑ふ南國美人の姿で、その明るさはそのまま記憶の中のあの空に似てゐる。
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by vaxpops | 2016-12-18 16:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(0)

川縁り

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水をながめ

友とふたり

盃をば乾す

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by vaxpops | 2016-12-14 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)