いんちきでさらにマクガフィン

by 丸太花道@乳軟部

短路

文明開化の電燈は

短路に現役

頭上も足元も

文明が照らしてゐる
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by vaxpops | 2017-08-11 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

Sniffing dog

この世界は

知らない匂ひに

満ちてゐる

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うーむ、興味津々。

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by vaxpops | 2017-08-09 07:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(2)

製氷皿

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陽を固め

頭上より

降り注げ

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by vaxpops | 2017-07-15 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

連想

 最近めつきり、紙燐寸を見掛けなくなりましたね。煙草を喫むひとが減つてゐるのだから、嘆くにはあたらない。それに電子タバコと云ふのか知ら、ああいふのが受け容れられて、"煙草の先に火を点す"なんて、もう時代遅れの行為になつてゐるのかも知れない。併し喫煙者の愉しみには喫煙具も含まれてゐるもので、煙草入れや灰皿、ライターを挙げれば、煙草を喫まないひとにも漠然と想像してもらへるだらうか。ジッポーの収集家がゐるでせう。私にその趣味はないけれど、気分は解る。ライカ収集に似てゐるんぢやあないか。

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 燐寸も喫煙具の一種なのは云ふまでもない。詳しいことは判らないが、撰び始めると中々に奥が深いさうで、あるシガーバーで教はつたのは、葉巻を嗜む際には、葉巻向けの燐寸を使ふ。頭が大きくて、軸も太く、また長い。葉巻には、紙巻煙草より強い火を長く点けなくてはならず、それ用の燐寸がちやんとあるのだ。序でに云ふと、灰皿もまた、長方形で葉巻をしつかり置ける形状になつてゐる。一本点けると、太さにもよるが半時間近く、くゆらすことになるから、それに適した形が必要なのだな。
 さう云へばそのバーにはもう長いこと、足を運んでゐない。場所が妙なところで、切つ掛けをなくして仕舞つたのだ。勿体無い。お客の中には葉巻だけでなく、パイプを嗜むひともゐたな。葉の撰び方や保存方法の知識を交換してゐて、嗜好品の正しい意味がそのままカウンターにあつた記憶がある。そこでは三杯呑んで、葉巻を一本もらつて五千円かそのくらゐだつた。知らない話を教はる値段も含めたら、まあ妥当なところだと思ふ。呑ませるものが旨かつたのは、云ふまでもなく、でなければ一時期であつても通ひはしない。
 面白かつたのは、件のバーでは賣りがハイボールだつたことで、あんなのソーダで割ればいいんだよと思つてゐると、背負投げをくらふ。氷とソーダとヰスキィを案配宜しく一ぱいのグラスに纏めるのは、非常に高等な技術が要求される…らしい。ヰスキィに何の銘柄を使ふかで、ソーダの口当りが丸で異なる。尖つた感触の時があれば、まろやかな舌触りの時もあり、バーテンダーの動きを見ても、どこでちがひが出るのか、さつぱり判らなかつた。素人目に判らない技術があるから、カウンターの中にゐるのだらうけれど。
 それにこれは他のバーで経験したことがないのだが、そのバーテンダーが"フロート"と呼んでゐる作り方があつた。どちらかと云へばかる目のヰスキィをハイボールに仕立てた最後、表面に薫りの濃いヰスキィを匙一杯、乗せるのだ。銘柄の組合せが巧妙だつたのだらう。涼やかと濃厚が同時に味はへて、大きく飲み干したくもあり、変化をゆつくり樂しみたくもある、悩ましい一ぱいであつた。

 画像の紙燐寸のお店でも、ハイボールを呑んでゐる。但し残念ながら、"フロート"藝は味はへない。
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by vaxpops | 2017-07-11 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

炒飯を待ちながら

 外食と呑むのがほぼ一直線に結びつく私にとつて、食事が目的でお店に入るのは珍しい。立ち喰ひ蕎麦には入るが、あれは食事ではないしなあ。
 それで食べるとなつたら、定食もあるとして、炒飯辺りに落ち着く。これを専門に商ふお店があるのか、私は知らないが、その辺の中華料理屋なら五百円から七百円辺りが相場かと思へる。廉ではないにしても高いとは云ひにくく、これくらゐの値段ならまあ、と思はれる。
 相場くらゐの炒飯だと、まづくはない。まづくはないが、人生観を激変させるほど旨いわけでもなく、ぞろつと食べる分には丁度よい。毎日は勘弁してもらひたいけれど、食事が目的でお店に入ること自体、さうある機会ではないから、気に病むこともなからう。

 ここで問題がひとつ。地域にもよるだらうが、所謂下町とか、古い町中の中華料理屋だと、近所の小父さんが隅つこの卓子で、晝間つから麦酒や焼酎を引つ掛けてゐることがある。こちらが仕事の日に、ああいふ光景を見ると、頭にくるね。

(ぶつ飛ばしてやらうか知ら)

なぞと物騒な考へが何秒か、浮んだりもする。私は平和的な男だから、浮べただけで終るが、どうも釈然としない気分は残る。なのでさういふ場所は休みの日にしか入らないことにしてゐる。

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 勿論この日も、炒飯を待ちながら、麦酒を呑んだ。
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by vaxpops | 2017-07-05 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(4)

逆境鐵骨

…。

…。

…。

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間ちがひ。

逆光鐵骨。

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by vaxpops | 2017-07-03 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

ある午后に

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午后待ちて

喉に嬉しや

晝麦酒

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by vaxpops | 2017-06-19 12:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

無心の快樂

 中國大陸に端を發する旨い食べものを挙げ出すと切りがないのは、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏のよくご存知のところで、その原大陸料理の多くが我が邦で独自の変化を遂げたこともまた同じだと思はれる。本当かなあと首を傾げられる方には、東坡肉の日本的な変化である豚の角煮を頭に浮べてもらふのがいいか知ら。或は崎陽の卓袱でもいいでせう。非難すべきことではない。太巻きが米國にカリフォルニアロールになつたところで、問題でも何でもないのと同んなし。まあ北京や上海や四川や広東や香港や台湾のひとから見ると、奇妙に冩るかも知れないが、さういふ文化論的美食論はこの稿の目的ではありません。
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 大陸に生れ、日本で変化した料理は他にも色々あるけれど、中でも私何を好むかと訊かれたら、躊躇せず焼き餃子を挙げる。
 さういふ話。
 確か大陸本來のは水餃子で、焼くのは余りが出た次の日と聞いた記憶がある。スパゲッティを炒めるのと同じだね。

 ささやかな相違に拘泥せず、焼き餃子を眺めると、酢醤油に辣油。韮葱大蒜。いやもう私が酷愛乃至偏愛するすべてが揃つてゐて、こんなに嬉しい食べものも他に見当らない。一人前は五つか六つが平均か。私は二人前(出來ればひとり前づつ)を註文する。ご飯ものは余程空腹であれば。それから麦酒をジョッキで。一人前当り一ぱい。

 貪るやうに喰ふ。
 麦酒を大きく呷る。
 うまいなあと思ふ。
 それでまた貪る。

 黙々と食べ、黙々と呑む。まつたく簡潔単純な愉快で、これを突き詰れば無我に到れるのではないかと、勘違ひまでしたくなつてくる。かういふ無心の快樂は和食に足りないところで、大陸の食慾は矢張り偉大なのだなあと感心させされる。なので一ぺん、敬意を表する意味でお腹を調へ、大皿一杯の焼き餃子を貪つてみたいと思ふのだが、さて何人前まで、無心の快樂に浸れるか知ら。
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by vaxpops | 2017-06-18 18:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

指示代名詞

 散らかして、撮つて。
 少し計り、加工して。

 これだけのことで、何となく思はせぶりでそれつぽくなるから、寫眞…画像といふのは不思議なものではありませんか。
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 もつと不思議なのは、それつぽいの"それ"が何を指してゐるのか、さつぱり解らないことで、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、これは一種の詐欺と考へる方が宜しからう。
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by vaxpops | 2017-02-25 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

虚々實々の下田行④

 下田行きの概要は決つた。併しその前にニューナンブは大イヴェントがある。"推して参る"で宣伝を始めた、[御苗場20 横濱]への出展である。マスケティアズ名義での参加で、これを記してゐる時点では詰めの段階…即ちあたふたしてゐる。
 そしてあたふたすると何故だか後にまはせることに気が取られるもので、人間の心理はまつたく不思議なものだなあ。
 その[御苗場20 横濱]は、私にとつて2016年末の[展示バカ2016]に續いての寫眞展参加で、かういふ行動はここでひと区切りになる。マスケティアズが年度末までの期間限定活動なのにあはせる形か。自分の中での位置づけが変つてきたのがその事情。矢張り丸太の表藝は文章なのです。

 勿論寫眞への熱が冷めたわけではないから、下田でも撮る積りでゐる。エキサイトのウェブログで下田にお住ひの方がゐて、技術的な点はさておき…これは批評ではなく、こちらに論ずるだけのちからがないといふ意味…、非常に快い寫眞を撮つてをられる。もしかすると頴娃君に下田を推した理由のひとつがそれなのかも知れない。
 それで寫眞を撮らうとする以上、カメラを持ち出さねばならず、ここで多少の懊悩を感じて仕舞ふ。頴娃君はニューナンブにおけるフヰルム党プリント派の重鎮である。それ自体はどうかう云ふ筋ではないとして(当然のことだ)、こちらは既にデジタル党記録出來れば宜しい派へと移籍してゐるので悩ましい。摺合せの余地はあるとして、仮にフヰルムカメラを持ち出すとしたらどうすればよいだらう。今回の下田行は(私の場合)寫眞が主ではないので、出來る限り樂をしたい。

 となると自動制禦のカメラが望ましく、手持ちの中では、キヤノンEOS100、リコーR1s、オリンパスμが相当する。但し後二者は旧式のコンパクト・カメラだから、トラブルがあつた時に気づけない不安がある。何を莫迦なと思はないでもらひたい。何年か前の甲州行きでμを持ち出した時に自動焦点が正常に動作しなかつた苦い経験があるから、どうにも信用し難いのだ。EOS100には安心感はあつても、樂をしたい点から云へば些か大きすぎ、また重すぎる。
 自動制禦の度合ひは落ちるが、リコーXR-7Mk2もあつた。絞り優先の自動露光に限られるのはちと面倒として、我慢出來る範疇ではある。それに28ミリ50ミリのレンズがあるから、改めて何がしかの用意する必要がないもの利点だらうか。但し時々ミラーが戻らない持病があるから、矢張り持ち出すのには躊躇ひを感じて仕舞ふ。我ながらしよぼくれた機材しか持つてゐないなあ。

 かう考へると撰択肢は手持ちで何とかする、持ち出さない、新しく手配するかのどれかになつて、前二者は兎も角、手配するとしたらどうすればいいだらう。
 あくまでも"樂をする"のが目的だし、フヰルムからもプリントからも隠居する立場から考へると、銀塩カメラ再末期の自動制禦式機種になる。
 眞つ先に落ちるのが(残念ながら)ニコン。F60やU、U2はきらひなスタイリングではないのだが、如何せんレンズが割高に過ぎる。サードパーティ製なら例外になるだらうと思へても、ニコンはライカと並んで、"純正"の誘惑がきついからなあ。
 EOS100があるのだから、キヤノンは有力ではないかといふ見方は間違ひではない。使ひ方に馴れてゐるし、Kisslll辺りの世代なら随分廉価にも済む。馴れた分だけ面白みに欠けるといふ我が儘な気分は拭へないとして。
 手持ちのレンズを考慮すればペンタックスも候補になる。MZは迷走した一部の機種を除くと決して惡いものでなく、MZ-Mといふ変態(誉め言葉)カメラは侮れない。但しKマウントは意外と取りつけに制限があるから用心の必要がある。
 殆ど使つた経験がない点でミノルタも忘れてはなるまい。あすこも随分と迷走したが、α303とか同sweet(II)、同70といつたところは無理なく纏めた(さうしか出來なかつた)感じがする。レンズも手配しなくてはならないのが難点か。
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 まあニコンがやや割引とは云へ、銀塩カメラのそれも電気で制禦する機種はどれもお小遣ひで買へる程度だから、気に病む必要はないと考へられる。併し廉価で済ます、済むのだから、十分な検討をしたいとするのも考へ方のひとつで、私は後者を採りたい。"十分な検討"自体、遊びになるではありませんか。
 今の時点で"仮に手配する"としたら、おそらくペンタックスのMZからとなる可能性が高い。上ではMZ-Mを挙げたが、同5、同3、同7及び同Lも含めていい。これらは全自動でありながら、どうやら手持ちのペンタックスMレンズが使へさうのが宜しい。詰りレンズを追加で買はなくても、それなりに樂が出來る。サードパーティ製の28-80ミリ或は28-105ミリ級のレンズを追加すれば、大抵の被寫体は何とかなるし、手元の機材との整合性を崩さずにもすむ。尤も下田に銀塩式カメラを持ち出すかどうか、決めかねてゐる現時点で、これは机上の遊び以上にはならないのだけれども。
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by vaxpops | 2017-02-18 08:30 | 企画万巻 | Trackback | Comments(0)