いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

11011-0021 大衆のP

 今の目から見ると奇妙を感じざるを得ないのだが、キヤノンと云ふ会社は比較的遅くまで、距離計式のカメラを出してゐた。一ばん最後に出た7sが1966年…昭和41年で、その5年後にキヤノンの距離計式カメラは終了する。距離計式ニコンの最終機となつたS4は1956(昭和31)年発売で、一眼レフキヤノンのビッグ・ヒット、AE-1は1976(昭和51)年発売と云ふ事を思ふと、意外なくらゐに長く、キヤノンは距離計式カメラに固執してゐたと云つていい。EOSの発売に伴ひ、FDマウントをばつさり斬り捨てた事を併せて考へると、何か事情があつたのかと勘繰りたくもなつてくる。

 距離計式キヤノンは一部の例外を除くと、初代からVIまでは羅馬式の型番、7及び7sだけが亜剌比亜式の型番が付けられてゐる。その例外はV型の派生機種…有態に云ふと廉価版の流れであるL1、L2及びL3がひとつ。もうひとつがキヤノンPで、このPはPopulaireの頭文字に相当する。キヤノンミュージアム( http://web.canon.jp/Camera-muse/camera/film/data/1956-1965/1959_p.html?p=1 )でもさう書かれてゐるから間違ひ無い。
 1959(昭和34)年発売で、50㎜F1.4レンズ付が5万2700円。50㎜F2.8付だと3万7700円だつたさうだ。因みに同系列と思はれるVI T型はボディのみで5万2500円の価格だつたから、破格の安さだつたと云へるんではないか。尤も1964(昭和39)年に発売されたペンタックスの銘機SPが、50㎜F1.8付で4万2000円だつたと云ふから、距離計式は割高感のあるカメラだつたのかも知れない。
 Populaireは仏蘭西語で、ハーフサイズ・カメラでもDemiと云ふ仏蘭西語を採用してゐるところを見ると、少なくとも当時のキヤノンは独逸式の剛健より仏蘭西式の柔美を好んでゐたのではないだらうか。実際キヤノン・デミは、昨今のデジタル・カメラでは及びも付かない洒落たスタイルのカメラであつた。この辺りの云はば"バタ臭さ"は、キヤノンの得意技だつた(過去形を使はざるを得ないのはまことに残念だ)とも云へる。
 尤もPopulaireからは、さう云つたバタ臭さは感ぜられない。V、VI型にほぼ準ずる形で、上から見るとやはらかな八角形が特徴的でもある。このオクタゴンはIV型以前のキヤノンにも共通してゐて、おそらくライカのやうな丸みを帯びさせる事が技術的に六づかしかつた名残りではないかと思ふが、それを象徴的に用ゐ続けた点は拍手に価する。形が変はらなければそこに、一貫性…大きく云へば伝統を感じる事が出来るからだ。

 機械としてのPopulaire、キヤノンPに、特筆すべき点は無い。
 金属幕横走りの1/1000秒シャッターは当時として、ごく当り前の数値だし、劇的な新しい機能が採用されてゐるわけでもない。寧ろ当時のキヤノンカメラが自慢してゐたファインダの変倍式と外付ファインダの視差補正が省略されてゐる。その代り、35/50/100㎜のブライト・フレイムが同時に、表示される構造になつてゐて、常用の画角であればカメラ単体で何とかまあ、使ふ事が可能だ。何とかまあと付けたのは35㎜画角のブライト・フレイムを一ぺんに見渡すのには、些か以上の無理がある為だが、ぜんたいの完成度が高いので、文句を付ける積りにはならない。
 序でにストラップの取付位置が惡く、肩首からぶら下げるとしつくりこないのも、弱点と云へば弱点だが、持運びを工夫する余地があると読み替へればこれも愉しみのひとつと見立てる事が出来るだらうから、文句を云ふ積りにはならない。
 詰り思ひ切つてキヤノンPは
 「凝つた機能を製造費削減の為に省略した結果、非常に簡潔で使ひ易く」
 なつたカメラと云へるだらう。日本のカメラ史上、高級機からお金の掛る部分を削り落とし、廉価版としてヒットさせる手法の、おそらく最初の、少なくともごく初期の例ではないかと思ふ。余談になるが、実はニコンにもSPと云ふ優れた、然し余りに高価なカメラに対して、廉価版の位置付けであるS3、S4を出した前例がある。が、何しろ"SPに対する廉価版"なのだから、如何ともし難い。この辺りのおつとり具合は実にニコンらしくて、わたくしには好もしく感ぜられる。今でもニコンはどこか、大衆機の作り方に不器用が残つてゐて、その源流はこのS3、S4にあるのではないかと思はれる。
 キヤノンは上手かつた。このカメラは10万台近く生産されたさうだから、成功したと云つていいでせう。元の価格が別の次元ゆゑ、比較にはならないだらうが、同時代のライカM2(1958-1968年)は約8万7000台の生産であるから、数だけ見れば驚嘆に価するとも云へる。
 この成功は後年の我われに思はぬ副産物をもたらして呉れた。写真を撮ると云ふ目的に何ら支障の無いコンディションの個体が、実に廉価で入手出来るのである。わたくしの手元にある製造番号729006も、その恩恵の結果で…いや値段は云ふまい。野暮だからではなく、後からもう1台慾しくなつた時、高額になつてゐたら困る。
 このボディには35㎜F2.8ジュピター(N7701723 マルミのプロテクト・フヰルタ付)にニコンのシャッタ釦、京セラ・コンタックスのストラップに亜米利加製のM-GRIP(本来はM型ライカ用だが、キヤノンPでも問題無く取付出来た)を付けてゐる。中々よい姿だと思ふのは、持ち主の贔屓目であらう。
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by vaxpops | 2011-02-19 12:00 | 画像一葉 | Trackback | Comments(0)
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