いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

1796 盆栽ふたたび

 2月12日に[1784 盆栽] と題して書いた後、ちよいと面白いなあと思はれた事があつたから、今回はその話を取り上げる。出來れば先に前回を、コメントも含めてご一讀をお願ひしたい。

 宜しいですか。

 宜しいですね。

 では始めませう。
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 先づ何が面白いなあと思つたかと云へば、コメントを呉れた頴娃君は、日本的な“縮小志向”を
『(小)宇宙の具現化好み』
と捉へ、それがある(もしくはあつた)から、盆栽と云ふミニチュアリズムが生まれたと考へてゐるらしい点なのだな。だからかれは私の云ふ、盆栽が鐵道模型のジオラマに似てゐるんではないか説に、殆ど反応を示さなかつた。成る程さうだつたのか。

 然し私はさう思つてゐない。ミニチュア好みの志向及び嗜好は、その形があつたから生まれたので、寧ろ盆栽と云ふ形で提示され、その小さな世界に面白みが感じられたから、突き詰めるやうに進んだのではないか。さう思つてゐる。思想が文字で成り立つ…即ち思想の前に文字があつた…のと同じく、ある地域の(思ひ切つて云へば)藝術的な方向は、形があつてこそ成り立つものではないか知ら。

 かう書くと頴娃君は元より、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏からも
『そもそも日本の原形的なところに、ミニチュア化或は小宇宙の具現化好みがあつたのではないか。さうでなくちやあ、筋がをかしいよ』
と反論されるかも知れない。

 さうなのかなあ。

 日本の文化のある大きな部分が、中國大陸の影響を受けてゐるのは今さら云ふまでもないが、そこには巨きさへのあくがれが感じられる。平城の京や同時代の巨刹や佛像は、貧弱で未開な日本のささやかな財布で赦される、目一杯の贅沢だつたらう。
 尤も宗教的な建築が華美に傾きがちなのは洋の東西を問ふものではなく、塩野七生は大意
『豪奢な寺院は、無知な庶民に信仰の悦びを感じさせる最良の手法』
と時代背景を考慮しつつも、肯定的に評してゐる。この小説家が云つたのはキリスト教建築だが、佛教でも背景は変らない。平城の寺院は極楽ではなく、権威を象徴させる目的だつたらう。またさう云ふ建築事業を実行出來る財力や動員力、或はそれらを運営する技術は、潜在的な敵対勢力への示威となつたにもちがひない。その辺りの分析は本題から離れるし、手に余りもするから踏み込まないとして、ここでは

『ある具体的な形を指し示す事』

自体が、抽象的な思索への(少なくとも)入り口(のひとつ)となつてゐる、または成り得る点が重要なのですと申し上げておかうか。
 この場合、その“具体的な形”は、財力が許す限り巨きな方が望ましい。原始的な驚きからすると、サイズとその驚愕の度合ひはほぼ比例すると思はれて、ほら我われが東京タワーだの何だのを初めて目にした時には、ごく単純におおと思つたでせう。もしかすると聲をあげて仕舞ふかも知れず、詰り解り易い。この解り易さへの反応が、日本人に限らず、原形質的な嗜好の方向性と考へる方が自然ではないかと思ふ。

 ただその具体的で(實は象徴的でもある)巨きな形が効果的なのは、社会全体が未成熟な土民の群の状態の頃で、経済と學問が(ある程度)行き渡ると、神通力は減じ、巨きさは抽象の象徴または入り口ではなく、単純な財力の見せびらかしになつて仕舞ふ。
 おそらく盆栽…ミニチュア志向の原形はこの辺りにあるのではないか知ら。
 工匠を使ひ立てて広壮な建物や豪奢な庭園を造らせるのに飽き果てた数寄者のお大尽を頭に浮べてもらひたい。そのお大尽が出入りの職人の手すさびを目にする機会を持つただらう事は十分に想像出來る。職人が貧乏なのはいまもむかしも変らないところで、かれの手すさびはその辺の木切れを用ゐた、ごく小さなものだつたに相違なく、要するに暇潰し以上のものではなかつただらう。偶さかそれを目にしたお大尽に
『そは、何ぞ』
と訊かれて職人はどう応へただらう。どうにも口を濁すしかなかつたと思ふのだが、雇ひ主は庭園の花を手折り添へ、面白がつたのではなからうか。

 私がそのお大尽だつたら、きつと酒席に持つていつて、仲間連中に自慢するね。まちがひない。白酒を呑み、干魚を毟りながら
『中々に趣のあるものではないかね』
なんて云ふ。
 私がそのお大尽の仲間連のひとりだつたら、羨ましがるだらうな。白酒を呑み、酢漬けを摘まみながら
『これは何とも、味はひのある』
なんて云ふ。
 始まりはきつとこの程度で、巨きさや豪奢との対局を面白がるひとが増えたのだ。大勢が面白がると、突き詰めるひとだつて登場する。そのミニチュア化の面白がりが煮込まれ煮詰られ、盛りつけられた結果が小宇宙化ではないだらうか。

 [1784 盆栽]を書いた後、頴娃君との酒席で見立ての立脚点が丸で異なつてゐるのに気がついた。それが實に面白く感じられたので、色々と考へてみた。最後につけくはへると、盆栽史は敢てまつたく確かめずに書いたから、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、その辺りはひとつ、割り引いておいてもらひたい。
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by vaxpops | 2016-02-24 10:30 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)
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Commented by jes22salud2 at 2016-03-19 20:07
なっがぁぁぁぁいむっつかしいことはともかく。
盆栽はわっからんけど、好き。
通う寿司屋の大将が盆栽好き。
なんとなしにそんな話もいたします。

嗚呼、豆盆育てたいなぁ。
Commented by vaxpops at 2016-03-21 08:08
乙女酒場さん。

 些か長めではありました、確かに。
 とは云ふものの、そんなにややこしい事は書いてゐない筈で、この辺りが文才の限界なのでせう。

 盆栽好きの鮨屋の大将つて、粋な組合せですね。
 烏賊を握つてもらひながら、話を聞いてみたいものです。
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