いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

1811 歴史的仮名遣ひに就て

 "就て"と漢字にしたのは吉田健一の眞似で、それ以上の意図はない。

 我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にはお馴染みとなつてゐるかと思ふが、この[いんちきばさら]では歴史的仮名遣ひを常用し、そこに先達の用ゐた当字や書き癖を混ぜ込んでゐる。後者の例はいちいち挙げない。閑でひまで他に何もする事のない時間があれば、一ぺん探して、リストを作つてみてください。私も気になる。

 さう云へば歴史的仮名遣ひを使ふ事自体、丸谷才一の影響…眞似であつた。

 丸谷いはく、歴史的仮名遣ひを使ふに到つたのは、和歌や日本の古典を讀みまた論じる時の引用が切つ掛けだつたさうだ。原文は当然、歴史的仮名遣ひ。本文は現代仮名遣ひ。どうも具合惡く感じたので、思ひ切つて本文も歴史的仮名遣ひにしたところ、文章全体がすつきりしたのだと云ふ。凄いですね、この感覚。字面の視覚的な効果まで考へてゐる。但し第一流の文學者がその辺りを気にするのは共通の癖でもあるらしく、ドストエフスキーだつたかは、出版前の仮印刷に猛烈な赤を入れたさうで、編輯者はたいへんだつたらうな。ウォトカが増えたにちがひない。
 ただここで、丸谷は視覚的な効果だけを意識したわけではなささうだと、後年の我われは頭を働かせる必要はあるでせう。それだけが目的だつたら、他の文章…小説や随筆では、現代仮名遣ひを用ゐ續けた筈(實際、古い随筆では現代仮名遣ひも見られる)なのに、さうではなかつた。歴史的仮名遣ひが気分にあつたと云ふ意味の事を書いてゐて、これは私が仮名遣ひの眞似を始めてから讀んだのだが、こちらの切つ掛けもひよつとして、気分に適つたからかと思へて、何だか嬉しくなつたのは忘れない。

 然し私が感じた気分が、果して歴史的仮名遣ひに由来したのかどうか。

 結論から云へば、否だらうと思ふ。そんな些細な点は別に、丸谷才一の随筆や小説や批評は實に面白いもの。私が初めて讀んだのは『男もの女もの』か『青い雨傘』(どちらも文春文庫)で、歴史的仮名遣ひの随筆だつたが、そんな事は丸で気にならなかつた。広汎な知識に上質の諧謔、ちよつぴりの皮肉とエロチックさ。こんなに面白い随筆があるかと私は感心し、夢中になつた。
 念を押すと、不勉強な私はそれまで、歴史的仮名遣ひに親しんでゐたわけではない。
 ここが實は大切な点で、詰り歴史的仮名遣ひは讀む分に限れば、特別な勉強は不要なのだな。私程度で苦にならなかつたのだから、新聞雑誌の類を讀める…中學生くらゐだらうか、その程度の讀解力があれば、問題にはならない。書く方は少し計りの馴れが要求されるけれど、これも作文が書けるくらゐの能力があれば、外國語を學ぶよりははるかに簡単な筈だ。嘘だと思ふなら、再び私を見玉へ。中身は兎も角、外面を調へるのはそれほど六づかしい話ではないのだ。さういふ事が体感出來たから、私は歴史的仮名遣ひを常用するようになつた。

 これは中々有難い結果をもたらして呉れて、少なくとも明治くらゐまでの文章はそのまま讀むのに不自由を感じなくなつた。当時の漢字には手子摺る事はあるけれど、なーに、前後の文字遣ひで大体の見当はつく。二葉亭四迷や坪内逍遙、齋藤緑雨辺りには江戸の戯作の匂ひが残されてゐるから、そこを受け容れると、川柳や狂歌がざつと讀めるようになるし(但しああいふのを本当に愉しむなら、その時代の流行や前提を知る必要があるけれど)、そこまで進めばしめたものだ。文語と云ふちよいと厄介な壁…話は少しずれるが、歴史的仮名遣ひを常用してゐると、時折讀み辛いと云はれる事がある。それで意見を聞くと、多くの場合、文語と歴史的仮名遣ひを混同してゐて、あれはどうなのだらうね。批判はかまはないとして、その程度の区別もつかないのは如何だらう…を乗り越へれば、一ぺんに古典の広大な世界が現れる。まさか古典を古くさいとか恰好惡いとかわけが解らないとか、さういふおつむを働かせない發言で否定するひとが、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にをられるとは思へないけれども。

 一体に言葉は保守的なくらゐが丁度よく、特に文章語はその傾向がつよい。不思議でも何でもなく、言葉は何より伝達の機能であつて、その目的を果すには、共有された言ひ回しを用ゐなくてはならず、共有された言ひ回しは時間の熟成が不可欠で、詰り保守的伝統的にならざるを得ない。と云ふよりそれが当然なので、またさうする事で我われの言葉には歴史といふ大きな背骨が加へられる。柳多留やおくのほそ道、本居宣長、仮名手本忠臣藏、八犬傳に膝栗毛、太平記に平家物語、徒然草、歎異抄、清少納言や紫式部、そして勿論古今や新古今をはじめとする和歌がその太ぶととした骨なのは強調するまでもなく、歴史的仮名遣ひは確實にその入り口となる。
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by vaxpops | 2016-03-11 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)
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Commented by stonefree_01 at 2016-03-11 18:39
このテーマ定期的に書いてるみたいだけど、前のからのアップデートはあるの?
それから、読みづらいていう声は聞いたことはないわね。子供が何か気持ちわるいって言ってたくらいよ。それよりも、長いんで少し読んだら途中で息切れ、最後まで読めないって方が圧倒的に多いわ(^^;
Commented by vaxpops at 2016-03-11 18:56
頴娃君。

 記憶にある限り、この手の話を[いんちきばさら]で定期的に書いてゐる記憶はないんです。

 他の話に絡んではゐるかも知れませんが。

 気持ち惡いつて、苦笑ひするしかないですねえ。
 恋歌を讀みたければ、歴史的仮名遣ひは大前提になりますし、かるた遊びでも同様ですよう。

 と云ふか、そんなに長いか知ら。
 いや多少はさうなのかと思ふ事はあつて、なので改行を必要以上に入れてゐる積りでもあるんですが、その辺りは今後の課題と致しませう。
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