いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

1813 藍より青し

 先日ラヂオで植物画家の話題が出て、不意にルドゥーテの名前を思ひ出した。
 薔薇の画家と呼ばれたルドゥーテで、2015年に甲府の山梨県立美術館で観た。
 あの美術館には大好きなミレーが常設されてゐるから、甲州に足を運ぶ機会を得たら必ず訪れる。ルドゥーテは特別展の方だつた。ひどく目が疲れたのを忘れない。

 かれが描いたのは所謂精密画で、その精密が美術として高く評価されてゐる。尤も当時は絵画ではなく、冩眞のやうな扱ひだつたのではないだらうか。
 概ね同じサイズで纏められ、背景や装飾が一切見られないのは、薔薇の冩實乃至記録が目的だつた事を示してゐると思はれる。事實、ルドゥーテの筆になる薔薇は精細で緻密きはまりなく、もしかすると冩眞より冩實的で、ゆゑに美術館には似合はない。かれの薔薇は大判の本で時間を掛け(書斎で葡萄酒でもきこしめしながら)、感嘆の聲を洩らすのが正しい。

 さて、ここからが本題といふ閑文字。

 ルドゥーテ描く薔薇は、目に甚だしい疲労を覚えさせるくらゐの精密さで、もしかすると薔薇園で咲き誇る薔薇より薔薇らしくさへある。妙な話ではありませんか。絵画…図版と呼んでもいいかも知れないが…なのに。

 たとへば薔薇をひと鉢、飾りのない部屋に置けばどうだらう。
 或は白い可部を背景に、冩眞を撮つてみたらどうなるだらう。

 それでも精密画の薔薇が尤も薔薇らしいのではないかと、私は半ば以上本気で思ふ。何故だかよく解らないけれど、そんな気がされてならない。然し何故だか解らないままだと、話が進まないので、無理やりに考へてみませう。

 冩實的と聞いた時、我われはおそらく、対象の忠實な模冩、といふ印象を持つのではないか。私はさうである。絵画で云へば、デッサンで凹凸や陰影を可能な限り、忠實に再現すると考へればよいだらう。冩眞の本來はその延長で、ダゲールの更に原型のカメラオブスクラが、一種の絵描き道具だつたのを思ひ出す。
 そのデッサンや冩眞が詰り、冩實だ(らう)と考へるのは誤りではない筈だし、私もそれに与したい。ただそれだと、精密画は精密なのに冩實的ではないといふ事になつて、落ち着かなくなる。

 考への方向を少しずらし、冩實的はひとつの種類だけではない、と考へてみませう。これだと具合よく進められさうだ。

 ならばどんな種類の冩實があるのだらうと考へなくてはならない。

 デッサン或は冩生、または冩眞は、対象を丹念に精確に描写する行為をもつて冩實とする。これは判りやすく、ラスコーの壁画から續く伝統と呼べる素朴さでもある。ここで云ふ素朴は文明の持つ基本的な方向性くらゐの意味。
 その文明が進んだ時代の我われ(のご先祖)は、抽象的な思考を身につけるようになつた。たとへば一輪の薔薇を見て綺麗だと思ひ、そこから美しい薔薇…それは實在しないから…といふ抽象を取り出す事と云ひ替へても的外れではないと思ふ。
 もう少しそれが進むと、目の前にある薔薇を愛でながら、實は頭の中にある"その薔薇の理想的な姿"を愛でるようになるだらう。

 ルドゥーテの精密画は、その"理想的な姿"の冩實ではないか知ら。

 あの画に枯や腐、虫の気配は丸でない。自然が自然のままであるのを許さない、それが本來持つべきと(少なくともルドゥーテには)考へられた姿と云へばいいだらうか。古代希臘の彫刻がひとの姿でありながら、神に似てゐるのと同じ事情とも思はれるが、その比較までは踏み込まない。
 要するに荒木経惟ならそつぽを向くだらう完璧さてあつて、その完璧と細密はが繰返しになるが、薔薇園で咲き誇る薔薇よりも薔薇らしく感じられる(もしかすると)(唯一の、或は最大の)要因ではないかとも思ふ。

 薔薇の画は薔薇の園より出でたる薔薇よりも、薔薇に近し。
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by vaxpops | 2016-03-13 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)
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Commented by stonefree_01 at 2016-03-13 17:10
植物絵画って、そういうものみたいね。植物のあるべき姿を詳細に1/1スケールで、背景はブランクってルールで描かれる、本来は学術目的のもの。一方写真は目前の現実の単なるコピー。とはいっても、皆様の写真って言葉に抱くイメージは幅広いからね。
Commented by vaxpops at 2016-03-13 19:10
頴娃君。

 植物画の特殊性つていふの要因は、あるのかも知れませんね。

 さて寫眞が"目前の現実の単なるコピー"なのかどうかと云へば、率直なところ、大きに異論があるのですが、これはコメント欄で書くには長くなりすぎさうです。
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