いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

1833 伊丹の親子丼

 私の胃袋はもう老人だから、たつぷり食べるといふのが無理になつてゐる。伊丹十三は若書きのエセーで、自分を老人に見立ててゐるが、さういふ厭みの積りはない。

 かれは30台前半(執筆時期からさう思はれる)で、"10台の美少女"ふたりを相手に、ちらし寿司の種を口々に云はせ、歓んでゐて、それが事實なら荷風気取りだし、妄想…失敬、空想であれば大谷崎へのあくがれだらうか。あのひとは配偶者の條件に、"自分よりふた周り年下の美少女"と書いてあるから(本気なのか、どうか)、老いた自分とそれを慕ふ少女の情景を好もしく思つてはゐたのだらう。

 尤も私の場合、残念ながら少女趣味の持合せはない上、食慾がどうにも減つてゐるもの事實だから(さういへば最近体重を計つたら、60キログラムだつた)、色気も何もあつたものではない。殺風景だなあ。

 ただ殺風景は認めるとして、稀に、ひどく空腹を感じる…かう書く事自体、重ねて殺風景なのだが…時がないわけではなく、そんな場合に恋しくなるのが丼ものである。何があるだらう。

 鰻丼?? あれはお重で食べるのが似つかはしい。

 天丼?? いや寧ろ天麩羅だけを望みたい。

 海鮮丼?? 生温かな魚介を私は好まない。

 かつ丼?? 外れは少ないがどうもなあ。

 カレー丼?? 積極的に食べたいとは思へない。

 麻婆丼?? 辛さに先立たれるのは困るのだ。

 天津丼?? いやいやお皿で食べるものだよね。

 適度に分量があつて、しつつこくなく、食べてゐるなあと實感出來る丼もの。何があるだらう。

 暫く考へると、あつた。ありましたね。
 親子丼である。似た方向で云へば牛肉を使ふ他人丼や油揚げを用ゐた木の葉丼があり、種を省いた玉子丼もあるが、ここは親子丼に軍配を上げておかう。

 卵と鶏肉なら文字通りの"親子"だから、あはない道理がない。淡泊なのに食べ応へがあつて、飽かずに丼を空に出來る。何より有難いのは、お酒の援けが要らない事で、たとへば鰻丼(乃至鰻重)をお酒無しに註文しようと思ふかね。私にはそんな度胸の持合せはない。

 本來なら、かういふのは困るのだ。お酒…いやもつと広く酒精と適はないとなると、待つ間、どうすればいいのだらう。
 然し私が親子丼に飛びつくとすれば、前述の通り、稀なひどい空腹の時の筈である。そしてそんな場合、酒精を控へるのが私の数少ない美点であつて、その美点に親子丼はよく似合ふ。

 甘辛いお出汁。
 半熟よりゆるめの溶き卵。
 艶やかな鶏肉。
 炊きたてのごはん。

 要するに親子丼はこれだけで、三ツ葉や葱はあつて困らないが、なくてもかまはない。お出汁はたつぷり目が望ましくて、これこそお粥よりはしつかりした、胃袋老人向けの丼ではなからうか。

 ところで伊丹十三の家は客人が多く、本人もそれを歓んでゐたさうだ。かれ乃至彼女は当然呑むわけで、酔漢酔女が夜中に突然
「親子丼が食べたい」
と無理難題を吹つ掛ける事があつたといふ。然し伊丹はそれを見越して、冷蔵庫には常に大量の挽き肉と卵を欠かさず、リクエストに応じる用意をしてゐたらしい。
 厳密にこれを親子丼と呼ぶべきかには議論の余地があるとして、かういふもてなしを受けると、また訪れたくなるだらうし、その折には、親子丼を迎へるに相応しいお酒の1本も下げたくならうといふものではありませんか。
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by vaxpops | 2016-03-28 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
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