いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

1960 告白

 モーツァルト!
 私がきみを殺した!
 といふサリエリの告白で始まるのはミロシュ・フォアマンの『アマデウス』で、サリエリを演じたのがF・マーリー・エイブラハムだつたのを今初めて知つた。『薔薇の名前』(メガホンを取つたのはジャンジャック・アノー)での異端審問官役が強烈過ぎた所為か。あの映画はショーン・コネリーも凄かつたが、弟子役のクリスチャン・スレーターとヴァレンチナ・ヴァルガスのエロチックな場面とエイブラハムが可也りのところを喰つたからなあ。

 いや『薔薇の名前』ではなかつた。
 改めるまでもなくアマデウスはモーツァルトのミドル・ネイム。"神さまの愛"くらゐの意味になるラテン語だつたか。墺太利の言葉だと恰好よくない響きなのか知ら。
 勿論あの豪奢な映画ではかれアマデウス…モーツァルトの樂曲が全篇に散りばめられてゐて、歌劇的な作劇ではなかつたのに、衣裳よりセットより先に、音樂に夢中になつた。初めて観たのは少なくとも四半世紀は前だから、二十台半ばの若造たつたことになる。

 当時の私は単純だつたから(たれです、今も大して変らないと云ふのは)、昂奮したままモーツァルトのディスクを何枚か買つた。たれが棒を振り、どこが演奏したやつかは丸で記憶にないが、[アイネクライネ・ナハトムジク]が収録されたものだつたのは間ちがひない。序盤でサリエリがこの曲のさはりを弾いた時
 「あなたの曲でしたか」
 「いや私ではない…モーツァルトだ」
と応じるむざんな場面(直前にサリエリは自分の曲を弾き、知らないと云はれてゐる)と、あのかろやかな曲調との落差は、人生といふ言葉が他人事だつた若ものにも随分と衝撃が強かつた。だから意気込んで買つたのだけれど、映画の場面ほどの衝撃、或は感動はなかつたと白状したい。サリエリに敬意を示すことも出來るだらうし。

 併しモーツァルトに感激しなかつたのは何故なのだらう。

 勘でしか云へないのだけれど、二十台にモーツァルトは早すぎたのではなからうか。
 ぱつと聴く分にはたとへばベートーヴェンが解りやすい。ヴァーグナーも解る。シュトラウス一家のワルツやポルカもすつきり耳に入る。一ばん最後のは偏愛する維納フィルのニューイヤー・コンサートの(惡)影響だから、そこは何となく受け流してもらひたい。
 歓喜の歌"や何とかの指輪ではなかつたね。一万人の"歓喜の歌"は佐渡裕の指揮で観ると
(いつ指揮棒を飛ばすか折るかするんだらう)
と別の心配または愉しみを感じるのだが、アマデウスには直接の関係はない。

 えーと、さう、モーツァルト。
 たれが書いたかはすつきり記憶から失せてゐるから、その辺は斟酌頂くとして、あの音樂は人生といふ言葉が自分のものになつてから初めて、實感出來るといふ説をどこかで目にして、えらく説得されたのは忘れ難い。書いた本人には不本意かも知れないけれど、大意が記憶にあるのだから諒としてもらひたい。
 となると改めてモーツァルトに触れれば、四半世紀前には解らなかつた感激があるかも知れず、併しもう一ぺん聴くとして、何から入るのがいいのかさつぱり見当がつかない。まあその辺りは我がモーツァルト愛好家の讀者諸嬢諸氏にお知恵を拝借すればよいとして、あの時と同じく
(もひとつ、よく解らないなあ)
と思ひかねない不安がある。サリエリを見習つてモーツァルト、私はきみを理解出來ない!と告白する覚悟は持つてゐるけれども。
[PR]
by vaxpops | 2016-07-29 07:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(7)
トラックバックURL : https://zampablack.exblog.jp/tb/23340579
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by londonphoto at 2016-07-29 07:16
少なくとも私はいまも単純です。
Commented by londonphoto at 2016-07-29 07:20
ついでですが、モーツァルトならピアノ協奏曲なんていかがでしょうか。特に23番、27番あたりは、歳取って聴くと沁みます。
Commented by vaxpops at 2016-07-29 19:57
londonphotoさん。

 londonphotoさんの知性で"単純"と云はれたら、私の立場が丸々ゼロになるではありませんか。これは強く撤回を求めざるを得ませんよ。

 といふか。
 "ついで"の方が大切な話。
 大急ぎで23番27番を聴きましたが、まことに気分のよい曲で一驚を喫しました。サリエり・コンプレックスを撥ね退け、アマデウスをじつくり聴く積りになれました。

 矢張りlondonphotoさんは知性のひとなのです。
Commented by 輪音 at 2016-07-29 21:33 x
交響曲第二十五番第一楽章。
ケッヘル222。
Commented by vaxpops at 2016-07-30 08:46
輪音さん。

 それだ。
 ナイスアシスト、感謝します。
Commented by lagoonchii at 2016-07-30 19:05
私も若き日に聴いた交響曲25番から未だに離れられません。
この曲はいろいろ集めましたが、随分前からムーティのウィーン・フィル一択になっております。
これが何を意味するのかはあまり考えないようにしております。
あと、エーコの「薔薇の名前」は、ハードカバーで読んでから映画を見て、どちらも強烈な印象をうけたのが昨日のことのようです。
どちらも青春のエポックで、懐かしくコメントをせずにおれませんでした。
Commented by vaxpops at 2016-07-31 13:29
lagoonchiiさん。

 早熟の青年だつたのですね。
 ムーティは未聴だつたので、何曲か聴いてみましたが、まことに品のよい…最良の意味での貴族的な、或はもつと簡潔に清楚な…振り方だなあと感じました。私の耳がいい加減なのはご存知のとほりですから、笑つてはいけません。

 『薔薇の名前』は私の場合、映画が先行でした。ハードカヴァは東京創元社の上下巻でしたか。こちらも買ひましたねえ。エーコと云ふ名前は若ものだつた(!)丸太にとつて、些かきつい毒だつたと思ひ出します。
名前
URL
削除用パスワード