いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

品下る愉しみ

 蕎麦がうまいと知つたのは東都に下つて何年か過ぎてからなので、たかだかこの十年足らず程度になる。関の西は饂飩がうまくつて、蕎麦を啜る積極的な理由が見つからなかつたのも事情に含まれるだらうか。有り体に云へば、少なくとも大坂でうまい蕎麦屋は噂にも聞いた記憶がないね。詰り土地柄なのだらう。饂飩でも有名店があつても名店の話は聞いたことがないのに気がついた。

 併しここで些か不思議にも思はれると云へば嘘になる。饂飩はお大師さま起源の伝説もあるくらゐに歴史がある。そしてお大師さまの故地である讃州は、茅渟の海を隔てて大坂のごく近くでもある。伝説はまあ伝説だとしても(お大師さまの伝説がすべて事實だとしたら、あのひとは超人を飛び越して妖怪…失礼、高野山でさうなる前に生身佛だつとしか思へない)、伝説が成り立つには何らかの背景は必ずあるもので、神話の中に侵略だの征服だのの暗喩が含まれるとの同じである。饂飩の歴史的な事實或は背景については熱心な研究者に任せるが、伝説が成り立つ程度に饂飩が食卓に馴染んでゐたと考へても誤りにはなるまい。

 蕎麦はさういふ伝説を持つのか知ら?

 さう考へて仕舞ふのはひとつに無知、もうひとつは心の底にある饂飩贔屓の気分ゆゑである。伝説を持たうと持つまいと蕎麦はうまいし、そのうまさを江戸人の洗練が産み出したのは改めるまでもなく、見方によつては江戸に棲んでゐた無数の無名のお大師さまが蕎麦の味を練り上げたと云つても然程の無理にはならないだらう。
d0207559_9303877.jpg
 尤も十年足らずの蕎麦好きは今の視線で見ればきつと邪道な筈で、詰り立ち喰ひのやうなのを歓ぶ傾向がつよい。ひどく強い。
 たとへばたぬきそば。或はきつね、掻き揚げ(海老の天麩羅よりうまいと思ふ)や天玉を好む。黒みがかつた、ふとくて、頑丈な田舎蕎麦もまた好もしい。
 何より立ち喰い蕎麦で啜るもり覇蕎麦は私の酷愛するところで、呑み過ぎた週末の夜中、こいつのつゆに温泉卵を入れてもらひ、蕎麦に七味唐辛子を振りながらやつつけるのは、他人さまにはちよいと云ひ辛く、また奨め難い愉しみであるのだが、ほんの少し居直るならば、がんらい蕎麦はその程度の食べものだつた筈で、その辺を気取られてはこまるのだ。尤もかういふ気取りは江戸人の云はば美意識の結晶だとも見ることも出來て、かういふ衒ひのつけ方は、とてもお大師さまに及ぶものではない。
[PR]
by vaxpops | 2016-10-05 09:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(5)
トラックバックURL : https://zampablack.exblog.jp/tb/23532316
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by lagoonchii at 2016-10-06 01:50
昼ごはんを食べた方がよいのに、時間がないとき、立ち食い蕎麦屋のつゆの香りに抗うことは困難で。
他方、たまたま(決してしばしばではなく)日が明るいうちから飲む僥倖に恵まれたときは、必ず蕎麦屋を探すのが随分と昔から常でありました。
タイミングがきたら、もり、をオーダーするんだからという雰囲気を漂わせながら、数少ないその他の蕎麦屋の、つまみ、とともにその蕎麦屋決め打ちの日本酒を常温で。

結構な幸せを感じる江戸前であります。
Commented by vaxpops at 2016-10-06 09:13
lagoonchiiさん。

 立ち喰ひ蕎麦屋から漂ふ香りの独特は實に迷惑なもので、うつかりさせられて仕舞ふことが少なからずあるのであります。

 本文中でも触れてゐるとほり、蕎麦が(もしくは蕎麦で、蕎麦も)いけると気がついてから十年かそこらなので、そこで呑むのは未だかるい抵抗、或は照れを感じることが縷々あります。

 東京風の濃いめに仕立てた肴で徳利を一本か、二本。
 日暮れて、道遠しの心境になりますなあ。
Commented by jes22salud2 at 2016-10-16 19:34
うどんでも蕎麦でもとにかく出しの匂いはこの島国の
民の鼻をココロを胃袋を摑み揺さぶりますね〜。

ちなみに私はうどんがメインですが蕎麦も好き。
確かに名店と呼ばれるお店は大阪には
なかなかないけどお酒と一緒ならやっぱり蕎麦かなぁ。
Commented by vaxpops at 2016-10-17 08:30
乙女酒場さん。

 お出汁の匂ひは危険ですね、確かに危険です。
 鼻孔を擽られて連想するのは殆どの場合、きつねうどん…勿論、大坂式のやつで、あの艶はセクシーだとも思はれるのですが、をかしな譬へか知ら。

 饂飩で一ぱいはやつたことがないのですが、座頭市の映画に、屋台で燗酒をやつつけながら饂飩をすすりこむ場面があつて、えらく旨さうでしたから、試す値うちはあるのだと思はれます。
 もしかすると勝新太郎の天才的な食べつぷりに、騙されているのかも知れません。
Commented by jes22salud2 at 2016-10-22 19:42
いやいや、できますとも。
夏なら冷やしきつねと共に上撰の冷酒で、
これからならきつねうどんに天かすたっぷし入れて
コクと旨味を足して ぬる燗で。

あ、これにはお返事結構でおます。

名前
URL
削除用パスワード