いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

 いつの間にかハンバーグを食べなくなつてもう何年になるだらうか。記憶を辿つても思ひ出せないから、少なくとも十年以上は口にしてゐないのだらう。おそらくその時期はお酒がうまいと感ぜられる年齢に重なつてゐたかとも考へられる。併し冷静になるとハンバーグが苦手なのかきらひなのかといふと決してそんなことはなくて、あれは中々に豪勢な料理である。何とはなしに(實はここが問題なのだけれども)食べなくなつて仕舞つたが、分厚いハンバーグが堂々とお皿に乗せられて登場するときつと昂奮する。

 以前に住んでゐた場所の近くにカウンタだけの小さな洋食屋があつて今もあるのかどうか。そこで用意されるハンバーグはお客の註文を受けてから肉を捏ねた。狭い店に小気味よい音が響くと、あれがおれのハンバーグだと思はれて、麦酒を呑みながら待つのが嬉しかつた。さう云へば牡蠣フライだの鯵フライだのも註文があつてから衣をつけて揚げてゐた。洋食の作り方として正統かどうかは別として、その立ち居振舞ひや音や匂ひが既に旨さうで、東京の昔気質と呼ぶのが似合つてゐたと思ふ。

 前述の洋食屋では確かそのソースを一緒に作つてはゐなかつたか。ハンバーグを焼き上げたフライパンに何だらう、ウスターソースやケチャップや葡萄酒だらうか、きつとそんなのを入れて煮詰めてゐた気がする。そんな気がするのはそのソースが旨かつた記憶があるからで、ソースに力を入れるのもまた洋食屋の古めかしい姿ではあるまいか。さう云へば四半世紀も前、月給日に通つた別の洋食屋ではビーフシチューを食べることにしてゐたが、あれも見立てによつては牛肉をソースで煮込む料理で、毎月飽きずに平らげたのはそのソースが旨かつた理由が大きい。

 かうして考へるにハンバーグは肉料理だけれど肉料理ではないのではないかといふ疑問が浮んでくる。肉そのものを味はふには少々もの足りず、併しソースと一緒になればひどくうまいのがその證拠である。仮にビーフステイクで同じ方法が成り立つかといへば些か疑問で、あちらは寧ろ(相応の肉であれば)塩胡椒が好もしい。これは優劣でなく差異の話で、後はどちらが歓べるかといふ疑問になる。パンと葡萄酒があるならステイクを撰ぶのは間違ひない。義人と獸の血と肉を満喫する最良の組合せであらう。ところがごはんとお味噌汁、または壜麦酒との組合せを想像すると、たれが何を云はうとハンバーグである。

 ハンバーグに煮詰めて作つたソース。ポテトサラド。キヤベツにレタスにトマトにブロッコリーにチーズ。煮抜きまたは目玉焼き。かういふのは注意深く温めたお皿に乗せられるべきで、ほら近年あるる鐵板式を我われは断然拒まなくてはならない。さういふ理想的なハンバーグがあれば、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏よ、 ごはんにお味噌汁に金平牛蒡の小鉢か、麦酒の大壜を求めざるを得ないではありませんか。…とここまで書いて、どちらを撰ぶべきかといふ問題に気がついた。前者であればお皿に残つたソースにごはんをまぶす愉快が待つてゐて、後者は麦酒との組合せを存分に樂しめる。二回に分けないとすると、これは人生の何%かを掛けるに足る難問であらう。
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by vaxpops | 2016-10-13 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)
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Commented by jes22salud2 at 2016-10-29 19:31
ははは!どっちにしろとりあえず食べましょ。
ね。
Commented by vaxpops at 2016-10-30 15:34
乙女酒場さん。

 薩摩言葉に"泣こよつか、ひつ翔べ"といふのがあつて、何故だかそれを連想しました。
 迷ふ暇があれば、確かに食べなくちやあ。
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