いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

ナポリではないナポリ

 ナポリ人とかナポリ風とかそんな意味でナポリターノは使ふ。塩野七生が"ナポリターノめ!"と書いたのは前者の意味(前後を省略してゐるが、これはナポリの少年への好意ある罵倒)で、ナポリ風の何かに文句をつけたわけではない。
 併し我われがナポリと聞いて思ひ出す最初はおそらくスパゲッティの一種で、それもトマト・ケチャップの炒め和へ…詰りナポリタン・スパゲッティではあるまいか。

 あれを初めて目にするナポリ人は絶句するさうですね。かれらがスパゲッティに用ゐるのはトマトであつてケチャップではなく、まして茹であげてからわざわざ炒めるなんて、想像の外にあるらしい。もり蕎麦をブイヤベースとホース・ラディッシュで出すやうなものか。さう云へば半世紀も前に伊丹十三はスパゲッティは茹であげ、バタを溶かし入れれば基本が完成すると喝破して、当時の日本のスパゲッティをくさしていはく、炒め饂飩と書いてゐた。切れがいいなあ。

 ただまあ、今では日本のスパゲッティだつて旨いし、変り種は色々あるけれど、お寿司だつて珍妙なのがあるのだから、痛み分けとしておかう。
 さういふ中で"炒め饂飩"の伝統を忠實に残してゐると思はれるのはナポリタン・スパゲッティでありませう。ナポリ人の口に適ふかどうかは兎も角、また伊太利料理としては邪道とも判るのだけれど、洋食と思へば不思議に旨い。

 柔らかくうで上げた麺。
 その辺で買へるだらうソーセイジ。
 ピーマンと玉葱。

 塩胡椒と濃いケチャップで炒め上げ、大ぶりのお皿にずつしり盛りつける。そこにチリー・ソースをひと垂らし。そこに山ほどの粉チーズを振りかける。基本的にナポリタン・スパゲッティはこれだけで完成する。オリーヴ油を使つたり、大蒜や唐辛子、或はベーコンを加へるのも惡くない。

 ここで大事なのは粉チーズの質ではなく、チリー・ソースの辛さでもなく、ケチャップがたつぷり用ゐられてゐる点と、ずつしり盛りつける点ですな。これこそがナポリタン・スパゲッティの妙味醍醐味であると私は思ふ。

 そしてナポリタン・スパゲッティは断然、ホークで食せねばならぬ。更に云へば炒め饂飩よろしく盛大に啜り込まねばならぬ。ナポリターノであればそれはマナーに反する態度だらうが、ナポリタン・スパゲッティは洋食である。饂飩や蕎麦と同様の食べ方をしてこそうまい。伊太利人が眉を顰めるやうに啜り込んだら、ケチャップで汚れた口元を紙ナプキンで拭はう。

 再び塩野七生に登場願ふと、伊太利では立ち喰ひのやうなスパゲッティがあつて、うで上げたスパゲッティに胡椒と豚の脂でやつつけるらしい。円錐形に盛られたそれをつまみ食べ、檸檬を絞つた冷たい水を飲むさうで、我らがナポリタン・スパゲッティではとてもかういふ粋な姿には似合はない。

 但しずつしりしたお皿から立ち上るケチャップの香りは、まつたくのところ食慾を刺戟するのは疑ひのないところで、それを知らないナポリターノには憐れみを感じなくもない。さう云へば何年か前に、日本のナポリタン・スパゲッティ愛好家だつたか協会だつたかが、ナポリでナポリタン・スパゲッティを振る舞ふ会を催したさうだ。シニョリータとシニョーレは、驚き呆れながら、伊太利式の礼儀正しさで褒めたといふ。ひよつとするとその後、白葡萄酒でナポリターノを平らげながら、ジャポネーゼめと笑つたのだらうか。
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by vaxpops | 2016-10-15 09:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(4)
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Commented by 輪音 at 2016-10-26 12:19 x
ナポリタンは戦後の物資不足時代に生まれた工夫の賜物ですから、そもそも本場のケチャップを使わない伊太利亜のパスタとは別物と考えた方がいいかと愚考します。
餡パンやハンバーグみたいなものではないでしょうか?
ケチャップもタバスコもメリケン方面の影響が強いので、海老フライを巻いた寿司みたいな違和感はあると考えます(あれはあれで旨いものです)。
インドのカレーと本質的に異なる日本のカレーみたいなものですので(最近は本場風のカレーを出す店も増えましたが)、洋食屋さんや定食屋さんでうまかうまかと食べちまえばいいかと考える次第でありますはい。
道南でナポリタンのすこぶる旨い店を知っておりますので、にやにやしながら読ませていただきました。
Commented by vaxpops at 2016-10-27 08:19
輪音さん。

 確か"日本最初のナポリタン・スパゲッティ"はどこぞのホテルの料理長作で、そこでは今もトマトを用ゐて作つてゐるかと思ひます。頑固ですねえ。

 明治期の西洋料理の日本化と戰後日本食の亞米利加化は別ものと私は考へてゐます。理由も幾つか挙げられるのですが、ここでは触れません。

 自國の料理が外國で、外國の料理が自國で、それぞれの口に適ふよう変化を加へられたのを食べるのは愉快なもので、さういふ寛容を持てるかどうかが、所謂文化の器ではないかと思はれるのです。
Commented by jes22salud2 at 2016-10-29 19:39
その辺で買えるハムとかベーコンとかウインナーとかなら
まだええけど、うちでは竹輪が入ってたことあったなぁ〜。
お家の洋もんとしてしっかり根っこ張ってますわ。
Commented by vaxpops at 2016-10-30 15:42
乙女酒場さん。

 何といふか、竹輪には妙な融通の利き方がありますな。
 ナポリ人が口にしたら、目をひん剥いて、マンマ・ミーヤと呻くかも知れませんが、家の中のかあちやんの洋食では許されるといふものです。
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