いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

キツネソバ

 きつねそばといふ食べものがこの世に在ることを知つたのは、山下洋輔が書いた"ピアノ弾き"のどれかだつたと思ふ。海外ツアー中のトリオが日本食に餓ゑて
『薬罐一杯、キツネソバのつゆを飲みたい』
と呻く箇所があつて、当時の私は大坂の少年だつたから、ジャズマンは不思議なものを食べたがるのだなあと面白がつた。何せ大坂だもの、きつねといへば饂飩で、その頃の年寄りの一部は信太とも呼んでゐた。どうして信太なのかはご自身でお調べなさい。役に立たない知識がひとつ、身につくから。

 初めてきつねそばを啜つたのはいつだつたか。東に下つてからなのは確實だから、前世紀末か今世紀初頭なのはまちがひなく、眞冬の有樂町か新橋だつた筈だ。立ち喰ひなのは勿論である。それも外の風が吹き込んでくる、しよぼくれた、古典的或は伝統的な立ち喰ひで、思ひ返すときつねそばの初体験に最高だつたね。
 東京風の鰹節と醤油の効いた濃いお出汁も、からくて薄くて堅いお揚げ…きつねうどんのそれはあまく厚く、あくまでも軟らかい…も、足元をくぐり抜ける寒風も、骨の芯が冷えるのに耐へかねてたつぷり振りかけた七味唐辛子も、この場合はすべてよい作用をもたらしたのは冷静に考へるまでもなく、詰りそれ以來、ピアノ弾きが書くところのキツネソバに私は好感を抱いてゐるのだな。

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 尤も抱く好感の量の割りに、きつねそばを啜る機会は多くない。食事とするには貧弱だし、おやつと扱ふには労働の気分が濃い。漠然と平日の午后、何の気なしに立ち喰ひ蕎麦屋の暖簾をくぐるのがよささうにも思はれるのだが、その漫然の午后を得るのが六づかしい。外國で何週間か過ごせば、漠然も漫然もなく、啜りこむ機会は出來さうだが、それぢやあ割高にもほどがある。
by vaxpops | 2017-01-15 07:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)
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