いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

さうに決つてゐる

 どうも厚焼き玉子と聞くと、気分が落ち着かなくなつて仕舞ふ。好物だからで、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏にも、さういつた食べもののひとつやふたつ、あるでせう。さうに決つてゐるよ。
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 併し厚焼き玉子とひと口に云つたつて、色々の作り方がある筈で、私はおほむね、塩でうすく味つけした、堅めの仕立てを好む。少し焦げがあつてもかまはないのは、さういふ仕上げに馴染んでゐる…少年の私に出されたのがそんな厚焼き玉子だつた所為である。大根おろしは用ゐず、そのままか醤油を少し垂らして、ごはんのお供にした。
 だから初めて東都風かと思はれる、あまくて軟らかい厚焼き玉子を食べたときは仰天した。肴にするのは無理があり、おかずにするのも躊躇はれて、お八つとも異なる奇妙な食べもの(なのに大根おろしが添へられてゐる)といふのが率直な印象で、それは今でも変らない。實際あまい厚焼き玉子は、一体いつ食べるのが適切なのか知ら。

 酒精を嗜む習慣が身につくと、外で厚焼き玉子を食べる機会もそれなりにあるもので、青葱や韮を混ぜこんだのには感心した。ここで云ふ感心したは、うまいと思つたのと同じ意味。我ながら無邪気な感想とも思ふが、事實は動かし難い。もつと感心した…旨いと思つたのは蕎麦屋の厚焼き玉子だつた。それとも出汁巻きといふのだらうか。どちらでもいいが、柔弱な呼びたいやはさのあれをつまみに一合のお酒を含みながら蕎麦を待つのは気分のいいもので、東京の洗練を示すひとつの證になりはしないか。

 尤も洗練が必ずしも正しく、また慶ばしいとは限らない。上等な卵も油も使はない、優れた道具も用ゐない、熟練の技術があるわけでもない、ただ食べ馴れた厚焼き玉子が恋しくなる瞬間が確實にある。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏だつて、さうでせう。さうに決つてゐるよ。

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by vaxpops | 2017-06-05 16:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)
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Commented by stonefree_01 at 2017-06-05 22:11
猛烈にスゴイの食わされた経験あるから、最低限の、限度ってものもあると思ふの。あ、慣れてるってところか。
Commented by vaxpops at 2017-06-07 09:12
頴娃君。

> 猛烈にスゴイの

 つて、寧ろ気になるぢやあないの。
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