いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

洋食屋で"呑まう"

 レストランではなく洋食屋なので、我が親愛なる讀者諸嬢諸氏には先づ、この点をご理解頂く必要がある。

 ハンバーグ。
 クリームコロッケ。
 海老や牡蛎のフライ。
 オムレツにオムライス。
 マカロニグラタン。
 ポークソテー。
 ビーフシチュー。
 ナポリタンスパゲッティ。

 デミグラスソース、タルタルソース、マヨネィーズ、タバスコに粉チーズ。何故だかそこに、醤油とお漬物、ごはんにお味噌汁が同居する(然も不自然ではない)不思議な空間を、我われは俗に洋食屋と呼んでゐる。

 實にいい場所ではありませんか。
 食事は勿論として、呑めもする。

 外ツ國からの來訪者に、日本の色々な混ざり具合を解つてもらふとしたら、洋食屋ほど適したところもないにちがひない。半ば以上本気で、私は云ふんですよ。卓子に並べられたお皿を、佛蘭西人や伊太利人が見たら、不思議がるのか歓ぶか、それとも碧眼を剥くのか、じつくり眺めてみたい気がされる。まあ惡趣味は兎も角。

 改めて云ふが、洋食屋はまつたく素敵な場所である。30年近く前、住んでゐた場所の近くに旨い洋食屋があつて(今もあるのか知ら)、月給が出た後の最初の週末に、そこでビーフシチューとバーボンだつたかのソーダ割りをやつつけるのが樂しみだつた。
 今となれば自分でも妙だなあと思ふけれど、あはせて2,000円くらゐの組合せは、仕事を始めた計りの若ものにとつて、中々の贅沢…気分だけだつたかも知れないが…であつた。さういふこと(もしくは勘違ひ)も許されるのが、洋食屋といふ場所ではないだらうか。

 10年ほど以前、住んでゐた場所と最寄り驛の間にも小さな洋食屋があつた。カウンターだけで10人も入れないくらゐ。ご近所がふらつと飯を喰ひに來るお店で、併しうまかつた。註文を受けてから調理にかかるので、海老に衣をつけて揚げる様とか、音を立てながら捏ねた挽き肉をハンバーグに仕立てる姿とか、さういふのを眺めながら待つのは、まつたく愉快だつたなあ。
 勿論ただ待つだけではなく、呑む。レストランなら葡萄酒かシェリーになるのだらうが、ここは洋食屋である。カウンターだけの、ご近所が足を運ぶお店である。なーに気取るこたあない。壜麦酒を呑まうさ。と思へる辺りも有り難いところ。小皿の柴漬けをつまみながら待ち、その間に、揚げたて焼きたてのフライやソテーをつまみ代りにもう1本奢らうか、考へるのも愉しみだつた。

 丸太は洋食屋を居酒屋と間違へてゐないか。

 我が親愛なる讀者諸嬢の中にはさう呆れるひとがゐるだらうか。ゐるだらうな。
 後になつて知つたのだが、昔…大正とか昭和の前期…は、"洋食屋に呑みに行く"といふ云ひ廻しがあつたさうだ。女給がお客の相手をする。これは(同時期の)カッフェーとはちがつて、怪しからぬ意味ではない。卓子についてお客と話をしながら、カツレツやビフテキを小さく切つたり、麦酒をお酌したりしたらしい。今風に"可愛らしいメイドさんが、ご主人さまのお食事を甲斐甲斐しくお手伝ひします"と云ひ替へが出來るだらうか。どちらも経験がないから、正しい比較かどうか、自信は持てない。

 話が逸れさうな気配がする。
 今のうちに元へ戻しませう。

 えーと。さう。洋食屋で"呑む"のは、我が邦近代の風俗史を俯瞰すれば、必ずしも誤りとは断じにくいと云ひたかつたのだ。一体に世の中の呑み助は、酒精を前にして、食べない傾向がある。あれはまつたく感心しないね。先廻りすると

「先にしつかり食べるから、問題はないよ」

との反論は成り立たない。酒精は食べものと共にあつて十全の魅力を発揮する飲みものだし、またそんな風に醸られるのが基本でもある。ゆゑに"事前に食べておく"のは、つまみ抜きで呑む理由にはならない。つまみ抜きで呑みたい向きは止めないけれども。

 併し洋食屋で"呑む"として、牡蠣フライやタンシチューを平らげてからにしますかね。非礼と云へばこれほどの非礼もありませんぜ。麦酒でも葡萄酒でもお酒(塩仕立てのオムレツに適ふさうだ)でも、食べ且つ呑むのが望ましく、また正しい態度でもある。
 町中の洋食屋なら、相当に豪勢な註文をしない限り、満腹になつて、ほどよく酔へて精々が3,000円とかそんな程度でせう。そこらの居酒屋で同じお金を払ふより余つ程、好もしい撰択ではなからうか。さうにちがひない。大きな問題は、さういふ目的に適した小さな洋食屋が、ふらつと行けるくらゐの距離にあるかどうかで、恵まれた私にその心配はないの。尤もその近くに旨い居酒屋があつて、難関は寧ろそちらにある。
by vaxpops | 2017-07-08 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)
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