いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

好もしいあひびき

『星のあひびき』
丸谷才一・集英社文庫

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 文庫本に対する好き嫌ひが私にはあつて、たとへばハトロン紙の頃の岩波文庫は好き。講談社文庫はきらひだが、同文芸文庫は好もしい。さういふ視点で云ふと、集英社文庫はきらひな部類に入る。ことに背表紙の惡派手具合は講談社文庫と双璧をなす(これ正しい用法か知ら)酷さで、本棚に並んだ姿は目を背けたくなる。
 そんなのは中身に関係ないから、気にする方がをかしいといふ批判は一応、うなづくとして、手に持ち、目に入るものなのだから、見た目だつて大事なんではないかなあと疑問は呈しておかう。一体に文庫本の体裁は、出版社の勝手都合が前に出すぎで、いやそれ自体は惡くないとしても、趣味が惡いからどうにも困る。デザイナーの手腕が試されるのは、かういふ時の筈なんだが、私の思ひ込みなのだらうか。

 併し見た目の惡さがあつて、中身が優れてゐれば、何となく得をしたといふか、おれはちやんと評価してゐるのだといふか、妙な満足を感じるのも事實で、勿論これは勘違ひ。それくらゐは許してください。この本が一讀再讀三讀に値する面白さなのは、きつと請け合ふから。
 長短織りまぜた随筆…評論風の長文があり、書評があり、眞面目な顔つきと冗談があり、際どい話題がある。どこから讀んでもかまはない。気樂に讀むなら"書評35本"からが宜しからう。巻末の初出一覧(この本には併せて索引も用意されてゐる。この点は大きに評価したい)を見ると、毎日新聞に掲載されたもの。ひとつひとつが比較的短いから、讀み易い。
 この讀み易さを併し安直と捉へると間違ひを犯すことになる。「春画のからくり」(田中優子・ちくま文庫)を評した一文では、著者の論考を受けながら、さらりと"浮世絵師は呉服屋の宣伝係でもあつた"と書きつけ、布がつくる襞のフレーム性に賛意を示しながら、その背景にある"物語における布といふ伝統"を指摘し、源氏物語や泉鏡花から證立てる。美事な藝と手を拍ちたくなつてくる。
 丸谷才一は非常にレトリカルな作家なのに、長文になるとそれが解りにくくなる傾向がある。その解りにくさは勿論、丸谷が意図的に隠してゐる所為(この辺りの機微は同書所収の"わたしと小説"にうつすらと透けてゐる)なのだが、短い文章だとその骨組みがくつきり冩るのだ。これは勉強になるなあと云ふのは、どうも好みに適はないのだが、凡百の文章指南に目を通すより、この一冊を丹念に讀み返す方が余程有益なのは疑念の余地がない。
 ただそんな風に…云はば教条的な姿勢で目を通すと損をする。のんびり、第一級の藝を愉しめばよいので、たとへば湯木貞一(丸谷いはく"吉兆のおとうさん")が、日本料理を食べる際は、ともかく最初の一杯は清酒を召し上がつていただきたいものです、と語つた時の表情と聲があまりに寂しさうなので、食前酒は清酒(またはシェリー)にしてゐると書いた後
「しかし食後酒の件になると、湯木さんは何も論じなかつた。そこで、わたしは平然として、いろいろさまざまな酒を飲む。自由を行使する」
と續ける。威張つてゐるのか、冗談なのか、好意を含んだ揶揄ひなのか。ここは分析的な態度で臨むより、おれならどうするかなあと考えを巡らすのがあらまほしい。そこには作家と讀者の好もしいあひびきがある。
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by vaxpops | 2017-07-31 07:15 | 本映聴観 | Trackback | Comments(0)
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