いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

19世紀罐詰

 20世紀は戰争の世紀だつたといふ説がある。成る程毒ガスと爆撃と原子爆弾は、20世紀の發明だつたかと思ふと、首肯せざるを得ない。陰惨だなあ。併し陰惨の一方で、20世紀はモーツァルトを發見し直した世紀だといふ意見もあつて、こちらは何となく嬉しくなる。私はモーツァルトを何も知らないが、花やかでいい。
 さう云へばかれ即ちモーツァルトに初めて触れたのは、カラヤンが振つた棒でもシェイファーの舞台でもなく、ミロシュ・フォアマンの『アマデウス』だつた。字幕版のレーザーディスク。實に面白くて美しかつたな。映像の豪奢を教はつたのは、ブライアン・デ・パルマの『アンタッチャブル』とこの映画である。

 映画ではなくて、何を話題にしたかつたのだつたか…えーと、さうでした。20世紀は何の世紀だつたのか。ミサイルとモーツァルト以外に、100年の代表に似つかはしいものはないだらうか。

 そこでこれこそ20世紀に似合ひの大發明ではないか、と思つたのが罐詰であつた。鯖や秋刀魚やツナ、コーンドビーフには日ごろお世話になつてゐるもの。我ながらよく、気がついたなあと自讚しながら、念の為に確かめると、これがまつたくの間違ひなのだから、苦笑どころの話ではない。
 ナポレオン時代にまで遡るから、19世紀初頭の發明ですね。日本の年号で云へば享和から文化文政にかけての頃に原型が出來た。佛國皇帝に即位したボナパルトは、あちこちに遠征するのだが、そこで困つたのが糧食の確保。佛蘭西帝國の軍隊が突出してゐたのは、西欧で一ばん初めに國民皆兵を採用した所為で、何を云つてゐるか、解りにくいか知ら。それまでの戰争には、貴族の特権の代償といふ側面があつた。極端な話、金持ちが手弁当でやらかしてゐたを、コルシカ人の皇帝は國民を兵隊にする仕掛けを作つた。
 もの凄い方針の転換である。
 手持ちの兵隊が少なくなつたら、否も応もなく終らせなくてはならなかつた戰争が、國元から幾らでも補給すれば、継續出來るようになつた。國を民の血を吸ひ上るポンプにして、おつとりした戰争の時代を終らせた…或は近代の戰争を生んだのは間違ひなくこの佛國皇帝である。もしかすると口ひげが共通する獨逸と露西亞の獨裁者は、コルシカ人の蒔いた種から生つた異形の花かとも思へてくるが…血腥い話は性に合はない、ここらで止めにして、暢気な方向に戻りませう。

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 これまでにない規模の軍隊を得た皇帝を悩ませたのが、糧食の確保だと先に書いたが、そこでたれか天才が閃いて
「陛下、かういふ工夫は如何でせう」
と罐詰を差し出したのではないらしい。また研究を命じたのでもなく、懸賞を出して、知恵を募つたといふ。それに応じたニコラ・アベール(佛人)は壜詰を考案(湯煎した壜に食べ物を詰め、コルクと蝋で密閉する)したが、硝子容器は重い上に搬送中、割れる難点があつた。そこでこれを受けたピーター・デュランド(英人)が、金属容器を用ゐる方法を發明した。罐詰の誕生である。最初の罐詰(及び壜詰)に何が詰められたのかは判らないが、軍隊の糧食である、開けてそのまま食べられるものだつたらう。
 詰り調理済みだつたわけで、生産方法が確立しない内は酷かつたらうな。腐敗…醗酵が進んで破裂した例があつたり、はんだに使はれた鉛の所為で、中毒を起すこともあつたさうだ。ここで思ひ出すのはマレンゴ。鶏肉をトマトで煮て、卵(目玉焼き?)と揚げザリガニを添へた料理ですね。かれが伊太利に乗り込んだ時、大慌てで…材料が届かなかつたから、近隣の農家から盗んだらしい…用意されたといふ。ナポレオンは食べものに無頓着で、ひどくせつかちでもあつたから、苦肉の策だつたといふことになる。料理人にしてみれば、まつたく厄介な相手だなあ、同情するよ。

 このマレンゴの誕生が1800年。アベールの壜詰は1804年(ナポレオンの登極の年でもある)、デュランドの罐詰は1810年に發明されてゐる。かれは縁起のよいマレンゴ(地名でもある。そこで佛軍は墺軍に勝つた)を大きに好んださうだが、同時に空腹を直ぐに満たせないのは困りものだと考へたのではないか。長期の保存に耐へ、大量に準備出來る糧食を望んだのは、マランゴで慌てふためく料理人の背中を目にした所為ではなからうか。
 尤もボナパルトとかれの兵隊が、罐詰の恩恵を受けたかどうかは疑はしい。1810年といへば、英國は佛帝國によつて封鎖されてゐた(所謂大陸封鎖令)時期と重なるから、デュランドの發明が入つてきたとは考へにくい。翌々年(封鎖令は不完全ではあるが續いてゐる)にかれは露國に遠征を仕掛け、半ば自滅するのだが、冬将軍だけでなく、糧食の不自由…何しろ罐詰がない!…も敗因に数へられさうな気がされる。まあ仮に大量の罐詰があつたとしても、かちんこちんに凍つて、とても食べられなかつたらうな。戰場ではない場所で糧食にほど遠い蜜柑の罐詰を掬ひながら、ボナパルトの兵隊でなくて、おれは本当に幸運だつたよと考へたのであつた。
by vaxpops | 2017-08-02 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
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