いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

衒學卵

 映画の『ロッキー』でロッキー・バルボアがトレーニングの時、ジョッキに入れた生卵を飲み干す場面があつて、亞米利加の観客は一驚を喫したといふ話を耳にしたことがある。
 後で知つたところだと、亞米利加人は卵を生で食べる習慣がないさうで、私なぞは寧ろそちらに一驚を喫した。
 更に後日、卵の生食は習慣になつてゐる國は世界的に少数だと知つて、もう一ぺん、驚いた。茹でたり蒸したり炒めたり、何かしらの調理…熱を通すのが、卵の食べ方で云へば本道、或は多数派なのであるらしい。茹で玉子も温泉卵も煎り玉子も韮卵も厚焼き玉子もオムレツもハムエッグズもベーコンエッグもポーチドエッグも好物だから、そこに文句はつけないけれど、そこから生卵だけが省かれるのは納得し難い。

 たとへば牛丼に落とす生卵。

 たとへば饂飩に落とす生卵。

 或はカレーライスへの生卵。

 また即席麺にくはへる生卵。

 更にお味噌汁に入れる生卵。

 えーと。このお味噌汁は、あはせ味噌で薄切りの玉葱。仕上るところに溶き卵を流し込むから、正確に云ふと、生卵にはならないんだけど、これがまつたく美味いのです。この場合、卵はざつくり程度の溶き方で。白身がふはつとなつた辺りはそのまま、ごはんの最良の友だと云つていい。若布や葱、油揚げ、馬鈴薯、キヤベツ、レタス、その他諸々挙げられるとして、薄切り玉葱と溶き卵の組合せ以上に美味いお味噌汁の種は考へにくいんである。…いや失礼、少々熱くなりました。お味噌汁を飲んで、落着かなくちやあ。

 話を戻しませう。

 我われが生卵を平然と(!)食べられるのは、鶏の飼育がきはめて衛生的…親鶏のサルモネラ菌が卵に感染するリスクが(少)ない…だから、といふ説がある。中々説得力があるのは認めるとして、だとしたら、ご先祖が生卵を食しだしたのは、そんなに以前の話ではなささうにも思へる。そこで思ひ浮ぶのが"卵百珍"で、これは天明五年に出版された『萬寳料理秘密箱』収められた"卵之部"の俗称。人文学オープンデータ共同利用センターといふウェブサイトに、全百七種の翻刻(現代語訳は一部)がある。その一覧をざつと見ると、生卵を用ゐるらしい料理は實に少なく、私の讀み方が誤つてゐる可能性は留保しつつ云ふと、卵素麺に加味丁子焼卵くらゐ。
 但し天保九年…"卵百珍"から半世紀ほど後…肥前鍋島藩の『御次日記』(調べが足らずはつきりしないが、用人の記録のやうな感じがする)に、"御丼、生玉子"と記されてゐるさうで、御の字を使つてゐるところから、客人や高位のひとへの献立なのかと推測出來る。といふことは、この時期以前に生卵とごはんの組合せは成り立つてゐた筈で、さうでなければ貴人客人に出せなかつたらう。当時の卵が貴重且つ高級品だつたことを差引きしつつ、我われのご先祖は"卵百珍"から『御次日記』の間に、卵を生で食べる方法に気がついたのではないかと考へたいが、ここで食べものの歴史に詳しいひとは、岸田吟香の名前を思ひ浮べ、をかしいぞと感じるかも知れない。

 岸田吟香は天保生れの明治人。新聞記者で藥の事業家…といふより、岸田劉生の父といふ方がいいだらうか。明治五年に初めて卵かけご飯を食べたと云はれてゐるが、怪しいよね、これは。但し『明治初期の記者 岸田吟香翁』(荻原又仙子)に、明治十年頃の話として

「毎朝、旅舎の朝飯に箸をつけず、兼ねて用意したのか、左回り無くば旅舎に云付け鶏卵三、四を取寄せ食すだけの温飯一度に盛らせて、鶏卵も皆打ち割り、カバンから塩焼と蕃椒を出し、適宜に振かけ、鶏卵和にして食されたものだ」

かう記されてゐるさうだ。つけ加へると、蕃椒は唐辛子の異称。荻原がどんな人物なのかはよく判らなかつたが、上の一文は昭和になつて書かれてゐるらしく、さうなると本人に気兼ねすることはなかつた筈だ(もしかして息子には気を遣つたかも知れないが、如何物喰ひの話でもないし、ありのままを書いたつて、文句は出ないだらうさ)詰り少なくとも岸田吟香が卵かけご飯を好んだのは事實と考へていいでせうね。併し"初めて"だつたかどうか。

 卵の生食自体は明治以前から、多少はあつたらしい。軍鶏鍋や牛鍋、鋤焼に添へられたのがそれで、吟香は備前岡山のひとだが、若い頃から江戸にゐたから、さういふ食べ方に馴染みがなかつたとは考へにくい。要するに生卵は吟香青年にとつて、奇異な食べものではなかつたらう。またかれが医學に関はりがあつたことも忘れてはいけないでせうね、この場合。経験的ではなく、科學的に卵の栄養を理解してゐたのではないか。
 もうひとつは吟香が新聞記者だつたこと。東京日日新聞の主筆で、部数の激増に大きく貢献したといふから、花形記者ですね。因みに云ふ。かれの後を継いで主筆になつたのが櫻癡福地源一郎。その櫻癡を烈しくきらつたのが宮武外骨で、この繋がりは明治の風景だなあ。今とちがひ明治の新聞が讀者に与へる影響は巨大だつたから、吟香が日日新聞で卵かけご飯が旨いなどと書いたら、東京市の洒落者は飛びついたんではないか知ら。書いてゐなくても、花形記者のさういふ噂話は伝はつたにちがひない。かれが"日本初の卵かけご飯試食者"の栄誉を得たのには、そんな背景が潜んでゐさうに思へる。

 些か批判的(?)なことを書きはしたが、岸田吟香を日本で最初の(少なくともごく初期の)卵かけご飯愛好家とするのに異存はない。尤も塩焼(焼塩を指すのだらうか)と蕃昌はどうかしら。矢張りそこは醤油でせうよとは思ふ。

 溶き卵に醤油。
 炊きたてのごはん。

 卵かけご飯の必要にして十分な要素はたつたこれだけで、何を隠さう、私の大好物なんである。

 醤油の代りにおびいこ(醤油だけで煮詰めた縮緬山椒)を使ふのもいい。

 山葵や辣油を忍ばせるのもいい。

 分葱や白胡麻を散らすのもいい。

 針生姜をあしらふのもいい。

 蕎麦つゆを加へてもいい。

 醤油だつて、地域で色々風味が異なるし、刺身醤油だつたり、専用と謳つたものまである。パックをひとつ買へば、毎日色々の卵かけご飯を味はへる筈で、丹念に溶いた卵にシナモンやらナッツやらで味を調へ、バターライスにあはせたら、伊太利亜の種馬も、苦しさうな顔で飲み干さなくてよかつたのにと思ふ。スタローンとしては、脚本に無理が出るよ、と云ひたいところか。スライの趣味にあはせる必要は併し、ないだらう。かれはきつと、卵かけご飯よりスパゲッティを好むにちがひないもの。
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by vaxpops | 2017-08-29 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
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