いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

いんちき

 古いカメラ…たとへばライカに興味を持つ人間が一ばん、注意しなくてはならないのが贋物である。ひとつの例を挙げると、"アイゲントゥム"の刻印がさうですね。所有物くらゐの意味で、ルフトワッフェン・アイゲントゥムだと獨逸空軍所有を示す。軍用といふことです。
 採用されたのはライカのIIIcで、製造された時期が惡い…20世紀半ばと云へば、欧州の大戰のそれに重なるもの…所為もあつて、入手し易い個体は大体、鍍金や人造皮革がぼろぼろになつてゐる。IIIf直前の時期になると多少の改善は見られるけれども。そのIIIcは"ぼろぼろ"でもかまはないらしいね。世代が一致するボディを手が入れば、後は製造番号を改竄し、空軍所有の文字を彫つて贋物の一丁上りになるといふ。致命傷的に不器用な私には想像が六づかしいのだが、それほど困難な作業ではないらしい。確かにさうでなくちやあ、商賣にはならないだらうなあ、と理解は示すとして、手間暇に対する儲けはどれくらゐなのか知ら。

 贋ライカの話をしたいのではなかつた。はつきり判る贋のライカ…實際に見て大笑ひしたのは、ソヴィエト製のゾルキーだつたかをライカ風に仕上げ、更にペイントを施した個体。50ミリ・エルマーを模したレンズには鎌と鎚を彫つたキャップがついてゐて、あれを買はなかつたのは失敗だつたなあ…は、時に慾しいと思ふ瞬間が、まあないわけでもないけれど、さういふ話を始めたら、収まりがつかなくなつて仕舞ふ。[いんちきばさら]に収まりがあるのかどうかといふ疑問は、この際だからさて置くとして。
 贋ライカでないなら何の話をしたいのかと云ふと贋物…物体に限らず、偽書とか偽絵画(こんな言葉、あるのかな)とか、その辺りまで含めた話。コンスタンティヌス帝の寄進状を例に挙げればいいでせうか。ご存知の方が多いと思ふが、説明をしておくと、コンスタンティヌスは4世紀前半のローマ皇帝。東西分割で統治されてゐた帝國を再統一し、大帝の尊称を得てゐる。歴代のローマ皇帝で、最後の大物でせうね。また勅令をもつてキリスト教を公認(詰りそれまでは非公認…いいところ黙認が精々だつたわけだ。但し國教化されたのは死後60年余りが過ぎたテオドシウス帝の時代)してゐて、東方教会群では亞使徒と呼ばれてゐるとやら。尤もかれが敬虔な信者だつたかどうか、疑はしいね。帝國の首都を自らの名を冠した都市(即ちコンスタンティノポリス。現代の地名ではイスタンブル)に移したくらゐだもの。"神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ"なんて考へは頭の隅にも浮ばなかつたらう。さうでなくちや、大帝なんて呼んでもらへないよ。

 その大帝の死後、今度は一ぺんに数百年下りますよ、8世紀の半ば頃ださうだが、コンスタンティヌスがローマ教皇に領地を寄進したといふ文書があらはれた。内容を簡単に書けば

 『わたし(コンスタンティヌス)が癩を患つた時、教皇シルウェステルの洗礼で癒された。感謝の證として、ローマの司教(と後継者)が、アンティオキア、アレクサンドリア、コンスタンティノポリス、エルサレムの各司教坐に優越すること。ローマ市、イタリア、西方属州の支配を委ねることとする』

と記されてゐたといふ。この"寄進状"をもつてローマ・カトリック教皇が持つ世俗の権限は、皇帝のそれに対して優位であると教会は主張したわけだ。凄い規模の寄附ですね。同じ8世紀の日本がどうだつたかを見ると、平城遷都、古事記や日本書紀、風土記の成立、東大寺大佛の開眼、長岡から更に平安京への遷都と、中々に賑やかな時代ではあつたが、どうも田舎の大騒ぎ以上に理解するのは六づかしさうだ。
 ところがこの寄進状、8世紀当時の教皇乃至その側近のでつち上げだつたんです。15世紀のイタリア人、ロレンツォ・ヴァッラが、同時代の文献と比較して、言葉遣ひがをかしいと指摘したのが最初。偽書と確定したのは18世紀に到つてからだといふから、ほぼ1000年、疑念を抱かれながらも生き延びたことになる。これも凄い。現代とちがつて、科学と宗教が未分化だつた事情があり、その宗教が人びとを(居間では考へられないくらゐの強さで)縛つてゐた事情があつたから、下手をすると身内の恥を晒すことになるおそれがあるとしても、コンスタンティヌス大帝の事蹟を調べれば、何となく変だぞ、そんな殊勝な皇帝ではなかつたぞと感じないかと思ふ。ひよつとするとヴァッラ以前の學者だつて、腹の底でをかしいなあと感じながら、口に出せない雰囲気があつたのかと想像すると、異様な感じがされますね。不勉強な私だから、この件についてヴァティカンが何か發言してゐるのかどうか、知らない。

 かういふのは併し、解り易い偽書だよ。世俗で大きな顔をして、儲けたいといふ慾望の顕れだもの。實利的な贋物だと云つてもいい。ライカの贋物もまあ、ここに属するでせう。ところがその一方で、何を考へて作つたのか、どうも見当をつけにくい贋物がある。判り易い例として、チャーチワードの粘土板だつたり、『竹内文書(タケノウチ モンジヨ)』や『東日流外三群誌(ツガル ソト サングンシ)』を挙げればいいか。絵画の贋作もここに含まれる。或は發掘物の捏造を入れてもいいだらうか。
 そんなものを作つて、どうしたいのか知ら。
 たいへんな手間ではないか。専門家が何人も登場して眞贋の判定をするのだ。ばれないと思ふ方が、どうかしてゐるね。文献だつたら何とか理由をこぢつけて、原本を秘匿する方法に頼れば、一時的にしても誤魔化せる可能性はあるが、絵画や發掘物だと、冩眞で何とかするわけにはゆかない筈で、余つ程自信がなければ、そんな眞似、思ひつけはしても實行に移せない。絵画だらうが文献だらうが、私ならあつさり諦める。見物してげらげら、またはにやにや笑ふくらゐならいいな、とは思ふ。

 と書いて気がついた。贋作者はもしかすると、さういふげらげら乃至にやにや…を期待してゐたのではないだらうか。

 贋物作りに精を出すのは、家系や勲功自慢が目的の場合もあらう(たとへば『武功夜話』)し、詐欺…實利を狙つた場合("寄進状"がまさにそれ)もあるとして、すべてをそこに押し込められるかと云ふと、どうも無理がありさうでもある。そこで粘土や積木が連想されたのは自分でも妙だが、まつたく無関係ではなささうで、併しさうでもなささうにも思はれる。そこでどういふ理由で連想が働いたのだらうと考へるに、ひとつは遊びですね。自慢も實利も横に置いて、或は念頭になく、面白さうだから時に書き時には描く。粘土で人形を作り、積木でお城を建てるのと同じではないか。たれの本の一節だつたか、贋作家は遊戯的な確信犯なのだと見做してゐた。可也りいいところを衝いてゐるんではなからうか。贋作家じしんがどう感じるかは、勿論別の話だが。
 もうひとつ考へられるのは神さま。妙な考へにシンニユウが掛つたみたいだが、少し辛抱してください。人を象つた粘土や、お城を模した積木を完成させた子供は、きつと大人に自慢する。見て見てとせがんで、褒めてもらひたがる。それは子供が作つたまつたき世界で、そのまつたき世界の神さま…造物主は即ち子供じしんなんである。かれそして彼女は、人がたを崩し、壁を壊すことでそのまつたき世界に君臨する。さてここで贋の家系図や嘘の武功、でつち上げの遺物を眺めてみると、どうだらう、それらが制作者にとつてのまつたき世界に思へてこないだらうか。

 それは精密であれば望ましいけれど、粗漏でもまあ、かまはない…共に笑ふひとがゐれば。

 かう考へて、この[いんちきばさら]だつて、見立てによつては、"贋物"と呼べるだらうと気がついた。どこがさうなのかと訊かれたら、随筆の贋作ですよ、と応じたい。私の尊敬する作家が、丸谷才一、内田百閒、吉田健一、永井荷風、檀一雄なのは何度も触れてゐるが、先達に共通するのは随筆がとてつもなく巧い。湿り気、繰り言、厭味や忿怒の色は見られず、何年が過ぎても面白い。再讀三讀して、それ以上を重ねて、飽きる心配がないのはおそろしいことで、さて現代の"エッセイスト"が書いたものは、何年…いや何日、保つだらうね。皮肉ではないので為念、と加へたら、そんなことはないぞと反論が出さうなので、これも皮肉抜きで云ふと、3年以上前に發表され、今讀んで面白く、3年先にも面白く讀めるだらう随筆を推奨してもらひたい。
 どうも、[いんちきばさら]にはさういふ腹があつた気がする。それをパロディの気持ち、或は権威への反發、伝統への敬意の混つた感情とするのは自分にとつて具合がよすぎる解釈だけれども、時事を話題にしない、身の回りのことを直接の題材にしない(例外はあつたね)、個人的な感情を剥き出しにしないといふ方針は、前記の先達に倣つた態度で、その視点から眺めると、随筆の不恰好な模倣だつたし、自分寄りに眺めれば、"エッセー"の戯画だつたと強弁出來なくもない。成功だつたかどうか、そこは私の決めることではないとして、書きながらにやにやしたのは事實。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に、矢張り、暇を持て余した午后、一讀しながらにやにやしてもらへたとしたら、"いんちき"の冠だけは贋物でなかつたと思はれる。

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by vaxpops | 2017-08-31 07:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)
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