いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

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蒸気機関車を漢字一文字に置き替へるなら、塊が一ばん似つかはしいと思ふ。

頑丈で重々しくつて、併し合理的。

その合理が骨格のやうに剥き出されてゐるところにまた、痺れるのだな私は。


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見上げても、頑強で合目的的な姿。

機械のあらまほしい姿の、これぞ理想と呼びたくなる機関車といふ偉大な塊。

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by vaxpops | 2017-01-23 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

不幸中にして幸ひなり

 縁があつて大宮の鐵道博物館に足を運ぶことが出來た。かつて大坂弁天町の交通科学館に熱狂した子供だつた私が、再び熱狂したのは改めるまでもないでせう。
 さうさう。縁があつたといふのは[光のほそ道]といふサークルのオフ会で、オフ会といふ言葉は好みではないのだが、それは些細な問題。かういふ機会を用意してくだすつた方々には感謝しなくてはならない。何しろ埼玉には地縁を持つてゐないのだもの。

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 鐵道博物館については贅言を擁する必要も無いでせう。なんだそれはと思はれる方はご自身でお調べなさい。流石に万人向けとは云へないけれど、数寄者にはたまらない空間である。
 大宮驛からニューシャトルでひと驛。殆ど目の前と呼べる立地は非常に便利。ごく短い通路の天井にはダイヤグラムが、床には時刻表があしらはれてゐて、顔がにやけてくる。傍目には妙な小父さんだつたにちがひなく、お客の少ない平日だつたから怪しまれずに済んだ。

 入場料金は1,000圓ぽっきり。
 プリペイドカードに似た形状で、改札口を通るやうにして中に入る。

 手前にあるのは蒸気機関車。そこから電気機関車、旧式の特急列車が並び、一ばん奥手に新幹線がある。入口から見て右手側には別扱ひの空間が用意され、そこには御料列車が展示されてゐる。
 うーん、エエなあ。
 と思ひながら歩くと、不意にがしやんと大きな音が聞えた。見ると山形新幹線の鼻つ面のところに、係員(と呼んでいいのだらうか)が何人か集まつてゐて、何やら話しあつてゐる。
 「何をしてゐるんですか」
訊くと、連結部の出し入れの動作がぎくしやくしてゐるらしい。本來はカヴァがスムースに開閉するのに、どこかが引つ掛かつてゐるのか、動きが途中で停まつて仕舞ふ。
 「こりやあ、開けないといけないかなあ」
などと呟きが洩れたから、簡単なメインテナンスでは済まないのかも知れない。たいへんだなあと思ひながら、併しかういふトラブルは狙つて見られるものでもないと考へ直した。さうして撮つたのがこの一枚。

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by vaxpops | 2017-01-22 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

特別急行列車

特急列車には夢がある。

漠然としたあくがれと。

果てない旅への憧憬の。

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特別急行に乗つて今夜。

片道切符で乗つて今夜。

あの町へ行かうよ直ぐ。

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雲雀が僕なら朱鷺は君。

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by vaxpops | 2017-01-21 12:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(6)

すつくり

 海老蟹の類には興味がないから(きらひでもないのだけれど)、蕎麦屋で天麩羅を註文する機会は少ない。こちらの舌の事情なので、蕎麦屋には何の問題もない話。

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 但し天麩羅の種によつては大きにそそられるのも事實で、品書きに野菜の天麩羅(盛合せ)があつてそれを頼まないといふ撰択は中々の困難に属するのではなからうか。

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 あはせたのは生粉打…キコウチと讀むのださうな…と呼ばれるがつしりした一枚。江戸人好みのかろやかさには欠ける分、如何にも古風な舌触りが宜しい。ぬる燗一本とすつくり平らげた。
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by vaxpops | 2017-01-21 09:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

隠語

 ニューナンブ(マスケティアズ)には妙な隠語を使ふ癖がある。

 たとへば寫眞を撮りに行つた時、合流の時間と場所を決めて別行動に移るのは"野田方式(またはノダスタイル)"と呼ぶ。千葉は野田で初めて採つたことに因んでだが、今では"イエローキャブ"になつた。或は全員が集まる酒席を称して"クリルタイ"もさうだし、日本を代表する某寫眞機会社をF社N社O社と呼ぶのもさうかも知れない。何故かキヤノンはキヤノンと呼ぶけれども。

 惡癖ですね、これは。
 隠語を嬉しさうに使ふ連中は大体のところ、碌でもないのが通り相場で、いやニューナンブが碌でもないかと云へば、直近のクリルタイで訪れた酒藏直営の某居酒屋で新酒の四合壜を(もしかすると一本半くらゐ)平らげる程度だから、さうでもない筈だが、隠語は本來
『その世界…業界にゐないひとに知られない為の言葉』
であるから、我われが用ゐるのはをかしいとも云へる。大体イエローキャブなんて、聲に出すのが恥づかしいよ。

 尤もさういふ暗号めいた言葉を使ふのは、男子の心をどこかしらくすぐるもので、我が親愛なる讀者諸嬢よ、私は貴女を敬ふ者だが、これ計りは女子の入る余地はないのです。
 それで気がついたのは、我が宿醉ひ仲間であるところの頴娃君で、かれは頑固なお酒至上主義者である。それも生酒原理派といふ過激思想の持ち主で、穏健な私とは相容れない…従つて時に激烈な闘争になることもある…部分があるのだが、併し不思議なことに肴への興味がうすい。

 確かに吉田健一が教へるとほり、お酒は肴がなくても樂しめる飲みものではあるが、肴があればもつと旨くなるのもまた世界の眞實で、私は後者を支持する。かれのやうに酒精もつまみも十分に味はつてゐれば、後は目で愉しむだけになるのかも知れないが、それは味はつてからの態度であらう。今のところ私には無理だな。
 併し頴娃君には肴に限つて、"通人が好むところ"を平然と踏み躙る瞬間がある。こちらは古めかしいから、お酒なら豆腐や厚揚げ、或は畳鰯にお漬け物だと思ふのを、かれは平気で鶏の唐揚げを組み合はす。初めて目にした時はびつくりしたなあ。こちらは脂つ気なら白子や肝と決めつけてゐたのち、当り前の顔で食べるんだもの。適ふのだらうかと思つた。

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 さういふ疑問を感じたのは事實として、何度かその姿を見ると馴れるのもまた事實であつて、慣れは不思議なものだから、一ぺん試してみたくもなつた。それで新幹線のぞみ號の乗客になる機会を得た際に試してみた。
 惡くないね、これは。
 福耳…ぢやあなかつた、[横笛]といふ比較的淡白な銘柄をあはしたのがよかつたのか。唐揚げは衣に(少々あざとい)大蒜の匂ひがあつて、隣の席にゐた妙齢の女性には些か申し訳なかつたが、口の中のそれを洗へる感じは葡萄酒ではちよいと味はへない。常用に足る組合せとは呼びにくいと注意書は必要として、特急列車で二時間の独り酒席でなら、この"アラミス・スタイル"は採用しない理由はないと判つた。大きな収穫であつたが、隠語を作つて仕舞つたのは余分の仕儀だらうなあ。
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by vaxpops | 2017-01-20 07:15 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(2)

筍パンチェッタ

 と題に入れて仕舞つたから、それ以上に加へるところが殆どない。
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 さうだ。品書きに"燻製パンチェッタ"とあつたのを見て、旨さうだなあと呟いたら、そろそろ顔馴染みになつたお店の大将が
「旨いよ」
と切り返してきた。その口ぶりが自信あり気で嬉しさうで、こちらもちよいといい気分になれたのは、申し添へていいかも知れない。
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by vaxpops | 2017-01-19 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

新世界カオス

惡趣味な看板を立ち並べ飾り立ても赦される

ひよつとして我が邦唯一の場所かも知れない

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何しろまあ"新世界"なのだもの

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by vaxpops | 2017-01-18 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

天王寺カオス

厩戸王が見たら、目玉を剥くんではないかと思はれる。

もしかして顔を輝かせ、列に並ぶかも知れないけれど。

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by vaxpops | 2017-01-17 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

ひと皿なンぼ

お任せでひとり前。

それとお酒を一本。

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by vaxpops | 2017-01-16 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(2)

キツネソバ

 きつねそばといふ食べものがこの世に在ることを知つたのは、山下洋輔が書いた"ピアノ弾き"のどれかだつたと思ふ。海外ツアー中のトリオが日本食に餓ゑて
『薬罐一杯、キツネソバのつゆを飲みたい』
と呻く箇所があつて、当時の私は大坂の少年だつたから、ジャズマンは不思議なものを食べたがるのだなあと面白がつた。何せ大坂だもの、きつねといへば饂飩で、その頃の年寄りの一部は信太とも呼んでゐた。どうして信太なのかはご自身でお調べなさい。役に立たない知識がひとつ、身につくから。

 初めてきつねそばを啜つたのはいつだつたか。東に下つてからなのは確實だから、前世紀末か今世紀初頭なのはまちがひなく、眞冬の有樂町か新橋だつた筈だ。立ち喰ひなのは勿論である。それも外の風が吹き込んでくる、しよぼくれた、古典的或は伝統的な立ち喰ひで、思ひ返すときつねそばの初体験に最高だつたね。
 東京風の鰹節と醤油の効いた濃いお出汁も、からくて薄くて堅いお揚げ…きつねうどんのそれはあまく厚く、あくまでも軟らかい…も、足元をくぐり抜ける寒風も、骨の芯が冷えるのに耐へかねてたつぷり振りかけた七味唐辛子も、この場合はすべてよい作用をもたらしたのは冷静に考へるまでもなく、詰りそれ以來、ピアノ弾きが書くところのキツネソバに私は好感を抱いてゐるのだな。

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 尤も抱く好感の量の割りに、きつねそばを啜る機会は多くない。食事とするには貧弱だし、おやつと扱ふには労働の気分が濃い。漠然と平日の午后、何の気なしに立ち喰ひ蕎麦屋の暖簾をくぐるのがよささうにも思はれるのだが、その漫然の午后を得るのが六づかしい。外國で何週間か過ごせば、漠然も漫然もなく、啜りこむ機会は出來さうだが、それぢやあ割高にもほどがある。
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by vaxpops | 2017-01-15 07:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)