いんちきで、さらにマクガフィンだつた。

by 丸太花道@乳軟部

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いんちき

 古いカメラ…たとへばライカに興味を持つ人間が一ばん、注意しなくてはならないのが贋物である。ひとつの例を挙げると、"アイゲントゥム"の刻印がさうですね。所有物くらゐの意味で、ルフトワッフェン・アイゲントゥムだと獨逸空軍所有を示す。軍用といふことです。
 採用されたのはライカのIIIcで、製造された時期が惡い…20世紀半ばと云へば、欧州の大戰のそれに重なるもの…所為もあつて、入手し易い個体は大体、鍍金や人造皮革がぼろぼろになつてゐる。IIIf直前の時期になると多少の改善は見られるけれども。そのIIIcは"ぼろぼろ"でもかまはないらしいね。世代が一致するボディを手が入れば、後は製造番号を改竄し、空軍所有の文字を彫つて贋物の一丁上りになるといふ。致命傷的に不器用な私には想像が六づかしいのだが、それほど困難な作業ではないらしい。確かにさうでなくちやあ、商賣にはならないだらうなあ、と理解は示すとして、手間暇に対する儲けはどれくらゐなのか知ら。

 贋ライカの話をしたいのではなかつた。はつきり判る贋のライカ…實際に見て大笑ひしたのは、ソヴィエト製のゾルキーだつたかをライカ風に仕上げ、更にペイントを施した個体。50ミリ・エルマーを模したレンズには鎌と鎚を彫つたキャップがついてゐて、あれを買はなかつたのは失敗だつたなあ…は、時に慾しいと思ふ瞬間が、まあないわけでもないけれど、さういふ話を始めたら、収まりがつかなくなつて仕舞ふ。[いんちきばさら]に収まりがあるのかどうかといふ疑問は、この際だからさて置くとして。
 贋ライカでないなら何の話をしたいのかと云ふと贋物…物体に限らず、偽書とか偽絵画(こんな言葉、あるのかな)とか、その辺りまで含めた話。コンスタンティヌス帝の寄進状を例に挙げればいいでせうか。ご存知の方が多いと思ふが、説明をしておくと、コンスタンティヌスは4世紀前半のローマ皇帝。東西分割で統治されてゐた帝國を再統一し、大帝の尊称を得てゐる。歴代のローマ皇帝で、最後の大物でせうね。また勅令をもつてキリスト教を公認(詰りそれまでは非公認…いいところ黙認が精々だつたわけだ。但し國教化されたのは死後60年余りが過ぎたテオドシウス帝の時代)してゐて、東方教会群では亞使徒と呼ばれてゐるとやら。尤もかれが敬虔な信者だつたかどうか、疑はしいね。帝國の首都を自らの名を冠した都市(即ちコンスタンティノポリス。現代の地名ではイスタンブル)に移したくらゐだもの。"神のものは神へ、カエサルのものはカエサルへ"なんて考へは頭の隅にも浮ばなかつたらう。さうでなくちや、大帝なんて呼んでもらへないよ。

 その大帝の死後、今度は一ぺんに数百年下りますよ、8世紀の半ば頃ださうだが、コンスタンティヌスがローマ教皇に領地を寄進したといふ文書があらはれた。内容を簡単に書けば

 『わたし(コンスタンティヌス)が癩を患つた時、教皇シルウェステルの洗礼で癒された。感謝の證として、ローマの司教(と後継者)が、アンティオキア、アレクサンドリア、コンスタンティノポリス、エルサレムの各司教坐に優越すること。ローマ市、イタリア、西方属州の支配を委ねることとする』

と記されてゐたといふ。この"寄進状"をもつてローマ・カトリック教皇が持つ世俗の権限は、皇帝のそれに対して優位であると教会は主張したわけだ。凄い規模の寄附ですね。同じ8世紀の日本がどうだつたかを見ると、平城遷都、古事記や日本書紀、風土記の成立、東大寺大佛の開眼、長岡から更に平安京への遷都と、中々に賑やかな時代ではあつたが、どうも田舎の大騒ぎ以上に理解するのは六づかしさうだ。
 ところがこの寄進状、8世紀当時の教皇乃至その側近のでつち上げだつたんです。15世紀のイタリア人、ロレンツォ・ヴァッラが、同時代の文献と比較して、言葉遣ひがをかしいと指摘したのが最初。偽書と確定したのは18世紀に到つてからだといふから、ほぼ1000年、疑念を抱かれながらも生き延びたことになる。これも凄い。現代とちがつて、科学と宗教が未分化だつた事情があり、その宗教が人びとを(居間では考へられないくらゐの強さで)縛つてゐた事情があつたから、下手をすると身内の恥を晒すことになるおそれがあるとしても、コンスタンティヌス大帝の事蹟を調べれば、何となく変だぞ、そんな殊勝な皇帝ではなかつたぞと感じないかと思ふ。ひよつとするとヴァッラ以前の學者だつて、腹の底でをかしいなあと感じながら、口に出せない雰囲気があつたのかと想像すると、異様な感じがされますね。不勉強な私だから、この件についてヴァティカンが何か發言してゐるのかどうか、知らない。

 かういふのは併し、解り易い偽書だよ。世俗で大きな顔をして、儲けたいといふ慾望の顕れだもの。實利的な贋物だと云つてもいい。ライカの贋物もまあ、ここに属するでせう。ところがその一方で、何を考へて作つたのか、どうも見当をつけにくい贋物がある。判り易い例として、チャーチワードの粘土板だつたり、『竹内文書(タケノウチ モンジヨ)』や『東日流外三群誌(ツガル ソト サングンシ)』を挙げればいいか。絵画の贋作もここに含まれる。或は發掘物の捏造を入れてもいいだらうか。
 そんなものを作つて、どうしたいのか知ら。
 たいへんな手間ではないか。専門家が何人も登場して眞贋の判定をするのだ。ばれないと思ふ方が、どうかしてゐるね。文献だつたら何とか理由をこぢつけて、原本を秘匿する方法に頼れば、一時的にしても誤魔化せる可能性はあるが、絵画や發掘物だと、冩眞で何とかするわけにはゆかない筈で、余つ程自信がなければ、そんな眞似、思ひつけはしても實行に移せない。絵画だらうが文献だらうが、私ならあつさり諦める。見物してげらげら、またはにやにや笑ふくらゐならいいな、とは思ふ。

 と書いて気がついた。贋作者はもしかすると、さういふげらげら乃至にやにや…を期待してゐたのではないだらうか。

 贋物作りに精を出すのは、家系や勲功自慢が目的の場合もあらう(たとへば『武功夜話』)し、詐欺…實利を狙つた場合("寄進状"がまさにそれ)もあるとして、すべてをそこに押し込められるかと云ふと、どうも無理がありさうでもある。そこで粘土や積木が連想されたのは自分でも妙だが、まつたく無関係ではなささうで、併しさうでもなささうにも思はれる。そこでどういふ理由で連想が働いたのだらうと考へるに、ひとつは遊びですね。自慢も實利も横に置いて、或は念頭になく、面白さうだから時に書き時には描く。粘土で人形を作り、積木でお城を建てるのと同じではないか。たれの本の一節だつたか、贋作家は遊戯的な確信犯なのだと見做してゐた。可也りいいところを衝いてゐるんではなからうか。贋作家じしんがどう感じるかは、勿論別の話だが。
 もうひとつ考へられるのは神さま。妙な考へにシンニユウが掛つたみたいだが、少し辛抱してください。人を象つた粘土や、お城を模した積木を完成させた子供は、きつと大人に自慢する。見て見てとせがんで、褒めてもらひたがる。それは子供が作つたまつたき世界で、そのまつたき世界の神さま…造物主は即ち子供じしんなんである。かれそして彼女は、人がたを崩し、壁を壊すことでそのまつたき世界に君臨する。さてここで贋の家系図や嘘の武功、でつち上げの遺物を眺めてみると、どうだらう、それらが制作者にとつてのまつたき世界に思へてこないだらうか。

 それは精密であれば望ましいけれど、粗漏でもまあ、かまはない…共に笑ふひとがゐれば。

 かう考へて、この[いんちきばさら]だつて、見立てによつては、"贋物"と呼べるだらうと気がついた。どこがさうなのかと訊かれたら、随筆の贋作ですよ、と応じたい。私の尊敬する作家が、丸谷才一、内田百閒、吉田健一、永井荷風、檀一雄なのは何度も触れてゐるが、先達に共通するのは随筆がとてつもなく巧い。湿り気、繰り言、厭味や忿怒の色は見られず、何年が過ぎても面白い。再讀三讀して、それ以上を重ねて、飽きる心配がないのはおそろしいことで、さて現代の"エッセイスト"が書いたものは、何年…いや何日、保つだらうね。皮肉ではないので為念、と加へたら、そんなことはないぞと反論が出さうなので、これも皮肉抜きで云ふと、3年以上前に發表され、今讀んで面白く、3年先にも面白く讀めるだらう随筆を推奨してもらひたい。
 どうも、[いんちきばさら]にはさういふ腹があつた気がする。それをパロディの気持ち、或は権威への反發、伝統への敬意の混つた感情とするのは自分にとつて具合がよすぎる解釈だけれども、時事を話題にしない、身の回りのことを直接の題材にしない(例外はあつたね)、個人的な感情を剥き出しにしないといふ方針は、前記の先達に倣つた態度で、その視点から眺めると、随筆の不恰好な模倣だつたし、自分寄りに眺めれば、"エッセー"の戯画だつたと強弁出來なくもない。成功だつたかどうか、そこは私の決めることではないとして、書きながらにやにやしたのは事實。我が親愛なる讀者諸嬢諸氏に、矢張り、暇を持て余した午后、一讀しながらにやにやしてもらへたとしたら、"いんちき"の冠だけは贋物でなかつたと思はれる。

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by vaxpops | 2017-08-31 07:45 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

終着

列車は音も立てず滑り込む

まばらなプラットホームに

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by vaxpops | 2017-08-30 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

衒學卵

 映画の『ロッキー』でロッキー・バルボアがトレーニングの時、ジョッキに入れた生卵を飲み干す場面があつて、亞米利加の観客は一驚を喫したといふ話を耳にしたことがある。
 後で知つたところだと、亞米利加人は卵を生で食べる習慣がないさうで、私なぞは寧ろそちらに一驚を喫した。
 更に後日、卵の生食は習慣になつてゐる國は世界的に少数だと知つて、もう一ぺん、驚いた。茹でたり蒸したり炒めたり、何かしらの調理…熱を通すのが、卵の食べ方で云へば本道、或は多数派なのであるらしい。茹で玉子も温泉卵も煎り玉子も韮卵も厚焼き玉子もオムレツもハムエッグズもベーコンエッグもポーチドエッグも好物だから、そこに文句はつけないけれど、そこから生卵だけが省かれるのは納得し難い。

 たとへば牛丼に落とす生卵。

 たとへば饂飩に落とす生卵。

 或はカレーライスへの生卵。

 また即席麺にくはへる生卵。

 更にお味噌汁に入れる生卵。

 えーと。このお味噌汁は、あはせ味噌で薄切りの玉葱。仕上るところに溶き卵を流し込むから、正確に云ふと、生卵にはならないんだけど、これがまつたく美味いのです。この場合、卵はざつくり程度の溶き方で。白身がふはつとなつた辺りはそのまま、ごはんの最良の友だと云つていい。若布や葱、油揚げ、馬鈴薯、キヤベツ、レタス、その他諸々挙げられるとして、薄切り玉葱と溶き卵の組合せ以上に美味いお味噌汁の種は考へにくいんである。…いや失礼、少々熱くなりました。お味噌汁を飲んで、落着かなくちやあ。

 話を戻しませう。

 我われが生卵を平然と(!)食べられるのは、鶏の飼育がきはめて衛生的…親鶏のサルモネラ菌が卵に感染するリスクが(少)ない…だから、といふ説がある。中々説得力があるのは認めるとして、だとしたら、ご先祖が生卵を食しだしたのは、そんなに以前の話ではなささうにも思へる。そこで思ひ浮ぶのが"卵百珍"で、これは天明五年に出版された『萬寳料理秘密箱』収められた"卵之部"の俗称。人文学オープンデータ共同利用センターといふウェブサイトに、全百七種の翻刻(現代語訳は一部)がある。その一覧をざつと見ると、生卵を用ゐるらしい料理は實に少なく、私の讀み方が誤つてゐる可能性は留保しつつ云ふと、卵素麺に加味丁子焼卵くらゐ。
 但し天保九年…"卵百珍"から半世紀ほど後…肥前鍋島藩の『御次日記』(調べが足らずはつきりしないが、用人の記録のやうな感じがする)に、"御丼、生玉子"と記されてゐるさうで、御の字を使つてゐるところから、客人や高位のひとへの献立なのかと推測出來る。といふことは、この時期以前に生卵とごはんの組合せは成り立つてゐた筈で、さうでなければ貴人客人に出せなかつたらう。当時の卵が貴重且つ高級品だつたことを差引きしつつ、我われのご先祖は"卵百珍"から『御次日記』の間に、卵を生で食べる方法に気がついたのではないかと考へたいが、ここで食べものの歴史に詳しいひとは、岸田吟香の名前を思ひ浮べ、をかしいぞと感じるかも知れない。

 岸田吟香は天保生れの明治人。新聞記者で藥の事業家…といふより、岸田劉生の父といふ方がいいだらうか。明治五年に初めて卵かけご飯を食べたと云はれてゐるが、怪しいよね、これは。但し『明治初期の記者 岸田吟香翁』(荻原又仙子)に、明治十年頃の話として

「毎朝、旅舎の朝飯に箸をつけず、兼ねて用意したのか、左回り無くば旅舎に云付け鶏卵三、四を取寄せ食すだけの温飯一度に盛らせて、鶏卵も皆打ち割り、カバンから塩焼と蕃椒を出し、適宜に振かけ、鶏卵和にして食されたものだ」

かう記されてゐるさうだ。つけ加へると、蕃椒は唐辛子の異称。荻原がどんな人物なのかはよく判らなかつたが、上の一文は昭和になつて書かれてゐるらしく、さうなると本人に気兼ねすることはなかつた筈だ(もしかして息子には気を遣つたかも知れないが、如何物喰ひの話でもないし、ありのままを書いたつて、文句は出ないだらうさ)詰り少なくとも岸田吟香が卵かけご飯を好んだのは事實と考へていいでせうね。併し"初めて"だつたかどうか。

 卵の生食自体は明治以前から、多少はあつたらしい。軍鶏鍋や牛鍋、鋤焼に添へられたのがそれで、吟香は備前岡山のひとだが、若い頃から江戸にゐたから、さういふ食べ方に馴染みがなかつたとは考へにくい。要するに生卵は吟香青年にとつて、奇異な食べものではなかつたらう。またかれが医學に関はりがあつたことも忘れてはいけないでせうね、この場合。経験的ではなく、科學的に卵の栄養を理解してゐたのではないか。
 もうひとつは吟香が新聞記者だつたこと。東京日日新聞の主筆で、部数の激増に大きく貢献したといふから、花形記者ですね。因みに云ふ。かれの後を継いで主筆になつたのが櫻癡福地源一郎。その櫻癡を烈しくきらつたのが宮武外骨で、この繋がりは明治の風景だなあ。今とちがひ明治の新聞が讀者に与へる影響は巨大だつたから、吟香が日日新聞で卵かけご飯が旨いなどと書いたら、東京市の洒落者は飛びついたんではないか知ら。書いてゐなくても、花形記者のさういふ噂話は伝はつたにちがひない。かれが"日本初の卵かけご飯試食者"の栄誉を得たのには、そんな背景が潜んでゐさうに思へる。

 些か批判的(?)なことを書きはしたが、岸田吟香を日本で最初の(少なくともごく初期の)卵かけご飯愛好家とするのに異存はない。尤も塩焼(焼塩を指すのだらうか)と蕃昌はどうかしら。矢張りそこは醤油でせうよとは思ふ。

 溶き卵に醤油。
 炊きたてのごはん。

 卵かけご飯の必要にして十分な要素はたつたこれだけで、何を隠さう、私の大好物なんである。

 醤油の代りにおびいこ(醤油だけで煮詰めた縮緬山椒)を使ふのもいい。

 山葵や辣油を忍ばせるのもいい。

 分葱や白胡麻を散らすのもいい。

 針生姜をあしらふのもいい。

 蕎麦つゆを加へてもいい。

 醤油だつて、地域で色々風味が異なるし、刺身醤油だつたり、専用と謳つたものまである。パックをひとつ買へば、毎日色々の卵かけご飯を味はへる筈で、丹念に溶いた卵にシナモンやらナッツやらで味を調へ、バターライスにあはせたら、伊太利亜の種馬も、苦しさうな顔で飲み干さなくてよかつたのにと思ふ。スタローンとしては、脚本に無理が出るよ、と云ひたいところか。スライの趣味にあはせる必要は併し、ないだらう。かれはきつと、卵かけご飯よりスパゲッティを好むにちがひないもの。
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by vaxpops | 2017-08-29 08:00 | 徒然諸々 | Trackback | Comments(0)

長話

 立ち喰ひ蕎麦の話は何べんもしてゐる。何べんも話をするのは立ち喰ひ蕎麦が好きだからで、併し何故好きなのか、考へたことがなかつた気がする。私は大坂で育つたが、立ち喰ひ蕎麦にも饂飩にもとんと縁がなかつた。ああいふのは家で啜るものと思つてゐたのですね。大坂に戻るのは年に一ぺんくらゐだが、今でも立ち喰ひ蕎麦乃至饂飩を啜ることは殆どない。急いで云ひ添へると、ここでいふ立ち喰ひには、カウンターだけのごく狭苦しい場所も含めてゐる。語感としては場末に近しいとお考へください。
 そちらではないが、蕎麦の事始メと呼んでいいのは三十年ほど前の神田、[藪]だと思ふ。云ふまでもないほどの老舗だが、当時の私はよく解らなかつた。池波正太郎の随筆で名前を知つたのが切つ掛け。その頃の勤め先が近かつたので、足を運んでみたのです。旨かつたけれど、量が少なくて物足りなく感じたなあ。玉子焼きや鴨焼きで一ぱい呑つて、もりを一枚か二枚、平らげるなんて方法も知らなかつたのが失敗だつたか。併し仮に知つてゐても、二十歳そこそこの若造ぢやあ、何が何やら解らないままだつたらうね。それでも蕎麦が旨いと感じられたのは、老舗の底力か、江戸の洗練か。

 一体に大坂は蕎麦がまづいんです。食べる習慣がないのだらう。私の周囲で蕎麦の話題はまつたく出なかつたし、實家で蕎麦が出されたのは大晦日くらゐ。喜んで啜つた記憶はないから、大してうまくなかつた筈で、母親の料理下手を差引きしても、その程度だつたと考へて差支へなからう。京都では鰊蕎麦が有名だけれど、食べたことがないから、論評は控へませう。

 神田で事始メとなつた蕎麦の、次の機会は数年が過ぎてからだつたと思ふ。お店の名前はすつかり忘れたが、神田とか新橋とかその辺りの、ガード下かガード近くの立ち喰ひ蕎麦。七味唐辛子を振つたきつねそばを喰つたのは記憶してゐる。山下洋輔の"ピアニスト"(笑え?翔んだ?二度笑え?どうも判然としない)で、ヨーロッパ・ツアー中の山下トリオが、日本の食べものを恋しがつて、キツネソバ(表記はカタカナだつた)が慾しいとか、薬罐一杯の蕎麦つゆを寄越せとか、列車内で或は呻き、或は喚く場面があつて、これは一ぺん、試してみなくちやあと思つてゐたのだ。もうひとつ確實な記憶は、時節が冬だつたことで、暖簾の下を潜る寒風と、熱いきつねそばの組合せが宜しいものだと感ぜられた。旨かつたかどうか、曖昧ではあるけれど、振り返れば立ち喰ひ蕎麦に好感を持つたのは、この時からだと云へると思ふ。

 尤もそれで蕎麦を貪るようになつたわけではなく、立ち喰ひ蕎麦を見掛けたら入らずにゐられなくなつたわけでもない。月に二へんかそこらの頻度だから、立ち喰ひ蕎麦愛好家からすると、食べてゐないのと同じでせうね。聞いた話だと、山手線の外廻り内廻り全驛の立ち喰ひ蕎麦を啜り込んだひとがゐるらしい。流石にすべてのメニュではないだらうね。何周もしながら、今回はきつねそば、次回は掻き揚げ蕎麦、その次はたぬき蕎麦なんてやつてゐたら、何年掛かるか判つたものぢやあない。たれか實行に移すなら、止めやしませんよ。ラーメン程度の食べ歩きより、余つ程いいと思ふのだが、他のたれかに叱られるか知ら。さう云へば十何年か前、呑んでからわざわざラーメンを食べに行く(呑み屋の近くではあつた)習慣があつたな。肝臓も胃袋も、今より余程、頑丈だつたらしい。尤もうまかつたかどうかは、さつぱり覚えてゐない。御徒町上野周辺のラーメン屋には申し訳ない。

 ラーメンはまあ措くとして、呑んだ後に麺を啜るのは惡くないものだ。さういふことを私は學んだ。併しラーメンは熱いししつつこい。饂飩やきしめんは夜中に食べるのが六づかしい。素麺は家で喰ふものだ。かういつた流れから、立ち喰ひ蕎麦に目が向いた。[冨士そば]とか[梅もと]とか[茹で太郎]ですね。そこでざるを一枚。あればつゆに温泉卵を入れてもらふ。酔つた喉には中々、具合がよい。七味唐辛子を振ることもあつて、これは食べる分だけの蕎麦に、ちよいと。どちらも歴としたお店ぢやあ出來ないが、茹で置きの廉な蕎麦だと妙に適ふ(やうに思はれる)から、私の味覚なんて、いい加減なものです。
 ところでここまでの進み具合だと、丸太が立ち喰ひ蕎麦で啜るのが多いのは、ざる蕎麦と思はれるかも知れないが、そんなことはない。統計は取つてゐないから、そこは割引いてもらふとして、大半はたぬき蕎麦の筈である。後はかけ。偶に掻き揚げときつねくらゐ。変り種は好まない。精々が春菊天だらうか。我ながら保守的な態度だと思ふ。[冨士そば]だと一部のお店で紅生姜の天麩羅を用意してゐて、確かに好物なのだけれど、刻んだそれの掻き揚げなのが気に入らない。あれはぺらんとしたやつを揚げるのが旨いし、大坂式の饂飩に似合ふ。

 話がそれさうですね。
 たれです、いつも通りと苦笑するのは。

 蕎麦愛好家から見ると、立ち喰ひはどんな風に映つてゐるのだらう。何となく軽んじられてゐるんではないかと思はれる。曰く二八は当然、十割でなくちやあとか、つゆが練られてないのはいけないとか、天種は時節地物とか、考へてゐるのか知ら。それとも美味い蕎麦は先づ、いい水で香りと喉ごしを味はふものだとか、云ふのか知ら。いやまあ、さういふ愛好家の要望を満たす蕎麦屋があつたつて、かまはないと思ふけれど、そんな求道的なお店には入りたくないなあ。店主が長渕剛みたいぢやあないか。
 日常の動く範囲の中に[長寿庵]といふ、名前は立派だけれど立ち喰ひに準じる程度の蕎麦屋があつて、時々たぬき蕎麦を啜る。蕎麦は茹で置き。つゆは業務用を基にしてゐさうな感じ。独りで切り盛りしてゐる店だから、そのくらゐは何と云ふこともないさ。それに葱は自分で刻んでゐるし、天麩羅(勿論掻き揚げである)も店で揚げてゐる。見た目は長渕剛ほど恰好よくはないし、店内でラヂオの競馬中継を流しつぱなしにする親爺さんは愛想が中々よく、肝腎の蕎麦も廉で、そこそこにうまい(冷しは感心しない)一ばん高いのが三百円の掻き揚げ蕎麦、かけ蕎麦に到つてはたつたの二百二十円だから、おやつ代りにひよいと啜れるのが嬉しいよ。

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 ぬる燗を一合、だらりと含みながら、鴨や板わさなんぞをつまみ、悠々と蕎麦に取り掛かる。さういふ蕎麦屋があるのは勿論、宜しい。時代遅れの愉しみと云はれさうな気もするが、"最近の若エ連中"には解らん愉しみなのだよと居直つておきませうか。
 ただそれだけでは困る。
 時に老舗の古格が、どうにも鬱陶しくて我慢ならないと感ぜられる…なんだ気取りやがつて、下らねえ。あんなに割高な肴をつまめるかものと云ひたくなる…瞬間があるのです。何故だらうかと考へるに、蕎麦はどれだけ洗練されても、食事ではない。所詮は贅沢なおやつなんですね。そして食事ではないところが値うちである。そんならもちつと気樂でも、いいんぢやあないか。それなりの値段をつけてゐて明らかに茹で置きだつたり、蕎麦が引ついてゐたり(まさかと思ひますか。どちらも實際にあつたのですよ。店の名前は伏せるけれど)すると、がつかりして仕舞ふ。
 これが立ち喰ひ蕎麦なら少々まづくたつて、笑ひ飛ばせる。山葵でも七味唐辛子でも、誤魔化す工夫もある。それで話の種にもなる。尤も立ち喰ひは特段、うまいわけではないが、がつかりさせられない程度に味は安定してゐるから、笑へるくらゐのまづさに出会ふことは期待しにくい。仮にあつたとして、話の種には出來るけれど、蕎麦の種にはならないだらう。

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by vaxpops | 2017-08-28 07:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

の、やうな。

書割。
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の、やうな。

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by vaxpops | 2017-08-27 07:00 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

特筆すべきこともなし

安呑み屋の。
ただの冷奴。
それだけで。
馴れた店の。
ただ安心感。
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by vaxpops | 2017-08-26 08:00 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

夏の野菜の、ひりりとした感じ。

齧りついた後、舌で爆ぜる感じ。

麦酒で口を洗ひ、苦笑する感じ。

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当つても外れても、籤は美味いものなのだ。

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by vaxpops | 2017-08-25 08:15 | 飲食百景 | Trackback | Comments(0)

燈りは無言

夜を見上げてゐるのか

夜が見下してゐるのか

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by vaxpops | 2017-08-24 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)

more

生ハムの美味いところつて

塊からナイフで削り出す姿

もつと削れ!おれの為に

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by vaxpops | 2017-08-23 07:30 | 飲食百景 | Trackback | Comments(2)

矛盾

高い場所は苦手です。

地面に放り上げられさうな気分になるから。
階下へと転げ上がりさうな気分になるから。

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by vaxpops | 2017-08-22 07:30 | ニューナンブ | Trackback | Comments(0)